<あれも聴きたい、これも聴きたい> 芸術的な「イエペスの芸術」のLPジャケット
たしか高校の1年か2年の冬だったと思う。名古屋の愛知県美術館で恒例の「日展」が開かれており、友人と二人でそれを見に行った帰り、納屋橋にあるヤマハのレコード売り場に立ち寄り、いつものようにいろいろと見ていた時だった。突然目に飛び込んできたのは、写真にあるような「イエペスの芸術」と題したLPだった。来日記念盤と帯に書いてあったような気がするが、何しろその洒落たデザインが強烈だった。まずレコードのジャケットでモノクロ写真というのが斬新だった。それに構図というか、カメラワークというか、当時としては異例の角度からの写真であった。まず私はこのジャケット写真に心底惚れてしまい、中身はともかく、この素敵な写真のジャケットのLPがどうしても欲しくなった。
私はそれまでイエペスのレコードといえば「アランフェス協奏曲」のレコードしか持っていなかったので、イエペスなるギタリストの実態というか真価をまったくといってよいほど知りませんでした。もちろんルネ・クレマン監督の「禁じられた遊び」の音楽を担当、演奏していて、そちらでは何回も聴いたというか見たことはありました。しかし、先ほど言ったように、当時私はクラシック・ギタリストとしてのナルシソ・イエペスの本領をほとんどといっていいくらい知りませんでした。いつもどんな曲を演奏しているのか、どんな音楽が得意なのか、もっとイエペスの本領を発揮した演奏を聴いてみたい!と、いつも思っておりました。そんな時、ヤマハでこのジャケットを見つけたのです。もう心臓バクバクでしたね。今思うとそんな時代だったんでしょう。たしか1964年ころだったと思います。
このレコードも、録音は1960年キングレコードのスタジオで行われ、発売が1961年となっているので、1964年ころに来日記念盤というのもおかしいかもしれませんが、恐らく最初の発売の時とジャケット写真を取り替えて再発したんだと思います。それにしても珍しく国内録音だったんですね。
兎に角収録曲をご紹介しましょう。
①J.P.ラモー:メヌエット、②D.スカルラッティ:ソナタ ホ短調、③G.サンス(イエペス編):スペイン組曲、④ロマンス(禁じられた遊びのテーマ)ここまでがA面。B面はというと①F.ソル:メヌエット第5番ニ長調、第6番イ長調、②F.ソル:モーツァルトの主題による変奏、③ヴィラ=ローボス:前奏曲第1番、④L.ピポー:舞曲第1番、⑤I.アルベニス:マラゲーニャ(入り江のざわめき)
恐らく、ほとんどの方はこのプログラムを見れば、それらがどんな演奏だったか、恐らく何度も聴いてご存知だろうと思いますが、当時の私としては、そのあと出てくるジュリアン・ブリームのレコードと同じく「バイブル」のごとく毎日、毎日聴いたものでした。すべての曲が魅力的でした。ソルの魔笛の変奏もセゴヴィアと違い、何だか軽やかで明るく、こちらが「本物の古典」という感じがしました。ヴィラ=ローボスの前奏曲なんかは、やはりこんな魅力的な旋律があるのか!と驚嘆させられ、それがブラジルの民謡から採取されたものを原点にしているらしいと分かると、なんだか見知らぬブラジルという国が、とても身近で、しかも神秘的な雰囲気をもったところに思え、いつしか尋ねてみたいと思うようになったものでした。そして決定版はピポーの舞曲第1番です。こんな音楽があるのか!ギターが上手くなれば、こんなかっこいい曲も弾けるようになるんだ!そう思ってギターをやっていることに感謝したものでした。かっこよく言いましたが、つまり「こんな曲があるなんて、ギターやっててえがったぁ!」ちゅうことです。
でも音を聴いているだけでは、どうやって弾いているのか分りません。どうやって1弦の上を飛び回る旋律を弾きながら、3弦のラの音でずっとリズムを刻み続けることが可能なのか。どうやって低音だけのかき鳴らしでリズムを刻めるのか。まったく当時の私にしてはミステリアスでした。ミステリアスであると共になんとも魅力的なギターの未来を感じたのでした。「これからはイエペスの時代やんかぁ!」「イエペスおじさんについて行こぉ!」そう思いましたねぇ。後から振り返れば、ジョンにもついて行ったし、ブリームにもついって行ったし、何にでもホイホイついていってしまい、若い女の子だったら誘拐されて、身代金のひとつも請求されるところだったかもね。それくらいこのLPの魅力は尽きなくて、若いころの私の「ギターが上手くなりたい!」と思う気持ちの原動力の、少なくとも50%は締めておりましたねぇ。
そして、やはり最初に言ったジャケット写真の魅力は今でも健在。私にとってだけかもしれませんが、いまだにこの「イエペスの芸術」と題したLPの、ジャケット写真の魅力を超えるジャケット写真にお目にかかったことがありません。イエペスにはそんな魅力的な写真のLPが他にもあって、それはまた別の機会にご紹介しましょう。
それにしても最近のCDのジャケットもこれくらい芸術的に作ってもらいたいものですね。CDを手にする魅力がもうひとつ増えることになるってもんです。
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