machaの浅学妄想

今、感じたことや想うことを書いておく。

法隆寺

2009-03-15 | Weblog
夜九時からのNHKスペシャルで法隆寺のことが取り上げられていて、建設・焼失・再建当時のことの新しい発見が放送されていた。

法隆寺の金堂自体は旧法隆寺とは少し離れた場所に建てられていて、旧法隆寺が焼けた後、金堂を囲うように新法隆寺の伽藍が作られたとのこと。金堂の天井板の檜の年代分析で年輪から西暦668年伐採のものと分かり、670年に消失した旧法隆寺とは別に建てられていた事が推察された。だから金堂の釈迦三尊像などの仏像が火事の痕跡を全く残していないのだそうだ。

聖徳太子をモデルとした久世観音は釈迦三尊像や玉虫厨子とともに金堂にあったことが推測されることから、金堂は聖徳太子の威光と仏教の力を借りて天智天皇が強力な統治の為に建てられたものと思われるとのこと。

高校の修学旅行のとき、金堂の北の廊下に粗末に奉られた百済観音に魅せられて時を忘れて眺めていた。百済観音の平安が地上に訪れるのは何年先のことだろうか百年だろうか一万年だろうかと思って長い時間その世界に入っていた。現実に帰るとすでにガイドさんや同級生は見当たらず迷子になるところだった。

聖徳太子を模した久世観音の〇〇〇〇表情はイエスキリストの聖骸布の表情に良く似ている。
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