消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(296) オバマ現象の解剖(41) 一人勝ち(2)

2010-03-18 21:02:15 | 野崎日記(新しい世界秩序)



  一 銀行分割論の台頭


 通信社のロイターが市場に関する重要問題について、世界の重要人物に連続インタビューする企画をロイター・サミット(Reuter Summit)という。〇九年一〇月二〇日、ガイトナー(Timothy Franz Geithner)米財務長官は、このサミットの一つ、ロイター・ワシントン・サミットで、破綻寸前であった米金融機関が幹部に高額ボーナスを支払っていることは、「国民に対する侮辱だ」と語った。その発言はこれまでのガイトナー長官のコメントのなかで、もっとも激しい口調となった。「破綻寸前となり、金融システムをここまで脆弱し、多大な被害をもたらした金融機関が、社内の人間に多額の報酬を支払っていることは、多くの人々にとって極めて不快なことだ」と述べた。

 ただし、オバマ(Barack Hussein Obama, Jr.)政権は、フランスやドイツが求めている、報酬への上限設定に抵抗してきたという経緯がある。事実、オバマ政権から〇九年六月に企業幹部報酬特別監督官に任命された上記のケネス・ファインバーグもこのサミットで、金融業界の報酬に対する認識と一般社会の認識にかなりの隔たりがあることは認めたが、「私はこの溝を埋める努力を求められているが、この圧倒的な溝が埋まるかどうか分からない」と述べた。つまり、大胆なメスを入れることへの躊躇を示したのである(http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-12053120091021?sp=true)。

  ブルームバーグ(Bloomberg)は、そのジャーナルで、〇九年一一月一七日、オバマ政権による金融規制改革を厳しく批判したローエンスタイン(Roger Lowenstein)の論文を掲載した。

 ローエンスタインはいう。

 「法案が提示されているものの、それは複雑で冗長すだ。提案された解決策の大半は漸進的な変更であり、将来のバブル発生を阻止できそうにない」、「上院と下院は、どの連邦機関が銀行監督で主導権を握るかをめぐって争っている。政府も議会も、すべてを解決しようとして落とし穴にはまっている。それよりは、もっとも重要な改善策で合意すべきだろう」。

 同氏は、金融危機は以下の六つの問題点から発生したという。①緩すぎた住宅金融規制、②低すぎた銀行の自己資本比率規制、③クレジット・デフォルト・スワップ(CDS=Credit Default Swap)などのデリバティブ(金融派生商品=Derivatives)取引の横行、④大きな欠陥があった債務担保証券(CDO=Collateralized Debt Obligation)などの仕組み証券の信用格付け、⑤リスクテイクに駆り立てられた銀行の過剰な報酬、⑥政府の危機対応が招いたモラルハザード(倫理観の欠如)。

 ①について。議会は「住宅ローンは、借り換えの見込みではなく、借り手の返済能力に基づいて承認されるべきだ」との簡単な原則を法制化すべきである。

 ②について。G20の圧力があるが、自主的に米国はそれを待つべきではない。議会はより高い基準を主張しなければいけない。

 ③について。店頭デリバティブ取引を禁止すべきであるとの議論もあるが、大事なことは、各取引を裏付けている十分な担保の額でなければならない。

 ④について。ムーディーズ・インベスターズ・サービス(Moody's Investors Service)やスタンダード・アンド・プアーズ(S&P=Stndard & Poor's)、フィッチ・レーティングズ(Fitch Ratings)などが、住宅ローン担保証券(MBS=Mortgage Backed Security)に過度に甘い格付けを付与したことが住宅バブルを増大させた。これら格付け会社は、証券化商品を組成して販売するのに格付けを必要した金融機関から報酬を得ていた。米当局は、こうした利益相反だらけの取引を禁止すべきである。米証券取引委員会(SEC=Securities and Exchange Commission)が「全国的に認められた」企業を指定し(2)、このお墨付きを得た企業が多くの事業を手掛けられるようにすればよい。議会は、利害のない相手から報酬を得ている格付け会社のみが、そうした認定を得る資格を有するようにしなければならない。

 ⑤について。報酬の膨張は、金融機関に限られたものではないが、ウォール街で過度のリスクテークを促し、高レバレッジにつながる。政府による報酬抑制は機能していない。ウォール街ではふたたび多額のボーナスが再び支払われるようになっている。より簡単な解決策は、たとえば、五〇〇万ドル以上の高額報酬について、株主の承認を義務付けることである。

 ⑥について。米当局は、二〇〇八年にベア・スターンズ(Bear Stearns)とファニー・メイ(連邦住宅抵当金庫=Fannie Mae=Federal National Mortgage Association)、フレディ・マック(連邦住宅貸付抵当公社=Freddie Mac=Federal Home Loan Mortgage Corporation)を救済したさい、将来の救済の前例になるものではないと強調した。しかし、こうした救済は、金融機関に特権的な地位を与えることである。それは、彼らに無謀な行動を促すことにつながる。政府は、大手金融機関に多額の保険料を請求し、自己資本規制をさらに強化し、「大きすぎて潰せない」(Too Big to Fail)ことのないように、そもそも銀行の規模を小さくすべきである。

 以上が、ローエンスタインの主張である(  http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920021&sid=a9sVylN4aV4A)。

 イングランド銀行総裁(Governor of the Bank of England)のマービン・キング(Mervyn King)は、二〇〇九年一〇月二〇日、英国のエディンバラで講演し、経営危機に陥っている金融機関への米国の対応を暗に批判した。

 「暗に」というのは、表現が抽象的なものだったからである。危機への対応は二つあるとして、同氏は、次のように説明した。

 「一つは、重要すぎて潰せないという前提の下で、破綻の可能性を低め、納税者の負担をできるだけ小さくすることである」。

 これが米政府の緩やかな金融規制改革を指すことは明かである。

 キング総裁は、もう一つの対策として巨大金融機関の分割・解体という荒療治を提示した。受け入れられないほどの巨額のコストを社会に強いることをしないですむのはこれしかないという(http://www.bankofengland.co.uk/publications/speeches/2009/speech406.pdf)。

 実際、保険部門や投資銀行部門の一部の売却を当局から迫られていた英銀大手のRBS(ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(=Royal Bank of Scotland)は、〇九年一一月二日、その命令を受け入れた(Treanor & Wearden[2009])。

 市村孝二巳によれば、巨大金融機関が投機的な行動をとる大きな理由の一つが、「大きすぎて潰せない」という米政府の姿勢にある。失敗しても、政府が救済してくれると甘えが金融機関側にあり、それが投機行動を止めさせない要因になっているとの金融機関と米政府に対する批判が高まってきた。コロンビア大学教授のジョセフ・スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz)、エコノミストのヘンリー・カウフマン(Henry Kaufman)、前FRB議長のアラン・グリーンスパン(Alan Greenspan)などがそうした批判者たちであり、経営危機に陥った巨大金融機関の分割・解体論に属すると、市村氏はいう(市村[二〇〇九])。

 こうした米政府の政策を、元FRB金融政策局長(former director of the Federal Reserve Board's Division of Monetary Affairs)のビンセント・ラインハート(Vincent Reinhardt)は、『日経ビジネス』の取材に対して次のように答えた。

 米財務省の金融機関改革案は驚くほど改革意欲に乏しいものである。すべての金融機関を監督する総合的な監視機関を作ろうとしているが、大きすぎて潰せないという方針を維持したままこうした制度を作ってみても、屋上置くを架すだけである。それは、むしろ潰さないことを制度化してしまうものであり、事態をさらに悪化させかねない。現行の米国の金融規制は複雑になりすぎて、実際的にも監督ができなくなってしまっている。これが市場の劣化を生み、金融機関の抱えているリスクを正しく把握できなかった原因である。潰さないという前提に立てばなにもできないことになる。
 そうした姿勢を反省して、危機に陥っている金融機関を国有化しようにも、政治的な理由によってそれができなくなってしまっている。公的資金をこうした機関に次ぎ込むことに世論が反発しているからである。国民の多くは金融機関の国有化に反発している。二〇〇八年秋に米下院選挙があったが、TARP(不良資産救済プログラム=Troubled Asset Relief Program)に賛成した議員のほとんどが落選したことも、国有化に踏み切れない要因の一つである。当局は、市場を凍結しただけであり、根本的な解決策に取り組んでいるわけではない。以上が、ラインハートの批判である(『日経ビジネス』二〇〇九年一一月九日号、一一ページ)。

 表面的には、米政府は、G20が決めたBIS(国際決済銀行=Bank for International Settlements)の自己資本比率規制(バーゼルⅡ)(3)の強化に対して、中核的自己資本のうち、普通株や剰余金などの限定した「コアTier1」(4)の重視という主張によって賛同しているように見えるが、それはただ、リップ・サービスでしかない(市村[二〇〇九])。

 キング総裁の講演の三日後の二〇〇九年一〇月二三日、ボストン連邦準備銀行(Federal Reserve Bank of Boston )会議に出席したバーナンキ(Benjamin Shalom “Ben” Bernanke)FRB議長は、キング総裁に代わって同会議に出席していたイングランド銀行前副総裁(former deputy governor of Bank of England)のジョン・ギープ(Sir John Gieve)の質問に答えて、分割・欠いた異論を退けた。金融機関の多機能にわたる国際的な活動によって得られている経済的利益を損なわないようにしなければならず、そのためにも分割・解体よりももっと手の込んだ金融規制が必要であるという理由からであった。

 かつていわれていたが、近年下火になってた「ニャロー・バンキング」(narrow banking)論も、ジョン・ケイ(John Kay)などから唱えられるようになった。これは、たとえば銀行なら、投機的な投資行動を取り勝ちな「カジノ部門」と資金決済などを中心にする「公益部門」とに分けてしまうという考え方である(Kay[2009])。

 元FRB議長で、オバマ政権ではPERAB(経済再生諮問会議=President's Economic Recovery Advisory Board )議長のポール・ボルカー(Paul Volcker)も分割論者である。個人・中小企業金融部門を投資部門から切り離すべきだというのである。

 米国の金融機関はまだ危機を脱していない。シティグループは、二〇〇九年一〇~一二月期の損失額が一〇〇億ドルに上ると指摘するアナリストもいた。繰延税を取り崩したためである。

 野村資本市場研究所の関雄太・主任研究員の試算によると、中核的な自己資本比率(Tier1)の数値は、〇九年九月末で、シティグループが一二・七%、バンク・オブ・アメリカが一二・五%であった。しかし、前者に投入されている公的資金四五〇億ドルを除くと、前者の数値は八・二%、後者に投入されている公的資金三五〇億ドルを除くと、後者の数値は一〇・二%と大幅に低下する(市村[二〇〇九]、一一ページ)。シティグループとバンク・オブ・アメリカは公的資金返済の目処も立っていない。米政府は、国有化を図ろうにも、普通株の取得に必要な財政出動はほぼ不可能である。とすれば、両行はいずれ分割・解体の運命を甘受しなければならなくなるだろう。

 〇九年九月を末日とする二〇〇九年度会計年度の米国の財政赤字は、一兆四一七一億ドルとなった。これは、〇八年度の三倍以上であり、その規模は、米国GDPの一〇%近くにのぼる。一九四五年以降で最大の赤字規模である。


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