消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(297) オバマ現象の解剖(42) 一人勝ち(3)

2010-03-24 21:14:04 | 野崎日記(新しい世界秩序)


二 オフショア・バンキングの横行


 金融機関はタックス・ヘイブン(税金逃避地=tax haven)を使って、課税逃れを大規模におこなっている。

 CRS(米議会調査局=Congressional Research Service)の推計によれば、タックス・ヘイブンに移転された所得の逸失税額が毎年一〇〇億から六〇〇億ドルある。
 GAO(米国連邦議会行政監査局=United States Government Accountability Office)の調査(〇八年一二月の資料)では、米国企業で売上高上位一〇〇社(〇七年度)のうち、八三社がタックス・ヘイブンに子会社を持っている(大野[二〇〇九]、九一ページ)。それも半端な数ではない。そして、金融機関が他の産業の企業よりも圧倒的な数の子会社を持っている。シティグループが四二七、モルガン・スタンレーが二七三、バンク・オブ・アメリカが一一五もの数である。ただし、JPモルガン・チェースは少なく五〇である。

 金融以外では、ニューズ・コーポレーション(News Corporation)が一五二、ファイザー(Pfizer Inc.) が八〇、P&Gが八三、マラソン・オイル(Marathon Oil)が七六、ペプシコ(PepsiCo, Inc.)が七〇、キャタピラー(Caterpillar Inc)が四九である。
 IRS(米内国歳入庁=Internal Revenue Service)は、オフショア口座(税金逃避地銀行口座=offshore account)の自己申告漏れに巨額の罰金を科すことになった。しかも、対象者は、米国居住者だけでなく、米国で事業を営む企業や個人をも含めることになった。一年度内に一度でも一万ドルを超える口座を持ったものに報告義務があるとされた。

 さらに開示する対象にヘッジファンド(hedge fund)やプライベート・エクイテイ・ファンド(privete equity fund)も加えた。

 大野[二〇〇九]の設例によると(九〇ページ)、一〇〇万ドルをオフショア口座に年五%の利率で六年間預ければ、年五万円の利息、六年間で三〇万円の利息合計になる。それを六年後になって口座の存在をIRSに報告した場合、利息に課税される米国の税率は三五%なので、六年間の課税総額は一〇万五〇〇〇ドルになる。これに、報告が遅れた罰金六年分加算される。罰金総額は二八万一〇〇〇ドルである。つまり、合計三八万六〇〇〇ドルの支払いが強制される。

 申告しなくて、口座の存在がIRSに知られると、懲罰的な巨額の罰金が科せられる。元本一〇〇万ドルについては、二三〇万六〇〇〇ドルの罰金、さらに刑事罰として最高で五〇万ドルと一〇年以下の懲役が待っている。

 米国政府が強硬手段に訴えるようになったのは、イゴール・オレニコフ(Igor Olenikov)というロシアからの移民の脱税容疑からである。米国で不動産ビジネスを成功させたオレニコフは、UBS(Union Bank of Switzerland)に預けた預金二億ドルを申告せず、その利息にかかる税七二〇万ドルを脱税したという容疑で逮捕された。有罪になれば追徴税だけでなく、罰金額二五万ドル、懲役五年が科されるはずであった。オレニコフは追徴課金五二〇〇万ドル、執行猶予二年という条件で司法取引に応じ、秘密取引の生々しい実態を当局に告白した("The Americans suspected, "June 20, http://deereenifee.ru/?p=2117)。

 オレニコフを顧客にしていたのは、UBSの元米国人社員、ブラッドレイ・バーケンフェルド(Bradley Birkenfeld)であった。バーケンフェルドは、オレニコフから預かった二億ドルをリヒテンシュタインなどのタックス・ヘイブンに移転させ、脱税を幇助した。
 バーケンフェルドは、UBSで富裕層の資産運用をおこなうプライベート・バンキング業務に従事していた。彼は、UBS時代に二〇〇億ドルほどの資産を運用し、あげた収益は収益は二億ドルあったといわれている。その彼がオレニコフの告白によって逮捕されたのである("Former banker UBS have accused of concealment of incomes of clients," May 14, 2008, http://fin-forex.com/former-banker-ubs-have-accused-of-concealment-of-incomes-of-clients/)。

 そもそもオレニコフが逮捕されたのは、密告による可能性が高い。密告で脱税容疑が固まると、密告者は、その密告によって徴税できた額の三〇%を報奨金として受け取ることができるという制度がある。それが、バーケンフェルドの逮捕、手口の詳細を当局にもたらした。バーケンフェルドは、〇九年八月に罰金四万ドルと拘禁刑四〇か月という判決を下された。バーケンフェルドの取り調べから、米司法省は、脱税指南はバーケンフェルド個人に止まらず、UBSの組織ぐるみの犯行であると判断して、UBSの提訴に踏み切った。

 UBSの富裕米国人顧客は五万二〇〇〇人いるとされている。司法省は、UBSに顧客のオフショア口座の開示を当局は迫ったのである。

 訴追されたUBSも司法取引に応じ、〇九年二月、罰金七億八〇〇〇万ドルの支払いと脱税の疑いがある二八五人の米国人顧客の口座情報を開示することで和解した。

 司法省はそれで納得したのだが、IRSは和解に異を唱え、全米国人顧客の口座情報を開示するように改めてUBSに迫った。UBSは当初、顧客情報の守秘義務を定めたスイスの銀行法を盾にIRSの要求を突っぱねていた。UBS幹部が米議会の公聴会に呼ばれても、同じ主張を繰り返し、スイス銀行法の縛りがあるために、一金融機関では対処できないと訴え、スイス政府と米国政府との外交上の問題であるとした。

 矛先がスイス政府に向けられることになったのだが、近年になって、スイスの銀行法は国際的な非難の対象になってきた。OECD(経済協力開発機構)やEU(欧州連合)から、スイスの外資優遇策への批判や各国の税務当局同士の情報交換に非協力的なスイスの税務当局への非難が強まっている。〇九年四月に開催されたG20では、タックス・ヘイブンへの強い規制の必要性が指摘されていた。

 こうした雰囲気の下でUBSはIRSに対して新たに四八五〇人の口座情報の開示に踏み切った。こうしたことを受けて、〇九年八月時点で一五〇人以上の米国人がタックス・ヘイブンがらみの脱税容疑で刑事操作を受けている。大野[二〇〇九](九三ページ)によれば、この制度が施工される何か月も前から、銀行が顧客に対して、架空名義の口座を作ることを勧めていたという。米国の大手法律事務所がこうした不法行為に手を染めているという(大野[二〇〇九])


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。