消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(317) オバマ現象の解剖(62) レフトビハインド(4)

2010-08-25 22:02:56 | 野崎日記(新しい世界秩序)
 この反省を受けて二〇〇八年の大統領選挙に成功したのがオバマ(Barack Hussein Obama, Jr.)であった。オバマは、それまではそれほど注目されていなかったキリスト教会のコミュニティ・オーガナイザー(Community Organizer)組織をフル動員することに成功した。

 コミュニティ・オールガナイザーは、慈善奉仕活動家ではない。彼らは、教育、公衆衛生、雇用、治安などの地域が直面している問題を改善するために、役所など担当部署を突き動かすために運動を起こし、運動の担い手を発掘して育てる組織である。オーガナイザーは、住民の運動の手伝いをするだけで、運動の中心的リーダーにはならない。運動の担い手はあくまでも運動の中心にいる地元住民である。コミュミティ・オーガナイザーは、地域社会の人間関係の構築から作業を始める。オーガナイザーは職業である。給料はキリスト教会から出されている(渡辺[二〇〇九]、一五二~六二ページ)。

 オバマはシカゴで、一九八五年から一九八八年月まで、教会が主導するDCP(地域振興事業=Developing Communities Project)のマネジャーとして務めた。オバマは同地域の事業所の人員を一名から一三名に増員させ、年間予算を当初の七万ドルから四〇万ドルに拡大させるなどの業績を残した(Ryan[2007])。

 オバマは、教会ベース型オーガナイズに依拠した。教区単位に会長を据え、地域を組織化してもらう。教会の力を借りたオーガナイズは、荒れはてた低所得地域で展開された。教会以外になにもない。地域ビジネスもない。教会だけが資金源であった(渡辺[二〇〇九]、一六四~六五ページ)。

 教会は地域住民の組織化に圧倒的な力を持つ。一つの教会が五〇〇人のメンバーを抱えている。一〇の教会の同意を得ることができれば、五〇〇〇人を組織できる。教会には人とカネがある。オバマは、教会信者をも増やすことに成功した(渡辺[二〇〇九]、一六八~六九ページ)。

 オバマの革命性は、コミュニティ・オーガナイザーを大統領選挙キャンペーンの主力に置いたことである。オバマは、オーガナイザーの組織作りのノウハウを活用した。米国の伝統的な選挙キャンペーンのスタイルであった、陣営が上から指令するのではなく、キャンペーン参加者に主導権を渡した。オバマ陣営に蝟集した若者たちは歴史を創っているとの意識を持たされた。コミュニティ・オーガナイザーのプロをキャンペーンのボランティア訓練の講師に投入した。オバマは、プロのオーガナイザーを通して、各地でキャンプ・オバマという二日間の集中合宿で一〇〇〇人規模ボランティアのリーダーを育て、選挙キャンペーンの現場に放った。

 ただし、オバマはここで巧妙な手を使った。コミュニティ・オーガナイズの運動は、政党活動をしないという条件で、献金額に対しては非課税扱いであった。しかし、オバマはこのオーガナイザーを選挙活動に動員したのである。オバマは実際には、政党活動をおこなわない条件のオーガナイズ組織を正式のオーガナイザーに休職してもらい、個人の資格として選挙ボランティアに使ったのである。オーガナイザーの個人的力量を政治活動に活用したのである。こうして、オバマは政党活動禁止の壁を乗り越えた。オバマが初めて政治目的にプロのオーガナイザーを用いたのである(渡辺[二〇〇九]、一八〇~八五ページ)。

 テキサス大学オースティン校(University of Texas at Austin)のマーク・レグネルス(Mark Regnels)教授は、民主党が国政選挙に勝てる唯一の方法は、妊娠中絶や同性愛者間結婚などの社会問題で、基本路線を再考することだとして、「党員にはショックをかもしれないが路線を修正すべきだ。二〇〇四年回の傾向から見ると、中絶反対の民主党だったら、多くの宗教保守派、とくにカトリック信徒をとり込めただろうに、逆に民主党は彼らを噛み砕いて、吐き出し続けた」と語っていた。事実、そうであった(「世界キリスト教情報」、第七二四信、二〇〇四年一一月八日、http://cjcskj.exblog.jp/m2004-11-18/)。

 二〇〇四年の大統領選では、米国の白人の福音主義者たちの七八%がブッシュに投票した。再選された子ブッシュ大統領は二〇〇五年二月二日に「一般教書演説」(State of the Union address)をおこない、翌三日に「朝食祈祷会」(Breakfast-Pray)を開いたが、「一般教書演説」の草稿を書いたのは、マイケル・ガーソン(Michael Garson)という当時四〇歳の福音主義者であった。翌日の朝食祈祷会の主催者も、同じく、福音主義者のダグラス・コー(Douglas Koh)であった。彼は、当時、七六歳であり、「フェローシップ・ファンデーション」(Fellowship Foundation)の総裁である。〇八年の選挙で、オバマはこの経験を生かした。

 二〇〇九年一月二〇日のオバマ次期大統領の就任式で、サドルバック教会(Saddleback Valley Community Church)のリック・ウォレン(Richard D. "Rick Warren)牧師が祈祷を担当した。本書第六章、および本章注(1)と(2)でも説明したように、サドルバック教会は、代表的なメガ・チャーチであり、ウォーレンはベストセラー作りの達人である。ここに、オバマのしたたかさが現れている。

 オバマは、上院議員時代の二〇〇六年にサドルバック教会のエイズ会議に出席。大統領選出馬後にも映像メッセージを送るなど、ウォレン牧師の伝道に協力してきた。ウォレン牧師は、二〇〇八年一二月一八日に声明を発表し、自分が選ばれたことは、同性婚を支持する勢力からの反発を予測したうえでのオバマの勇断を賞賛すると表明した。オバマは、同日のシカゴでの記者会見で、同性婚を支持する自分の立場に変わりはないとしたうえで、「特定の問題で意見が違っても、結束が重要だ」とし、就任式でも米国民の結束をアピールする意向を示した(http://www.christiantoday.co.jp/main/international-news-1948.html)。

 『タイム』(Time, Feburuary 7, 2005)は、初めて、もっとも影響力のある米国の福音主義の指導者二五人を選んだ。本稿、注(1)で扱ったティム・ラヘイも選ばれた。同誌が初めてこのような特集を組んだのは、子ブッシュの再選に福音主義派教会、とくにメガ・チャーチが大きく貢献したと見なしたからである。同誌の表紙は、二五人の顔と十字架が描かれていた。そして、「ブッシュが彼らから受けた恩恵はなにか?」、「民主党に必要なものはより多くの宗教ではないのか?」という見出しが付けられた。オバマは、この特集を意識したのであろう。こうした牧師たちを自分の陣営に招き入れることに成功しつつある。

 上述のマイケル・ガーソン、ダグラス・コー、ティムラヘイの他には、大物の伝道者、ビリー・グラハム(Billy Graham)とその息子のフランクリン・グラハム(William Franklin Graham)、ワシントンに本拠を置く保守系シンクタンク「宗教と自由研究所」(Institute for religion and freedom )の所長、ダイアン・ニッパー(Dian Nipper)などが含まれていた。息子のフランクリン・グラハムは、二〇〇九年一〇月一三日、オバマ政権の意を呈して、訪朝した(http://www.oita-press.co.jp/worldInternational/2009/10/2009101301000835.html)。
 しかし、大物のパット・ロバートソン(Pat Robertson )とジェリー・フォルウェル(Jerry Falwell)の二人は『タイム』の二五人の選に漏れた。

 二〇〇四年時点で、代表的な福音主義者を選ぼうとすれば、パット・ロバートソンを外すことはできなかったはずである。彼は、一九八八年の共和党大統領予備選に出馬した経験があり、二〇〇四年の子ブッシュ大統領再選に大きく貢献した人である。彼は、全米で数百万人の会員を抱える「クリスチャン連合」(Christian Coalition)の創設者でもあり、さらに、国民的人気のあるケーブル・テレビ(クリスチャン放送網=CBN)を運営し、自らも宗教番組、「七〇〇クラブ」(七〇〇 Club)に出演して、福音主義の拡大の原動力になっている人でもある。

 『タイム』の副編集長、スティーブ・コープ(Steve Koup)は、彼を外したことについて、すでに地位を築いた人よりも、これから影響力を増すような新人を選んだと弁明した.。確かに彼は、当時七五歳であったが、選ばれた人の中には、彼よりも年長者が結構いたので、年齢は理由にならない。むしろ、ロバートソンの、数々の、あまりにも過激な米国・イスラエル擁護発言のせいであろうと思われる。

 たとえば、血栓症などで二〇〇五年一月四日に入院したイスラエルのアリエル・シャロン(Ariel Sharon)首相について、ロバートソンは、自らの番組で、聖書の「ヨエル書」を引用して「イスラエルがガザ地区の入植地から撤退したことに神の罰が下ったのだろう」と発言した。これには、米国民はもとより、イスラエル政府も直ちに不快感を表明した。

 ロバートソンは、ガリラヤ湖畔(The Sea of Galilee )に「クリスチャン・テーマ・パーク」(Christian theme park)の建設を企画していた。イスラエル政府も、協力を申し入れていたが、ロバートソンの発言に抗議する意図を込めて、支援の打ち切りと協力の撤回を決めた(「世界キリスト教情報」、第七八五信、二〇〇六年一月一六日、http://cjcskj.exblog.jp/m2006-01-16/)。

 いずれにせよ、福音主義者たちは、ことイスラエルに関するかぎり、一切の批判を許さないという姿勢を堅持していたことは確かである。そして、彼らの支持が子ブッシュの背骨になっていたのである。

 また、ロバートソンは、進化論を支持する人たちを非難したことがある。これまで米国では、進化論支持者と、旧約聖書創世記にあるように神が天地を創造されたとする天地創造説支持者の対立が続いてきた。

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