消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(318) オバマ現象の解剖(63)レフトビハンド(5)

2010-08-29 15:19:58 | 野崎日記(新しい世界秩序)


 米国民の過半数が「創造説」を信じているといわれる米国では、公立学校で創造説を教えることの是非が問われてきたが、憲法には政教分離原則が盛り込まれており、一九八七年に最高裁が「聖書の創世記を授業で教えることは、政教分離に反する」との判断を示して以来、公立学校で「生命は神が創った」とは教えられない。同時に、公然と進化論を教えることにも抵抗があり、生命誕生問題は、公教育の現場ではタブーとなっている。

 しかし、「創造説」へのこだわりは大きく、最近では、生命の誕生にはなんらかの知的計画が関与したとする「インテリジェント・デザイン」(intelligent design=知的計画)を授業で教えようとする動きに米国で出てきた。

 ダーウィン(Charles Robert Darwin)の進化論では生命誕生のなぞに答えられない、「時間をかけたからといって、複雑な生物は生まれ得ない」、「より高度な『力』が、生物を創造した」など、生物が誕生して固有の形をもつようになった背景には、なんらかの知的計画があると主張するのが、インテリジェント・デザイン説である。

 この説は、「神」や「創世記」といった言葉を用いてはいないものの、創造説の一つであることは間違いない。進化論支持派は、インテリジェント・デザインについて天地創造説の「神」を「知的計画」に置き換えただけだと批判している。

 二〇〇五年一一月八日、東部ペンシルベニア州と中部カンザス州でこの問題に関して、対照的な、二つのできごとがあった。

 ペンシルベニア州南部のドーバー(Dover)市では、教育委員会の選挙でインテリジェント・デザインを支持する八人が落選した。二〇〇四年、この町で、生物の授業において、「進化論には『穴』があり、インテリジェント・デザイン説は穴を埋める理論の一つだ」とする文書を教師が読み上げることを教育委員会が決めた。しかし、これは、政教分離の原則に反するとして法廷論争が続いていた。

 一方、カンザス州の教育委員会は、同じく八日、公立学校を対象とした「生命誕生をめぐる科学的な論争」を教えるとするカリキュラム改訂案を賛成六、反対四で可決した。直接言及していないが、授業で進化論だけでなくインテリジェント・デザイン説も合わせて教えようとしたものである。創造説を授業に取り入れるかどうかは、各学校の判断に委ねられるが、福音主義者の圧力があったことは確かである(「世界キリスト教情報」、第七七六信、二〇〇五年一一月一四日、http://cjcskj.exblog.jp/m2005-11-14/)。

 ドーバーで、創造説的なインテリジェント・デザイン説を支持する人たちが教育委員会選挙に八人も落ちたことをロバートソンは激怒し、一〇日には、ドーバー市が「神」を拒絶したと批判し、「神が怒りを下すだろう」と語った(Reuter, November 11, 2005)。

 ロバートソンは、一九九八年に、フロリダ州オーランド(Orland)市が同性愛者団体の活動を許可したことを批判し、同市にハリケーンや地震、テロ攻撃などの災害が発生するであろうと警告した。

 彼は、二〇〇五年八月二二日にも物議を醸す発言をした。米国との対立が深刻化しているベネズエラ(Bolivarian Republic of Venezuela)のチャベス(Hugo Rafael Chávez Frías)大統領を暗殺すべきだとまでいってしまったのである。

 同氏は自分の番組「七〇〇クラブ」で、チャベス大統領を「共産主義とイスラム原理主義を米大陸に広めている」と批判したうえで、チャベスが繰り返し言及してきた「米国によるチャベス暗殺計画」に触れ、「もしそれが本当なら、われわれは暗殺を実行すべきだ」、「独裁者を始末するのに(イラクのように)二〇〇〇億ドルも使って戦争をやる必要はない。秘密工作員に仕事をやってもらう方がずっと楽だ」、暗殺には情報機関の数人の活動で十分なはずであると述べたのである。

 ベネズエラのホセ・ビセンテ・ランヘル(Jose Vicente Rangel Vale)副大統領は、翌二三日の会見で「米国は対テロ戦争を説く一方、このような影響力のある人物にテロリスト的発言を許している」、「この発言は明らかな犯罪だ」と米国に対処を求めた。

 これに対しマコーマック(Sean McCormack)米国務省報道官(Department of State Spokesman)は同日、「不適切な発言だが、米政府の政策ではない」と、ローバートソンの発言をたんなる一市民のものにすぎないと強調した。

 ロバートソンの発言は、予想以上に波紋を広げ、二四日、ロバートソンは記者会見で謝罪した。しかし、謝罪はしたものの、イラクのフセイン(Saddam Hussein)元大統領やヒトラーを引き合いに出し、「無実の傍観者の群れに車が突っ込もうとしているとき、ただ惨劇を待つことはできない。ドライバーからハンドルを奪い取らねばならない」と、比喩的にチャベス大統領を改めて批判した。

 南米最大の産油国ベネズエラは、米国にとって原油の主要な輸入国だが、チャベスは南米でもっとも目立つ反米主義者で、米州自由貿易構想をはじめ、イラク戦争のほか、米国の政策にことごとく反発してきた。ロバートソンの発言は、チャベス政権に対する米国内の保守派の苛立ちを示したものであろう(「世界キリスト教情報」、第七七五信、二〇〇五年八月二九日、http://cjcskj.exblog.jp/m2005-08-29/)。
 パット・ロバートソンは、過激な発言のゆえに、『タイム』では選ばれなかったが、福音派拡張の大きな力であったという事実は否めない。

 ロバートソンと同じく『タイム』の選に漏れたジェリー・フォルウェルも、これまたロバートソン同様、米国の著名なテレビ説教者である。フォルウェルは、一九七九年に「モラル・マジョリティ」(Moral Majority)を創設した。これが、保守的な道徳観念を米国民に与えた影響も、共和党が躍進する大きな原動力であった。そのフォルウェルが、「二一世紀のモラル・マジョリティの復活」(21st century resurrection of the Moral Majority)と銘打って、新組織「モラル・マジョリティ連合」(Moral Majority Coalition)を二〇〇四年一一月に打ち上げた。新組織は、中絶反対の判事を任命し、同性間結婚禁止への連邦レベルでの法修正を実現させ、二〇〇八年の保守派大統領選出にとり組むなどの政治活動を展開するはずであった。当時、七一歳であったフォルウェルは、二〇〇八年までの四年間は新組織の全国委員長としての役目をはたすと語っていた(「世界キリスト教情報」、第七二五信、二〇〇四年一一月一五日、http://cjcskj.exblog.jp/m20004-11-15/)。しかし、これも爆発的なオバマ現象で腰砕けになってしまった。

 ロバートソンやフォルウェルよりもはるかに目立つ福音主義者がビリー・グラハムである。二〇〇六年八月一四日号の『ニューズウィーク』(Newsweek)が、グラハム特集を組んだ。キリスト教徒の多くが、イスラム教やヒンズー教などの異教徒でも神によって救済されるという考え方を「万人救済論」であるとして警戒している。グラハムにはつねにそうした危惧がつきまとうという非難が存在するが、グラハムは最大のカリスマになっている(神学的意味におけるカリスマではなく、通俗的表現としてのカリスマ)。彼は、「ビリー・グラハム伝道教会」(Billy Graham Evangelistic Association)の創設者である。二〇〇六年三月一二日、その前年にハリケーンの大被害を受けたニューオーリンズで伝道集会を開いたさいには、会場に一万六三〇〇人、会場に入ることができなかった人数も一五〇〇人いた。このとき、彼は、これが最後の伝道になるだろうといった。八七歳であった(「世界キリスト教情報」、第七九四信、二〇〇六年三月二〇日、http://cjcskj.exblog.jp/m2006-03-20/)。

 二〇〇五年六月二四日から三日間、グラハムは、ニューヨークで大勢の前で伝道をおこなった。会場となったクイーンズ(Queens)地区のフラッシング・メドウズ・コロナ公園(flushing meadows Corona Park)には、約六万人が参加し、三日間で延べ二三万人が彼の説教を最後のものとして聴いた。世界の十数か国から七〇〇を超えるメディアが集まった。

 グラハムは高齢のうえ、前立腺がんやパーキンソン病を患っている。この集会が彼がおこなった大衆伝道の四一七回目であった。伝道前の六月二二日の記者会見では「健康と体力の衰えで私のできることは限られてきた。伝道の日々はまもなく終わる」と述べた。
 グラハムは世界一八五か国を訪問、約二億人に伝道した。一九九二年と九四年には朝鮮を訪れ、当時の金日成主席とも会談した。またトルーマン以来、ブッシュ父子を含め米歴代大統領とも親密な関係を築いた。ブッシュ大統領はグラハムとの出会いが信仰を深める転機になったといった(「世界キリスト教情報」、第七五六信、二〇〇五年六月二七日、http://cjcskj.exblog.jp/m2005-06-27/)。ただ、グラハムは、政治的な問題に関しては、歴代大統領と一定の距離を置いてきた(5)。

 米国の出版社、パトナム(Putrnam)が、グラハムのこの六月にニューヨークでおこなわれた最後のクルセード(伝道)のメッセージ(説教)集、『神の愛に生きる=ニューヨーク・クルセード』(Living in God's Love, New York Crusade)を出版した(Graham [2005])。グラハム自身が序文とあとがきを執筆した。事実上の著者は息子である。編集はペンギン(Penguin)・グループのジョエル・フォティノス(Joel Fotinos)宗教書部長(Director of Religious Publishing)が担当した。パトナムはアライブ・コミュニケーションズ(Alive Communications)のリック・クリスチャン(Rick Christian)から版権を獲得した。

 二〇〇四年一一月一八日から二一日までの四日間、グラハムはロサンゼルスで「カリフォルニア・クルセード」を開いた。この伝道集会には延べ三一万人が参加し、一万一〇〇〇人を超える人々が洗礼の決意を示した(「世界キリスト教情報」、第七二七信、二〇〇四年一一月二九日、http://cjcskj.exblog.jp/m2004-11-29/)。

 以上に見られるように、著名な福音派の指導的牧師たちは、総じて積極的に共和党の党勢拡大の活動をおこなってきたが、次第に内部の亀裂が大きくなっていた。オバマ陣営はこの間隙を突いたのである。


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