消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(167) 道州制(9) 橋下大阪府政と関西州(9)

2009-06-01 07:04:02 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


 赤字に陥った第三セクターを破産させればいいではないかと、一般的には思われている。しかし、そうではない。第三セクターを破産させられない事情がある。

 
第三セクターを設立するときに、多くの自治体は、金融機関から融資を受けている。融資を受けやすくするために、自治体は、第三セクターに保証を与えようにも、自治体には保証行為は許されていない。したがって、保証の代わりに「損失補償」を金融機関は自治体に要求する。

  これは、融資返済の義務を負う第三セクターが破産した場合、融資額全額を、しかも、一括して返済するという確約を自治体が負うということである。多額の融資を受けて営業を開始した第三セクターが行き詰まっても、自治体はそれを解散させることができない。巨額の借金を一括返済しなければならないからである。いきおい、補助金を第三セクターに注ぎ込みながら、延命させるという手段を自治体は採用する誘惑に駆られる。こうして、第三セクターが自治体の命取りになりかねないのである。

 抽象的に言えば、「損失補償」とは、財政援助の一種として、特定の者が金融機関等から融資を受ける場合に、将来、その融資の全部又は一部が返済不能となって当該金融機関等が損失を被ったときに、地方公共団体等が、債務者に代わって、当該金融機関等に対してその損失を補償することをいう。通常、契約書が取り交わされる。

 民間企業では、子会社等が借り入れをする場合に「債務保証」を付すことが多い。しかし、政府や地方公共団体においては、会社その他の法人の債務について、総務大臣の指定する会社その他の法人でない限り、保証契約を付すことはできない(「法人に対する政府の財政援助の制限に関する法律」(財政援助制限法)第三条)。


 地方公共団体が、その関係する法人などの債務に対して債務保証を付けることを許していると、法人の事業の状態によっては何時発生するか分からない不確実な債務が増加し、当該団体の財政基盤を危うくしかねない。そのために、自治体による「債務保証」は禁じられている。

 しかし、民間の金融機関は、「債務保証」に代わるものとして、自治体に「損害補償」契約を求める場合がかなりある。第三セクターに関してもそうである。金融機関にとっては、第三セクター等に対して、まったくの担保がない状態では融資しづらい。しかし、自治体の「損失補償」があれば、「保証」に替わるものとして取り扱えるという利点がある。一般的に第三セクターは自社名義での不動産等の有形固定資産を有しないことが多く、金融機関にとって担保となるものがまずないことも、「損害補償」が要求される要因である。

 ただし、いわゆる地方三公社(「土地開発公社」、「住宅供給公社」、「地方道路公社」).のうち、「土地開発公社」と「地方道路公社」については、それぞれ法律で、自治体が債務保証をおこなうことは認められており、これら二つの公社への融資に当たっては「債務保証」も可能である。

 「債務保証」は、主たる債務が履行遅滞になると直ちに「従たる債務」として履行義務が発生する。これに対し、「損失補償」は「損失」が生じて初めて補償すべきものであり、単にある債権が弁済を受ける時期が到来したのに弁済がなされないということのみをもってしては、「損失」が発生したとみなされない。具体的には、債務者が倒産あるいは、そうした事態に至っていなくとも、客観的に当該債権の回収の見込がほとんどなくなった場合に初めて「損失」となったと認識され、その時点で債務となる。

 しかし、逆に言えば、第三セクターを破綻させたとたんに、自治体は損失補償契約を履行しなければならないために、金食い虫の第三セクターをつぶすにつぶせない。これが、近年見られる一般的傾向なのである。まさに、第三セクターが自治体を破滅に追い込んでいる。


 


(12) 大阪市は、〇八年夏季五輪の大阪開催を目指していたが、〇一年七月の「国際オリンピック委員会」 (IOC) 総会での投票により、中国の北京に決定し、開催は実現しなかった。メイン会場は大阪市北港(此花区)(このはなく)にある人工島・舞洲に置き、ここにある総合スポーツ公園「舞洲スポーツアイランド」にメインスタジアムやサッカー場、体育館(「舞洲アリーナ」)など主要な競技施設を集約し、また「インテックス大阪」や「長居スタジアム」など市内各地の既存スポーツ施設でも開催することを目指した。開会式は天神祭の開催に合わせて七月下旬に実施することも計画されていた。しかし、大阪市の財政が危機的状況にあったこと、環境破壊や会場アクセスなどの諸問題などから、市民の中には五輪招致に反対する動きが強くなっていた。また、〇一年五月、現地を視察審査した国際オリンピック委員会が、評価調査書でこれらの諸問題から「大阪での五輪開催は困難ではないか」という事実上の落選確定とも取れる推薦辞退を促そうとしたこともあった。同年七月におこなわれた「IOCモスクワ総会」で、一回目の投票で落選(六票)し、〇八年開催地は中国の北京(北京五輪)に決定した。舞洲に造られた下水処理場とゴミ処理場は、オリンピック開催を前提として莫大な建設費を投じて豪華な外観に造られた。また、招致活動にも約五三億円を費やしたため、危機的状況にある市の財政をさらに圧迫することとなる。〇九年には「財政再建団体」(後述)に転落するのではないかと危惧されている(ウィキペディアより)。

(13) 大阪南港の「新都心計画」にせよ、「テクノポート大阪計画」にせよ、強引な開発事業に乗り出したあげく失敗した責めを大阪市だけに負わせることはできない。国は、戦後復興期には海上輸送事業に重点を置いてきた。一九六〇年の「太平洋ベルト地帯構想」、一九六二年の「新産業都市建設促進法」などが打ち出された。しかし、その結果、四大工業地帯の臨海部に産業や人口を密集させてしまった。そうしたことを是正すべく、産業の地方分散化を進めるために策定されたのが、一九七二年の「工業再配置促進法」である。工場を地域に分散させるべく、固定資産税の減免、工場移転に合わせた補助金の交付、各種助成措置を政府は講じた。しかし、産業は、都市中心部から都市近郊に移っただけのことであった(山崎[1992]、九三~一〇六ページ)。同法は、役割を終えたとして〇六年に廃止された。

 その後に策定されたのが、一九八三年の「高度技術工業集積地域開発促進法」(通称、「テクノポリス法」)である。先端技術産業を核とした、産・学・住・遊が調和する自立した地域経済建設がスローガンになった。この法によって、一九八三年から八九年までに全国で二六地域が指定を受けた。指定を受けると、「産業再配置促進費補助金」の交付と「テクノポリス特別償却制度」による税制の優遇措置が自治体に与えられる。ところが、その多くが失敗に帰した。画一的でありすぎたのである(大石卓樹ほか[1999])。結局、この法律は自治体に膨大な借金を押しつけた後に、一九九八年に廃止された。

 補助金による産業団地建設は、新しいソフト産業に重点を移した「地域産業の高度化に寄与する特定事業の集積の促進に関する法律」(通称、「頭脳立地法」、一九八八年)に引き継がれた。

 「総合リース業」、「デザイン業」、「経営コンサルタント業」、「自然科学研究所」など、一六業種を特定した産業団地建設が目指された。これまでと同じように、助成措置、特別償却、債務保証など、政府は手厚い優遇措置を自治体に提供したのである。しかし、これも失敗した。これらソフト産業が都市の中心部から離れようとしなかったからである。「テクノポリス法」と同じく、一九九六年に廃止された。二つの旧法は、同年、「新事業創出促進法」に統合された。これもまた〇五年に廃止され、〇九年、「中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律」に統合された。

 〇一年に「産業クラスター計画」が策定され、大学の新産業地への移転が呼びかけられた。〇七年三月末で約二九〇校の大学が全国一八のプロジェクトに参加している。このプロジェクトもまた、「広域的新事業支援ネットワーク等補助金」の助成がある。クラスター計画は、開始時期の第一期が〇一~〇五年、成長期の第二期が〇六~二〇一〇年、自律的発展期の第三期が二〇一一~二〇二〇年である(経済産業省「産業クラスター計画」、http://www.cluster.gr.jp/plan/index.html)。

 そして、〇七年、「企業立地の促進等による地域における産業集積の形成及び活性化に関する法律」(「企業立地促進法」)が実施された。〇七年七月、一〇件・一二基本計画が認定され、〇八年三月に四二都道府県で一〇八の基本計画が国の認定を受けた。これもまた、立地内にある企業への設備投資に対する減税措置、研究開発や人材育成に対する助成措置が設けられている。こうした戦後の国の産業立地措置の時系列については、廣瀬[2008]が詳しい。

 以上、見られるように、国は、次々と新しい産業立地に関する法律を作って、補助金を餌に産業立地を自治体に建設させてきた。しかし、そのことごとくが失敗し、自治体には借金のみが残ったのである。にもかかわらず、国は道州制を地方に押しつけて、さらに強力な指導を自治体に対して発揮しようとしている。橋下知事が傾斜する関西州は、国の事業を誘致するという従来の自治体の失敗をそのまま踏襲しようとしただけのものである。ちなみに、〇七年九月末時点での、都道府県・政令市への企業誘致補助金・助成金上限額は、大阪府が全国でダントツに一位であった。大阪府が一五〇億円(〇六年では三〇億円)、二位の和歌山県は一〇〇億円、京都府は二七位の二〇億円、愛知県は三六位の一〇億円である。大阪市は一七位の三〇億円である。この数値は、大阪府を盟主とする関西州への布石が国主導下で推進させられていることを示すものである。データは、菅野・前島[2007]。


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