消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.147 公共性というご都合主義的区分

2007-08-15 22:34:51 | 金融の倫理(福井日記)


 米財務省証券取引で不正を犯した部下の監督不十分という罪状で、ソロモン・ブラザーズからの退社に追い込まれたジョン・メリウェザーが、新たな陣容の下でLTCMを発足させたのは、一九九四年二月二四日であった。それがわずか四年後の一九九八年九月に解散に追い込まれたのである。

 LTCMは、「ドリーム・チーム」との尊称を投資家たちから賜った。発起人自身が超人気トレーダーであったし、二人の一九九七年のノーベル経済学賞受賞者をはじめとして、著名な数学者を多数抱え、しかも、連邦準備制度理事会(FRB)の元副議長デビッド・マリンズを重役陣に擁していたのである。

 ウォール街の天才トレーダーであるメリウェザーが、取引手法のアイディアを提供し、ノーベル賞受賞者が取引手法を自動化するプログラムを作り、FRBのナンバー二を経営陣に加えて箔を付ける。

 こうした豪華な陣容は、発足当時から人気を集めた。世界有数の証券会社、銀行、富裕層がこのファンドに参加し、資本金として一二億五〇〇〇万ドルも集めた。破綻寸前時には、当初の四倍もの一〇〇〇億ドルを運用していた。破綻時の資本金は六五億ドル程度であった。

 LTCMは、田中宇氏によれば、「これ以上の組み合わせはない、といえる『神々たち』の集団であった。・・・ウォール街は、巨額の利益をあげる人々を神格化してしまう場所である」。世界からLTCMに資金が殺到し、LTCM側が断るほどであった(田中宇「神々の崩壊:世界を揺るがすヘッジファンド危機」一九九八年一〇月一三日、http://tanakanews.com/981013LTCM.htm)。

 破綻後、メリウェザーは、再度、「JWMパートナーズ」というファンドを創設した。
 LTCM清算時に、LTCM本体に三六億ドルの緊急出資が実施され、その九割が一九九九年中に返済された。LTCMだけでなく、LTCMとの取引で経営が行き詰った金融機関には何千億ドルもの緊急融資が実施された。グリーンスパンFRB議長の決断であった。ただし、この巨額の緊急融資は、正式の手続きを踏んでいないという批判がある。

 すでに触れたが、LTCMは、流動性の高い債券に照準を絞った。流動性が高い債券ならば、相互間の価格差(スプレッド)分散(ボラティリティ)が小さいので、利益は、小さいが、「相対価値取引」(レラティブ・バリュー取引)で確実に確保できる。本来の価格からすれば割安と判断される債券を大量に購入し、割高と判断される債券を空売りする。市場の動きによって、債券は本来の価格に近づく。割安によって購入した債券価格は将来値上がりする。割高の債券は値下がりする。割安で購入した債券を売却することによって利益を生み、割高な債券を空売りすることによってここでも利益を得る。ボラティリテイの小さい債券を組み合わせたのだから利幅が小さくなるが、ここに、大規模なレバリッジを効かせる。証拠金の二〇から三〇倍ものレバリッジであった。

 異なる債券の価格差が一時的に開いても、市場は、そうした格差をありうべき水準に戻すという市場原理を信奉したがゆえに、流動性の高い安全な債券の売買に取引を限定していたのである。

 繰り返しになるが、ヘッジファンドは一〇〇人以下の・プロ集団・富裕層から資金を集めて、高い配当を支払うために運用する金融会社である。

 金融の世界では、おかしな理屈がまかり通っている。不特定多数の人々から資金を集める組織は公共性が高く、少数のプロ集団から資金を集める組織は公共性がきわめて低いとされる。実際には、国家をも打ち負かせる力をもっているのに、資金の出し手が少ないという理由で、そうした組織は公共性が低いとされる。無数の個人から資金を集めた組織は、実際には、国家など敵に回せるものではない、弱い力しかないのに、公共性が高いとされる。

 そして、力がないのに、公共性が高いと決め付けられた組織は、無力な個人を保護するという口実の下に、監督官庁から厳しい監視を受ける。逆に、力があるのに公共性が低いとされた組織は、監督官庁の規制を受けない。前者の行動が規制され、後者の行動は自由である。

 たとえば、空売りは公共性の高い組織では原則禁止されている。公共性の低い組織は、少なくとも空売りは原則認められている。この空売りによって、世界の国民経済は大打撃を受けた。国家経済に巨大な影響を与えるヘッジファンドは、公共性が低いとされるがゆえにほとんどの投機行動を当局から黙認される。

 下落しそうな通貨や倒産しそうな会社の株を空売りしておいて、そうした状況を生み出す仕掛けを後で施すというあくどいことをおこなう。それによって、狙われた通貨の国民経済は悲惨な目に合い、会社は、実際に倒産に追い込まれ、多くの従業員が露頭に迷うようになりながら、攻撃に成功したファンドは、目もくらむような暴利を得る。倫理的には許し難いファンドのこうした投機行動は、しかも、違法ではない。成文法で認められているとはいえないにしても、現行法で違法と決めつけられることはないのである。

  ライブドア事件にせよ、村上ファンド事件にせよ、関連する企業や個人に被害を与えたという理由からではなく、虚偽決算、インサイダー取引疑惑で起訴されただけなのである。

 やるせないのは、公共性が高いとして、膨大な利益を上げることが許されない銀行などが、国内の雇用を増やすための生産的企業に融資するのではなく(利益率が低いので)、より高い収益を確保すべく、他のヘッジファンドに資金を託することによって高い収益を得るように行動してしまうことである。

  公共性とは、人々に雇用を与えるために融資する金融機関にこそ与えられるべき性質であろう。

 
公共性の高い金融機関が、雇用確保ではなく、金持ち階層の資産をさらに増やすための資金運用を目指す。公共性の低い金融組織なみの自由な行動を求めることが金融の自由化なのである。公共性の高い金融組織が、公共性の低い金融組織に運用資金を委託する。これもまた違法ではないのである。


 公共性の低いLTCMに資金運用を託していた、公共性の高い世界の金融機関は、LTCMへの委託金だけでなはく、自らもロシア債などに投資していて大損を被った。アジア経済の破綻、ロシア経済の破綻によって、世界の金融機関の資金は行き場を失った。「広がった格差は必ず縮小する」とのLTCMの信念は通用しなくなった。

 アジアやロシアの新興市場から資金が米国や日本に逆流し始めた。LTCMが危険水域に入ったのではないのかとの疑念が、利害関係者たちを取られた瞬間に、LTCMは幕引きを図った。一九九八年九月、事態はあっという間に悪化した。まさに急転直下の悪化であった。

 一九九八年九月二〇日、ニューヨーク連銀が欧米の金融機関に救済融資を呼び掛け、二日後の九月二三日、集められた一五行が三五億ドルの緊急融資を決意した。公的資金は使われなかったものの、それは、米国金融監督官庁による金融機関の指導以外のなにものでもなかった。

 市場関係者は、LTCMの具体的な資産内容、取引内容についてはなにも知らされなかった。それは、日本の日本長期信用銀行が一年近くも財務内容・取引内容を内外に明白にさせられた上に、リップルウッドに転売されたことと正反対であった。リップルウッドは公共性の低い組織である。したがって、乗っ取る側のリップルウッドの資産内容を日本人はなにも知らされなかった。

 公共性の低い金融組織は、取引内容を完全に開示する必要はないからである。リップルウッドへの出資者の名前も明らかにされることはなかった。しかし、日本長期信用銀行に関する情報はなにもかもが明白にされた。

 香港、マレーシア、タイなど、ヘッジファンドの攻撃によって大打撃を受けていた金融当局は、米国がヘッジファンドを救済することに対して強く批判した。 

 日本政府が、苦難にあえぐ国内銀行を救済しようとしたときに、もっとも強く反対したのは米国の金融当局だったのである。


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