消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.161 オルタナティブ投資

2007-09-12 01:34:20 | 金融の倫理(福井日記)


 ヘッジファンドなどの投資は、オルタナティブ投資と呼ばれている。オルタナティブとは、「・・・の代わりになる」という意味である。

   つまり、オルタナティブ投資とは、株式や債券などの昔からの投資とは異なる種類の投資ということである。昔からの投資とは、マーケットの動向に左右されることを基本線とした投資である。安く買い、高く売るというものである。

 これに対して、オルタナティブ投資とは、相場の動向に関係なく収益(α=アルファ)の確保を目指すものである。空売り、先物、オプションなどを組み合わせた投資である。こうした組み合わせがデリバティブと呼ばれるものである。ヘッジファンドもその一つである。オルタナティブ投資とは、ヘッジファンドの他に、コモディティ、プライベート・エクイティ、不動産投資、外国為替、フューチャーズ、ワラント、などがある。

 ヘッジファンドは、一九四九年にアルフレッド・ジョーンズ(Alfred Winslow Jones, 1901~1989)が創設したのが最初であることについては、すでに説明した。「経済予測の型」(Jones, A. W.[1949])の論文で展開した自説を実現させたのである。統計的手法で未来を予測するだけでは不十分である。リスクをヘッジすることを加味することが重要であると説いたのである。

 この論文が印刷される二か月前に彼はファンドを創設した。自らは四万ドルを投じ、六万ドルを募集、計一〇万ドルで出発したファンドは、一年目で一七・三%もの高収益をあげたのである(Rappeport, A. [2007])。

  ジョーンズのファンドを成功に導いた理論を解説した彼の論文に刺激されて、米国でヘッジファンド創出ブームが生じたのである。

 ある株の現物を買うと同時に、異なる値動きが想定される別の株を空売りをすれば、たとえ現物株が下落しても、結果として安定した利益を確保できるという理屈に則った投資をする集団が、ヘッジファンドと呼ばれるようになったのである。空売りというのは、現物株をもっていないのに、借りてきた株を売ることである。借りた株は将来の時期に現物で返さなければならない。現物買いに空売りを巧みに組み合わせれば取引のリスクを回避(ヘッジ)できるというのである。一九五〇年代にはそうしたヘッジファンドが一四〇も数えられたが、現在でそのときのファンドで生き残ったものはほとんどない(相田・宮本[1999a]、一六七ページ)。

 初期のヘッジファンドが衰退したのは、一九六〇年代の株価高騰ブームのせいである。優良株を買いさえすれば必ず値上がりするので、ヘッジの必要性がなくなったからである。今度は、ヘッジをするのではなく、投機的な金儲けを主眼とするファンドが排出した。現在は解散したが、一九六七年に設立されたスタインハート・パートナーズ、現在でも活躍している一九六九年のクォンタム・ファンドがそれである。

 一九七〇年代、株価は低迷しだした。そうした環境下でふたたびリスク回避の手法が開発された。これはポートフォリオ理論という分散投資を基本とするものである。値動きの異なる株式を組み合わせることで、利益と損失をコントロールできるという理論である。

 その後、オプション価格算定式が開発された。将来の一定日時に売買する権利のことをオプションといい、そうした権利を将来ではなく現在で取引することをオプション取引という。権利の売買手数料をオプション料金という。現物株や先物株を実際に売買するのではなく、権利だけの売買であるので、はるかに少ない費用ですむ。売る権利を買ったが、将来対象株が値下がりすれば、売る権利を放棄すればよい。オプション料金の損失だけですむのである。うまく値上がりすれば、利益を得ることができる。

 こうした便利な取引のポイントは、権利料金、つまり、オプション料金をどのように算定するかということにある。この算定を行うのがオプション価格算定式なのである。このオプション取引の活発化がデリバティブ取引の隆盛を生み、数学の専門家たちが、金融界に参入し、金融工学の旗手たちが輩出することになった。そして、この金融工学を鳴り物入りで取り入れたのがリスクを回避する意味でのヘッジでなく、投機に主力を移したヘッジファンドだったのである。

 ヘッジファンドの数は、世界全体で四〇〇〇は超えているであろう。ほとんどは、税金のかからないタックス・ヘイブンに登記されている(相田・宮本[1999a]、一六八~六九ページ)。

 最初の頃は、完全に私的な個人の資金を募集し、最低でも一〇〇万ドルの出資が条件であった。金持ちだけの個人の出資ということから、SECに運用内容を報告する義務はヘッジファンドにはなかった。

 一九九六年一〇月以降は、米国では、「国家証券市場改革法」(the National Securities Markets Improvement Act of 1996)によって、大口投資家の年金基金や銀行などもファンドに出資ができるようになった。

 しかし、二〇〇四年、SECはすべてのヘッジファンドに対して、当局への届け出を義務化し、規制を強化するようになった。このことによって、米国ではヘッジファンドのリターンは低下し続けている。いまでは八%前後にまで低下している。そのために、レバリッジを高めたり、天候デリバティブや災害債券(実際に災害が起これば元本がゼロになる)を購入したりして、二〇〇四年以降、ヘッジファンドはかなり怪しげなところにも投資するよおうになってしまっている。

 にもかかわらず、ヘッジファンドを含むオルタナティブ投資は激増している。一九九三年に設立された業界最大手のヘッジファンド・リサーチ(Hedge Fund Research)社によれば、オルタナティブ投資ファンドが世界で運用する資産は、一九九〇年には三九〇億ドルであったが、二〇〇四年第三・四半期には八九〇〇億ドルと驚異的な増加を示した。世界の六六〇〇本のヘッジファンドをカバーするトップクラスのデータベースであるTASSの試算では、二〇〇八年には二兆四〇〇〇億ドルにまで増加するであろうとされている(服部邦洋[2005]、一七~一八ページ)。

 ここで、用語解説をしておきたい。
 「トービンの分離定理」と言われるものがある。「すべての卵を一つの籠に盛るな」という格言をジェームズ・トービン(James Tobin, 1918~2002)が使ったとされている。これが、「ポートフォリオ理論」の基礎になった。

 株式投資で、よく使われる用語にα(アルファ)とβ(ベータ)というものがある。運用者の技術で得ることができる超過収益がαを呼ばれ、市場変動による収益をベータという。βを排除してαを狙いにいくことを「株式マーケット・ニュートラル」といい、「株式ロング・ショート・ポジション投資は」、は、βを狙いにいく投資である。

 「プライベート・エクイティ投資」というのもある。株式の未公開企業に投資することを指す。「ディストレスト証券」といって、財務面で困難に陥った企業の割安になった株式を積極的に買う手法もある。ウォーレン・パッフェトがその代表である。

 エール大学は、ヘッジファンドにいち早く投資した大学であり、一九八四年以降、二〇年間に渉って年利一六・一%のリターンをあげている。ハーバード大学も過去一〇年間に平均一五・九%のリターンをあげている。

 「グローバル・マクロ」という用語もある。為替・金利・株式・商品などあらゆる市場で、市場の歪み・矛盾したトレンドを発掘し、市場の方向に関係なく収益を追求することを指す。   

  引用文献

Jones, Alfred Winslow[1949],"Fashions in Forecasting," Fortune, March.
Rappeport, Alan[2007],"A Short History of Hedge Funds," CFO Magazine, March 27.
相田洋・宮本祥子[1999a]、『マネー革命1―巨大ヘッジファンドの攻防』NHK出版。
服部邦洋[2005]、「オルタナティブ精神」『会計情報』(トーマツ・リサーチ・センター)
     第三五一号、一一月。