「筆界認定」をめぐる問題について、これまで見てきたのですが、最後に、この問題について土地家屋調査士の世界の中ではどのようにとらえられているのか、どう考えるべきなのか、ということについて見ていきたいと思います。
折しも改正土地家屋調査士法が改正されて、土地家屋調査士が「筆界を明らかにする業務の専門家」として位置づけられたところです。「筆界を明らかにする業務の専門家」としての土地家屋調査士は、どのようにして「筆界を明らかにする」のか?・・・まさにその「専門性」が何なのか?を問われるときです。
この問いに対して、もしも、「土地所有者に聞いて明らかにします」というのが「答え」だとしたら、あまりにも情けない、ということになります。・・・
今、土地家屋調査士は、「筆界認定」「筆界位置の判断」について、どのように考えているのか?とりあえずその「公式表現」についてみることにしたいと思います。調査士法の改正を受けて「業務要領」の改定がなされようとしている、ということですので、その「業務要領」改定案で、「筆界位置の判断」についてどのように言われているのか、その問題点は何か、ということを見ていきたいと思います。「業務要領」改定案では、「筆界位置の判断」について、次のように期待するべきものとされているそうです。
この条項について、本稿の問題にしていることとの関係では、どの場合にも(「数値資料」のある場合でさえ!)「関係者が境界標等を土地の境界として認めている」こと(「筆界確認情報」)を必要だ、としている、というところにあるわけですが、根本的な問題は、そのことを含めておよそ「筆界認定の在り方」という「筆界を明らかにする業務の専門家」にとっての中心的課題に対する問題意識そのものが感じられないところにあります。外形的なことで言えば、この条項は、少なくとも昭和(!)63年(1988年)12月に出された「調測要領第3版」の22条「筆界の確認」、23条「境界確認の協議」とほぼ同じ内容です。社会が大きく変化する中で32年経っても同じ姿勢のままでいる、というのは、まず、驚くべきことです。参考までに1988年のものを以下に示します。
この二つを見ると明らかなように、ほとんど変わっていません。32年の時を経て、客観的な情勢も主体的な能力も大きく変わっているのに、これほど相も変らぬ規定を墨守していていいのでしょうか?これまでの「筆界確認情報」に頼った「筆界認定」のあり方では、取引の円滑に対する阻害要因になってしまう、という批判を受けて検討に取り組まざるをえなくなってきている、ということは考えの中に無いようです。時代と関係なくやっていけると考えている(あるいは何も考えていない)様子は「のんき」と言ってすまされるものではないように思えます。
・・・が、もちろん、何も変わっていないわけではありません。(1)を比較してみると、「2020年版」の方では「数値資料」というものが登場していることが分かります(これは、1997年(平成9年)の「第4版」から登場しているものです。その頃から「数値測量」が一般的になっていった、ということが分かります)。しかしその上で問題なのは、「数値資料」が登場したにもかかわらず、他の要件は何も変わっていない、ということです。「数値資料」があっても「境界標等で現地の区画が明確」「当事者間でその境界標等を境界として認めている」という要件が必要だとされていること、裏返せばこれらの要件がなければ「筆界と判断する」ことはできない、とされている、ということです。これはおかしい。
「数値資料」というのは、筆界の位置をピンポイントで指し示すことのできる資料、ということです。すなわち、創設筆界については、筆界を画定した時の一次資料・直接証拠としての意味を持つ資料です。したがって当事者たちがどのような認識を持とうと、これ以外に「筆界」があるとは考えようのないものです。「筆界位置の判断」のためにこれ以外の資料を求めるのは間違っています。原始筆界であっても、過去において「筆界確認情報」などを基礎として「筆界認定」したものを数値で表示してピンポイントで復元しうるようにしているものです。過去に一度「筆界認定」されているのであれば、それを尊重すること、そのような「筆界認定」とそれに係る資料の蓄積によって、より多くの筆界の位置が明らかになり、土地境界関係が安定に向かっていく、ということが、およそ「筆界認定」に携わる者には考えられなければなりません。ですから、「数値資料」(公的に認証された数値資料)が存在する場合には、それだけをもって「筆界と判断する」ことができるものとするべきものとしてあります。
(なお、誤解を招くといけないので言っておきますが、私は、数値資料があれば現地も見ずに自動的に「筆界の位置」を判断していい、と言っているわけではありません。「数値資料」の示す位置を現地に「復元」したうえで判断する、という作業が必ず必要です。その上で、近く(ではあるが異なる位置)に境界標等が存在するときには、どちらの位置を「筆界」と判断するのか、という、まさに「判断」が求められます。これは、場合によっては「数値と若干違う現地の境界標等の位置」になることもあるでしょうし、逆に「現地の境界標と若干違う数値通りの位置」になることもあるでしょう。必ずどうなる、と決まっているわけではなく、「判断」がもとめられるのであり、こうした「判断」をできるからこそ「専門家」と言えるのであり、決まりきったことを決まりきったように処理する機械的な作業にしてしまうべきではありません。その意味でさらに言うと、2020年改訂版の条文の文章は、最後の部分を「これをもって筆界と判断する」という断定口調で締めくくっています(これが従来のものと変わったところです)が、そうではなく、それまでの「調測要領」の「これをもって筆界として差し支えない」という判断の余地を残した言い方の方がふさわしいと言えます。)
この「数値資料」の登場、というのは、実は画期的なこととしてあります。
それまでは、
「現地で筆界を一義的に指し示すことのできる地図や一筆図、地積測量図はむしろ極めてまれであろう。」(寶金敏明「新訂版 里道・水路・海浜」P.251-2)
と言われるように、ピンポイントで筆界を指示する資料というのは、ほとんどありませんでした。そして、そのことを理由として、両土地所有者の「立会」によって筆界を確認するということ(「筆界確認情報の作成・提供」)が必要なのだ、とされてきていたわけです。ところが、その「きわめてまれ」であった資料が、数値測量の普及によって「数値資料」というかたちで数多く輩出されるようになってきました。ですから、少なくとも「数値資料」のある筆界に関しての「筆界認定」に関する考え方は、この状況の変化に応じて変わらなければならなかったわけです。
ところが、「数値資料」の登場、という変化は知りながら、それを「筆界認定」の考え方に適切に適用していく、ということができずに来ている、というのが、土地家屋調査士界の現状だと言わなければならないわけです。情けないことです。
私は先に「32年間ほとんど変わっていない」と言いました。これはやや不正確な言い方です。基本的なところではあまり変わっていないにしても、32年の間にはその時々の変化をしながら、今、かえって悪い方向に変化しようとしている、とさえ言えてしまう、というのが実態に近い感じです。
それを見るために、1997年(平成9年)の「調測要領第4版」での、上記(1)に対応する条文(21条)を見てみて、比較してみましょう。
まず初めに考える「場合」が違います。1997年には、「既存の地積の測量図,法第17条地図及びその他の数値資料が存する場合」のことを考えました。「数値資料」というピンポイントで筆界の位置を指し示す資料が登場してくる中で、その意義を受け止めて、まず「数値資料がある場合にどうするか?」ということを考えた、ということなのでしょう。その上で、おそらくは当時の「数値資料」の精度のバラつきというようなこともあって、それだけで筆界の位置を判断するわけにはいかない、ということや、それまで「境界標等の存在」「当事者の承認」(筆界確認情報)によって筆界位置を判断してきた業務慣行の流れの中あるということの中で、「境界標等の存在」「当事者の承認」という要件をも残してしまったところに限界があるのだと思いますが、それにしても「数値資料が存在する場合」にどうするのか?ということをまず考えた、というところは優れた着眼であった、と言えるでしょう。
ところが、それから23年の経った2020年には、再び、
・・・以上、「筆界確認情報」以外の「余談」めいた話が長くなってしまいました。「筆界認定」、特に「筆界確認情報」のところに話を戻しましょう。
「改定案」の条文を見ると、「数値情報」のある場合も、それがなくて「境界標等」がある場合も、いずれも「関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合」でなければ「筆界と判断する」ことはできないものとされています。これは逆に言って「関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合」には、そのことをもって「筆界と判断する」ことができる、ということになります。(1)(2)(3)を通してみると、そうだということが明らかです。「筆界確認情報」の偏重です。この偏重は、土地家屋調査士の世界にこそある、という姿になっているわけです。
しかし、これまで縷縷述べてきたように、「筆界確認情報」がなくても「筆界認定」できる場合というのは、さまざまな形である、ということを明らかにすべきです。その課題に取り組まず、十年一日どころか三十年一日に「筆界確認情報」頼りを続けることを「業務要領」にする、ということが、「筆界を明らかにする業務の専門家」として正しい態度だとはとても思えません。
「関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合」としている「改定案」は、少なくとも(本当に少なくとも)、従来の「調測要領」にあった「当事者間に異議がないときは」というような表現に(そのような内容に)変えるべきなのだと思います。
そして、「数値資料のある場合」「数値資料はないが一定の復元性のある資料のある場合」「現地地物の存在とその経緯」等に関する整理を行っていく必要があるのだと思います。しつこいほど繰り返しますが、それが「筆界を明らかにする業務の専門家」として必要なことなのだと思うのです。
最後に。
もう十数年前でしょうか、他県の土地家屋調査士(優秀な方です)と話をしたときに、「隣接者にペコペコ頭を下げて筆界への同意をもらうのが仕事だという現状を克服したい」ということを言われて驚いたことがあった、ということを思い出しました。そのような業務のあり方が一般的な状態として今も続いているのだとしたら、情けないことです。「筆界を明らかにする業務の専門家」だとして表面的におだて上げられながら、その実法務局の下請作業員として、隣接者にペコペコ頭を下げながら、「確認できた」といううわべを取り繕うことを繰り返し、そのことをもって「業務独占」を保っていく、という姿では、あまりにも情けないと思います。
「筆界認定の在り方」を、本当に考えなければいけない、ということを最後に繰り返して、冗長になった本稿を閉じることにします。
折しも改正土地家屋調査士法が改正されて、土地家屋調査士が「筆界を明らかにする業務の専門家」として位置づけられたところです。「筆界を明らかにする業務の専門家」としての土地家屋調査士は、どのようにして「筆界を明らかにする」のか?・・・まさにその「専門性」が何なのか?を問われるときです。
この問いに対して、もしも、「土地所有者に聞いて明らかにします」というのが「答え」だとしたら、あまりにも情けない、ということになります。・・・
今、土地家屋調査士は、「筆界認定」「筆界位置の判断」について、どのように考えているのか?とりあえずその「公式表現」についてみることにしたいと思います。調査士法の改正を受けて「業務要領」の改定がなされようとしている、ということですので、その「業務要領」改定案で、「筆界位置の判断」についてどのように言われているのか、その問題点は何か、ということを見ていきたいと思います。「業務要領」改定案では、「筆界位置の判断」について、次のように期待するべきものとされているそうです。
第33条 調査士は,本要領第31条及び第32条の調査結果等と併せて,原則として次に掲げる各号によって筆界位置の判断をするものとする。なお,土地の形状及び面積が地図等又は登記記録の地積と相違しているときは,依頼者に対し地図訂正又は地積更正等の必要性があることを助言するものとする。
(1) 現地において境界標又はこれに代わる構築物等(以下「境界標等」という。)によ り土地の区画が明らかな場合において,地積測量図,地図又はその他の数値資料(以下「数値資料」という。)が存し,位置及び形状がそれぞれの資料のもつ精度に応じた誤差の限度内であり,かつ,関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合は,これをもって筆界と判断する。
(2) 現地において境界標等により土地の区画が明らかな場合において,数値資料が存せ ず,地図に準ずる図面,関係者の証言等により対象地の位置,形状,周辺地との関係が矛盾なく確認され,かつ,関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合は,これをもって筆界と判断する。
(3) 現地において境界標等が存せず土地の区画が明らかでない場合において,関係者に 対して筆界及び所有権の及ぶ範囲の確認を求め,書証・物証・人証によって現地の境界が明確になり,特別の矛盾や反証のない場合は,これをもって筆界と判断する。この場合,調査士は,本要領第31条及び第32条による調査結果等に基づく見解を関係者に示し,恣意的に筆界が確認されることのないようにしなければならない。
(1) 現地において境界標又はこれに代わる構築物等(以下「境界標等」という。)によ り土地の区画が明らかな場合において,地積測量図,地図又はその他の数値資料(以下「数値資料」という。)が存し,位置及び形状がそれぞれの資料のもつ精度に応じた誤差の限度内であり,かつ,関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合は,これをもって筆界と判断する。
(2) 現地において境界標等により土地の区画が明らかな場合において,数値資料が存せ ず,地図に準ずる図面,関係者の証言等により対象地の位置,形状,周辺地との関係が矛盾なく確認され,かつ,関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合は,これをもって筆界と判断する。
(3) 現地において境界標等が存せず土地の区画が明らかでない場合において,関係者に 対して筆界及び所有権の及ぶ範囲の確認を求め,書証・物証・人証によって現地の境界が明確になり,特別の矛盾や反証のない場合は,これをもって筆界と判断する。この場合,調査士は,本要領第31条及び第32条による調査結果等に基づく見解を関係者に示し,恣意的に筆界が確認されることのないようにしなければならない。
この条項について、本稿の問題にしていることとの関係では、どの場合にも(「数値資料」のある場合でさえ!)「関係者が境界標等を土地の境界として認めている」こと(「筆界確認情報」)を必要だ、としている、というところにあるわけですが、根本的な問題は、そのことを含めておよそ「筆界認定の在り方」という「筆界を明らかにする業務の専門家」にとっての中心的課題に対する問題意識そのものが感じられないところにあります。外形的なことで言えば、この条項は、少なくとも昭和(!)63年(1988年)12月に出された「調測要領第3版」の22条「筆界の確認」、23条「境界確認の協議」とほぼ同じ内容です。社会が大きく変化する中で32年経っても同じ姿勢のままでいる、というのは、まず、驚くべきことです。参考までに1988年のものを以下に示します。
(筆界の確認)
第33条 筆界の確認は、前条の基礎測量又はこれに類する測量の成果を基礎として、次の各号により行うものとする。
(1) 現地において境界標又はこれに代わる構築物により土地の区画が明確であって、地 積の測量図又は地図に記載された位置及び形状がそれぞれの精度に応じた誤差の限度内で一致し、かつ,当事者間でそれらの境界標等を土地の境界として承認しているときは,これをもって筆界として差し支えない。
(2) 現地の状況が構築物等によって判然と区画されている場合で,既存資料又は現地精 通者の証言等により目的地の位置,形状,周辺地との関係が矛盾なく確認され,かつ,当事者間に異議のないときは,これをもって筆界として差し支えない。この場合において、土地の形状及び面積が地図等又は公簿と相違しているときは,委託者に対し地図訂正の必要性があることを助言するものとする。(以下略)
(境界確認の協議)
第33条 土地の筆界点が明らかでない場合には、 当事者に対して境界及び所有権の及ぶ範囲の確認を求め,協議をさせるものとする。この場合において必要があると認めるときは,調査結果及び資料を関係者に示し,恣意的に境界が定められることのないよう配慮するものとする
第33条 筆界の確認は、前条の基礎測量又はこれに類する測量の成果を基礎として、次の各号により行うものとする。
(1) 現地において境界標又はこれに代わる構築物により土地の区画が明確であって、地 積の測量図又は地図に記載された位置及び形状がそれぞれの精度に応じた誤差の限度内で一致し、かつ,当事者間でそれらの境界標等を土地の境界として承認しているときは,これをもって筆界として差し支えない。
(2) 現地の状況が構築物等によって判然と区画されている場合で,既存資料又は現地精 通者の証言等により目的地の位置,形状,周辺地との関係が矛盾なく確認され,かつ,当事者間に異議のないときは,これをもって筆界として差し支えない。この場合において、土地の形状及び面積が地図等又は公簿と相違しているときは,委託者に対し地図訂正の必要性があることを助言するものとする。(以下略)
(境界確認の協議)
第33条 土地の筆界点が明らかでない場合には、 当事者に対して境界及び所有権の及ぶ範囲の確認を求め,協議をさせるものとする。この場合において必要があると認めるときは,調査結果及び資料を関係者に示し,恣意的に境界が定められることのないよう配慮するものとする
この二つを見ると明らかなように、ほとんど変わっていません。32年の時を経て、客観的な情勢も主体的な能力も大きく変わっているのに、これほど相も変らぬ規定を墨守していていいのでしょうか?これまでの「筆界確認情報」に頼った「筆界認定」のあり方では、取引の円滑に対する阻害要因になってしまう、という批判を受けて検討に取り組まざるをえなくなってきている、ということは考えの中に無いようです。時代と関係なくやっていけると考えている(あるいは何も考えていない)様子は「のんき」と言ってすまされるものではないように思えます。
・・・が、もちろん、何も変わっていないわけではありません。(1)を比較してみると、「2020年版」の方では「数値資料」というものが登場していることが分かります(これは、1997年(平成9年)の「第4版」から登場しているものです。その頃から「数値測量」が一般的になっていった、ということが分かります)。しかしその上で問題なのは、「数値資料」が登場したにもかかわらず、他の要件は何も変わっていない、ということです。「数値資料」があっても「境界標等で現地の区画が明確」「当事者間でその境界標等を境界として認めている」という要件が必要だとされていること、裏返せばこれらの要件がなければ「筆界と判断する」ことはできない、とされている、ということです。これはおかしい。
「数値資料」というのは、筆界の位置をピンポイントで指し示すことのできる資料、ということです。すなわち、創設筆界については、筆界を画定した時の一次資料・直接証拠としての意味を持つ資料です。したがって当事者たちがどのような認識を持とうと、これ以外に「筆界」があるとは考えようのないものです。「筆界位置の判断」のためにこれ以外の資料を求めるのは間違っています。原始筆界であっても、過去において「筆界確認情報」などを基礎として「筆界認定」したものを数値で表示してピンポイントで復元しうるようにしているものです。過去に一度「筆界認定」されているのであれば、それを尊重すること、そのような「筆界認定」とそれに係る資料の蓄積によって、より多くの筆界の位置が明らかになり、土地境界関係が安定に向かっていく、ということが、およそ「筆界認定」に携わる者には考えられなければなりません。ですから、「数値資料」(公的に認証された数値資料)が存在する場合には、それだけをもって「筆界と判断する」ことができるものとするべきものとしてあります。
(なお、誤解を招くといけないので言っておきますが、私は、数値資料があれば現地も見ずに自動的に「筆界の位置」を判断していい、と言っているわけではありません。「数値資料」の示す位置を現地に「復元」したうえで判断する、という作業が必ず必要です。その上で、近く(ではあるが異なる位置)に境界標等が存在するときには、どちらの位置を「筆界」と判断するのか、という、まさに「判断」が求められます。これは、場合によっては「数値と若干違う現地の境界標等の位置」になることもあるでしょうし、逆に「現地の境界標と若干違う数値通りの位置」になることもあるでしょう。必ずどうなる、と決まっているわけではなく、「判断」がもとめられるのであり、こうした「判断」をできるからこそ「専門家」と言えるのであり、決まりきったことを決まりきったように処理する機械的な作業にしてしまうべきではありません。その意味でさらに言うと、2020年改訂版の条文の文章は、最後の部分を「これをもって筆界と判断する」という断定口調で締めくくっています(これが従来のものと変わったところです)が、そうではなく、それまでの「調測要領」の「これをもって筆界として差し支えない」という判断の余地を残した言い方の方がふさわしいと言えます。)
この「数値資料」の登場、というのは、実は画期的なこととしてあります。
それまでは、
「現地で筆界を一義的に指し示すことのできる地図や一筆図、地積測量図はむしろ極めてまれであろう。」(寶金敏明「新訂版 里道・水路・海浜」P.251-2)
と言われるように、ピンポイントで筆界を指示する資料というのは、ほとんどありませんでした。そして、そのことを理由として、両土地所有者の「立会」によって筆界を確認するということ(「筆界確認情報の作成・提供」)が必要なのだ、とされてきていたわけです。ところが、その「きわめてまれ」であった資料が、数値測量の普及によって「数値資料」というかたちで数多く輩出されるようになってきました。ですから、少なくとも「数値資料」のある筆界に関しての「筆界認定」に関する考え方は、この状況の変化に応じて変わらなければならなかったわけです。
ところが、「数値資料」の登場、という変化は知りながら、それを「筆界認定」の考え方に適切に適用していく、ということができずに来ている、というのが、土地家屋調査士界の現状だと言わなければならないわけです。情けないことです。
私は先に「32年間ほとんど変わっていない」と言いました。これはやや不正確な言い方です。基本的なところではあまり変わっていないにしても、32年の間にはその時々の変化をしながら、今、かえって悪い方向に変化しようとしている、とさえ言えてしまう、というのが実態に近い感じです。
それを見るために、1997年(平成9年)の「調測要領第4版」での、上記(1)に対応する条文(21条)を見てみて、比較してみましょう。
「(1)既存の地積の測量図,法第17条地図及びその他の数値資料が存する場合において,現地における境界標又はこれに代わる構築物等により土地の区画が明確であって、位置及び形状がそれぞれの資料のもつ精度に応じた誤差の限度内であり,かつ,当事者間でそれらの境界標等を土地の境界として認めているときは,これをもって筆界として差し支えない。」
まず初めに考える「場合」が違います。1997年には、「既存の地積の測量図,法第17条地図及びその他の数値資料が存する場合」のことを考えました。「数値資料」というピンポイントで筆界の位置を指し示す資料が登場してくる中で、その意義を受け止めて、まず「数値資料がある場合にどうするか?」ということを考えた、ということなのでしょう。その上で、おそらくは当時の「数値資料」の精度のバラつきというようなこともあって、それだけで筆界の位置を判断するわけにはいかない、ということや、それまで「境界標等の存在」「当事者の承認」(筆界確認情報)によって筆界位置を判断してきた業務慣行の流れの中あるということの中で、「境界標等の存在」「当事者の承認」という要件をも残してしまったところに限界があるのだと思いますが、それにしても「数値資料が存在する場合」にどうするのか?ということをまず考えた、というところは優れた着眼であった、と言えるでしょう。
ところが、それから23年の経った2020年には、再び、
「(1) 現地において境界標又はこれに代わる構築物等(以下「境界標等」という。)によ り土地の区画が明らかな場合において,地積測量図,地図又はその他の数値資料(以下「数値資料」という。)が存し,位置及び形状がそれぞれの資料のもつ精度に応じた誤差の限度内であり,かつ,関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合は,これをもって筆界と判断する。」
というように、まず考えるのは「境界標等のある場合」になってしまっているのです。そして、その境界標等に位置を「筆界と判断する」ことを画一的に求めています。これは、「筆界」を判断するときに、「筆界について記載された図書資料」と「現地地物」のどちらを重視するのか?という問いに対して「現地地物」と答えて、それを規準にするべき、としているものです。それでいいのでしょうか?とても疑問です。・・・以上、「筆界確認情報」以外の「余談」めいた話が長くなってしまいました。「筆界認定」、特に「筆界確認情報」のところに話を戻しましょう。
「改定案」の条文を見ると、「数値情報」のある場合も、それがなくて「境界標等」がある場合も、いずれも「関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合」でなければ「筆界と判断する」ことはできないものとされています。これは逆に言って「関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合」には、そのことをもって「筆界と判断する」ことができる、ということになります。(1)(2)(3)を通してみると、そうだということが明らかです。「筆界確認情報」の偏重です。この偏重は、土地家屋調査士の世界にこそある、という姿になっているわけです。
しかし、これまで縷縷述べてきたように、「筆界確認情報」がなくても「筆界認定」できる場合というのは、さまざまな形である、ということを明らかにすべきです。その課題に取り組まず、十年一日どころか三十年一日に「筆界確認情報」頼りを続けることを「業務要領」にする、ということが、「筆界を明らかにする業務の専門家」として正しい態度だとはとても思えません。
「関係者が境界標等を土地の境界として認めている場合」としている「改定案」は、少なくとも(本当に少なくとも)、従来の「調測要領」にあった「当事者間に異議がないときは」というような表現に(そのような内容に)変えるべきなのだと思います。
そして、「数値資料のある場合」「数値資料はないが一定の復元性のある資料のある場合」「現地地物の存在とその経緯」等に関する整理を行っていく必要があるのだと思います。しつこいほど繰り返しますが、それが「筆界を明らかにする業務の専門家」として必要なことなのだと思うのです。
最後に。
もう十数年前でしょうか、他県の土地家屋調査士(優秀な方です)と話をしたときに、「隣接者にペコペコ頭を下げて筆界への同意をもらうのが仕事だという現状を克服したい」ということを言われて驚いたことがあった、ということを思い出しました。そのような業務のあり方が一般的な状態として今も続いているのだとしたら、情けないことです。「筆界を明らかにする業務の専門家」だとして表面的におだて上げられながら、その実法務局の下請作業員として、隣接者にペコペコ頭を下げながら、「確認できた」といううわべを取り繕うことを繰り返し、そのことをもって「業務独占」を保っていく、という姿では、あまりにも情けないと思います。
「筆界認定の在り方」を、本当に考えなければいけない、ということを最後に繰り返して、冗長になった本稿を閉じることにします。