先週の土曜日(11.28)、地籍問題研究会の第14回定例研究会が「民法(債権法)改正」をテーマとして行われたので、聴講しました。
「民法(債権法)改正」については、今年の国会に上程されて成立するのかとも思われていたのですが成立せず、現在閉会中審議にかけれれている、という状態だそうです。何の情報もないところで勝手に「安保法制のあおりで成立まで行かなかったのか?」と思っていたのですが、「法務委員会」の問題なので、刑訴法改正との関係が大きかったようです。)
「民法(債権法)改正」については、民法という民事法制の基本中の基本にある法律を大幅に改正しようとするものですから大変な一大事です。土地家屋調査士の世界でも、「法律関連専門職のはしくれとして、民法改正案への意見の一つも言えないのは情けない」というような意見もでていました。その「志」(というか「意気」というか)、は高くて素晴らしいのですが、「志」だけで終わってしまってはつまりません。「内容」が伴わなければならない、ということで、地籍問題研究会でもテーマとして取り上げていただき、関係の民法の専門家の先生に講義をいただいた、というわけです。
その上で、内容的なことを、ざっと括ってしまうと、「今回の民法改正(案)は、土地家屋調査士の業務や地籍制度に直接関係するものとしてはあまりない」ということになります。これは、さまざまな形でアナウンスされている改正案の内容を見ていれば、そうだろうな、とわかることではありますが、あらためて立法作業に直接携わった山野目章夫先生(早稲田大学法学学術院教授、法制審議会民法部会幹事)のような方からの話で確認できたのは、ありがたいことでした。(それだけでは、「そんなことのためにわざわざ・・・」、という話ですが・・・。)
その上で、「直接関係ない」ことについてもきちんと見ておく必要がある、ということもあります。「債権法」分野も他の民法の分野と全く独立しているわけではなく、一つの体系の中にあるわけですから、今、直接には関係ないことも全体としては関係してくる、というものとして見ておかなければならないでしょうし、私たち自身が将来的にはそのような関わり合いを持つようなものに、自分たちとして変わっていかなければならない、ということもあるのだと思います。
さらにその上で、もう少し具体的な内容について。今回の民法改正案で、土地家屋調査士の中から「大変だ!」的に言われていたこととして、「瑕疵担保責任がなくなる」ということがあります。このことをとらえて、「不動産取引における責任」がこれまでと180°変わるのだ、というようなことを言う人もありました。一知半解からくるデマみたいなものなのですが・・・。
たしかに、改正案においては、「瑕疵担保責任」という言葉をなくすことにしています。この、すでに十分に馴染んだものになっているように思える「瑕疵担保責任」という言葉をなくそうとすることの理由が、私にもよくわかりませんでした。たとえばそれは、
「まず、この条文に出てくる瑕疵という言葉が難解です。瑕疵とは傷(キズ)とか欠陥といった意味ですが、現代の日常生活では使わなくなっており、このような難解な用語をわかりやすい言葉に置き換える」必要があるのだ、というような形で説明されていました(引用は内田貴「民法改正のいま―中間試案ガイド」から)。しかし、「瑕疵」がそんなに難解な言葉だとは思えないし、今の国民はこのくらいの「難解」さなら、すぐに理解できるものと言うべきでしょう。五郎丸選手の「ルーティン」なんていうのもすぐに人口に膾炙する世の中なのですから。
それはともかく、今回の研究会で「民法改正について―不動産取引実務への影響を中心に」と題して講演された大場浩之先生(早稲田大学法学学術院教授)によれば「瑕疵担保責任」という用語をなくして「瑕疵担保」の問題として問題を立てないようにするのは、「売主の担保責任を契約不適合の問題として債務不履行責任に一元化」することに意味があるのだそうです。
・・・なるほど、という感じもするもののイマイチよくわからないのですが、これにより「瑕疵担保責任の法的性質をめぐる論争」、すなわち「法定責任説か契約責任説か」という論争に「立法による解決」がなされる(法定責任説はとれなくなる)、という意味がある、と言われると、あらためてなるほど、と思わされます。
もっとも、そうだとするとどうも「国民へのわかりやすさ」の問題じゃないような気もしますし、この研究会で「民法改正案における時効法改革」について講演してくださった松本克実先生(立命館大学院法務研究科教授)が指摘されるように「契約不適合」ということが前面に打ち出されると「客観的瑕疵」の面が弱まるという弊害もあるような気もするのですが、「国民へのわかりやすさ」というよりも「法律専門家にはそれとして解決しなければならないことがあるのだ」というようなこととして・・・まぁ納得です。
半日の研究会聴講で全てが分かるはずもないのですが、ポイントを教えていただいたような気がするので、自分で勉強していかなければ、と思わされました。
その他、会場(日司連ホール)への感想、という研究会への趣旨には関係ないことも書こうと思ったのですが、すでに十分長くなってしまったので、これはまたの機会に。
「民法(債権法)改正」については、今年の国会に上程されて成立するのかとも思われていたのですが成立せず、現在閉会中審議にかけれれている、という状態だそうです。何の情報もないところで勝手に「安保法制のあおりで成立まで行かなかったのか?」と思っていたのですが、「法務委員会」の問題なので、刑訴法改正との関係が大きかったようです。)
「民法(債権法)改正」については、民法という民事法制の基本中の基本にある法律を大幅に改正しようとするものですから大変な一大事です。土地家屋調査士の世界でも、「法律関連専門職のはしくれとして、民法改正案への意見の一つも言えないのは情けない」というような意見もでていました。その「志」(というか「意気」というか)、は高くて素晴らしいのですが、「志」だけで終わってしまってはつまりません。「内容」が伴わなければならない、ということで、地籍問題研究会でもテーマとして取り上げていただき、関係の民法の専門家の先生に講義をいただいた、というわけです。
その上で、内容的なことを、ざっと括ってしまうと、「今回の民法改正(案)は、土地家屋調査士の業務や地籍制度に直接関係するものとしてはあまりない」ということになります。これは、さまざまな形でアナウンスされている改正案の内容を見ていれば、そうだろうな、とわかることではありますが、あらためて立法作業に直接携わった山野目章夫先生(早稲田大学法学学術院教授、法制審議会民法部会幹事)のような方からの話で確認できたのは、ありがたいことでした。(それだけでは、「そんなことのためにわざわざ・・・」、という話ですが・・・。)
その上で、「直接関係ない」ことについてもきちんと見ておく必要がある、ということもあります。「債権法」分野も他の民法の分野と全く独立しているわけではなく、一つの体系の中にあるわけですから、今、直接には関係ないことも全体としては関係してくる、というものとして見ておかなければならないでしょうし、私たち自身が将来的にはそのような関わり合いを持つようなものに、自分たちとして変わっていかなければならない、ということもあるのだと思います。
さらにその上で、もう少し具体的な内容について。今回の民法改正案で、土地家屋調査士の中から「大変だ!」的に言われていたこととして、「瑕疵担保責任がなくなる」ということがあります。このことをとらえて、「不動産取引における責任」がこれまでと180°変わるのだ、というようなことを言う人もありました。一知半解からくるデマみたいなものなのですが・・・。
たしかに、改正案においては、「瑕疵担保責任」という言葉をなくすことにしています。この、すでに十分に馴染んだものになっているように思える「瑕疵担保責任」という言葉をなくそうとすることの理由が、私にもよくわかりませんでした。たとえばそれは、
「まず、この条文に出てくる瑕疵という言葉が難解です。瑕疵とは傷(キズ)とか欠陥といった意味ですが、現代の日常生活では使わなくなっており、このような難解な用語をわかりやすい言葉に置き換える」必要があるのだ、というような形で説明されていました(引用は内田貴「民法改正のいま―中間試案ガイド」から)。しかし、「瑕疵」がそんなに難解な言葉だとは思えないし、今の国民はこのくらいの「難解」さなら、すぐに理解できるものと言うべきでしょう。五郎丸選手の「ルーティン」なんていうのもすぐに人口に膾炙する世の中なのですから。
それはともかく、今回の研究会で「民法改正について―不動産取引実務への影響を中心に」と題して講演された大場浩之先生(早稲田大学法学学術院教授)によれば「瑕疵担保責任」という用語をなくして「瑕疵担保」の問題として問題を立てないようにするのは、「売主の担保責任を契約不適合の問題として債務不履行責任に一元化」することに意味があるのだそうです。
・・・なるほど、という感じもするもののイマイチよくわからないのですが、これにより「瑕疵担保責任の法的性質をめぐる論争」、すなわち「法定責任説か契約責任説か」という論争に「立法による解決」がなされる(法定責任説はとれなくなる)、という意味がある、と言われると、あらためてなるほど、と思わされます。
もっとも、そうだとするとどうも「国民へのわかりやすさ」の問題じゃないような気もしますし、この研究会で「民法改正案における時効法改革」について講演してくださった松本克実先生(立命館大学院法務研究科教授)が指摘されるように「契約不適合」ということが前面に打ち出されると「客観的瑕疵」の面が弱まるという弊害もあるような気もするのですが、「国民へのわかりやすさ」というよりも「法律専門家にはそれとして解決しなければならないことがあるのだ」というようなこととして・・・まぁ納得です。
半日の研究会聴講で全てが分かるはずもないのですが、ポイントを教えていただいたような気がするので、自分で勉強していかなければ、と思わされました。
その他、会場(日司連ホール)への感想、という研究会への趣旨には関係ないことも書こうと思ったのですが、すでに十分長くなってしまったので、これはまたの機会に。