大分の土地家屋調査士ブログ

「土地家屋調査士の業務と制度」を中心に、それに広い意味で関連する様々なことについて一人の人間として思うところを書きます。

「自然的境界と人工的境界」

2015-09-30 18:42:37 | 日記
「月刊登記情報」誌の10月号の巻頭で、新井克実氏が「自然的境界と人工的境界」について論じているのを興味深く読みました。

「改租時に形成された原始的筆界は自然的境界であって、これは『位置だけあって大きさのない点』の『連続する集まりである直線』としてではなく、いわば『幅』として存在し、しかも、直線的なものではなかった、と理解することはできないだろうか。このように理解することが可能であれば、登記実務における『公図至上主義』的な原始的筆界の確認について、もう少しおおらかな運用が可能となるかもしれない。」
結論部分で、このように言われています。

公図についてその成立から近年の運用まで総合的に論じた大著「公図と境界」(2005.テイハン刊)の著者である新井氏のこのような見解は、単に紙の資料に関する分析だけではなく、境界に関する実務上の問題を踏まえて生まれているものだと考えられ、私も賛同します。
そして、その上で明治以降の百数十年の土地の所有と利用の中で「幅」が「線」に近づいてきていることを踏まえて、「元来は「幅」を持ったものを「線」として特定していく」ということが課題になるわけですから、そのための基準や方法について詰めていく、という課題を考えていかなければならない、ということになります。

筆界の特定のための要素として、不登法143条の「登記記録、地図又は地図に準ずる図面及び登記簿の附属書類の内容、対象土地及び関係土地の地形、地目、面積及び形状並びに工作物、囲障又は境界標の有無その他の状況及びこれらの設置の経緯その他の事情を総合的に考慮」というものがあるとされていますが、この諸要素を並列的・羅列的にとらえるのではなく、その役割を意識したうえでとらえることが必要でしょう。ここで問題になっている「幅」と「線」の問題で言えば、「幅」として特定するまでに重視すべき要素と、それを「線」にまで特定する際に着目すべき要素とを区別してとらえることが必要、ということになります。

「登記実務」において重視される「境界確認」(「立会・承認」)についても、「幅としての特定」を行った上で、「線として特定する」役割を担うものとしてとらえ返すことが必要なのだと思うのですが・・・・、それはともかくとして、「筆界特定実務」において、この「線として特定する」要素として重視するべきものは、「占有」(それを表象するものとしての「工作物、囲障又は境界標」)と「面積」だと私は思っています。
「占有」については、単なる物理的な問題ではなく、法的な問題としてとらえることが必要です。
「面積」については、公簿面積の成立の沿革から軽視されがちなのですが、上記論稿における新井氏の次のようなとらえ方を面白く思いました。それは
「筆界は・・・登記簿に登記された地積に対応する現地の範囲であるということができる」
というものです。これには、「公簿面積の不正確性」と言う現実がありますから、いくつかの留保をつけておかないといけないのですが、考え方として重要なものなのだと思います。
それは、境界確定訴訟について
「所有権の 目的となるべき公簿上特定の地番により表示される相隣接する土地の境界に争いがある場合に、裁判によってその境界を定めることを求める訴えであって,所有権の目的となる土地の 範囲を確定するもの」(最高裁判所平成11年11月9日判決)
ととらえることと通じています。
あくまでも土地の所有とそれに基礎づけられての利用のあり方、というところから「筆界」についてもとらえていくことが必要なのであり、そうでないと「筆界」は骨董品のような現実からかけ離れたものになってしまいます。
そしてそれは、「筆界」を重要な業務アイテムとする私たち土地家屋調査士の存在意義にも結び付くことです。
新井氏の言われる「おおらかな運用」を、無原則なものとしてではなく追求していくための整理がもう一段必要、という課題をあらためて考えました。
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大分県の地租改正研究

2015-09-26 06:08:53 | 日記
大分会の境界鑑定委員会で、大分県の地租改正研究を進めていて、先週、大分県先哲史料館所蔵の資料の閲覧調査を行いました。

調査を行うにあたっては一定の仮説を立てて、その実証ができるのか、という視点で史料にあたります。もちろん、この仮説についても、闇雲に想像を巡らすというものではなく、これまでの先行の研究成果に学んだり、自分たちの実務上の経験から導き出したりして立てたものですので、実際の資料にあたってその仮説を確認できる、ということにこのような調査の面白味の主な面があります。

しかし、逆に、仮説的に考えていたことを裏切られる新たな発見もあり、これも面白味の一つです。
今回の調査では、旧海部郡の「地租改正字引絵図」の「村図」を何枚かまとめてみることができました。
「改租図」については、一般に「租税徴収のために土地所有者が一筆ごとに測ったものを寄せ集めたものでかなり不正確」という「評価」がなされています。しかし、今回見たものでは、官有地や村持ちの広大な原野についても丁寧に測られているように見受けられますし、島についてもその位置を方向と距離で表示しているものがありました。明治初期の大分県の「布達」類を調べている中で、「地誌作成のための海岸線の測量」を行う旨のものがありましたが、もしかすると地租改正の作業との連携性があったのかもしれません。

また「一筆図を寄せ集めて作った」という点についても、他の場所の「一筆図」を見てみると、これも結構精緻につくられています。しかもそれは「畦畔」を除いた実際に耕作する部分のみを測っているものなので、これらを「寄せ集め」て一つの字の図面にする、ということ自体に無理のあることがわかります。しかしその割には、字や村の全体としての形状は、それなりの正確性があるようです。
そうすると、全体の外周についてはある程度の測量をして、その中に各筆の一定の位置配列を示す、ということがなされたのか、と思えてきます。(また、そうだとすると、私がどうしても納得できない「公図」に関する一般的評価=「公図は定量的には不正確だが定性的には正確」についての新たな疑問も生まれてきます。改祖図の場合には、正しい外周枠のなかに無理やり各筆を押し込んでいるのだとすれば、一筆ごとの筆界線の形状(定性的な)について歪められてしまう可能性が強いように思えるからです。)

こうして、現物にあたって調査する中で、新たな疑問や仮説が生まれてきます。これを繰り返す中でそれなりの成果としてまとめて行ければ、と思っています。大分会の会員の方で関心のある方は是非ご参加いただき、一緒に研究を進められれば、と思っています。
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「政治」への関わり方

2015-09-22 05:50:21 | 日記
先週、「安保法案」が参議院で採決を強行され、可決・成立しました。
どの世論調査でも「反対」が「賛成」を大幅に上回る中でのこの強行採決は、「国民は来年までには忘れてしまっているだろう」という見通しのもとになされているのでしょう。
そして、その見通しというのは、残念ながら「外れるだろう」と言い切れるものではない、という現実があるようにも思わされます。

そもそも、この「違憲」の指摘がなされる法案を成立させたのは衆議院における与党の絶対的な多数であり、それをもたらしたのは昨年末の総選挙です。
昨年末の総選挙は、「消費税10%の見送り」を理由に解散し、「アベノミクス、この道しかない」を「争点」としたものでした。既に昨年7月の時点で「集団的自衛権容認の閣議決定」がなされ、近いうちにその法制化作業が進む、ということが明らかであったにもかかわらず、戦後の日本のあり方を根本的に変えてしまうような「安保法制」は「争点」にならず、「景気回復」に主な関心が向けられ、それによって多数の議席が与えられたのでした。

この「アベノミクス選挙」における選択というのは、「目先の株価」に目が向く「目先感」あふれるものではありますが、それでも全体としての「景気」-「経済」を問題にしているのであれば「政治」のあり方ありうることです。
しかし、現実の「政治的選択」が、「全体」を考えてなされているのか(たとえ「目先」的なものであるにしても)、と言うとそうではない現実があるように思えます。「政治」を全体的なものではなく、自分たちの個別的な利益の追求という観点=「自分の所属する社会集団の利益を実現するための道具」として考える、ということが広くなされている、という現実です。
それは、ある企業が自分たちに都合のいい「口利き」をしてくれる政治家を選ぶ、というような犯罪にも抵触するるようなこととしてもあるでしょうし、そこまではいかなくても「業界利益の追求」のための圧力団体ということは広く行われています。
このようなあり方を、私は好ましくないものだと思いますが、百歩譲って考えても、あくまでも「平時」にだけ通用する考え方であって、国のあり方そのものが変わっていこうとする「危機の時代」に通用するものではなく、このような考え方を続けていると、個別的な利益どころか、それらの前提としてある社会制度そのもののあり方がとんでもない方向に向けて変わっていってしまうおそれがある、ということがこの間の「安保法制」をめぐる事態の中で明らかになっています。

「法的安定性」ということが大きな問題になりました。法的な制度が正しく運用されるという信頼が広く社会的にあることが、私たち土地家屋調査士にとっても、その資格者としての存在の前提としてあります。狭い「業界利益」から「政治」を見るのではなく、社会的な使命というところから見直していくことが必要だと思っています。
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「安保法案」から考える

2015-09-14 08:03:12 | 日記
今週「安保法案」の採決が強行されようとしているようです。この間の国会での審議を通じて、この法案が論理的整合性(それによる法的安定性)を欠くだけでなく、現実的妥当性を欠くものでもあることが明らかになっているのに、そのような「審議の内容」ではなく、「審議の時間」によって「決めるべき時」が来た、としてしまうのは、「国会」というものの役割をあらためて考えさせるものだと思います。

また、このようなことは「法律」というものについても、もう一度考える必要を示しています。
たとえば、「核兵器の輸送は法文上は排除していない」と中谷防衛相が答弁しました。その後、「核兵器をはじめとする大量破壊兵器を自衛隊が輸送することはありえない」と言う答弁書が閣議決定された、ということですが、後々の内閣をも縛る「法律」にすることには、「ありえないことをいちいち法文化できない」というような理由で拒んでいます。
他方、「ホルムズ海峡封鎖での機雷除去」であるとか「米艦防護」については、「あり得ない事態」と言う指摘に対して、「あり得ないと思われる事態に対しても起きてしまった時に対応できないといけないからシームレスの対応をしておくべき」というような理由で必要性を説きます。

これらのことは、「法律」として定めることの重さを示すとともに、その決め方によっては規範としての意味を持てないという限界をも示しているようです。
「安保法案」という「憲法と法律」との関係が問題になるものを見る中で、「法律」というものについて、私たちの業務関係のものを含めて、もう一度考える必要があるのでしょう。





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境界問題と「平成地籍整備」

2015-09-10 05:39:33 | 日記
筆界特定制度や土地の境界をめぐる制度について検討をしていると「平成地籍整備」との関係、ということが問題になるので少し考えてみました。

「筆界特定制度は、都市再生本部の方針を踏まえ、不動産登記法を改正して、筆界を適正かつ迅速に特定するための制度を設けることにより、筆界をめぐる紛争を早期に解決し、地図の整備の促進に寄与することが意図されている」(清水響編著「一問一答不動案登記法等一部改正法」P12)
とされています。ここで言われている「都市再生本部の方針」が平成15年6月の「民活と各省連携による地籍整備の推進」方針であり、一般に「平成地籍整備」の方針と言われているものです。

この「平成地籍整備」については、六本木ヒルズ建設事業が、土地境界が決まらないことによって大幅に遅延したことを受けて地図整備の重要性への認識を新たにして策定されたものなのだ、ということが巷間言われています。このこと自体、本当なの?と思うところですが(六本木ヒルズについてよく知らないながら単に「境界が決まらない」という問題ではなく、借地やら建物所有者の不明や複数存在だとかの権利関係の輻輳の問題ではないのか?と思うのですが、それはさておき)、もしも本当に「土地境界」の問題がネックだったのだとしても、それによって「地図整備が必要」という方針に結びつく、というものでは本来的にはないように思えます。
もしも六本木ヒルズが、土地境界を決めるために長期間を要してしまった、ということで、そのような状態を改善しなければならない、ということなのであれば、「筆界を適正かつ迅速に特定するための制度を設けることにより、筆界をめぐる紛争を早期に解決」する仕組みをつくって事態を改善し解決することが目指すべきものなのであって、「地図整備」の問題にする、というのは、ちょっとずれているように思えるのです。
もちろん、「地図整備」ができていれば、それ以降境界問題の解決に要する時間は著しく短縮されることになるわけですから有効性があるとは言えます。しかし「地図がないから事業が進まなかった」というように問題を収約する、というのは違うのではないか、と思うのです。
「地図がない」ことは問題の「原因」ではなく「結果」としてとらえるべきものだと思います。その「結果」の「原因」として土地境界問題がある、という構造であるわけですから、もしも六本木ヒルズの建設地において10年前に「地図整備」の作業が始まっていたとしても、事業開始前に「地図」ができていて事業がスムーズに進んだ、というようにはならなかったでしょう。
ですから、六本木ヒルズのことを理由にして「地図整備を進めよう」とする、というのであったとすれば(・・・というあくまでも巷間言われていることを前提にしての話ですが)、それは原因と結果を取り違えていて的が外れている、という感じを受けます。

その上で、六本木ヒルズのことは別にして、「都市再生の円滑な推進には、土地の境界、面積等の地籍を整備することをが不可欠であること」は確かであり、そのために「全国の都市部における登記所備付地図の整備事業を強力に推進する」ことの意義は大きなものとしてある、と言えるでしょう。しかしそれは「地図ができればいい」というものではもちろんないのであって、あくまでも地図を作るためにネックとなっている土地境界の確認を適正・迅速にできるような仕組みがあるか、というところに問題があるわけです。
現実の問題として「平成地籍整備」は、具体的な方針として現在の制度の下で考え得る最善の方策を打ち出したものだと思いますが、にもかかわらず「5年間で都市部の約5割を実施、10年で全域を概成」とした目標は10年以上経った今も遠い目標にとどまっていて、この状況の速やかな解消は望みえません。その中で、本来的な目的と、其の実現のために立てた中間的な目標との関係、ということをもう一度考える必要があるのだと思います。
そして、私たち土地家屋調査士からすると、その中で何をするべきなのか、何ができるのか、ということを考えるべきであり、それはやはり「筆界を適正かつ迅速に特定する」ことにより「筆界をめぐる紛争を早期に解決」することを通じてあるものだと考えるべきなのだと思います。
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