大分の土地家屋調査士ブログ

「土地家屋調査士の業務と制度」を中心に、それに広い意味で関連する様々なことについて一人の人間として思うところを書きます。

「入札」2題

2012-08-31 06:35:54 | インポート

土地家屋調査士業務の「入札」について、二つのことがありましたので、そのことについて書きます。

はじめに、土地家屋調査士業務にかかる「入札」そのものについて。

これについては、たぶん本格的に考えて、しっかりとまとめて書くべきことなのだと思いますが、そこまでのことはできないので、ほんのさわりの話になります。

まず、現実的な問題として土地家屋調査士にとっても「入札」が他人事ではなくなっている、ということを現実として認める必要があります。本来的には、「低価格」を判断基準とする「入札」が「土地家屋調査士業務」に適合するのか、という問題があると思いますが、現実の問題として「入札」は現実化してきています。この現実を受け止めるところから出発する必要があるでしょう。

では、何故、「本来的」には問題もあるところのものが「現実化」しているのでしょうか?私には二つの面があると思います。一つは、「入札」は土地家屋調査士業務のなかの一定の類型のものには適合するものでもある、ということがあるのだと思います。そしてもう一つは、そのような一定の類型があることをも基礎にして、本来的には個別的な能力差が求められるべき業務類型をしっかりと作ってくることのできなかった弱さの結果として表れてきているように思います。

これらのことから、私個人としての思いは別にして、「土地家屋調査士界」の全体としては、「入札」というものにしっかりと向き合っていく必要がある、ということだと思っています。

その上で、具体的な話。

その1.法務局の「登記所備付地図作成作業」の入札が29日にあった、ということです。入札には、①公嘱協会、②大分の調査士(による受託団)、③兵庫の調査士法人が参加した、ということで、結果としては、②大分の調査士が最低価格の入札で落札した、とのことです。

このことについては、いろいろと考えるべきことがあるように思えますが、いずれにしろ「競争入札」がそれとして行われて業務を実施する者が選ばれたわけで、今後業務が適正に順調に行われることを願うところです。

その2.以前から調査士業務に関して「入札」が行われているものに九州財務局の業務があります。この業務は、「土地家屋調査」という業務区分が設けられているもので、土地家屋調査士だけの業務領域のものです(本来的には。・・その上で若干の問題もあるので、今後対処して行こうと思っています)。

これについても今言った若干の問題はありつつ、積極的に対応していくべきもの、と私は考えています。しかし、現実の問題として「入札」への対応が積極的になされているわけではないのが現状のようです。今、公告されている大分財務事務所の入札事案についても、参加希望者があまり多くないようなことを聞きました。この業務領域にも参加の関心のある方は、是非検討してみていただければ、と思います。http://kyusyu.mof.go.jp/compe/const_24/120820.pdf

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二豊会

2012-08-29 06:09:26 | 調査士会

一昨日、「今週の予定」として、「今週の会務予定はなし」と書いたのですが、その後、今日「二豊会の打ち合わせ」という予定が入りました。

「二豊会」は、大分地方法務局と大分県土地家屋調査士会との「公式協議」の会で、ここ数年は年に一回開かれています。一時期は、「もう少し密な協議・意見交換を」という話も出ていたのですが、忙しさやら何やらで、「年一回」ということになっています。開催のペースとしては、特段の協議事項がある場合は別として、その程度でいいのだと思います。ある程度定期的にこのような場が設けられている、ということをありがたく思っております。

今年は、9月19日に開催予定となっています。

協議は、基本的に調査士会から「協議希望事項」を出して、それにお答えいただく、というスタイルで行われます。

今年の、協議希望事項として調査士会から提出したものは、以下のとおりです。「あんまりたいしたこと話すようになってないな」と思われてしまうかもしれませんが、今後の詰めの中で、より充実した協議ができるように努めたたいと思っています。

 

1.土地家屋調査士法施行規則39条の2調査について

昨年度当会においては、貴局よりの委嘱を受けて土地家屋調査士法施行規則39条の2にもとづく調査を実施し、報告したところですが、本調査に基づいてとられた措置等について差支えない範囲内でご教示いただきますようお願いいたします。

なお、本調査について、当会においては、土地家屋調査士法違反事案に対して、法務局が取り組むことを示すものとして、積極的に受け止め、今後も法令の定めるところに基づいて取り組んで行きたいと考えております。

反面、法令の定めによれば、当会としては調査結果を貴局に報告する以外に利用することができないこととなっている以上、調査結果が貴局においてどのように活用され、どのような効果をもたらすのかについての関心を持たざるを得ません。そのような観点から上記のご教示をお願いする次第です。

また、土地家屋調査士法違反事案についての、貴局における登記の受付・審査時点での対処方針についてもご教示ください。

 

2.法務局全国一斉休日相談会

国民の相談に答える、ということについて、当会においても「境界問題相談センター」を立ち上げ日常的な相談に応じるとともに、「731日土地家屋調査士の日」、「101日法の日」の相談会開催等、県民の相談に応えるための機会を多く設定しており、法務局において開催する相談会にもできるだけの協力をしてまいりたいと考えております。

他方、相談機会はできるだけ多くの異なるチャンネルにおいてあった方がよいように思われる面もありますので、相談会における県民の反応や、相談を受ける側の態勢などをも考慮の要素としながら、今後の相談体制については考えてきたいと考えておりますので、法務局における今後の相談活動に関する方針等をご教示いただいたうえで、協議したくお願いいたします。

 

3.地図情報の公開について

不動産登記法120条、不動産登記規則132項の規定からすると、「電磁的記録に記録する地図」においては、「各筆界点の座標値」についての「情報の内容を証明した書面」の交付を請求することができるようになっておりますが、大分地方法務局管内における交付請求の実態についてご教示いただきますよう、お願いいたします。

 参考

不動産登記法 第120条は、「 何人も、登記官に対し、手数料を納付して、地図、建物所在図又は地図に準ずる図面(以下この条において「地図等」という。)の全部又は一部の写し(地図等が電磁的記録に記録されているときは、当該記録された情報の内容を証明した書面)の交付を請求することができる。」

不動産登記規則 第132項「電磁的記録に記録する地図にあっては、前項各号に掲げるもののほか、各筆界点の座標値を記録するものとする。」としています。

平成17225日民二第457号民事局長通達「11 地図等に関する取扱い」

「電磁的記録に記録された地図等 ア 適用時期  地図管理システムに登録されている地図又は地図に準ずる図面について、法第14条第6項の規定による電磁的記録に記録された地図又は地図に準ずる図面(以下「電子地図」という)とする取扱いは、平成1737日以後(以下「施行日後」という)速やかに開始するものとする。() 電子地図の取扱いを開始する際には、開始の日、電子地図の閲覧方法等について、登記所の適宜の箇所に掲示するなどの方法により周知を図るものとする。」

 

4.筆界特定制度と土地家屋調査士会(相談センター、解決センター)との連携

筆界特定制度、調査士会ADR制度が発足して6年余が経過し、当会においてもそれに対応するものとして、「境界問題相談センター」「境界紛争解決センター」を設立しております。

当会は、これらの運営にあたって基本方針を「事案に応じた適切な解決を追求する」ことにおいております。これは、まず「相談」時点で事案の内容を把握するために土地家屋調査士の経験と能力を発揮して適切な解決法を選べるようにすることを目指しているものです。この「相談」において、筆界特定制度・法務局との連携を強めることにより、さらに実効的なものになるよう努めたいと考えております。つきましては、「相談」の実施にあたって、法務局施設の利用等具体的な連携が図られると有難く存じますので、ご検討いただきますようお願いいたします。

また、筆界特定手続にかかる事案において、所有権界をめぐる問題等筆界特定手続だけでは解決しきれない問題も少なからず存在するものと思われますので、そのような問題への対処にあたって調査士会ADRとの連携による解決を検討していただければ、と希望しております。

また、これらの課題のために、具体的事例に基づいた研究、研修が必要と思われますので、その開催についてご検討いただきたくお願いいたします。

 

5.土地の筆界に関わる登記事件の実態とその処理方針について

法務省統計によると、平成23年の大分地方法務局管内における土地の筆界に関わる登記事件数は、「分筆」が7158件、17634個、「地積の変更・更正」が11744件、16061件となっておりますが、これらの登記における「申請事件」と「嘱託事件」の内訳についてご教示いただきますとともに、これらの登記手続きを進めるにあたっての「筆界認定」に関する基本方針と実務上の処理手続き(審査、実地調査のあり方)についてご教示いただきたきますようお願いいたします。

また、実地調査について、土地家屋調査士の報告事項を踏まえて、実質的な、事案の内容に相応しい方法、態勢で行っていただきたく要望いたします。<o:p></o:p>

 

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今週の予定・・・特になし

2012-08-27 06:05:08 | 調査士会

今週は、土曜(9月1日)に公嘱協会の総会がありますが、他に会議等の会務予定は、特にありません。

せっかく会議等のない週ですので、普段なかなかできていないことをやれれば、と思っています。

来週の土曜(9月8日)の全体研修会に、宮崎会の谷口副会長に来ていただき、宮崎会が宮崎における「土地法制」等の資料を『田畑歩数極様(たはたぶすうきわめよう)』という冊子としてまとめあげたことについてのお話をしていただくことにしています。

これは、わが大分会においても、行わなければならないこととしてなかなか具体的な成果に至っていない「地域における土地の筆界を明らかにするための方法に関する慣習」の基礎にある歴史的資料の整理、という課題を今後進めていくにあたって、お隣の宮崎会の実績を参考にさせていただきたい、ということもあって企画したものです。

この課題は、土地家屋調査士が「境界の専門家」としてその社会的存在意義を明らかにしていくにあたって、けっして避けて通れない課題ですし、各地域ごとにきわめて具体的に進めていかれなければならないものです。9月8日の、宮崎会谷口副会長のお話を契機に、大分会におけるその作業が飛躍的に進むようになることを期待するとともに、そのための基礎作業をしておかなければならないので、今週のようなときに、その作業を少しでも進められれば、と思っています。

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境界紛争の「困った当事者」

2012-08-26 10:38:56 | インポート

私たちが仕事の中で境界紛争に関わるとき、当事者の中に「困ったな」と思わされる人がいることがあります。

それは、ほかの人(「親」や前所有者で、すでに亡くなってしまった方の場合が多い)から聞いたことを絶対的に信じ込んで、相手方の言うことなどはまったく聞く耳を持たない、というタイプの人です。

そういうタイプの人の顔つきを、尖閣列島に上陸した「香港の活動家」の顔を見て思い出しました。一体、何の根拠があるのか、そのことについてどこまで調べてどこまで知っているのかわかりませんが、とにかく「絶対的自信」を持ってしまっています。自らを省みるのではなく、それを他人に押し付けることしか考えなくなっていることが、表情に表れています。困ったものです。

しかし、同様のことは、どちら側にも言えることです。尖閣に泳いで上陸した「地方議員」には、特に同じにおいを感じますが、そこまで行かないところで、たとえばテレビでインタビューを受けていた上品な老婦人が、「だって、日本の領土でしょ。勝手に上陸されちゃこまりますよね。」と答えていたのが印象的でした。この方が、どれほどのことを知ったうえで、このように言われていたのかわかりませんし、けっして「香港の活動家」のように押し付けがましい態度であったわけではないのですが、それだけに、少なくともこういうこと(「日本の領土でしょ」)を「前提」にしてそこから出発する、という考え方の恐ろしさを感じました。

領土問題について「毅然とした態度をとるべき」という意見を多くの人々が持っているのだと思いますが、その中のいったいどれほどの人が尖閣諸島が、あるいは竹島が、「日本の領土である」ということについて、、「歴史的事実」や「国際法上の根拠」を調べて、知っているのでしょうか?このことについての相手方の主張に耳を傾けてみたでしょうか?(もちろん同じことは、「釣魚島」や「独島」についての中国・韓国側にも言えます。・・・まずは、日本の外務省のホームページを読んでみましょう。その上で、前にこのブログで紹介した「日本の領土問題」東郷和彦・保阪正康:角川oneテーマ21、「日本の国境問題―尖閣・竹島・北方領土」孫崎享:ちくま新書などを読んでみていただきたいと思います。確かな知識の裏付けのない「毅然とした態度」ほど危険なものはありません。)

今の状況というのは、私たちが業務の中で出会う「境界紛争の困った当事者」の状態と、あまり変わらないのではないか、と思えてしまいます。

私たち土地家屋調査士は、境界(筆界)がどこであるのか、ということについて、「登記記録、公図、地積測量図」等の書面資料と、「境界標、工作物」等の現地資料の調査の上で検討を行い、その中で関係当事者のお話を伺っていくわけですが、多くの場合、「この資料のこの内容からは片方の当事者の言うことに理があり、他の資料の他の内容からは他方当事者の言うことに理がある」ということになります。その上で、総合的な判断を示しつつ、両者が他方の言うことをも尊重しながら妥当な結論に至っていただけるといいのですが、「境界紛争」化する事案というのは、それがうまくいかなかったから紛争化してしまった、ということで、「相手方の話を聞く」という所にたどり着くこと自体に難しさがあります。

しかし、それだけに、私たちが関与することによって、客観的な事実を正面から見ていただけるようになったり、相手方から物事を見るとどういうことになるのか、ということを考えていただけるようになると、とても嬉しく思います。そこから、「これまで考えなかった解決方法」を模索していければ、より一層すばらしいことです。

私たちの業務における「境界紛争」の解決へ向けた営みを、「国家間の境界紛争」の解決へ向けても活かしていく、ということができて行ければ、と思います。

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読んだ本―「新聞・テレビはなぜ平気で『ウソ』をつくのか」(上杉隆、PHP新書)

2012-08-25 14:43:57 | 本と雑誌

帯に「マスメディア堕落の構造を徹底究明」とあり、その具体例として「原発報道9のウソ」が列記されています。

まず、「堕落の構造」としての、「取材対象者との癒着・馴れ合い」があげられています。「オフレコ」などという「取材方法」がとられるのは、国際的には極めて異様なことだそうで、政治権力者に都合のいい情報のみが流されていく構造になっていることへの、根本的な反省が必要なのだろうと思わされました。

具体的な例としては、二つのことが印象に残りました。

一つは、福島原発事故の直後、20㎞圏内の「避難指示」、30㎞圏内の「屋内退避」という政府方針が出される中、マスメディアも政府発表を追認する形で、「ただちに健康被害はない」「冷静な対応を」という報道をしていたことについてです。アメリカが自国民を80㎞外に避難させる中、「日本の基準は違う」ということが言われていたわけです。しかし、大手報道機関には、それぞれ内規があって、放射能事故の発生時に、時事通信社は60㎞、朝日新聞社は50㎞、NHKは40㎞以内に入っていはいけない、ということになっていて、実際にその中にまだ住民が残って生活しているにもかかわらず、その中に入っての取材・報道はなされなかった、ということです。もしもこれが事実なのであれば、それぞれの報道機関は、自分たちの「安全」だけを確保して済ませるのではなく、政府の「20㎞」避難指示、という方針を、「住民の安全を守れない基準」として厳しく批判するべきだったように思えます。

もう一つは、鉢呂経産大臣の辞任問題です。昨年9月、就任直後の鉢呂経産大臣が福島への視察を行った後に、原発周辺の市街地を「死の町」と表現したことについて、「福島県民への配慮を欠く」として批判されました。私には、当時からこの発言が「不穏当」「不適当」なものだとは思えませんでした。現実に、人々が生活しうる設備等は存在するのに、人が生活していけなくなり、人っ子ひとりいなくなってしまっている状態を、「ゴーストタウン」と言ったり、「死の町」と言ったりするのは、いわば普通の表現であり、問題はそのような状態を作り出してしまっていること自体にあるのであって、この表現だけを非難する理由が私にはよくわかりませんでした。しかし、その翌日、鉢呂経産大臣が、「防災服の袖を取材記者の服になすりつけて『放射能を分けてやるよ』などと話し」た、という報道がなされたのを知り、私も「それはひどい」、「辞任するっきゃないな」と思いました。

しかし、本書によると、そのような発言があった、ということ自体が「ウソ」だとされます。そして、それは確かに説得力のあるものです。

まず「傍証」として、「発言内容」についての報道が各社まちまちであいまいだ、ということが指摘されます。朝日新聞では「放射能つけちゃうぞ」、読売新聞では「ほら、放射能」、産経新聞では「放射能をうつしてやる」、毎日新聞では「放射能をつけたぞ」・・・と、大臣が辞任する原因の発言としてはいかにもあいまいです。

また、「9月8日」にあったとされる発言が、一日以上たってから報道された、というのもおかしなものです。大体、もしも本当にここであげられたような発言が大臣からなされたのであれば、それは即、報道されるべきものです。日常的な「オフレコ」取材で、報道人としての感性が鈍っちゃっていた、ということなのなら仕方のない(?)ことかもしれませんが、それならそれで、なぜ一日以上たってから「復活」するのでしょう?おかしな話です。

その上で、「決定的証拠」が挙げられています。当日の会話をICレコーダーで録音したものです。それによると、その内容は、記者の側から「放射能、ついてませんか」「うつさないでくださいよ」と言ったのに対して、鉢呂経産大臣が「ほら」と言っている、というだけのもの、だそうです。この「音源」の情報としての確かさがどの程度のものなのか、判断しきれないところもありますが、先の「傍証」と併せて考えると、説得力があるように思えます。

本書で書かれていることが本当なのだとすると、二つの何故?・・・なぜ、鉢呂さんは、このようなマスメディア自身が作り出した「ウソ」によって石もて追われなければならなかったのか?なぜ、マスメディアは、完全な横並び状態で「袋叩き」とも言うべき状況を作り出すのか?・・・・ということを考えさせられます。こういう「謎」を考えながら、マスコミを通じてもたらされる諸情報を批判的な眼を持って見なければならない、ということなのだろうな、と思っています。

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