大分の土地家屋調査士ブログ

「土地家屋調査士の業務と制度」を中心に、それに広い意味で関連する様々なことについて一人の人間として思うところを書きます。

読んだ本 「宗教国家アメリカのふしぎな論理」(森本あんり著:NHK出版新書)

2017-12-27 20:26:24 | 日記
トランプ大統領の誕生(大統領選挙でのトランプの勝利)は、非常に衝撃的なことでした。「なぜこんなことが起きるのだろう?」というのが、私の大きな疑問であり、その答えを示してくれそうな本をいくつか読みましたが、本書は、「思想」的なものとしてはその中で最も説得的な本であるように思います。

本書の内容を、著者自身による要約を使って紹介します。
まず指摘されるのは、アメリカの「ふしぎ」な現状です。それは、
「アメリカという国を外側から観察すると、道徳主義と快楽主義、高度な知性と宗教的原理主義、政治や選挙における熱狂と『大きな政府』への不信と反感など、いくつもの矛盾が同居している」
という「ふしぎ」な現状の指摘です。なぜこのような相反するものが同時に共存するようなことになるのか?著者がそれを読み解く「鍵」として挙げるのが「キリスト教の土着化」です。
キリスト教に限らず宗教というものは(あるいは「文化」そのものは)、「伝播の過程で、その土地の文化に大きな影響をもたらしつつ、同時にみずからを変化させてゆく。これが『土着化』や『文脈化』と呼ばれるプロセスです。」
という過程をたどるものであり、キリスト教のアメリカにおける土着化においては、「片務契約から双務契約へ」の変質を遂げたことが、特徴として指摘されます。「片務契約」というのは、「神は人間の不服従にもかかわらず一方的に恵みを与えてくれる存在である」というとらえ方です。これに対して「双務とは、神と人間がお互いに契約履行の義務を負う存在になった、ということです。すなわち、人間の義務は神に従うことであり、神の義務は人間に恵みを与えること、となるのです。」「ひとたび人間が義務を果したら、今度は神が義務を果たす番になる。つまり、正しいものは神に祝福を強要する権利をもつ、ということになるのです。」・・・ということなわけですが、さらにこのような「土着化」は、逆転して次のようにとらえられるようになります。
「しかし、やがてこの論理は逆回転を始めます。『正しい者ならば、神の祝福を受ける』が逆になり、『神の祝福を受けているならば、正しい者だ』となるのです。」.
ということです。そして、「神の祝福を受けている」というのは「成功している」と同義にとらえられます。つまり、結果として「成功した者」になった、ということは、「正しい者」だ、ということになるのです。
トランプがアメリカの人々に受け入れられるのには、このような宗教的(土着化の)基礎がある、というわけです。

ここでもうひとつ「反知性主義」がアメリカ政治史を特徴づけるものとして指摘されます。
「反知性主義」というのは、一般に「反知性」を主義とするようなものとしてとらえられ、確かにそのような風潮が日本を含む全世界に広がっているように思えますが、ここで言われている「反知性主義」というのは、それとは異なる概念です。かぎ括弧の位置を変えて言えば、「反知性」主義なのではなく、反「知性主義」だということです。ですから、このような概念が出てくる元になる「知性主義」というものがある、ということになり、それを理解しないとアメリカにおける「反知性主義」を理解できない、ということになります。
「知性主義」というのは、「(ハーバードやイェールなどの)大卒のインテリ牧師だけが幅を利かせるピューリタリズムの極端な知性主義」のことだということです。そして「もともと知性は権力と結びつきやすい性格を持っています。そしていったん結びつくと、それは自己を再生産するようになる」ものなので、「反知性主義」は全面的に否定されるべきものではなく、「民主主義社会における反知性主義の正当な存在意義」もあるのだということです。
このような基礎の上に、現実にアメリカの政治史の中においてトランプのような人物が大統領になったのは初めてではなく、何度か繰り返されていることだということも事実として紹介されています。

とは言え、トランプの大統領就任という事態が「異常」でないということではありません。十分に異常なことであり、それを引き起こした蔓延するポピュリズムが何なのか?ということが次に考えられます。
「自由意志の過信によって、人民はポピュリズムに乗っ取られてしまう」・・・と言われます。「メシア(救世主)は存在しないのではなく、自己肥大化した『人民』がメシアを僭称している」という状態がつくられている、というのです。デマゴーグが、「IT」「SNS」を駆使して世論操作し、人々が「自由意志」によってそれに飲み込まれていく姿です。
この世界的な姿は、特にアメリカに親和的だとされます。アメリカは「自由意志」の国であり、「平等主義がエンジンになって、反エリート、反権威の精神が形成されてきたのがアメリカです」ということなのです。
そして、「借り物でパッチワークするしかない」ポピュリズムは、「移民排斥を唱えるのなら右翼の思想を借りてくる。同時に、リベラルな寛容論を使って内向きの平等主義を唱えたりもする」という支離滅裂な姿をさらすわけですが、それはそれだけアメリカにおける社会の「危機」が根深く、広く進行していっている、ということなのでしょう。

・・・・最後に。本書は前著「反知性主義」(新潮選書)の内容をかみくだいている部分と、トランプ登場後の事態を説き明かしている部分とによるものです。私は、前著「反知性主義」を途中まで読んで投げ出してしまっていたのですが、あらためて読まなければ、と思わされました。今度こそ!


さて、今日で今年の「営業日」が終わりました。何もしないまま終わってしまったような1年でしたが、それだけに無事新しい年を迎えることが出来そうです。反省とともに感謝いたします。
新しい年が皆様にとってよい年になることを願って(かつ毎年さぼっている新年のあいさつに代えて)、今年最後の投稿とします。
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読んだ本-「人類の未来―AI、経済、民主主義」(NHK出版新書:吉成真由美インタビュー・編)

2017-12-25 17:33:10 | 日記
以前に読んだ「知の逆転」「知の英断」と同じ吉成真由美による世界の「知の巨人」へのインタビュー集です。
帯には、「『不確実な未来』を見通すために」「これが(シンギュラリティ,EUの将来、トランプ政権・・・・・)『知の巨人』の答えだ」とありますが、内容を見るとそう明確に「答え」がでているわけではありません。むしろ、そんな「答え」はないよ、というのが(一人を除いて)「知の巨人」の「答え」なのでしょう。

その中で異色なのは、2番目に登場しているレイ・カーツワイルという人です。こういう人を「知の巨人」って言うの?というのが、私の率直な感想で、およそ賛成しえない話なのですが、ちょっと紹介します。

カーツワイル氏によると「AIは人間の中に組み込まれて行って、人間はAIすなわちテクノロジーと一体化していく」とのことです。
(AIの)「一番重大なアプリケーションは、われわれの脳の新皮質、つまり思考などの高次のタスクを担う部分を直接インターネットのクラウドにつないで、基本的に我々の思考を拡大させるというものです。」

、というのです。
このようなテクノロジーの進化は、「指数関数的」に成長するのだとされています。「指数関数的」というのは、1,2,3,4,5・・・という具合に進んでいくのは「線形の考え方」であって人間の感覚だとこういうものになるが、テクノロジーの進化は、これまでもそうだったように、1,2,4,8,16・・・と倍々に成長していくのだ、というものです。「大して違わないじゃないかと思われるかもしれませんが、30ステップを過ぎるころには、直感的な線形成長の方は30なのに、情報テクノロジーが示す現実である指数関数的成長の方は10億にもなっています。40ステップでは1兆です。」というわけです。
このような進化を遂げると「2029年」には「コンピュータがすべての分野において人間を超えるようになる」とされます。そして、2045年までには、予測不可能な臨界地点=「シンギュラリティ」に到達して「ポスト・ヒューマン」が誕生するのだ、というのです。
「2030年代には、3億の新皮質モジュールを備えたバイオロジカルな脳と、無限の拡張機能を備えたクラウド内の人工的な新皮質が、一緒になるでしょう。指数関数的成長の法則を基に計算すれば、2045年までには、われわれの知能は10億倍にもなるはずです。この飛躍的変化のことを、物理学の用語を借りて『シンギュラリティ』と呼んでいます。」
というわけです。
カーツワイル氏によると医療面では「生物をデザインする」「半永久的に寿命を延ばす」ことができ、エネルギー面では「20年以内に無尽蔵のエネルギーが手に入る」ようになり、「われわれは資源の少ない時代を生きてきましたが、これからは資源が余る時代に移行していく」だろう、ということです。
このような「自然科学」的な「予測」は、「社会」へも向かいます。
「もうすでに国境というものの概念が変質していますね。経済的にはすでに世界はつながっています。」
というわけです。そして、インタビュウアーの「そうすると・・・世界政府、世界警察、というようなものに収斂していくのでしょうか。」という「誘導尋問」に対しては、
「意識としては確かにその方向に行くと思います。」という曖昧ながら楽天的な答えをするようになります。「ナショナリズムはまだ残っていますが、特に若い人たちと話をすると、彼らのアイデンティティーが『世界市民』というものになりつつあることをひしひしと感じます。」
と答えさえしています。
これが、トランプ政権成立後の「世界」に対する認識だというのですから、驚きます。「SFが描くようにAIは人類に敵対的なることはない」というようなことが言われていましたが、すでにカーツワイル氏自体がSFの世界の人(「マッドサイエンティスト」)のように思えてしまいます。

・・・・ということで、カーツワイル氏の言っていることは衝撃的でとても賛同しえないものではありましたが、ほかの人の発言には勉強になるものが多くありました。いくつか挙げると・・・
「諜報活動とは、国民をコントロールすること、そして政府のやることをすべて肯定するためのものです。安全保障と防衛が目的ということになっているけれども、文書をよく調べてみると、それは微々たるものであることが明白になります。」(ノーム・チョムスキー)
>「なぜ25年もの間日本は慢性的な低需要に苦しんできたのか。バブル崩壊直後のことではなく、25年間という非常に長い期間のことです。/その主な理由は、日本企業の行動にあったとみています。日本企業は、巨大な余剰資金貯蔵庫なんですね。・・・/ですあら日本政府の課題は、いかにしてこの余剰金を取り出すかということです。・・・その方法としては二つ考えられます。/一つ目は投資のための画期的な動機を与えるというものです。しかし、・・・人口とそれに伴う労働力がへっているにもかかわらず、GDPの割合で行くと、すでにかなりの投資を行っていますから、これ以上の投資をするのは難しいかもしれません。/二つ目は、企業の利益を吸い上げることです。・・日本では法人税を挙げるのが適当だと思います。」(マーティン・ウルフ)
>「インターネットは、理解を超えた膨大な情報の集積です。同時にそれは、私たちが見通すことのできない構造と目的を持っているので、最終的に全体がある一つの生物のようなスーパー・オーガニズムに育っていくということも考えられます。」「一つのまとまったシステムとして、世界を支配するということもあり得る。それは、実際にそうなるまで、誰も気がつかないようなことで、ある時突然、誰もがマシーンに隷属することになる。その可能性は否定できません。・・・すでに、人間が判断しなくともソフトウェアが判断してくれるようなケースは、たくさん出てきています。誇張でなく、人間よりもソフトウェアがコントロールしている分野は、すでに数多くあるのです。知っておくべきです。」(フリーマン・ダイソン)
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つまらないおとぎ話

2017-12-17 20:30:32 | 日記
ずいぶんとブログの更新をせずに過ごしてしまいました。・・・その理由は、個人的な生活環境の変化による多忙、ということにもよるのですが、「土地家屋調査士と制度のグランドデザイン(案)」について書く、と予告をしてみたものの、なにをどう書いたらいいのか、考えあぐねていた、ということにもよります。
おそらくほとんど誰もまじめに読んではおらず、おそらく誰もその内容を信じているわけでもないようなものについて、真面目に取り組んだとしても何の意味があるのだろう?と思ってしまうと、およそ筆が進みません。
しかしやっぱり「大事なこと」ではあるのだ、と思いはするのですが、どうにもうまい具合にまとまりませんので、とりあえず「予告」は取り消しつつ、その中で考えた「おとぎ話」を書くことにします。お粗末極まりないものですが、ご勘弁を・・・・・・


架空の話です。(たとえとして「ソフトボール」をあげてしまいましたが、実際のソフトボール界とは一切関係ないことで、適当なたとえを見つけ出さなかったので名前を借りてしまいました。すみません。)

ソフトボールのチームがあるとします。このチーム(「Bチーム」という名前だとします)、それなりの名門プロリーグに所属していて(なにしろ架空の話なので)、それなりに安定した運営を行ってはいるのですが、優勝したことはありませんし、近年は成績もかんばしくありません。人気も低迷気味です。そんななかでも多くの選手たちは、とりあえず自分が現役でいる間はチームが存続してくれていればいいや、といった程度の意識でしかいません。もちろん、少数とは言えチームの将来を危ぶむ人も出てはきていますが。

このチームが優勝したことがない、というのは、実はその所属するリーグには常勝のチームがあるからです(「Aチーム」という名前だとします)。そもそもそのリーグ自体がAチームによってつくられたもので、現在でも運営資金の大半は実質的にAチームが負担しており、Aチームの存在によってマイナースポーツであるソフトボールにおけるプロリーグの存続が保たれてきているようなところがあります。
なので、Bチームの中には「Aチームに勝つのは無理だ」という気分が蔓延するとともに、「Aチームに勝つようなことはあってはならない」とか「Aチームのご意向に逆らわないようにしておいた方がいい」というような空気も広がってしまっています。
しかし最近は、シフトボールのプロリーグを維持していくことが難しくなってきています。Aチームの親会社の中には「ソフトボールプロリーグ廃止論」が出てきたりもしていますし、それを受けてAチームの中でもリーグの縮小や、それによるBチームのリーグからの排除といった方針さえ出てきたりもしています。
そのような動きが出るたびにBチームの中では「どうにかしなければならない」という話が出はするのですが、「下手に騒いでしまうとヤブヘビになるかもしれない」「逆らわずにじっと様子を見ておいた方がいい」というようなところで収束してしまっています。

そんな中でもBチームの中に将来を危ぶむ人が出てきている、と先に書きましたが、その人たちの中で「長期的な将来構想が必要なのではないか」ということを考えるようになりました。「グランドデザインが必要だ」というわけです。
「長期的な将来構想」を考えるにあたって現状がどのようなものとしてあるのか、ということを考えてみると、「結局Bチームが存続してこれたのはAチームのおかげなんじゃないか」と思えてきてしまいます。
また他方、Bチームが低迷している、というのは、実はリーグ全体低迷しているからであり、さらに言えばソフトボールそのものが低迷していることも見えてきます。
そこで、この全体的な低迷にこそ根本的な問題があるのではないか、と思うようになってきたりもします。

こんな現状を前にして、「グランドデザインなんて描けたものではない」と思いながら、目を外に向けてみます。そうすると、似たようなスポーツである野球の人気は高まっており、特にアメリカの大リーグでは桁違いの高額年俸を取る選手も多くいる、という状況があります。
このような状況を見るにつけ、「ソフトボールには未来はないのではないか」という思いが募ります。「ソフトボールのボールが大きいのがいけないのだからボールを小さくするようにした方がいいのではないか」とか、「そもそもピッチャーが上から投げてはいけない、という規則がおかしいので上からも投げていいようにするべきではないか」といったような、さまざまな「改革」の方向が考えられたりもしますし、そもそも全体として「ソフトボールではなく野球に移行した方がいいんじゃないか」とさえ思えてきます。「Bチームとして、アップルだとかグーグルだとかをスポンサーにして丸ごと野球チームになって大リーグに加盟するようにした方がいいのではないか」というような「希望の党」みたいな(それ以上か)「方針」さえ考えるようになるわけです。

一方では、成績・人気の低迷といったきわめて卑近で小さな問題に頭を悩ましつつ、その打開の方向性については実に「壮大」な(その反面実現不能な)方策が考えられてしまうわけです。
しかし、本当の方針はそんなところにあるべきでないことは明らかです。
Bチームをソフトボールの強いチームにすることがまず第一の課題であるはずなのです。そのためには、フィジカルを強くするとか、技術を高めるとか、戦術を研究するとか、やるべきことはたくさんあるでしょう。そして、リーグで優勝できるようにすることが、まず目指されなければなりません。
また、リーグということで言っても、「Aチーム一強」の状態が長く続きすぎていることこそがソフトボールプロリーグを面白くなくさせている原因だと言えると考えるべきです。
それは興行的な意味だけでなく、そもそも「一強」を前提にしてしまうことは、技術や戦術の向上を妨げる原因にもなってしまうのであり、そのことによってソフトボールの面白さを減退させてしまっている、とも言えるわけです。
この「目の前の課題」に正面から立ち向かうことこそが、第一の課題でなければなりません。

たしかに野球界も含めた全体の中で自分のチームを見つめなおす、ということは必要なことではあるのですが、そこに客観性がないと荒唐無稽な誰も信じられないような話になってしまいます。また、実際的な効果として言えば、それによって「Aチームに勝つことはあきらめて、Aチームの庇護のもとに少しでも長く今のリーグにとどまって、自分自身の引退の日を迎えられるようにしたい」と思っている人たちに引きずられて、結局「何もしない」ことが方針になる、という形で長期的な展望を失ってしまうことにもなってしまいます。
こんなBチームのようなありかたでは、ダメだよな・・・・、というしまらない話でした。・・・・・・おしまい。
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