大分の土地家屋調査士ブログ

「土地家屋調査士の業務と制度」を中心に、それに広い意味で関連する様々なことについて一人の人間として思うところを書きます。

「調査士会」という組織について考えた①

2016-04-28 05:55:18 | 日記
前回(4月5日)「調査士会」の現状について「なぜそういうことになってしまうのか?それをどう克服すべきなのか?」という課題について、断続的に書いていく、としてから、結構時間がたってしまいました。ようやく始めます。
初めに「調査士会」という組織について考えます。

まずは、直接は関係のないことですが、新聞を読んでいて「同じ構造だな」と思ったものがあったので、まずその紹介から。
「異次元緩和では経済の好循環を生みだせなかった。それがはっきりしてきたのに当局は政策をやめようとしない。それは当面この状態が最も心地良いからではないか――。
 当局者たちが、将来リスクに目をつぶって目先の安定を求め、「とりあえず現状維持で」という気分になっていないとは限らない。
 財務省や日銀の関係者に、その疑問をぶつけてみた。全員が「一刻も早く出口を迎える方がいいに決まっている」と言って否定した。ただ、何人かはこんな言い方で付け加えた。「一人一人はそう思っている。ただ、組織としては結果的に今の状態が楽だという気分になりかけている」(朝日新聞4.12朝刊「波聞風問」)
「将来リスクに目をつぶって目先の安定を求め」る傾向、特に目先の安定を求めてはいけないと「一人一人はそう思っている」にもかかわらず「組織としては結果的に今の状態が楽だという気分にな」ってしまうような傾向、というのが、私たちにもあるのではないか、・・・ということです。

・・・ということで、本題に。

調査士会というのは、そもそもどういう組織なのか、それが歴史的に時代の中でどう考えられてきたのか、ということを考えます。

「調査士会は、法律で定められたことだけをやっていればいい」と言う人がいます。このように言われたとき、「法律で定められたこと」というのは何だと考えるのか、ということが問題になります。
こういうことを言う人にとっては、「登録事務」、「法務省からの連絡事項の伝達」、「特別研修」といったところが「法律で定められたこと」だということになるのでしょう。確かに、「調査士会」というものが出来たばかりのときに考えられた「調査士会の役割」というのは、こうしたものであったのかもしれません(その頃に「特別研修」はありませんが・・)。
調査士法の定めている調査士会の役割というのは、「会員の品位を保持し、その業務の改善進歩を図るため、会員の指導及び連絡に関する事務を行うことを目的とする」ものだとされています。
この目的というのは、純粋に「公益的」なものです。それは、調査士会の成員である土地家屋調査士の利益のためのものでも、土地家屋調査士を管轄する役所(法務省)の利益のためのものでもなく、あくまでも「公の利益」のためのものであるわけです。
とは言え、現実の問題としては、調査士法が定められ、調査士会が発足した当初においては、この「公益のため」ということは、「官庁のため」ということと、ほぼ同じ意味でとらえられていたのだと思います。「会員の指導・連絡」というのは、法務省の指示を伝達したり、連絡事項を伝えたりすることであり、それをもって「すべて」と考える考え方です。ですから独自の「業務の改善進歩」へ向けての活動などは「余計な事」だと考えられ、するべきではない、という考え方が支配的になります。このような考え方を「第一期型」と呼ぶことにします。この考え方自体は、少ないとはいえ残っているものだと言えるでしょう。

ところが、組織というのは自己運動していくものです。特に、一定の人間集団を成員としているわけですので、「成員の利益のため」という志向性をもつようになります。この「成員の利益のため」ということが全面化していくと、「利益団体」化ということになります。そして、その実現のために外部へ向けて力を尽くすようになると「圧力団体」化します。これは、成員の利益を脅かすような動きに対しては「抵抗勢力」として現れます。このようになったものを「第二期型」とします。この考え方は現在も根強くある考え方です。

しかし、あまり露骨に「利益団体」化してしまうと、本来の趣旨との乖離が問題とされるようになります。これは、基本的な「哲学」の問題としてもそうですが、それだけではありません。「時代」ということがあります。社会全体が「今までどおりはやっていけない」時代に入り、「改革」が問題になってくる中にあっては「現実論」としても露骨な利益団体化は社会からの反発を受けて、かえってマイナスになります。そのような状況下では、「変らずに生きてゆくためには、自分が変らねばならない」として、社会の変化に対応して社会的な存在意義を明らかにしなければならない、ということになります。十数年前からの規制改革、司法制度改革の時代の中における調査士会の変化は、このような社会的環境によっていた、と言えるでしょう。「第三期型」のものです。
ここでは、「公益」の中身が問われます。所管庁の言う通りに動いていたらそれが「公益」になる、ということではなく、調査士業務というもの自体が、どのようなものとして社会に役立つものになるのか、ということが問われるわけです。そのようなものに変わっていかなければならない、ということが、課題となるわけです。
この時期というのは、「変わっていかなければならない時期」ですから、「過渡期」であり、それ自体として一つの「期」として見るべきものではない、というのが本来的な見方でしょう。しかし、現実の問題として、この過渡期はかなりの長い年月に及んでいますし、「変わった後」の期が、現実の問題としてまだ来ていないところでは、ひとつの「期」として見いいのではないかと思えます。

では、なぜこの「第三期」で止まってしまっているのでしょうか。日本の政治が「55年体制の崩壊」以後に新たな政治体制を確立しえていないこと、日本の経済がバブル崩壊以降新しい経済構造を確立し得ていないことを受けて、要するに全社会的な「改革」の流れが紆余曲折の袋小路に入って小休止的状態にあることが、背景にあって、調査士会の世界もその反映によって歩みを停滞させている、と言えるのでしょう。
この中で、ただ「止まっている」だけでなく、「次」に進めないのなら昔のように戻ってもいいのではないか、という考え方が出てきているし、現実はそのようになってしまっている、というのが現在の問題です。「次」が見えない中で「何もしないでもいいだろう」という感覚や、「自分たちの利益の追求」という昔の姿への志向性もでてきて、それらが錯綜する中で、「何をしていいのかわからないから止まっている」という形になっているのが現状、と言えるでしょう。そしてそれは、結局のところ「第一期」に戻るのと同じような形になってしまいます。
「第一期」的なありかたというのは、基本的にすでに歴史的な役割を終えてしまったものです。これにしがみついていたのでは、社会的な役割を果たせず、社会において不要なものだとされて行ってしまうことになります。
・・・今日はここまで。
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熊本震災

2016-04-18 09:51:45 | 日記
熊本・大分を震源とする強い自信があり、大きな被害が出ています。被災された方々にお見舞い申し上げます。

今回の地震では、大分でも多くの被害が出ていますが、やはり熊本の被害が大きいようです。多くの「余震」が続いており、復旧もままならぬ状態が続いているようですが、一日も早く通常の生活が取り戻せるよう祈ります。

今回の地震では、大きな地震がいつ、どこで起こってもおかしくない、ということをあらためて思い知らされました。日常的な災害への備え、ということを個人のレベルでも、家族のレベルでも意識しておくことが必要ですし、ある程度の組織においては、その組織内部での備えとともに、地域的・社会的なつながりの中での貢献、ということを考えるべきなのでしょう。

また、土地家屋調査士の業務としては、今回の地震で2メートルほどの断層のずれが生じていることに対して、迅速・的確に境界問題を解決・整理して復旧・復興の基盤を形成することが課題となります。

大分の中にも被災地を抱え、また隣の熊本で大きな被害が出ていることを受けて、「私たちに何ができるのか」ということを、改めて考え、実際の行動につなげていきたいと思います。
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読んだ本―「法服の王国―小説裁判官」(黒木亮著:岩波現代文庫)

2016-04-14 05:55:50 | 日記
「小説裁判官」というサブタイトルにある通り、「裁判官」を描いた小説です。「1970年代前半から2011年の東日本大震災までの約40年間にわたる司法の激動期を背景にした裁判官物語」であり「戦後の司法の危機と言われた激動の時代の裁判官群像を誠実に描いている」(梶村太一氏による解説)ものであるわけですが、それととともに、その背景にある歴史的な経緯を丁寧に描いているものでもあります。そのようなものとしてとても勉強になりました。いろいろな意味で、土地家屋調査士の方に、読んでもらいたいと思った本です。

本書で描かれている歴史的背景としては、次の三つのものがあります。

ひとつは、長沼ナイキ訴訟における平賀書簡問題、青法協裁判官問題(ブルーパージ)、宮本判事補再任拒否や阪口修習生罷免問題と言った一連の「司法の反動化」の過程です。これは、「戦争の悲惨さと、戦後、日本国憲法ができた時の人々のたぎるような喜び。そして、ようやく手に入れた自由と平和を護っていこうという固い決意」を持つ世代の人々が、そのような思いから法曹の道を選んでいた時代にあって、そのようなものを邪魔なものだと考えた人々が、なりふりかまわず行ったものだった、ということが、具体的な事実をもとにあきらかにされます。これによって、その後の日本の司法は、大きく変質した、ということが言えるでしょう。「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法および法律のみに拘束される」(憲法76条2項)とされていたものが、大きく違う性格のものにされたわけです。

ふたつめは、そのような変質は、現実の過程としては「司法行政」の強化として行われた、ということと、それとの連続性と断絶性を持つものとしての「司法制度改革」の推進です。これは、「ミスター司法行政」の異名をとる矢口洪一元最高裁長官をモデルにした登場人物の「弓削晃太郎」の動向によって見て取れます。全体としての「司法の反動化」の流れがある中で、それを大きな組織において現実のものにしていくことの持つ意味、それがもたらすもの、ということを考えさせられます。
端的に言えば、この中で「裁判官の劣化」が進んでしまったのではないか、ということです。たとえば、先日最高裁で、認知症老人の電車事故について家族の損害賠償責任を認めた地裁・高裁の判決を覆す判断がありましたが、この裁判は、そもそも一審の判決(名古屋地裁2013.8.9上田哲裁判長=最高裁判所の調査官経験者だそうです(瀬木比呂志「ニッポンの裁判))がおかしかったのであり、最高裁はそれをごく常識的な線に戻したにすぎない、といえるでしょう。瀬木氏の上掲書によれば
「かつての職人的裁判官たちであれば、『この鉄道会社の請求を任用するのはいくらなんでもコモンセンスに反する』ということには、最低限気づいたと思う。その程度の良識、また、社会に関するヴィジョンは、多数派の裁判官たちももっていた。」
のに、それが失われてしまったのには、歴史的な経緯があった、というわけです。

三つめは、原発問題―原発訴訟です。本書は、原発訴訟の経過についても詳しく描いたうえで、東日本大震災―福島原発事故の発災で終わっているもので、原発問題が大きなテーマとしてあることを明らかにしています。これは、本書でも示されている水害訴訟における最高裁の他の行政訴訟一般にも通じるものですが、「司法」という機能が「行政」との関係でどのような役割を果たすべきなのか、現実にそれをどれほど果たせているのか(果たせなくなってきてしまった)、ということへの反省が必要だということなのでしょう。つい先日の、川内原発に関する福岡高裁宮崎支部決定で、「社会通念」ということがさかんに言われていましたが、福島原発事故以来の国民の「社会通念」と、行政や「原発村」側を向いた「社会通念」との違いを示してしまった、ということが言えるように思い、本書でえがかれていることをあらためて思いました。

これらの歴史的な背景をもって描かれている「裁判官の姿」というのは、私たち土地家屋調査士にとっても必ずしも遠い存在であるわけではありません。現在の最高裁長官が長い間法務省に籍を置いていた、ということにも示されているように、意外と身近な存在であるわけです。私たち自身が社会の中でどのような存在であるべきか、ということを考えるときに、現実の問題として考えなければならない対象としてあるわけで、その意味でも、本書を通じてそれを知ることの意味は大きいように思えます。
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新年度になって

2016-04-05 11:38:50 | 日記
4月になり、新しい「年度」を迎えました。

調査士会(以下大分会のような単位会だけでなく日調連を含んで「調査士会」と言います)も「平成27年度」が終わりました。つまり、私が日調連の執行部の一員としていたときに「事業計画」を立てた年度が終わった、ということになりますので、私の土地家屋調査士会役員としての立場にも区切りがついた、ということになります。
時間的な区切りがついたところで内容的にも区切りをつけたいと思い、「調査士会(界)の現状と課題」について、この後断続的に思うところを書いていくことにしたいと思います。

「忙しすぎて目先のことに追われ、新しい仕事に目が向きにくい。その状態に慣れてしまった」

・・・これは、財政破たんから10年を経て厳しい再生の道を歩みつつある夕張市の職員の発言です。調査士会とは関係のないところで出ている話ですが、調査士会(これは主に日調連のことですが)の執行部にいた頃に感じていたのとまったく同じようなことを言っているものとして考えさせられました。

「忙しすぎて目先のことに追われ」と言いますが、これは「逆」でもあります。すなわち、「目先のことに追われすぎて忙しい」のです。
水道管を長いこと使っていると水垢がこびりついてしまうように、組織を長いことやっているとさまざまなものがこびりつきます。それが「前例」となって、やらなければならない「目先のこと」が増えていきます。「去年やったから今年も」みたいに自然の流れに任せていると、やることがどんどん増えてしまうわけです。そして、これをこなすだけで結構働いているような気分になり、さらに言えば「忙しすぎ」ることになってしまうわけです。

そしてまた逆に言うと、重要なことが何で、力を注ぐべきことが何であるのか、ということがはっきりしないと、「目先」のことに目を向ける、ということになってしまう、ということでもあります。将来を見据えてやらなければならないことをはっきりとさせれば、目先にあることについても取捨選択しなければやっていけない、ということになるわけですが、その目的意識がはっきりしていないと、自然に増殖していく「目先のこと」に追われるだけで過ぎて行ってしまい、忙しい、あーよく働いた、ということになってしまいます。

なぜそういうことになってしまうのか?それをどう克服すべきなのか?・・・ということが課題です。この課題について、今後いくつかの視点で考え、断続的に書いていくようにしたいと思っています。
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