大分単身赴任日誌

前期高齢者の考えたことを、単身赴任状況だからこそ言えるものとして言ってみます。

2014年も終わり

2014-12-31 11:16:20 | 日記
2014年 お世話になりました

2014年も、今日で終わりです。月並みな言い方になりますが、本当に早い!一年間にやるべきこと、やらなければいけないことが、たくさんあったのに、ほとんどなし得ぬままに一年が終わってしまったような気がしています。

毎年、同じようなことの繰り返しで馬齢を重ねていってしまうわけですが、今年は特にその思いを強くします。

大分会の会長としても、日調連の副会長としても、任期の残りが半年を切りました。この一年でできたこととできなかったことをしっかりと見つめ直して、来年何をどうして行くべきなのか、ということを考えて行くようにしたいと思っています。

そのようなものとして、公言しておかないとさぼりがちになってしまいそうなので宣言しておきますが、年が明けたら出来るだけ早い時期に「土地家屋調査士の現状と課題」について、この2年間の経験の上で思うところをまとめるようにしたいと思っています。

そのためには、年明けのスタートが大事です。まずは、今日飲みすぎずに爽やかな新年を迎えられるようにしなければ!

読んだ本ー「吉田松陰ー異端のリーダー」(津本陽著:角川oneテーマ)

2014-12-26 17:20:57 | 日記
帯には、「2015NHK大河ドラマ「花燃ゆ」主人公の兄 吉田松陰に迫る」とあります。なるほど来年の大河ドラマは吉田松陰の妹が主人公なのですね。

正直言って、私は「吉田松陰」についてそれほど知っているわけではないのですが、その少ない知識の上での感想としては「なんだかなぁ?」というものがありました。よくその偉大さが言われますが、どこがそんなに偉いのか、よくわからない、というところです。

書店で本書の「序章」をパラパラっと読んだところ、著者である津本陽さんも、似たような感覚を持っていたそうで(こちらは、坂本龍馬や西郷隆盛の伝記小説を書いている人ですから確かな知識に基づくものでしょう)、その部分に魅かれて読んでみました。

「松陰には人を見る目も、周囲の動向を察知する政治感覚も、軍事的戦略的感覚もまったく欠けていた。」
「政治的存在として彼を過大評価すべきではない。教育者としても、簡単に高評価すべきではなかろう。」

というのが、冷めたところでの結論的評価になります。確かに、吉田松陰の言動にはどんな意味があるのだかよくわからないものが多くあります。たいした意味があるとは思えないのに脱藩までして奥羽を旅したことだとか、間部詮勝暗殺計画を立ててそれに賛同しない弟子たちを悪しざまに罵ったりすることとか、幕府の訊問に対して聞かれてもいないことまでペラペラ喋って自ら死罪を招いてしまうこととか・・・・、冷めた評価をするのが、ごくまっとうなように思えます。

しかしその上で、幕末という激動の時代に、多くの優秀な人々や怪しげな人がさまざまな行動をしている中にあって、吉田松陰が果たした「現実の役割」というのが大きいのでしょう。

その点を著者は、吉田松陰の呆れるほどに単純で純粋な「狂」が、高杉晋作に受け継がれた、という点で見ています。長州藩の「俗論派」による藩内支配に抗して戦った「功山寺挙兵」以降の戦いについて、結果的には成功して勝利をおさめ、それによって長州藩内情勢を大きく転換させ、ひいては討幕―明治維新への流れをつくることにまで結びついていくわけですが、その当時においては、まったく勝ち目のないものであった、と著者は観ます。松陰の叫んだ『狂』が高杉に勝敗を度外視しての決起を決断させた」という訳です。

たしかに、吉田松陰の「純粋さ」は、高杉晋作をはじめとした志士たちの良質な部分に引き継がれていったのだと思います。「誠実、質朴」を貫く、次のような姿勢に魅かれるのは、たしかだろうな、と思わされます。

「松下村塾で礼法を簡単にし規則を設けないのは、禽獣夷狄のならわしを学ぶのではない。老荘竹林の昔を慕うのでもない。いまの礼法がすたれ、虚飾刻薄の振る舞いのみ行われる世になって、誠実、質朴をもって、世情を矯正したいと思うのみである。」

このようなとてもすがすがしい姿勢で一貫したのが吉田松陰の魅力なのでしょう。私たちの組織のような小さな組織でも「虚飾刻薄の振る舞い」が横行したり、つまらない打算や嘘に動かされることが多いのですから、もっと大きな組織にあってはより甚だしいものがあるのだと思います。そのような風潮に対する「誠実・質朴」の貫徹、というところに注目をしていきたいと思います。来年は「花燃ゆ」を観なければ!。

今週の予定ー今年最後の週

2014-12-22 08:33:23 | 日記
今年の実質稼働最後の週になります。今年の正月がつい昨日のことのように思える歳なので、月日の経つのの速さにあらためて驚きます。

12.22 今日ですが、筆界特定制度に関する打ち合わせ。今、そのために大阪に向かっているところです。

筆界特定制度については、それ自身として現実の境界問題の解決のために果たしている役割が大きなものとしてあるものですが、さらに通常の分筆登記などにおける筆界の認定内容を規定する質を持つものとして、私たち土地家屋調査士が大きな注意を払わなければならないものとしてあります。制度発足から9年を経ようとしている今、その成果を踏まえるとともに、その中で明らかになった問題点を克服して、さらなる発展への道を考えることが必要になっています。そのようなものとして、日調連では、内部での検討を進めるとともに、日弁連の「民事裁判手続に関する委員会」との間で筆界特定制度に関する協議を行っています。来年初めに開かれる第2回の会議に向けて打ち合わせを持ちます。

12.25(木) 大分地方法務局の土地家屋調査士合格者への合格証授与式に調査士会として出席し、その後調査士会の説明をさせていただきます。今年の大分では5名の方が合格された、とのことです。

公式の会務については、この日で終わり。宿題をいっぱい残しているので、すぐにのんびり、というわけにはいきませんが、いい正月が迎えられるようにしていきたいと思っています。

読んだ本ー「沈みゆく大国アメリカ」(堤美果著;光文社新書)

2014-12-19 17:23:45 | 日記
格差が広がり、「1%」が莫大な富を手に入れる一方で、「中間層」が破壊されて多くの人々が貧困にあえぐアメリカの現状を報告し続けている堤美果さんの新著です。

今、「1%が」と書きましたが、これはもちろん象徴的な表現です。本書の中で紹介されているもう少しきちんとした数字で言うと、「アメリカでは資産2000万ドル(20億円)以上の上位0.1%が国全体の富の20%を所有している」のだそうです。それに対して「全体の8割を占める中流以下の国民の富はわずか17%」だそうで、格差がどうしようもない段階にまできているそうです。

その「格差と収奪」の構造は、「オバマケア」にも貫かれてしまっている、ということを示しているのが本書の主な内容です。

「オバマケア」について、私は、「アメリカで国民皆保険へ向かうもの」(したがって保険を持たなかった貧困層も保険を持てるようになるもの)という程度の知識しか持っていませんでした。そこから「いろいろと問題はあるにしても基本的に望ましい方向のものなのだろう」と思っていました。しかし、本書によると、そういうようなものではないようです。

「国民皆保険」的方向に進む、と言っても、アメリカの場合は「民間の保険会社による」というところが日本の「国民皆保険制度」とは、決定的に異なるようです。そして、「ビジネスの対象としての保険」においては、「皆が持てる保険は内容がスカスカ」になってしまい、それだけでは何の役にも立たず、実質的な保障を求めると非常に高額な保険料が必要になってしまう、という事態が生じているようです。

結局「オバマケア」によって、「得をしている」のは、莫大な保険加入者が支払う保険料収入を得るようになる寡占巨大保険会社だけ、としてさまざまな実例が紹介されています。「オバマケア」によって「医療は保険会社が支配するようになった。患者の治療の方針も薬の処方も、まず保険会社に聞かなければならなく」なっていた状況がさらに加速された、とのことです。

このことから、本書で説かれていることからすると、TPPの論議の中においても問題にされる「日本の国民皆保険制度」について、その意義をもう一度考え直す必要がある、ということになります。

その上で、感じたことを書きます。一つは、ちょうど同じ時期に読んだ「もう国家はいらない」(堀江貴文・田原総一郎:ポプラ新書)を読んでも感じたことですが、グローバル企業が「国家」の枠を越えて展開していて、その力強さを見ると「もう国家はいらない」ように思えてしまったりもするけれど、やはり「強欲資本主義」は人間を食べてその犠牲の上に成長するものであり、「公共の福祉」という視点を抜きに考えるわけにはいかない、ということです。「国家」が「強欲資本主義」に奉仕するものであるかのごとくなっている現状について、もう一度考える必要があるのでしょう。(そのようなものとして、堀江さんのような「楽観主義」にはとてもついていけず、とても危険なものだと思いました。)

もう一つは、そのような状況の中で、良かれと思ってすること、も必ずしもいい結果を生み出すとは限らない、ということです。「オバマケア」についてもそうかもしれませんし、本書では、「アメリカ国内に500万人いると言われる不法移民に滞在資格を与える」というオバマ大統領の方針も、ただ厖大な「貧困ビジネスの対象者」を生み出すだけでしかない、と断じられています。本当にそうなの?という疑問も残りますが、そのような大きな構造が出来上がってしまっている、ということに注意をして見ていく必要がある、ということなのでしょう。


実務講座、「電子証明書」

2014-12-17 17:43:54 | 日記
12月14日から16日まで開催されていた「日調連実務講座~土地境界実務~」が無事終了しました。

直前に体調を崩されて出席できなかった方や交通機関の乱れによって若干遅れた方もありましたが、予定したほぼすべての方が参加でき、無事講座を終えることができました。年末の忙しい時期に様々な困難を乗り越えて参加された全国100余名の土地家屋調査士とともに充実した3日間を過ごせて、大変嬉しく思っています。参加者、スタッフ、関係者の方々にあらためてお礼申し上げます。

講座の冒頭でもお話しさせていただいたのですが、せっかく全国から集まって講座を開催しているわけだから、単に受動的に「聞く」だけでなく、聞いたことを考え、それを話し、また人の言うことを聞いて、考えて・・・・、という循環が実現されるべきものです。今回の講座では、それが、ある程度具体的な姿をもって実現できたのではないか、・・・というのが、とりあえずの「自画自讃」です。・・・もっとも、それ以外に至らぬ点も多々あったかと思いますので、参加された方々の意見等を参考にして、今後、よりよい講座を実現して行けるよう活かしていきたいと思っています。

昨日、一週間ぶりに大分に帰ってきたので、はるか昔のことのように思えるのですが、「電子証明書」のことについて書きます。

連続一週間の出張を前にした9日の夕刻、事務所への帰路、運転していたら急に「セコムなんちゃら」からの「本人限定郵便」の通知が来ていたことを思い出しました。帰り着いて慌てて見てみると受け取り期限は「12月15日」。もしも、思い出していなかったら、そのまま返送されてしまうところでした。あー、よかった!

急いで郵便局に駆けつけ、無事受け取ることができて一安心。これをそのまま置いておいて、一週間後に帰ってからゆっくりやればいいのですが、どうもかなりせっかちな性格のようで、すぐに済ませてしまわなければ気が済みません。

早速ダウンロードして、その後あれこれのわからないことやトラブルもありながら、懇切なマニュアルに従うことによって、なんとか一通りのことを済ますことができました。

一番苦労をしたのは、signedPDFです。まず、私の持ってるAcrobat8では前に進むことができません。「8では動作保証できません」という話は聞いていたのですが、「まぁ、どうにかなるだろう」と甘くみていました(なにごとも甘く見るのが、もう一つの改めるべき性格です・・・)。でも、やっぱり全然ダメなんですね。慌てて(かなり意地になって)「Acrobat11」を手に入れたものの、今度はこれがうまくインストールできません。コンピュータに関することとしてはいつものことのように、あちらこちらを当たっているうちに、何をしたのがよかったのかわからないままに、なんとかできたので助かったのですが、冷や汗ものでした。

これを受けての教訓。全国の方については、「私でもできたのだからなんとかなる」、です。ICカードの失効までの期間もあまり残されていませんので、できるだけ早く電子証明書の取得をしていただきたいと思います

その上で、大分の人限定で言えば、上記のとおり私の一番苦労したのはsignedPDFです。これがなくてもXML書名や申請時点での署名はできますので、PDFへの電子証明をしないのなら、これは必要ないわけですから、実際の登記申請における必要性を考えて、どうするかを決めればいい、のだと思います。以上、参考まで。