大分単身赴任日誌

前期高齢者の考えたことを、単身赴任状況だからこそ言えるものとして言ってみます。

読んだ本―「東北ショック・ドクトリン」(古川美穂著:岩波書店)

2016-03-14 10:00:48 | 日記
「3.11」から5年、ということで、新聞・テレビでも多くの特集報道がなされていました。その中で紹介されていた本で、読んでみました。昨年の3月に発行された本です。

「ショック・ドクトリン」というのは、ナオミ・クラインが「衝撃的な出来事を巧妙に利用する政策」を指す言葉として使用しているものです。その一つとして、「壊滅的な出来事が発生した直後、災害処理をまたとない市場チャンスと捉え、公共領域にいっせいに群がる・・襲撃的行為」として「惨事便乗型資本主義」がある、としています。
ナオミ・クラインの方の本の冒頭部分で紹介されている2005年のハリケーン・カトリーナによってニューオリンズに甚大な被害がもたらされたとき、共和党の下院議員リチャード・ベーカーが「これでニューオリンズの低所得者用公営住宅がきれいさっぱり一層できた。われわれの力ではとうてい無理だった。これぞ神の御業だ。」と語ったことや、不動産開発業者が「今なら一から着手できる白紙状態にある。このまっさらな状態は、またとないチャンスをもたらしてくれている」と語ったことが紹介されています。

このような極端で露骨な物言いではないにしても、東日本大震災からの復興を目指す中で、特に「創造的復興」の名のもとに同様のことが起きている、というのが本書における主張です。
本書で示されている現実のすべてからそのようなことが読み取れるというわけでは必ずしもありませんが、冒頭に紹介されている「東北メディカルバンク構想」の例を見ると、たしかにそのような「悪魔のささやき」があり、それが現実化している、ということもあるようです。
「東北メディカルバンク構想」というのは、「約500億円の復興予算を使って行われる、文部科学省管轄下のプロジェクト」で、「柱となるのは、大規模ゲノムコホートとバイオバンクの複合事業」だそうです。(「コホート研究」というのは、「共通の因子を持つ個人の集団(コホート)を一定期間追跡して特定の病気の発生率を土地家屋調査士、要因と病気の関連などを調べる観察的研究」のことだそうです。)
この研究が意義のあるものであることは確かなのでしょう。
しかし、著者は、「なぜ日常的な診療体制の復旧すら不完全な被災地でゲノム研究なのか」?という疑問を呈しています。
これは二つの面で問題になります。ひとつは倫理的問題で、「人間を対象とした医学研究の倫理指針『ヘルシンキ宣言』には、不利な立場またはぜい弱な人々と地域社会を対象とする研究について』の慎重さを求める項目があり・・被災地はこれに該当すると考えられる」ということです。
もう一つは、「復興予算」をめぐる問題で、「被災地に固有の問題を研究・解明するのが主眼ではなく、復興予算を使ってとにかくゲノムを集めようという話なら、復興は口実で研究者のためのプロジェクトなのではないかと言われても仕方ない」ということになるとして批判されています。

日本の置かれた現状からすればたしかに「創造的復興」が必要なのだと思います。しかし、その名のもとに必ずしも適当ではないものが「群がる」ということがあるようですし、そのうえで現実が進行する、ということもあるようです。
「5年」の節目を機に、そのような現実をも踏まえて、私たちの業務領域においても反省と自戒とともに復興への道筋を考え、進んでいかなければならないのだと思います。

































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