大分単身赴任日誌

前期高齢者の考えたことを、単身赴任状況だからこそ言えるものとして言ってみます。

読んだ本ー「日本病―長期衰退のダイナミクス」(金子勝・児玉龍彦著:岩波新書)

2016-03-01 11:45:30 | 日記
「うまくいかないことには理由がある。内部が複雑なシステムは外から見てもよくわからない。表面上、よくわからないのだが、何かがおかしい日本社会を、深刻な病が蝕んでいる。」
本書は、このように言います。たしかに、実感ですね。「アベノミクスで景気が良くなった」と言われていますが、その実感を持たない国民の方が多い、という状態が続いています。「有効求人倍率が上がった」とよく言われますが、「非正規雇用」の求人ばかりが増えていたのでは、国民が豊かになった、とはいえず、むしろまったく逆になります。都合のいい指標(特に「株価」がこれにあたります)を都合のいいように使って「景気が良くなった」といくら言われても実体は変わらないわけです。

「人々にとってわかりにくい複雑な現象が起きていて多くのデータがあるとき、データの不足、モデルの間違いと恣意的なデータの選択などの問題が起こりやすい。それゆえ、人の予測を自分の都合のいいように誘導しようとする人は、さまざまな理由をこじつけて情報を隠そうとする。」
ということが確かに起きているようです。あらためて
「データを得る現場での品質管理が大事なのである。それは、データを得た後の情報処理では改善できないのだ。」
ということに注意をしてみていく必要がある、ということです。これは、私たちの業務領域に関しても言えることで、肝に銘じておくべきことでしょう。

本書の特徴は、経済学者である金子勝と生命科学者である児玉龍彦との共著であり、「市場や生命という複雑なシステム」の分析と予測のための方法を示しているところにあります。社会的現象と自然的現象とでは性格が違うんじゃないか、と思ってもしまうのですが、単なるアナロジーを超えた共通性があると考えるべきなのかもしれません。「生命や経済にあるいくつかの周期性に着目して、変化するもの、動くものをどう分析し、予測するかに焦点」を合わせる、という方法を面白く思いました。

その中で、ひとつのキーワードとして示されているのが、「制御系の解体」ということです。たとえば、
「がんという病気の中で、我々が相手にする対象が、歴史的にかわってきていることがわかる。最初は、外科手術でとれるがん細胞が取り除かれる。次に、細胞毒の薬で増殖の速いがん細胞が除去される。そしてドライバー変異をターゲットにした分子標的薬で、多くのがん細胞が取り除かれる。だが、最後に残るのは、制御系を制御する仕組みの壊れた原始的ながん細胞の親玉で、栄養を感知して増殖を判断する仕組みを再構築することが鍵となる。そうでなければ、また再発してくるのである。」
という、「がん」の構造が示され、それと
「金融の世界で起こっていることを見ても、同様の問題が起こっていると考えられる。バブルとショックを周期的に繰り返すバブル循環が中期の波を形成すると、どの国でも経営責任を問えないまま不良債権(=がん)の本格的処理ができない状況の下で、グローバルな超低金利政策の時代になっていく。」
構造とが対比されます。「マイナス金利」にまで踏み込んだ金利政策は、「金利機能という制御系を死なせ」るものだとされるわけです。

そのようなものとして、「アベノミクス」に対する厳しい評価がでてきます。
「アベノミクスは・・・、異常な金融緩和によって財政赤字をファイナンスするとともに、円安と株高を誘導することで大手企業の収益をあげさせることだけに集中しており、その結果、大手企業は軒並み外資の持ち株保有が増加して、名だたる企業の外資の持ち株保有が3分の1を超える『外資系企業』となり、ひたすら当期純利益を上げ、内部留保と株式配当を膨張させるようになっている。」
「アベノミクスは、危機が進行しているのに、古い産業の既得権益にしばられ、その利害を守るために、ひとつ前の周期で使われ効かなくなっている既存の政策を大幅に拡大して総動員しているだけで、その結果として、より一層、経済の制御系を破壊していくのである。」
そしてそのようなことが繰り返されていると
「中期の周期である一国レベルの景気循環は、ただ同じ状態が繰り返されるのではなく、少しずつ変化を蓄積していく。それが、より長い周期性を持つ世界的な産業構造の転換と重なり合って、また新しい中期の周期性を持った循環が形成される。だが、バブルの崩壊以降、厳格な不良債権処理ができず、ひたすら中期の景気循環を持たせる政策が行われているうちに、制御系の束によるフィードバック機能が次々と失われ、産業構造の転換が遅れ、長期停滞は長期衰退へと向かってきた」
ということになるのだとされ、その中で
「外部の環境の変化が、内部の複数のシグナルを同時に誘導する」
危機があるのだとされています。
私には、現在の全体としての経済の状況に対する分析としてどこまで妥当であるのかの判断まではできませんが、「危機の構造」としては理解できる感じがします。グーッとスケールが小さくなりますが、わが業界の「危機の構造」の問題としても。

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