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韜晦小僧のブログ 無線報国

真空管式ラジオ、軍用無線機やアマチュア無線機の修復の記録
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周波計JFR-N7とニキシー菅の思い出(2016年09年01日)

2016年08月31日 11時19分23秒 | 96無線コラム

周波計JFR-N7とニキシー菅の思い出(2016年09年01日)

ひょんなことから、2003年7月にヤフーの"ts_kbys"さんから自衛隊用周波数カウンターを購入していたことを思い出しました。
購入以来お蔵入りしており、一回も火入れもしておりませんでした。
今回駄目もとですが、確認試験のため電源起動を試み見ました。
通電開始後、すぐにニキシー菅が点灯し、数字の"0"を表示しました。
すぐにSSGによりシグナルを注入させましたが、0表示のままです。
やはり周波数カウンターの機能までは無理なのかと思いましたが、起動後数分経つと徐々に機能回復し、正確なシグナルの周波数を表示するようになりました。
まさか正常動作するとは感激です。
大変久しぶりにニキシー菅の明りをみるこことなりました。
本機は、自衛隊で昭和40年代に使用していた「周波計JFR-N7」というLSIもない時代にディジタル回路をトランジスターのみで製作した周波数計です。
初めて、ニキシー菅をみたのは、1968年(昭和43年)当時高校生のとき、アマチュア無線局の落成検査に電波監理局の職員が立会されたとき持参されて周波数計でした。
本機とほぼ同等な測定器であったように記憶しています。

当時アマチュア無線機の許可については、JARLによる認定による許可が一般的でしたが、申請すれば電波監理局の職員による落成検査合格することもできました。
小生は後者を選択し、立会検査にて合格した次第です。
電波監理局も郵政省の廃止にともない総務省に統合され、地方の広島では中国総合通信局と名称が変更されています。
免許更新も、いまでは電子申請システムで簡単に申請され手数料もペイジーにより支払いもオンライン化されています。
ただし、免許証については、郵送か直接取りに行くか選択できるので今回の免許更新では後者を選択しました。
再免証許受領のため、48年ぶりに旧電波監理局に出向いてみると、耐震補強はされていましたが、当時のビルのままです。
担当窓口も当時の2階の同じ場所のようです。(記憶違いかもしれませんが・・)
もちろん職員は若い人に世代がかわっています。
帰り際、こんな職場に勤めるのもよかったかな、なぜこのような役人を選択をしなかったのか考えながら帰宅の途に就きました。

 


広島戦時通信技術資料館は下記のアドレスです。
http://minouta17.web.fc2.com/


参考資料
数字表示技術の発展 http://www.dentaku-museum.com/1-exb/special/displaybyty/display.htm
昭和49年度決算検査報告 http://report.jbaudit.go.jp/org/s49/1974-s49-0029-0.htm

 


昭和30年代のラジオ屋さんの真空管箱について

2016年03月07日 22時11分08秒 | 96無線コラム

昭和30年代のラジオ屋さんの真空管箱について

広島市から作業所のある県内の世羅町(約90Km)までの道中で、時々いろいろなところへ寄り道します。
下記の骨董屋もその一つです。
薫堂 http://www.fujiya-kaorudo.com/content/view/2/3/
今回のこの骨董屋を覗くと、昔のラジオ屋が使っていたナショナルの真空管箱が放置されていました。
無性に欲しくなり、理性なく購入してしまいました。
汚れを落とし、手持ちのテレビ球を飾ると、それなりに様になっています。


広島戦時通信技術資料館は下記のアドレスです。
http://minouta17.web.fc2.com/

 


CQ誌広告からの松本無線の歴史と松本無線ビルのその後(平成28年03月07日)

2016年03月07日 22時06分46秒 | 96無線コラム

CQ誌広告からの松本無線の歴史と松本無線ビルのその後(平成28年03月07日)

2014年12月に、岡山県高梁市Mさん(JA4JDF)からCQ誌260冊を無償提供していいだきました。
今回、頂いたCQ誌の広告資料から松本無線の歴史を振り返ります。
1960年以前の資料がないので、1961年からの紹介となります。
1961年には、広島市下柳町(現在は橋本町)にて松本無線として、USAの軍用の無線機の水晶や真空管類の部品(主に岩国基地からの放出品と思われます)を販売されてます。
1963年には、米軍の放出した軍用無線機の類も広告に載っています。
1968年には、販売が好調だったのでしょうか、新社屋として松本無線ビルが出現し、松本無線パーツ株式会社として発足しています。
更に、1969年2月松本無線ジャンクセンターがビル3階に開設されます。
以降、松本無線パーツ株式会社と松本無線ジャンクセンターは、両輪で松本無線ビルとして興隆するこことなりました。

最後に、松本無線ビルは現在完全に更地となっています。
また、1967年ごろに移転前の営業していた地(旧キャバレー隣の駐車場)を掲載して振り返りを終了とします。


広島戦時通信技術資料館は以下のアドレスです。
http://minouta17.web.fc2.com/


昭和42年当時の高校生時代のQSLカードについて

2016年02月08日 21時59分51秒 | 96無線コラム

昭和42年当時の高校生時代のQSLカードについて

昭和42年(1967年)当時高校1年でした。
高校のアマチュア無線のクラブに所属し、約2年間アマチュア無線にのめり込んでいました。
高校のクラブ局の同期は、K君、Y君、F君と小生の4名でした。
クラブのリグは、当時定番のトリオの9R59とTX-88Aと記憶しております。
自宅では、自作高1中2のシングルスーパーと終段が2E26のA3送信機で運用していました。
周波数は、7Mhz帯の混信のためビギナーでは無理だったので、空きバンドの3.5Mhzをメインに使用していました。
送信波は、高価なVFOが購入できず、3,525Khzの水晶発振子一つのみでした。
アンテナは、ダブレットを張っていました。
アマチュア無線の絶頂期だったこともあり、今思えば大変楽しい思い出です。
もう、高校のクラブ局JA4YFMは廃局していると思います。
資料整理していると昔のQSLカードがでてきました。
当時の無線の音が聞こえそうですが、もう誰もこの世界には戻ってこないでしょうね。
昔を懐かしみ、当時のQSLカードを紹介します。

 

広島戦時通信技術資料館は下記のアドレスです。
http://minouta17.web.fc2.com/

 


松本無線ビルのその後(ビル解体中)のお知らせ(平成27年8月27日)

2015年08月28日 08時56分01秒 | 96無線コラム

松本無線ビルのその後(ビル解体中)のお知らせ(平成27年8月27日)

少し気になっていたので、広島市中区銀山町の旧松本無線ビルを見に行きました。
松本無線ビルはありません。
現在、将にビル解体中であります。
誠に残念ですが、これも時代なのですね。

解体前の風景です。


解体中の現在です。

 

広島戦時通信技術資料館は以下のアドレスです。
http://minouta17.web.fc2.com/