実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

譲渡禁止特約付債権の担保(4)

2010-09-09 10:33:09 | 債権総論
 道垣内教授が指摘するまでもなく,民法343条は,まさしく質権実行により目的物が第三者に移転する(あるいはそれと同視しうる状況になる)結果となるから,譲渡できない物を質権とすることを認めないのである。譲渡が禁止されている動産や不動産の質権,あるいは債権であれば扶養請求権のような債権の質権を想定すれば,このことは明らかである。つまり,効果面からの帰納的な理由に基づく。質権の実行ができない,あるいは質権実行を認めるべきではない目的物だから,質権の目的にもできないのである。
 しかし,譲渡禁止特約付債権の場合は,実行可能か否かという効果面よりも先に質権設定の可否そのものが論じられなければならないと思っている。仮に質権設定を認めたならば,取立権の行使であろうと,民事執行法に基づく担保権の実行であろうと,実行は可能だと,演繹的に解すべきなのである。つまりは,譲渡禁止特約付債権は,民法343条の問題とは考えるべきではないと思うのである。

 もし,効果面の理由で譲渡禁止特約付債権の質権設定を不可とするならば,例えば,譲渡禁止特約付の賃料債権を,賃貸目的物に抵当権を設定している抵当権者が物上代位により賃料債権を差し押さえたり,担保不動産収益執行により賃料債権から優先弁済を受けたりすることはできないのであろうか。似たようなことは,譲渡禁止特約付債権に対して先取特権の成立が問題となるような場合も想定できる。先取特権は成立しないのだろうか。
 私は,こうした考えはおかしいと思う。やはり,債務名義による差押えが可能であるのと同様に,譲渡禁止特約付債権に対する担保権の実行は可能というべきなのである。

 もともと,民法466条2項の趣旨そのものも,債務者の保護の一点にあり,債権者が誰であるかについての,債務者にとっての債務管理の便宜のためでしかなく,それ以上でも以下でもない。しかも,譲受人が善意であれば結局譲渡は有効となってしまうのである。このように,譲渡禁止特約の効力を,たとえ物権的効力といってみたとしても,扶養請求権のような強い政策的考慮をもった債権譲渡禁止ではないし,今回の判例に従えば,せいぜい相対的な無効でしかないのである。
 以上のように,譲渡禁止特約のある債権であっても,判例通説上,債務名義による強制執行は可能なのであるから,担保権の実行としての差押えが不可という直接の理由はないはずである。かつ,譲渡禁止特約と同じような規定として質権設定禁止特約のような特別の規定もない以上,譲渡禁止特約付債権も質権設定が可能だと考えるべきだと思うのである。

譲渡禁止特約付債権の担保(3)

2010-09-06 11:03:24 | 債権総論
 前回のブログは,あくまでも「債権譲渡」の効力として考えた場合の話である。
 しかし,「債権の譲渡担保」として考えた場合に,これを権利移転的効力ではなく担保的効力として把握してはいけないのであろうか。もし担保的効力として考えることができたとすれば,比較として参考となる制度が存在する,それは債権質である。債権を担保にする際に民法が典型的に用意している債権担保の制度だからである。

 それでは,もし,譲渡禁止特約付債権に質権を設定したら,その効力如何。あまり考えたことはなかったが,平成21年判例をいろいろと考えているうちに,避けて通れない問題のように思えたのである。そしてまた,事案としてはいくらでもあり得そうな事案でもある。ところが,簡単に調べた限りでは,この種の事案に関する上級審判例は,大審院時代の古い判例が存在するだけのようである。これも正確に調べているわけではないが,譲渡できない物を質権の目的とすることはできないという民法343条の存在を前提に,譲渡禁止特約付債権もこれに抵触し,ただ,特約の存在に付き質権者が善意の場合は結局債権質を取得できるという判例のようである。
 手頃な教科書では,道垣内教授の担保物権法第2版106頁で簡単に触れられているのを見かけた。そこでは,民法343条から譲渡禁止特約付債権は質権の目的になり得ないとし,その理由として,質権の実行においては,当該債権が設定者から第三者に移転することになるからであると説明する。ただし,民法466条2項ただし書きによって,質権者が善意ならば有効に質権を取得するという。

 しかし,道垣内教授のこの理由付けには,私はどうしても納得できない。なぜなら,債権質の実行に関する限りで言えば,当該債権そのものが設定者から第三者に移転することは,民法では予定されていないからである。あくまでも質権者に直接の取立権が発生するに過ぎないはずである。仮に第三者に移転することがあり得るとすれば,それは,債権質の実行を民法上の取立権に基づいて実行するのではなく,民事執行法の規定に則って実行する場合である。この場合には,確かに転付命令や譲渡命令により当該債権そのものが質権者あるいは第三者に債権が移転してしまうことが生じうる。しかし,道垣内教授がこのことを想定して「第三者に移転」することを問題とするならば,それは誤りといわざるを得ないと思うのである。なぜなら,譲渡禁止特約付債権であっても,差押えは可能というのが判例通説だからである。その差押えが債務名義に基づく強制執行としての差押えだけでなく,担保権実行による差押えであっても,理屈は同じだと思えるのであり,債権者・債務者間の合意のみで差押え不可能な債権を作り出すことを認めるべきではないのである。
 つまり,譲渡禁止特約付債権の質権設定の可否と実行との関係でいえば,仮に質権設定が可能であれば民事執行法の規定に則った実行方法も認めるべきという,演繹的思考操作しかあり得ないはずなのである。その意味において,私には譲渡禁止特約付債権と民法343条の法意とは,ずれがあるとしか思えないのである。

譲渡禁止特約付債権の担保(2)

2010-09-02 11:07:19 | 債権総論
 ところで,前回ブログで取り上げた判例を,仮に判旨どおりに「債権譲渡」の効力としてみた場合,譲渡禁止特約の効力如何という問題となってくる。

 通説は,譲渡禁止特約には物権的効力があり,債権譲渡そのものが当然に無効だと説明しているようであり,これに対する有力説である債権的効力説は,譲渡禁止特約は,あくまでも債権者・債務者間の債権的効力しかなく(したがって,基本的には特約違反は債権者の債務者に対する債務不履行の問題としか考えないのであろう),譲受人が悪意(重過失)であった場合には,債務者は譲渡禁止特約をもって譲受人に対抗できるにすぎない,と説明するようである。
 これまでの判例は,一応物権的効力説を採用していると言われているようであり,判例解説によっては,上記判例も基本的には物権的効力説を採用しているとの解説もある。確かに,判例の理由付けを見ると,物権的効力説的な判示となっているようにも読める。ところが,結果的には債権譲渡は無効にならないといっているのである。そうだとすると,「物権的効力=絶対的無効」ではなく,「物権的効力=相対的無効」と理解するのであろうか。

 しかし,物権的効力説を明言した最高裁の判例は存在しないようであり,上記判例も,特約の存在について譲受人に重過失があって,本来無効であるべき債権譲渡が,譲渡人からは無効の主張ができないと判示している判例であるから,結論だけをみると債権的効力説にかなり親和性があるといわざるを得ないと思う。
 そして,これまでの判例も,理由付けはともかくとしても,判例の結論が債権的効力説と明らかに矛盾する判例は,あまり見受けられないような気もするのである。あるとすれば,特約違反の譲渡後に譲渡人に対する債権者が債権を差押え,その後債務者が債権譲渡を承諾した事案で,民法116条の法意に照らして債務者の承諾による譲渡の遡及的有効性を差押債権者に主張できないとした判例くらいであろうか。

 ちなみに,債権法改正検討委員会の改正案は,譲渡禁止特約の効力を債権的効力的な改正の方向性を示しているようである。譲渡禁止特約が,債務者の保護のためにあるとすれば,物権的効力説を採用する積極的な理由は存在しないということであろうか。