実務家弁護士の法解釈のギモン

弁護士としての立場から法解釈のギモン,その他もろもろのことを書いていきます

取消後の第三者(3)

2009-05-19 21:15:55 | 民法総則
つづきです。

 錯誤無効の場合はどうか。錯誤の場合,その権利行使の前後を通じて,はじめから法律行為そのものが無効であって法律状態そのものには何らの変化もない以上,第三者との関係で錯誤無効の権利行使をする前か後かを議論する意味がないといい切ってしまえば,その通りであり,私見としても全く異論はない。が,しかし実質的に考えた場合に,なぜ錯誤無効の権利行使をする前か後かを議論する必要がないといえるのか。
 強迫取消後の第三者との関係では表意者を保護するに値しないと考える学説の意味するところは,取消権を行使できる以上は,速やかに抹消登記の手続きを取るべきであり,それを怠っている以上,虚偽の外観作出の責任があるというのが,背後にはあるはずで,その論理を錯誤無効の場合に援用すれば,錯誤に陥っていることに気づいて錯誤無効の権利を行使した以上は,その後は速やかに抹消登記の手続を取るべきであり,それを怠ったなら,虚偽の外観作出の責任をとるべきで,民法94条2項を類推適用すべきだという議論が成り立ちうるからである。
 しかし,錯誤無効の場合に,錯誤無効の権利行使前と後とで形式的に分けて考える学説を私は知らない。あるいは誰か議論をしていて,それを私が気づいていないだけかもしれないが,少なくとも教科書のレベルではまず触れられていないだろうと思われる。
 私見としても,錯誤無効の権利行使前と後とで形式的に分けて考える必要は全くないと思われる。このことは,権利行使の前後で法律状態に変化がない以上,議論する意味がないというのも一つの理由であろうし,それ以上に,取消後の第三者で議論したように,権利行使をしたからといって,突然に民法94条2項が類推されるような土壌は存在しないと思われるからである。
 現在,民法(債権法)改正検討委員会によって,民法の債権法を中心とした改正が検討されているようであり,本日までに債権法改正の基本方針というものが公表されている(民法(債権法)改正検討委員会編,別冊NBL126号)。その改正の基本方針では,錯誤は無効原因ではなく取消原因とされ,かつ,善意無過失の第三者を保護する規定を新設することが公表されている(別冊NBL126号28頁以下)。「錯誤制度の趣旨が,誤った意思表示をした者をその意思表示への拘束から解放するところにあるとすれば,……そのような開放を実際に求めるかどうかは,その意思表示をした者の決定に委ねることが要請されるからであり,そのために整備されたのが取消制度であると理解するならば,錯誤の効果も端的に取消として構成すべきだと考えられるからである」(前掲の文献29頁)。また,この改正方針は,錯誤無効の効果を取消に近づけて考えてきたこれまでの議論の終点ともいうべき改正方針といえる。
 ところが,錯誤制度が以上のような理由で上記のような改正法が成立した場合,錯誤は取消原因となる以上,詐欺取消のような他の取消原因と同様に,取消の前と後とで,第三者保護の根拠が変わってしまうことになるのであろうか。改正の趣旨は,「開放を実際に求めるかどうかは,その意思表示をした者の決定に委ねる」点にあったはずであり,そのための法改正が,別の法律効果も生み出してしまう結果となってしまうのである。もしそうだとすれば,現在の取消後の第三者の議論は,錯誤制度の改正に伴う副作用を生じさせているとしか思えない。

                                                               まだまだつづきます。

取消後の第三者(2)

2009-05-15 22:38:12 | 民法総則
 例えば,不動産取引について言えば,BがAを騙してA所有の不動産をB名義に移転登記(売買を原因とする所有権移転登記)させ,これをBが第三者であるCに譲渡しC名義に移転登記をしたとしよう。ただし,BがCに譲渡する前に,AはBに対し詐欺取消の意思表示をしているものとする。
 この場合,AがBに不動産を譲渡する意思表示をしたことを,Cがどこで感得するかと言えば,AからBへの所有権移転登記の記載であるのが通常である。Cは,この所有権移転登記を信じてBから不動産を譲り受けているのである。そして,このB名義の登記は,事実としてBの詐欺によるAの意思表示によってなされた登記であることは明らかであって,Cへの移転登記の前に,たとえAがBに対して取消の意思表示を内容証明郵便ですでに行使していたとしても,それだけでは登記の記載自体にはいささかの変化もないのである。私が従前の議論が観念論に過ぎると言っているのは,この部分に係る。確かに,理論的には取消権の行使によって譲渡の意思表示そのものは消滅したといえる。しかし,ただ内容証明郵便をもって取消権を行使しただけでは,霧が晴れたように意思表示の痕跡が完全になくなるのではなく,その意思表示を感得しうる登記にはいささかの変化も生じない。そうだとすれば,取消権行使後もB名義への所有権移転登記そのものは,未だに詐欺による意思表示に基づいた登記であるといいうるのではないだろうか。
 したがって,私見では,たとえ詐欺取消後の第三者であっても,民法96条3項を適用すべきではないかと思うのである。別の言い方をすれば,学者の議論に惑わされずに,初心に返って物事の実体を素直に考えれば,詐欺取消後の第三者であっても,騙される方も悪いという民法96条3項の法意を素直に適用すればよいだけのように思うのである。
 強迫を理由に取り消した場合はどうか。この場合は第三者保護規定はない。したがって,少なくとも取消前の第三者が救済されることは基本的にはない。では,取消後の第三者はどうか。この場合は,学説上は取消後の第三者の議論と同様のようであり,学説のほとんどは民法94条2項を類推適用するのであろうか。
 しかし,本当に民法94条2項を類推適用する土壌が存在するだろうか。
 強迫を受けた表意者とすれば,取消の意思表示もこわごわ行っている場合もあり得るだろうし,取消の意思表示をした後に,抹消登記の手続を行わせないように再び脅しを受ける場合もあり得ると思う。そのような場合に,取消の意思表示後に,速やかに抹消登記手続を取ることなど期待できるだろうか。取消の意思表示をしたものの,やはり恐ろしくて,しばらくの間それ以上の手続を控えてしまうことも,十分にあり得ると思われるのである。そうだとすると,強迫取消後の第三者に対して,民法94条2項が類推適用されることにより表意者が救われなくなる可能性が高くなるというのは,表意者に酷に過ぎないかと思われるのである。学者の中には,取消の意思表示をした以上,その後登記を放置するのはもはや保護に値しないという説もあるようである。しかし,これもあまりにも観念論に過ぎる。しかも,この場面で表意者が保護に値するか否か(あるいは落ち度があるか否か)は,理論の問題ではなく事実の問題である。したがって,強迫取消後の第三者に対する関係でも,基本的には取消前の第三者と同様に表意者が保護されてしかるべきだと思うのである。
 このことは,民法96条に,強迫の場合には第三者保護規定をおいていないという法意そのものなのである。
 以上のように,詐欺取消・強迫取消の場合は,取消後の第三者の場合でも民法96条の中だけで処理すれば足りるように思われ,それが素直な実務感覚ではないだろうか。初学者は取消後の第三者の保護につき,民法96条とは別の条文で処理することに対する意外感をもつのが普通だと思うが,その意外感こそが,実は大切なのである。
 そして,おそらく他の取消権でも同じであって,例えば制限行為能力者の法律行為を取り消した場合であっても,取消後の第三者に対しては,直ちに(判例でいえば)民法177条の適用や(学説でいえば)民法94条2項の類推適用ということにはならないように思われるのである。このことは,法定代理人ではなく制限行為能力者自らが取り消した場合には,特に顕著であると思われる。取消権行使後の第三者に対して,直ちに民法177条や民法94条2項で処理されると,制限行為能力者を保護したことにならない。

取消後の第三者(1)

2009-05-12 18:09:27 | 民法総則
 相手方の詐欺に基づく意思表示は,取り消すことができる(民法96条1項)が,この取消は,善意の第三者には対抗することができないとなっている(同条3項)。したがって,条文上は,第三者の保護は常にこの民法96条3項によることになるとも読めそうである。
 ところが,現在の判例・通説は,96条3項が適用されるのは,取消の意思表示をする前に登場した第三者に限られ,取消の意思表示をした後に登場した第三者には,96条3項が適用されず,別の理屈で処理するという。なぜ取消後の第三者に民法96条3項が適用されないかというと,一般に,民法96条3項にいう第三者につき,詐欺による意思表示に基づいて新たに利害関係に入った第三者と定義的に説明され,取消の意思表示をした後の第三者は,利害関係に入った段階では,もはや詐欺による意思表示に基づたとはいえないから,民法96条3項が適用されないというように説明される。
 そして,取消後の第三者の保護は判例や伝統的通説といわれる説は,取消により権利が表意者に回復する過程を復帰的物権変動なる言葉を用いて説明し,相手方から第三者への譲渡と,相手方から表意者への復帰的物権変動とを対抗関係と捉え,不動産取引の場合であれば民法177条で処理するとする。これに対し,有力説(現在ではもはや通説か)は,そもそも取消によりはじめから物権変動そのものが存在しなかったことになる以上,対抗関係に立たないとし,第三者の保護は民法94条2項を類推適用するという。
 細かい点で異論はあるのかもしれないが,基本的に詐欺取消後の第三者について民法96条3項が適用されないというのは,ほぼ一致した見解といっていいのであろうか。
 学生の頃,取消後の第三者の議論を初めて勉強した時は,その意外感を感じ,法律学の論理性及びその厳密性に,ある種の感動を覚えたものである。
 また,これは実務家としての想像であるが,学説が民法94条2項の類推適用にほぼ固まってきている現状では,今後判例がでた場合には,民法94条2項類推適用に判例変更される可能性も決して少なくないと思われる。
 が,しかしである。以上の判例や学説が本当に正しいのであろうか。
 詐欺取消を例にして言えば,取消権を行使してしまえば,詐欺に基づく意思表示は理論的に消滅することになるので,取消後の第三者は詐欺による意思表示に基づいて新たに利害関係に入った第三者には当たらないというのは,確かに理屈である。しかし,実務家の立場からすると,あまりに観念論に過ぎるような気がしてならないのである。

  つづく

はじめまして

2009-05-12 17:43:48 | 日記
はじめまして。弁護士の小池邦吉です。
弁護士になって十数年。昨年度からは某法科大学院(いわゆるロースクール)の非常勤の実務家教員としての仕事もおおせつかりました(もっとも,この仕事がいつまで続くかは全く分かりませんが……)。
ロースクールの実務家教員となったことを機に(もう既に1年以上経過していますが),常々ギモンに思っている法解釈など,思いつくままにブログにしてみたいと思います。
それほど頻繁な更新は出来ないと思いますが,自分のメモ書き程度の気分でブログに書き込んでいきたいと思います。
果たしていつまで続くか……