つづきです。
錯誤無効の場合はどうか。錯誤の場合,その権利行使の前後を通じて,はじめから法律行為そのものが無効であって法律状態そのものには何らの変化もない以上,第三者との関係で錯誤無効の権利行使をする前か後かを議論する意味がないといい切ってしまえば,その通りであり,私見としても全く異論はない。が,しかし実質的に考えた場合に,なぜ錯誤無効の権利行使をする前か後かを議論する必要がないといえるのか。
強迫取消後の第三者との関係では表意者を保護するに値しないと考える学説の意味するところは,取消権を行使できる以上は,速やかに抹消登記の手続きを取るべきであり,それを怠っている以上,虚偽の外観作出の責任があるというのが,背後にはあるはずで,その論理を錯誤無効の場合に援用すれば,錯誤に陥っていることに気づいて錯誤無効の権利を行使した以上は,その後は速やかに抹消登記の手続を取るべきであり,それを怠ったなら,虚偽の外観作出の責任をとるべきで,民法94条2項を類推適用すべきだという議論が成り立ちうるからである。
しかし,錯誤無効の場合に,錯誤無効の権利行使前と後とで形式的に分けて考える学説を私は知らない。あるいは誰か議論をしていて,それを私が気づいていないだけかもしれないが,少なくとも教科書のレベルではまず触れられていないだろうと思われる。
私見としても,錯誤無効の権利行使前と後とで形式的に分けて考える必要は全くないと思われる。このことは,権利行使の前後で法律状態に変化がない以上,議論する意味がないというのも一つの理由であろうし,それ以上に,取消後の第三者で議論したように,権利行使をしたからといって,突然に民法94条2項が類推されるような土壌は存在しないと思われるからである。
現在,民法(債権法)改正検討委員会によって,民法の債権法を中心とした改正が検討されているようであり,本日までに債権法改正の基本方針というものが公表されている(民法(債権法)改正検討委員会編,別冊NBL126号)。その改正の基本方針では,錯誤は無効原因ではなく取消原因とされ,かつ,善意無過失の第三者を保護する規定を新設することが公表されている(別冊NBL126号28頁以下)。「錯誤制度の趣旨が,誤った意思表示をした者をその意思表示への拘束から解放するところにあるとすれば,……そのような開放を実際に求めるかどうかは,その意思表示をした者の決定に委ねることが要請されるからであり,そのために整備されたのが取消制度であると理解するならば,錯誤の効果も端的に取消として構成すべきだと考えられるからである」(前掲の文献29頁)。また,この改正方針は,錯誤無効の効果を取消に近づけて考えてきたこれまでの議論の終点ともいうべき改正方針といえる。
ところが,錯誤制度が以上のような理由で上記のような改正法が成立した場合,錯誤は取消原因となる以上,詐欺取消のような他の取消原因と同様に,取消の前と後とで,第三者保護の根拠が変わってしまうことになるのであろうか。改正の趣旨は,「開放を実際に求めるかどうかは,その意思表示をした者の決定に委ねる」点にあったはずであり,そのための法改正が,別の法律効果も生み出してしまう結果となってしまうのである。もしそうだとすれば,現在の取消後の第三者の議論は,錯誤制度の改正に伴う副作用を生じさせているとしか思えない。
まだまだつづきます。
錯誤無効の場合はどうか。錯誤の場合,その権利行使の前後を通じて,はじめから法律行為そのものが無効であって法律状態そのものには何らの変化もない以上,第三者との関係で錯誤無効の権利行使をする前か後かを議論する意味がないといい切ってしまえば,その通りであり,私見としても全く異論はない。が,しかし実質的に考えた場合に,なぜ錯誤無効の権利行使をする前か後かを議論する必要がないといえるのか。
強迫取消後の第三者との関係では表意者を保護するに値しないと考える学説の意味するところは,取消権を行使できる以上は,速やかに抹消登記の手続きを取るべきであり,それを怠っている以上,虚偽の外観作出の責任があるというのが,背後にはあるはずで,その論理を錯誤無効の場合に援用すれば,錯誤に陥っていることに気づいて錯誤無効の権利を行使した以上は,その後は速やかに抹消登記の手続を取るべきであり,それを怠ったなら,虚偽の外観作出の責任をとるべきで,民法94条2項を類推適用すべきだという議論が成り立ちうるからである。
しかし,錯誤無効の場合に,錯誤無効の権利行使前と後とで形式的に分けて考える学説を私は知らない。あるいは誰か議論をしていて,それを私が気づいていないだけかもしれないが,少なくとも教科書のレベルではまず触れられていないだろうと思われる。
私見としても,錯誤無効の権利行使前と後とで形式的に分けて考える必要は全くないと思われる。このことは,権利行使の前後で法律状態に変化がない以上,議論する意味がないというのも一つの理由であろうし,それ以上に,取消後の第三者で議論したように,権利行使をしたからといって,突然に民法94条2項が類推されるような土壌は存在しないと思われるからである。
現在,民法(債権法)改正検討委員会によって,民法の債権法を中心とした改正が検討されているようであり,本日までに債権法改正の基本方針というものが公表されている(民法(債権法)改正検討委員会編,別冊NBL126号)。その改正の基本方針では,錯誤は無効原因ではなく取消原因とされ,かつ,善意無過失の第三者を保護する規定を新設することが公表されている(別冊NBL126号28頁以下)。「錯誤制度の趣旨が,誤った意思表示をした者をその意思表示への拘束から解放するところにあるとすれば,……そのような開放を実際に求めるかどうかは,その意思表示をした者の決定に委ねることが要請されるからであり,そのために整備されたのが取消制度であると理解するならば,錯誤の効果も端的に取消として構成すべきだと考えられるからである」(前掲の文献29頁)。また,この改正方針は,錯誤無効の効果を取消に近づけて考えてきたこれまでの議論の終点ともいうべき改正方針といえる。
ところが,錯誤制度が以上のような理由で上記のような改正法が成立した場合,錯誤は取消原因となる以上,詐欺取消のような他の取消原因と同様に,取消の前と後とで,第三者保護の根拠が変わってしまうことになるのであろうか。改正の趣旨は,「開放を実際に求めるかどうかは,その意思表示をした者の決定に委ねる」点にあったはずであり,そのための法改正が,別の法律効果も生み出してしまう結果となってしまうのである。もしそうだとすれば,現在の取消後の第三者の議論は,錯誤制度の改正に伴う副作用を生じさせているとしか思えない。
まだまだつづきます。