実務家弁護士の法解釈のギモン

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取消後の第三者(2)

2009-05-15 22:38:12 | 民法総則
 例えば,不動産取引について言えば,BがAを騙してA所有の不動産をB名義に移転登記(売買を原因とする所有権移転登記)させ,これをBが第三者であるCに譲渡しC名義に移転登記をしたとしよう。ただし,BがCに譲渡する前に,AはBに対し詐欺取消の意思表示をしているものとする。
 この場合,AがBに不動産を譲渡する意思表示をしたことを,Cがどこで感得するかと言えば,AからBへの所有権移転登記の記載であるのが通常である。Cは,この所有権移転登記を信じてBから不動産を譲り受けているのである。そして,このB名義の登記は,事実としてBの詐欺によるAの意思表示によってなされた登記であることは明らかであって,Cへの移転登記の前に,たとえAがBに対して取消の意思表示を内容証明郵便ですでに行使していたとしても,それだけでは登記の記載自体にはいささかの変化もないのである。私が従前の議論が観念論に過ぎると言っているのは,この部分に係る。確かに,理論的には取消権の行使によって譲渡の意思表示そのものは消滅したといえる。しかし,ただ内容証明郵便をもって取消権を行使しただけでは,霧が晴れたように意思表示の痕跡が完全になくなるのではなく,その意思表示を感得しうる登記にはいささかの変化も生じない。そうだとすれば,取消権行使後もB名義への所有権移転登記そのものは,未だに詐欺による意思表示に基づいた登記であるといいうるのではないだろうか。
 したがって,私見では,たとえ詐欺取消後の第三者であっても,民法96条3項を適用すべきではないかと思うのである。別の言い方をすれば,学者の議論に惑わされずに,初心に返って物事の実体を素直に考えれば,詐欺取消後の第三者であっても,騙される方も悪いという民法96条3項の法意を素直に適用すればよいだけのように思うのである。
 強迫を理由に取り消した場合はどうか。この場合は第三者保護規定はない。したがって,少なくとも取消前の第三者が救済されることは基本的にはない。では,取消後の第三者はどうか。この場合は,学説上は取消後の第三者の議論と同様のようであり,学説のほとんどは民法94条2項を類推適用するのであろうか。
 しかし,本当に民法94条2項を類推適用する土壌が存在するだろうか。
 強迫を受けた表意者とすれば,取消の意思表示もこわごわ行っている場合もあり得るだろうし,取消の意思表示をした後に,抹消登記の手続を行わせないように再び脅しを受ける場合もあり得ると思う。そのような場合に,取消の意思表示後に,速やかに抹消登記手続を取ることなど期待できるだろうか。取消の意思表示をしたものの,やはり恐ろしくて,しばらくの間それ以上の手続を控えてしまうことも,十分にあり得ると思われるのである。そうだとすると,強迫取消後の第三者に対して,民法94条2項が類推適用されることにより表意者が救われなくなる可能性が高くなるというのは,表意者に酷に過ぎないかと思われるのである。学者の中には,取消の意思表示をした以上,その後登記を放置するのはもはや保護に値しないという説もあるようである。しかし,これもあまりにも観念論に過ぎる。しかも,この場面で表意者が保護に値するか否か(あるいは落ち度があるか否か)は,理論の問題ではなく事実の問題である。したがって,強迫取消後の第三者に対する関係でも,基本的には取消前の第三者と同様に表意者が保護されてしかるべきだと思うのである。
 このことは,民法96条に,強迫の場合には第三者保護規定をおいていないという法意そのものなのである。
 以上のように,詐欺取消・強迫取消の場合は,取消後の第三者の場合でも民法96条の中だけで処理すれば足りるように思われ,それが素直な実務感覚ではないだろうか。初学者は取消後の第三者の保護につき,民法96条とは別の条文で処理することに対する意外感をもつのが普通だと思うが,その意外感こそが,実は大切なのである。
 そして,おそらく他の取消権でも同じであって,例えば制限行為能力者の法律行為を取り消した場合であっても,取消後の第三者に対しては,直ちに(判例でいえば)民法177条の適用や(学説でいえば)民法94条2項の類推適用ということにはならないように思われるのである。このことは,法定代理人ではなく制限行為能力者自らが取り消した場合には,特に顕著であると思われる。取消権行使後の第三者に対して,直ちに民法177条や民法94条2項で処理されると,制限行為能力者を保護したことにならない。