実務家弁護士の法解釈のギモン

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取消後の第三者(4)

2009-05-25 22:18:36 | 民法総則
つづきです。

 そもそも,ある法律行為を無効とするか取り消しうるにとどめるかは,論理性もないわけではないだろうが,基本的には立法政策の問題であろう。前回述べた錯誤制度の改正の趣旨のとおり,意思表示をした者の決定で有効としうる余地を残しておきたいのであれば取り消しうる法律行為とするし,有効とする余地を残す必要がなければ,無効な法律行為とするのである。つまり,無効とするか,取り消しうる法律行為とするかは,基本的には法律行為を有効としうる余地を残すか否かという立法政策の問題なのである。
 錯誤制度の法改正とは逆に,仮に,詐欺・強迫による意思表示においてこれを有効としておく必要がないという政策を採用すれば,無効な法律行為として立法することが(その立法政策の当否はともかく)出来ないことはないはずである。そして,詐欺や強迫による意思表示は無効という立法を採用したとして,詐欺無効だけに第三者保護規定があったとしたらどうなるか。この場合は,詐欺無効の権利行使をした後であっても,民法94条2項の類推ということにはならないのだろうと思う。
 要するに,詐欺や強迫による意思表示(もっと言えば,錯誤による意思表示)を,取り消しうる法律行為とするにしても,無効な法律行為とするにしても,その法意は表意者保護という意味では同一であり,詐欺の場合には第三者保護規定があるとすれば,騙される方も悪いという意味では,無効とするか取消とするかで,その法意が変わってくるわけではない。それなのに,無効や取消の権利行使後に利害関係に入った第三者との関係で,無効とするか取消とするかで適用条文が変わってしまうとすれば,それは無効とするか,取消とするか,という法形式以上の実質的理由があるとは思えないのである。
 私が司法試験受験時代に民法総則の教科書として使用していた,四宮和夫・民法総則第四版208頁12行目以下の言葉を借りれば,「取消も無効と同じように法律行為の効果を否定する手段にすぎ」ないはずである。さらに,96条3項の第三者につき,「詐欺による意思表示に基づき新たに利害関係に入った第三者」のように定義し,取消後の第三者はこの定義に入らないという議論,あるいは,我妻説や判例のように,取消の効果を「復帰的物権変動」と考えるような議論は,四宮前掲前頁13行目以下の言葉を借りて批判するとすれば,これらの議論は,「法律的概念を自然的存在と同視するもの」だとう批判ができそうである。私から見れば,取消後の第三者の議論は,無効行為は取り消すことができるか否かという,すでに解決済みのきわめて古い議論に通じるものがあるような気がしてならないのである。もっとも,四宮説は,取消後の第三者につき,94条2項類推適用説の急先鋒的存在であったと理解しているが,このことは,私には皮肉に思えてならない。

 かくして,詐欺取消後に新たに利害関係に入った第三者との間でも,その第三者の保護は民法96条3項を適用すべきというのが,私見であり,素直な実務感覚ではなかろうか。強迫のように第三者保護規定のない場合は,取消後に利害関係に入った第三者であっても,基本的には第三者は保護されないことになる。
 もっとも,私見としても,民法94条2項の類推適用の可能性を完全に否定するつもりはない。いつでも逸失した財産を取り戻せるにもかかわらず長期間放置していたような場合には,当然民法94条2項を類推適用されてしかるべきである。しかし,これはあくまでも94条2項の類推適用の場面一般を述べているに過ぎず,取消後の第三者特有の問題として処理することを意味しない。したがって,この民法94条2項類推の一般論に当てはまる限り,逆にたとえ取消前の第三者であっても,民法94条2項の類推により第三者が保護される可能性を排除すべきではないと思われるのである。ただ,取消権の消滅期間が5年と法定されている関係から,少なくとも取消前に民法94条2項を類推出来る場面は,かなり例外的な場面に限らざるをえないのは確かであろう。
 要するに,民法94条2項の類推適用を持ち出す場面は,あくまでもその一般論に当てはまる場合だけであり,その他は,第三者の登場が取消の前であろうと後であろうと,取消権に対して第三者保護規定があるか否かだけで処理すれば足りるというのが,結論である。
 一笑に付されてしまうだろうか。

  完

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