michi のひとりごと

日々のつぶやき、あれこれ。

老々介護で 100歳になった母を見送りました。
こちらは重度の難聴。

‘大きな器’ね。。    〔メルマガ〕

2010-02-06 08:45:13 | Weblog


  ややっ、、
  大平原に、氷河の置き忘れ・・・??

いえいえ、
これ、高さは私の膝くらい。

4日前に降ったとき、
きっと子どもたちが
雪だるま作ったかなにかでしょう。
日なたなのに、溶けないんですよね。

あちこちに、雪のこってますが、
ガッチガチに凍ってる。

今日も雪。
なんという寒さでしょう。。


          



かめおかゆみこさんのメルマガ、
今日のフォーカスチェンジ
今朝は、
「感じる」というタイトルでした。

断片的に引用させてもらいます。
(ぜひ、リンクした全文を読んでいただきたいです。)



『「感じる」ことなしには、
自分のこともわからないし、
ひととのつながりもわからない。』


『「感じる」ためには、
自分という受け皿を、
空けておかなくてはなりません。

空けておくためには、
何もない状態をつくって
おかなくてはなりません。』


  ――うん、うん、これはわかる。。



『深く呼吸して、
からだのちからを抜いて、
ゆったりとしてください。

自分は、器。

どんなものでも、入れること
のできる、おおきな器。


何が入ってきても、
おどろくことはないし、
そのことで、自分が
おびやかされることはない。

ただ、受け止めるだけ。

ああ、こんなものが
入ってきたと、淡々と、
受け止めてみるだけ。』


『ときには、熱かったり、
ぴりぴりしたり、
ふわっとやわらかかったり、

さまざまな感触が
あるかもしれません。

それもまた、ただ
受け止めてあげるのです。』


  ――ああ、これが出来ないときが
     あるんですよ。


『それは、自分の直感と
まっすぐにつながり、
そして、他者とも深いところ
で、つながるもののような
気がします。』

  ――これは、わたしには理想です。。

    ‘わたしは大きな器’ねぇ。 

コメント
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