波乱万丈 乳がん転移ライフ!

39歳で乳がん ステージⅢ告知。術後1年経たずに肝臓、骨に転移。そこから始まる長い転移ライフ!

「この杖が『魔法の杖』だったら・・・」~通勤しながら思うこと

2018-07-27 21:17:43 | 最近考えること
アッピア夫です。

まだ長い距離を歩くのは難しいものの、杖での通勤にもすっかり慣れっこになりました。
杖で通勤するようになって、変化したことと言えば・・・

まず、手提げカバンはお蔵入りとなりました。
杖をつきながら手提げカバンだと両手がふさがるので、買い物をした時や雨が降った時に不便・・・

肩紐で肩から下げようかとも思ったのですが、片側に重心がかかるとバランスがとれず歩きにくい。
結局、リュック型ビジネスバッグを購入・・・最近はそう言う人も増えているし、何と言ってもラク。

靴もスニーカーにした方が良いと理学療法士から言われているので、この際ビジネススニーカーにして、
いっそのこと最先端の通勤スタイルでも目指そうかと・・・

そして、杖で電車に乗るようになって感じるのが、当たり前のことながら座っている人の視線。
杖を持って座席の前に立つと、前に座っている人の反応は様々・・・

全く気にする素振りもなく、感心を持たない人・・・
取り敢えず杖を一瞥し、その後何事もなかったかのように振る舞う人・・・(このケースが一番多い)
どうしたものかと少し戸惑っている人・・・

少し複雑な思いにもなりますが、席を譲ろうとしてくれた人はこれまで一人だけ・・・

「どうぞ」と目の前で席を立たれ、「有難う!でも大丈夫です」と言って辞退したものの、
本当に気持ちの優しい方で、「いえ、そうは言っても・・・」と頑張られました。

「すぐに降りるし、立っているのは全然平気なので本当に大丈夫です」と言って結局辞退しましたが、
譲ろうとしてくれた気持ちが本当に嬉しかった・・・
降りる時に「お気遣い有難うございました」と声をかけると、はにかみながらニコッと笑ってくれました。

こう言う何気ない交流は本当に嬉しいものの、座っている人に余計な気遣いをさせてしまうので、
それからは、出来る限り扉の横に立つようになりました。

どうしても座席の前に立たなければならない場合は、杖は1/4位に縮めて持つように・・・

「席を譲る」・・・と言うと、まだ自分が若い時に高齢の男性に「どうぞ」と言って席を立ったものの、
気むずかしい人のようで完全に無視されてしまい、嫌な思いをしたことがあります。

それからは、高齢者でもまずその人をよく見てから譲るようになりました。
気持ち良く「譲る」のも「譲られる」のも、お互いを思いやる気持ちがあってこそ・・・ですね。

また、通勤時には駅のホームではエレベーターを使うようにしているのですが、
通勤時間帯のエレベーターは、「これも満員電車・・・?」と思うような光景が繰り広げられます。

「弱者優先」とデカデカと書いてあるものの、高齢者や足の不自由な人、赤ん坊を抱いている人など、
どのような人がいようともお構いなしに、我先に乗り込んだり平気で押し込んできます。

そして、ブザーが鳴り「定員オーバーですので最後の方はお降りください」と言うアナウンスと共に、
「チェッ」と足早に去って行く人・・・

普通に見えても病気を抱えている人、妊娠している人、たまたま体調が悪い人もいるでしょう。
外見だけから、その人の体調を見分けるのは難しい・・・

そんな時にふと思うのが、持っている杖が「魔法の杖」で、それをシュッとかざせば、
「体調に何の問題のない人だけフリーズ」・・・そんなことが出来れば通勤も楽しくなるのに・・・

2018年7月27日


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感慨深い「20年振りのフランス優勝」~ワールドカップ「ロシア大会」を終えて

2018-07-20 22:25:11 | 感動の出来事
☆アッピア夫です。

「ノア」さん、アッピアの命日のビリー・ジョエルの記事にコメントをいただき、有難うございました。
そのコンサートに一緒に行かれた奥様が今年の1月に他界され、息子さんはまだ2歳・・・

息子さんの成長がきっとノアさんの心の支えとなるものと思います。
これからもお互いに子供のためにも自分のためにも一緒に頑張りましょう。

さて、ワールドカップ「ロシア大会」は、20年振りのフランスの優勝で幕を閉じました。

5回も旅行するほど大好きな国で、もしも生まれ変わるとしたら絶対フランスにと願っている私にとっても、
今回の大会は感慨深くハッピーな2週間でした。

20年前の自国開催で優勝したフランスには、今回の代表監督の「デシャン」が主将として出場していました。
選手と監督の両方でワールドカップ優勝を経験したのは史上3人目となるようです。

20年前の「フランス大会」は、日本がワールドカップ初出場を決めた記念すべき大会でもあり、
日本でも大いに盛り上がりました。

当時は、日本戦やフランス戦だけでなく、他の強豪国の試合も食い入るように観ました。
日本のサッカーとのレベルの差に愕然とし、強豪国の試合の展開の面白さに魅了されたものです。

因みに、20年前のフランス代表メンバーは、今でもすぐに思い浮かびます。
ジダン、デシャン、プティ、テュラム、デサイー、バルテス、アンリ、トレゲゼ・・・などなど

一人一人の顔もよく覚えているので、自分にとって余程特別なチームだったようです。

当時のフランスのメンバーではジダンやアンリが目立っていてデシャンは地味でしたが、
日本代表の長谷部と同じボランチのポジションで、やはりチームをまとめる精神的支柱でした。

そして、フランス大会の4年後の「日韓大会」は、地元開催と言うこともありましたし、
アッピアとの思い出も多い大会にもなりました。

最終日には、アッピアと二人でブラジルとドイツの決勝が行われる「日産スタジアム」まで行きました。

・・・と言ってもワールドカップ決勝戦のチケットが手に入る訳もなく、
試合が始まるまでスタジアム周辺をウロウロし、雰囲気だけタップリと味わってきました。

当時は、今ほど外国人観光客が多くなかったこともあり、スタジアム周辺や新横浜の一帯は、
外国人が溢れていて異国情緒たっぷりの特別な空間でした。

あちらこちらにブラジル人やドイツ人の輪が出来ていて、試合前からお酒を飲んで盛り上がっていました。
私とアッピアも、その輪をハシゴしながら一緒に楽しませてもらい、たくさんの記念写真を撮りました。

大した英語も話せないくせに、適当に合わせて盛り上がっていたのが、今考えても恥ずかしくなります。

当時は、アッピアとハイタッチをしながら盛り上がって日本戦を観ましたが、
今回は息子とハイタッチをして観たことで、私の中では思い出と今がクロスしました。

ところで、ワールドカップと言うのは一つの長編映画を観ているような感覚になります。
「グループリーグ」では様々なドラマがあり、「決勝トーナメント」では、それが劇的に展開する。

特に今回の日本代表の活躍は、価値観の押しつけに反発する鬱屈した子供達が、
信頼出来る大人と出会って、精神を解放することで成長した一つの物語を見せてくれたような・・・

最初からシナリオがなく、「どう展開するか誰にも判らない物語」・・・
それが映画や演劇とはまた違うスポーツの真の魅力なのだと思いますし、人生もまた同じ・・・ですね。

2018年7月20日


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「『時間の感覚』の不思議」~3ヶ月半振りに仕事に復帰して・・・

2018-07-13 21:56:46 | 最近考えること
☆アッピア夫です。

西日本の広範囲に及ぶ豪雨災害は、かつて経験したことがないような雨による大災害で心が痛みます。
雨でここまでの災害になるのですから、「まさか・・・」はもう通じない時代となりましたね。

私の方は、お陰様で先週から仕事に復帰しました。
まだ杖をつきながらの通勤で、どうしても痺れている左足をかばうために右足首を頻繁に痛め、
毎日のストレッチと共に右足首にはサポーターが欠かせません。

また、パソコン作業が長くなると背中の手術痕が痛むため、1時間毎に休憩を入れないと、
続けての作業が難しい状態・・・

実は、復帰初日にキャスター付きの椅子に腰掛けてある作業をしていたところ、
突然重心のバランスを崩して椅子と共にひっくり返ってしまい、皆に心配をかけてしまいました。

通常であればどうと言うこともないことでも、足の踏ん張りが利かないため制御出来ないんですね。
まるで、小学生が椅子の脚を持ち上げ過ぎてひっくり返ったようなカッコ悪さ・・・

「まだ復帰は早いんじゃないか?」「短時間勤務にした方がいいんじゃないか?」・・・
本当に親身に心配してくれる同僚に感謝です。

何はともあれ、3ヶ月半振りに仕事に復帰でき、初日は仕事の感覚を取り戻すのに必死でしたが、
2日目からは普通に仕事に戻ることが出来ました。

ところで、仕事に復帰して不思議に感じたのが、「時間の感覚」・・・
つまり、療養していようが仕事していようが、「時間の流れる速さの感覚は同じ」だということ。

私は、キャリアコンサルタントとして担当している人からよく聞かされていました。

「仕事を辞めたらもっと時間がゆったり流れるかと思ったのに、全然変わらない・・・」
「時間がダップリあると思ったのに、大したことをしないままあっと言う間に1ヶ月経ってしまって・・・」

誰にでも平等で同じように過ぎる時間なのに、人は時により時間の流れる速さを錯覚してしまう。

また、これは誰もが実感することだと思いますが、年齢と共に感じる時間の速さが違ってきますね。
同じ1日や1年なのに、子供の時は長く感じ、大人になると短く感じる。

年齢による時間の感覚的速さを、心理学的に説明するものとして「ジャネーの法則」と言うのがあります。
人間は「ある期間の長さを自分の人生の長さと比較して感じている」と言うものです。

つまり、5歳の子供が感じる1年は人生の1/5で、50歳の大人が感じる1年は人生の1/50・・・
5歳でも50歳でも、自分の人生の長さの感覚はほとんど変わらないため、
同じ期間の感じる長さは、「子供は長くなり、大人は短くなる」と言うことになります。

この法則に加えて、子供は毎日が新しい発見や刺激の連続であるのに対し、
大人は同じことの繰り返しの毎日で刺激が少ないことも、時間の感覚の違いに影響するようです。

仕事に復帰して「一日が過ぎる感覚が同じ」だと感じる一方、全く異なるのが「一日の充実感」・・・
精神的にきつい3ヶ月半があったからこそ、仕事から得られる充実感を本当に心地よく感じます。

時間は誰でも同じだとすると、誰でもそれを充実したものにしたいと思う・・・
そして、自分の人生が何歳で終わろうとも、最期は多分「あっと言う間だった」と思うでしょう。

だとすれば、「あっという間だった。でもすごく充実していた。」・・・そう思える時間を過ごしたいですね。

2018年7月13日


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「息子が中学で『サッカー部』を卒業」~ワールドカップ日本代表惜敗と共に・・・

2018-07-05 23:10:54 | 息子の成長
アッピア夫です。

「これは勝てる!」「いや・・・もう勝った!」「悲願のベスト8・・・!」「歴史的瞬間だ!」
2-0となった瞬間は、観ていた誰もがそう思ったはずのワールドカップ「日本対ベルギー戦」・・・

思い出しただけでも悔しさが込み上げてきますが、
ワールドカップの決勝トーナメントで、2-0を覆されての逆転負けは、何と48年振りとのこと・・・
皮肉なことに、そう言う意味での歴史的瞬間となってしまいました。

放心状態でゲームオーバーの笛を聞き、少しでも睡眠不足を補うために寝ようとしましたが、
悔しさが増すばかりでとても寝付けませんでした。

日本代表のワールドカップは、見事な進化と共に少し悔しい思いで終わってしまいましたが、
ちょうど息子のサッカー部も中学最後の大会中で、つい先日「中学サッカー部の引退試合」を迎え、
残念ながら0-3で負けて、息子の「中学サッカー」もほろ苦く終わってしまいました。

負けはしましたが、息子達も成長し、応援した保護者の誰もが納得できた程なかなか良い試合をしました。
息子も手応えを感じ、「やり遂げた」との思いを持ったようです。

実は、息子はこの後の「高校サッカー」には進まず、この試合を最後にユニホームを脱ぐことになりました。
・・・って「日本代表を引退する本田や長谷部と一緒にするな」と言われそうですが・・・

「ユニホームがボロボロになるまで・・・」との親の思いをよそに、本人は至って清々しそうなこと。

今でもサッカーは好きながら、この1年で色々なスポーツに興味を持つようになり、
昼休みは、バスケ部の昼練を中心に、テニスや卓球などの部活の昼練にも参加・・・

本人は、1つのスポーツに縛られず、色々なスポーツを自由に楽しみたいようです。

また、昨年発足したバンドの活動も軽音部の学内イベントと共に本格的化して来ました。
今のところキーボード担当ですが、ギターやドラムなど、これもまた色々な楽器に挑戦したいようです。

更に、まだ1年先となりますが、カナダへの1年間の交換留学も決定・・・
元々強かった息子の好奇心は、どんどん膨張し始め、興味を持ったあらゆることに挑戦し始めました。

人間は、1つのことを粘り強く続け、スキルを高めて結果を求めるのが好きな人と、
次から次へと新しいことに挑戦するのが好きな人に分かれるような気がします。

どちらが良い悪いではなく、あくまで人それぞれの性質の違い・・・因みに、私は前者で息子は後者です。

多少の個人差はありますが、中学生は「自我の目覚め」の時期・・・
自分と言う存在を意識し「自分は何者か?」「何をしたいのか?」を模索する時期ですね。

1つのことに熱中して目覚める「自我」もあれば、色々なことをやって目覚める「自我」もある。
まず自分というものを意識して、それから人との関わり合いの中で自己を確立していくのでしょうね。

私も中学生の頃は、「人間とは?」「自分とは?」「生とは?」「死とは?」
・・・と言うようなことをとりとめもなく考えていました。

片っ端から哲学的な本を読んだり、時には考え過ぎて朝まで一睡も出来なかったこともありました。
一生懸命答えを探していたのでしょうね。

その結果、辿り着いたのは次のようなもので、その結果もう深刻に考えることはありませんでした。

Q:「人間とは?」「自分とは?」「生とは?」「死とは?」
A:「どれも正解はなく、人それぞれが感じ思うもの」・・・

2018年7月5日


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