波乱万丈 乳がん転移ライフ!

39歳で乳がん ステージⅢ告知。術後1年経たずに肝臓、骨に転移。そこから始まる長い転移ライフ!

「年越しそば」で感じる時代の流れ~年末の挨拶に代えて

2016-12-29 22:29:42 | ごあいさつ
☆アッピア夫です。

毎年のことながら、クリスマスが終わるとあっという間に年末となり、慌ただしく新年を迎えることになりますね。

子供が成長した今は、クリスマスツリーやクリスマスの飾り付けをすることもなくなりましたが、以前は、せっかく時間をかけて綺麗に飾り付けたツリーや飾りをクリスマスが終わると急いで片付け、飾り付けを正月バージョンに切り替え、クタクタになりながら大掃除をし終えたら帰省してお節作りの手伝いをし、元旦を迎えてやっと一息・・・と言うのが毎年のお決まりでした。

きっちりとスケジュールを立ててそれをこなしていくのが好きだったアッピアの指令の元、12月は遊びやイベントの合間を縫って掃除に精を出し、徹底的に綺麗にしていましたね。大掃除の司令塔がいなくなった今は・・・残念ながらとても話せる状態では・・・

そう言う年末を懐かしく感じますが、この年末年始は3年振りに大阪の実家で過ごします。アッピアが他界した直後のお正月以来で、2年前は命日の11月に一周忌と納骨、去年も11月に三回忌で帰省したため、年末年始の帰省は止めていました。私はお節が大好きなので、気持ち的にはお節を食べにだけでも帰省したかったのですが、さすがに2ヶ月立て続けに帰省するのは、時間的にもお金的にもきつい・・・
そう言う意味では、今回やっとゆっくりお節を味わいながらお正月を過ごすことが出来ます。

会社で年末年始の過ごし方の話をしていて驚いたのが、最近の20代~30代の若い親世代の家庭では「年越しそば」を食べる習慣がないことです。私もしばらくお節は食べられなかったものの「年越しそば」だけは必ず食べていました・・・と言うよりも「年越しそば」を食べないとどうも年が明ける気分にならない。そう言う家庭では、実家に帰省しないとお節もわざわざ作らないようなので、年越しそばもお節も食べないとすると「どうやって年越し気分を味わうのだろう?」・・・と思うのはもう古い人間なんでしょうね。

最近は1月2日から「初売りセール」が当たり前のように行われるので、お正月はあくまで「年末年始休暇」や「お正月休み」の長期休暇の一つであって、特別な「非日常的なもの」ではなくなって来ているのかも知れません。毎年1月2日に大阪から戻って来ていましたが、移動で大阪の街に出ると年々買い物に出てくる人が増えていたように思います。

また、最近は「除夜の鐘」がうるさいというクレームが入るため、夜中に鐘を鳴らすのを止めて、「除夕の鐘」や「除昼の鐘」に切り替えることが増えているとか・・・年に1回のことだし、「年の変わり目」という特別な日でもあるのに・・・
「除夜の鐘」は、人間の煩悩を払うための大事な仏教行事で、それによって年の変わり目に心を洗うことが出来る、日本の古くからの伝統行事として完全に定着したものだと思うのですが、そう言うものまで単なる騒音扱いされることに、つくづく人の心が狭くなっていることを感じます。

今年は、3月からブログを書き始めて何とか継続することが出来ました。今年も「このブログに出会いました」と新しくコメントをいただく方がおられ、その度に「続けて来て良かったな」とつくづく思わされます。新たに病気を背負う方が増えているのは辛いですが、アッピアが残してくれたこのブログで何かを感じてくれる人がいるのであれば、書いていく意味があると思っています。

また、私自身がブログを書くことによって雑多なことが整理される上に、様々な方と交流できる・・・
そのことを楽しみに、来年も書き続けて行こうと思います。

それでは、来年もよろしくお願いいたします。良いお年をお迎えください。

2016年12月29日 アッピア夫

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「名前ロゴ入りカレンダー」~今年の息子へのクリスマスプレゼント

2016-12-24 00:00:47 | アッピア亡き後の日常
☆アッピア夫です。

今年のクリスマスは3連休となり、並びの良い「クリスマスウイーク」となりましたね。
こんなに並びの良いクリスマスはかなり久し振りのような気がします。

・・・と言うこともあり、今日は一日早いクリスマスプレゼントを息子に贈りました。
今年のプレゼントは「名前ロゴ入り卓上カレンダー」・・・月ごとの絵柄のどこかに必ず息子の名前が英字で入っているカレンダーです。

クライアント向けの贈り物用にと会社で特別価格での注文案内があったのですが、それを見た瞬間に「今年の息子へのクリスマスプレゼントはこれだ!」と感じ、特別に個人用としてお願いして創ってもらいました。

出来上がってみるとこれがなかなかお洒落で、徐々に扱いが難しくなって来ている息子もこれだったら喜んでくれるだろうと思い渡したところ、予想通り素直に喜んでくれました。

カメラの中にメーカーロゴ風に入っていたり、ウズラの卵の模様であったり、カクテルを注いでいるシェーカーの柄的であったり、とにかく違和感なく上手い具合に名前が溶け込んでいるんですね。絵柄もたくさんの種類の中から好みで選べます。
本人的には、ケーキに名前が入ったものが一番気に入ったらしく、写真に撮ってスマホの待ち受けにしてくれていたので、「よっしゃ!」と思いました。

まだアッピアがいた頃は、クリスマスの時期には、それぞれ趣のある飾り付けをする横浜山手の西洋館巡りに毎年行っていたのですが、もう息子を誘っても行ってくれないため、残念ながら行く機会もなくなりました。また、一人でゆっくり行ける時が来たら行こうと思っています。

アッピアがいなくなってからは、昼間は街に出かけて夜は普通に贈り物をしてケーキを食べるくらいとなりました。唯一こだわっているのが音楽で、クリスマスの一週間前位から「JACKSON 5」の「The Christmas Collection」と言うCDを毎日流しています。

実は、中高校生くらいからクリスマスにはこのアルバムを必ず聴いています。(当時はもちろんCDではなくLPでしたが・・・)
以前は、これに加えて何種類かのお気に入りのクリスマスソングを取っ替え引っ替え流していたのですが、さすがにそれも面倒になり、今はこのCDのみとなりました。

「JACKSON 5」はご存じの方も多いかと思いますが、1970年代に活躍したソウルグループで、少年時代のマイケル・ジャクソンを含むジャクソン5人兄弟のグループです。私は、その後ソロとなって大スターとなったマイケル・ジャクソンそのものは好きではないのですが、まだ10代前半であった「JACKSON 5」時代のマイケルの高い澄んだ声が愛らしくて大好きです。

この「JACKSON 5」のクリスマスソングは、定番のクリスマスソングばかりで全曲好きなのですが、特に「ママがサンタにキスをした」と「クリスマスに愛を贈ろう」の2曲は大好きで格別です。

ところで、アッピアが昔手作りしたクリスマスリースは未だに健在で、今でも必ず玄関に飾っています。
クリスマスはやはり特別で、誕生日などよりも思い出がたくさんありますよね。

静かに過ごすもワイワイ過ごすも人それぞれ・・・まだ二日ありますのでどうか楽しいクリスマスを・・・

2016年12月23日 アッピア夫


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「ながら勉強」は色々あるけれど、『漫才観ながら』ってあり・・・?

2016-12-16 23:59:19 | アッピア亡き後の日常
☆アッピア夫です。

昔から「ながら勉強」は、学生の楽しみ(?)の一つですよね。私が学生の時は「ラジオを聴きながら」が一番多かったように思います。

中学生の頃、無理やり机の前に座らされる毎日であった私は、イヤホンをつけてラジカセで英語の勉強でもしている振りをしながら、ラジオの「音楽リクエスト番組」に聴き入っていました。曲をリクエストしておいて、その曲が流れるかどうかを楽しみにしながら聴いていましたね。当時の私のリクエストネームは「ジョッキー」でした。なぜその名前になったのかは覚えていませんが・・・

「ジョッキーから〇〇へ・・・『明日は部活サボらずに来いよ!』、そしてジョッキーからのリクエスト曲は・・・」
・・・このフレーズを聞くだけで、青い春・・・青春を思い出します。

学校で親しい友人は皆それぞれのリクエストネームを持っていたので、翌朝学校での会話は、「〇〇のリクエスト曲はシブいね~」「〇〇のリクエスト曲はダサい!」(「ダサい」と言う言葉が当時あったかどうか定かではありませんが・・・)などと言う話から始まるのがお決まりでした。友達同士でいかにマイナーな曲を番組で流してもらうかを競っていたように思います。

高校生の頃、大学の受験勉強をするようになってからは、夜遅くまで勉強をやる(振りをする)必要があったため、ラジオはラジオでも深夜番組を聴きながら・・・が多くなりました。多分日本一有名な深夜番組と思われる「オールナイトニッポン」・・・最近は聴いたことがありませんが、今でも番組が続いていることには驚かされます。

さて、先週木曜日~今週火曜日まで期末テストであった息子は、最近録画しておいた漫才コンテストの「M-1グランプリ」を観ながらテスト勉強をしていました。初めて漫才をじっくり観た息子はその面白さにハマったらしく、チャプター編集したお気に入りの8テイク位の漫才を、繰り返し繰り返し何度も何度も観てケタケタ笑いながらテスト勉強をしていました。

☆「期末テストに『漫才』でも出るの?」
★「だって面白いんだよ」
☆「いくら何でも集中できないだろ!」
★「テンポがいいから勉強がはかどる」
☆「・・・」

リビングで勉強する息子に、私もその「M-1グランプリ」の録画に延々と付き合わされ、何十回も同じ漫才を観る羽目になりました。・・・確かにめちゃくちゃ面白い漫才は完成度が高く、何度観ても飽きずに笑いが止まりませんでした。人が見たらとても勉強をしている光景には思えないとは思いますが・・・

私が中学生の時、当時ハマっていたギターを弾きながら勉強をしていたことがあります。さすがにギターは音が出るため親にこっぴどく叱られました・・・ですが、実はギターを弾くことで集中力も高まり、意外に勉強もはかどるんですよね。

それを知っている私は、息子が「M-1グランプリ」を観ながら勉強していても特に止めませんでしたが、漫才だけに心の中でつっこみを入れていました。

「いくら何でも『漫才観ながら』勉強するやつはおらんやろ!」

2016年12月16日 アッピア夫


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「壊れた弁当箱」のお陰で「温かい弁当箱」に

2016-12-09 23:36:23 | アッピア亡き後の日常
☆アッピア夫です。

私は、毎晩家に帰ると、着替えをした後に水切りカゴの食器を片付け、自分の弁当箱と水筒を洗うのが日課です。その時に息子が弁当箱と水筒を出していれば私が洗いますが、出していないと息子が自分で洗うのがルールとなっています。

先週の金曜日、私が弁当箱を洗い始めたのを見て、慌ててリュックから自分の弁当箱を出してきた息子が雄叫びを上げました。

★「うわ~!弁当箱が壊れてる!!」(見てみるとプラスチック製の弁当箱の蓋がバリバリに・・・)
☆「落としたの?」
★「落としてない。リュックに入れる時は大丈夫だった。」
☆「リュックをどこかにぶつけた?」
★「全然覚えてない・・・」

心当たりがない程中学生男子の物の扱いはこんなもの・・・1ヶ月程前には、通学でずっと使ってきたアッピアのお下がりのリュックの底が綺麗に破れて買い換えることになったばかり・・・まあ、リュックはいつも教科書や体操着などでパンパンなためその重みのため仕方ないのですが・・・

突然、その週末に新しい弁当箱を買わないといけなくなった私は、翌日に中1評議員(いわゆるクラス委員)のランチ会に出かけました。父親3名と母親9名となりますが、そのランチ会ももう3回を数え、随分皆打ち解けてきてざっくばらんに話せるようになり、ランチにもかかわらず3時間も盛り上がりました。

私は、今まで弁当箱については、息子から「誰々がカレーを持って来た」「今日はカツ丼を持って来た子がいた」「誰々は今日味噌汁まで持って来た」などと断片的に聞いていて、「今は保温式が流行っているんだな」「だけどあれって丸くてデカくてかさばるよな」位の認識しかありませんでした。

ちょうど、前日に弁当箱が壊れた話をし、皆がどんな弁当箱を持たせているのかリサーチしてみたところ、7割位が保温式で、保温式と言っても様々な種類があることを知りました。ランチの帰りに、これまでと同じ横長二段式の普通のプラスチックの弁当箱を買おうかと考えていた私は、その夜にネットで弁当箱を物色し、結局ご飯だけ保温できる弁当箱を買うことになりました。おかずにはミニトマトや果物を結構入れるので、こちらは保温にしたくなかった訳です。

我々が中学生の頃は、アルミ製でただ四角く平べったい弁当箱一辺倒でしたが、保温機能が充実したことによって今は様々な弁当箱があることに改めて驚きました。おかずも含めて保温する「ランチジャー」、カレーやシチューもOKの「スープジャー」、丼物対応の「ランチボウル」、中には何とご飯を炊くことの出来る弁当箱まで・・・これは弁当箱と言うよりも「持ち運び式炊飯器」・・・

とにかくその多様性に驚きましたが、全てのタイプの料理に適した弁当箱はないので、その家庭や子供の好みによって弁当箱もそれぞれになりそうです。つくづく多様化と言うのはそれぞれの価値観が問われることなんだと弁当箱からも教えられました。

「ご飯が温かくて美味しかった!」・・・そう言いながら帰って来た月曜日。弁当箱を壊してくれたのがちょうど寒いこの時期で良かった。私は電子レンジを持っていなかった学生時代に随分お世話になった「ほかほか弁当」を懐かしんでいました。

2016年12月9日 アッピア夫


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「事実は小説よりも奇なり」~こんな家族崩壊もあるとは・・・

2016-12-03 00:11:28 | 奇妙な出来事
☆アッピア夫です。

私は、大学生の時からずっと同じ理容室に通っています。もう何十年も・・・今では30分もかけてわざわざ行くのですが・・・
その理容室との出会いは、大学に入学後すぐに親しくなった友人のアパートに遊びに行った時に、「すぐ近くにある理容室に行ってみようと思う」「俺もそろそろ切ろうと思ってたから一緒に行くよ」と連れだって行ったのが最初です。

自分たちより少し年上の新婚であるお兄さんとお姉さんが独立して始めたばかりの理容室で、「こんな風に夫婦で一緒に仕事が出来るっていいよなあ・・・」といつも憧れの気持ちを持ちながら、当時は気楽な学生の他愛もない話に付き合って貰い、大学を卒業して社会にもまれるようになってからは、人生の先輩としてその時々に色々なアドバイスを貰って来ました。

当時新婚であったその夫婦も、その後二人の女の子に恵まれ、今では三人の孫がいるいい歳となりました。そこに通い続けて来た私も、その夫婦の半生に亘る家族の移り変わりにお付き合いして来たことになります。親戚よりも気持ちの近い関係かも知れません。

ところで、地元の理容室と言うのは、ずっとその場所にあり続ける存在で、近所の方々が入れ替わり集まります。常に色々な話を聞くことが出来る場でもあり、私がその理容室に感じる以上に、近所に住む人々の様々な人生や移り変わりにお付き合いをすることになるようです。

今回は、最近行ったその理容室で驚きを持ちながら聞いた、ある家族の悲劇的な崩壊の物語です。

元々から近所に内科医院があり、当時はまだ若い医師がやっていたのですが、そのオーナーである医師とそこに勤める看護師が結婚し、男の子が一人生まれました。

その男の子がいい歳になるまではごく普通の家庭だったようです。しかしながら、医師家庭によくある話ですが、その家庭も跡継ぎとして一人息子を医学部に入れようと必死だったようです。ただその息子は生物や医学には全く興味がなく、髪を切りに来ては「医者にはなりたくない」「俺は医者には向いていない」とよく言っていたようです。

本人に適性も興味もないのに、親は何が何でも医学部に入れようと医学部受験を続けますが、四浪が決まった頃から、友達も寄りつかなくなり、その息子は精神的にやられて引きこもりとなってしまったようで、髪の毛を切りに来ることもなくなる。

それから数年後、その医院が夜中に火事となり、奥さんが焼死してしまうのですが、火の元の原因は息子だったらしく、失火か放火かははっきりせず、結局失火と言うことで片付いたようです。それから医院を建て直して病院は続くのですが、どうやらその火事の後、息子はどこかに引き取られていったようで、それ以来一切目にすることがなくなったとのこと。

その後、一人で細々と病院を続けていた医師もかなりの歳となったため引退し、のんびりと一人暮らしをするようになったようです。たまに髪を切りに来ては軽く世間話をする程度で普段のお付き合いはほとんどなく、静かに暮らしていたようですが、ある時そこに救急車が来て人が運ばれて行きました。

「〇〇さんが亡くなったようだ」と話が伝わり、近所の方々はその元医師が亡くなったと思っていたところ、何と火事以来一度も姿を見ることがなかった息子だったようです。姿を見なくなってからもう何十年も経っており、亡くなって初めて実はそこにずっといたと気づくことに・・・

そして、結局そう言うことが起こった以上、元医師もそこに住むことが出来ずどこかに引っ越して行ったようですが、程なくして自殺したことが伝わったようで、開業医として地元で頼られる存在であったその家族は全員が不幸な最期を迎え、見事に崩壊してしまったと言う話です。

私が子供の頃は夜逃げや神隠しのような話もちょくちょく耳にしましたが、今でもこう言う話があるんですね。何か「宮部みゆき」のミステリーでも読んだ気分で、理容室から帰って来ました。

2016年12月2日 アッピア夫


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