波乱万丈 乳がん転移ライフ!

39歳で乳がん ステージⅢ告知。術後1年経たずに肝臓、骨に転移。そこから始まる長い転移ライフ!

初めて知る性別のない「Xジェンダー」~「僕が性別ゼロになった理由」と言うドキュメンタリーを観て・・・

2019-12-06 23:36:53 | 最近考えること
あるきっかけから、「僕が性別ゼロになった理由」と言うドキュメンタリーを観ました。
「性別ゼロ」と言うのは、男でも女でもどっちでもない・・・本人の心に性別の意識がないことを意味しています。

科学的には、心も体も同一で男性か女性かにすんなりと分けることの出来る人間が「シスジェンダー」・・・
心と体の性が不一致の場合は、最近はLGBTの一つとして一般的にも認知されてきた「トランスジェンダー」・・・
そして、このドキュメンタリーで初めて知ったのが、今回の主人公のように性別のない「Xジェンダー」・・・

このドキュメンタリーは、1人の「Xジェンダー」が幼少期から心と体の不一致に悩み葛藤しながら、
1人の人間として成長していく過程を9年の長きに亘って取材を続けたものでした。

女性の体を持って生まれた主人公は、5歳頃から自分の性別に違和感を持ち始めます。
中学生になると女子の制服を着ることの抵抗感も強くなり、同級生からはからかわれ、不登校にもなりました。

胸が膨らみ始める年頃となり母親からブラジャーを勧められるも、泣きながら激しく抵抗・・・
その時初めて「あなたは男の子なの?女の子なの?」と問う母親に、「自分は男」だとはっきりと答えます。

子供には見せない葛藤があったのかも知れませんが、その母親の冷静な対応力、受容力が素晴らしく、
「じゃあ一度病院で診てもらいましょう」と病院に連れて行き、「性同一性障害(トランスジェンダー)」との診断・・・

この親子の行動力には恐れ入りましたが、その後学校にお願いに行き、男子生徒としての変更が認められます。
当時、学校で生徒の性別変更が認められたのは、初めてのことだったようです。

そして、16歳から男性ホルモン注射の治療を始めて声変わりもし、普通に男子生徒として高校生活を送り、
18歳で乳房を切除し、20歳で子宮と卵巣を切除・・・やっと戸籍も変更でき念願の男性として生きていくことに・・・

ところが、これでめでたしめでたしとはならず・・・

いくら手術で自分にとっては必要ではないものを切除し、男性ホルモンを注射し続けようと、
成長と共に体は丸みを帯びて来て、根本的に女性である体はやはり女性のまま・・・

更に、気持ち的にはすっかり男性になったはずの自分が、バイト先で「新しい男の子・・・」と紹介された時に、
「男の子」と呼ばれることをすんなりと受け入れられず違和感を覚える自分に戸惑います。
それをきっかけに、そもそも自分は「性別に触れられたくない」のだと気づきます。

そして「自分は何なのだろう?」と悩み始めた頃に、同じ「Xジェンダー」で講演活動をする人に出会います。
その人に出会ったことで、身体や戸籍とは別にどちらの性別でもない存在で良いのだと知ることとなります。

主人公は、高校卒業後に声優を目指して養成所に通っていましたが、声優として生きていくためには、
男性タレントか女性タレントかという区分けで事務所に所属する必要があるため、一旦夢を諦めてしまいます。

一般的な仕事やアルバイトをするのでさえも、履歴書の性別に〇を付けずに応募すると返事も来ない・・・
やっと一番自分らしい「性別ゼロ」となったものの、男と女で区分けされる世界で生きていくのは並大抵ではない。

現在は生活保護を受けながら生活を送り、一度諦めた声優の夢を捨てきれずに、
性別を意識しないで済むネットの世界で、声優の夢を実現することを模索し始めているところで終わります。

印象に残ったのは、中学時代は「自分が好きではない」、高校時代は「好きではないが許してやってもいい」・・・
と移り変わって行った自分への気持ちが、24歳になった今は「自分が世界で一番好き」になれたこと・・・

色々な場面で「多様性」が語られる昨今、人間は多数の「普通の人」と少数の「変わった人」ではなく、
それぞれが固有の性質を持つ「1人ひとりの人間」の集合体なのだと改めて気づかされました。

カナダやオーストラリア、ニュージーランドなどの数カ国では、既にパスポートの性別蘭は「M、F、X」から選べ、
facebookの性別には「自由記述欄」があります。

「Xジェンダー」のことを自分で「無性」や「中性」と表現する人もいて、その表現の仕方は様々ですが、
もう単純に人間を「男性、女性」だけで区分けするのが難しい時代となったことだけは間違いなさそうです。

2019年12月6日


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息子が激戦の「バスケのトライアウト」合格~日本とは全く異なる「カナダの部活事情」

2019-11-29 22:46:13 | 息子の成長
随分と寒さも増して、今年も残すところ後1ヶ月・・・もう12月かと思うとソワソワして落ち着かなくなります。

息子から、12月より始まるバスケの部活のトライアウトに合格したとの報告がありました。
カナダでの目標の筆頭に「バスケを存分にやること」を挙げていたので、目標が一つクリア出来そうです。

本人のやりたい部活に入るのに「目標をクリア」ってそんな大袈裟な・・・と思うのが日本人の感覚ですが、
カナダやアメリカの高校では人気スポーツの部活に入るのは大変で、これが日本の部活との大きな違い・・・

「トライアウト」・・・と言うと、日本ではプロ野球のシーズンオフの情景を思い浮かべますね。
各球団から戦力外通告を受けて退団した選手を12球団合同で行う入団テスト・・・
年末年始には、そのトライアウトで明暗を分ける選手の家族を交えたドキュメンタリーがよく放送されます。

トライアウト後にいずれかの球団から合格の連絡が入る選手と、連絡のない選手が対比して描かれ、
華やかな舞台裏で、野球に人生を賭けてきた選手と家族それぞれの運命が分かれる瞬間の残酷さを見て、
実力の世界で活躍し続けることの厳しい現実を思い知らされます。

日本の部活は、原則的に誰でも希望する部に入ることができ、ずっと一つの部で活動することが多いですね。
先輩後輩の上下関係も厳しいし、部によっては練習も相当ハードで、休日がつぶれることも普通です。

カナダの部活は秋・冬・春のシーズン制で、運動部はシーズンによってやっているスポーツも異なり、
生徒はシーズン毎に自分の好きな部活を選んで入部希望を出します。

先輩後輩の上下関係もなく部員の関係はフラットで、練習も自主的でゆるく、休日がつぶれることもほぼない・・・
試合は平日に組まれるので、試合の日は授業を抜け出して「頑張って来ます」「頑張って・・・」となるようです。

そして、希望者の多い部で選抜のために行われるのが「トライアウト」・・・いわゆる入部テストですね。
人気スポーツやそのシーズンしかやっていない部は希望者も多く、トライアウトで選抜されることになります。

秋シーズンはバスケの部活がなく、息子は友人からラケットを貰ったことからテニス部に入っていましたが、
12月からの冬シーズンは、大好きなバスケに入ることを心待ちにしていました。

息子から、「明日30名程の希望者でトライアウトが行われる」との連絡・・・何人選ばれるのと訊いたら、「さあ?」
バスケはカナダでも人気スポーツなのでこの位の希望者は当たり前のよう・・・
しかも、息子より背が高く体格のいい生徒がぞろぞろいることは容易に想像がつきます。

翌日に、「取り敢えず合格した」との報告があり、「おお凄い!でも取り敢えずってどういうこと?」と返したら、
「14人の中に入ったけど、明日2回目のトライアウトがあるのでまだ分からない」とのこと・・・「えっ、まだあるの?」

また翌日に、「今度は10人の中に入った」との連絡が・・・「よっしゃ!」と思ったのもつかの間・・・
続けて、「明日に最後のトライアウトがあり、あと数名落とされる」・・・何と高校の部活の入部テストに3日間も・・・

そしてその翌日、ついに「最後の7人に残れた」との報が・・・「やった!それにしても、よく残ったね!」
頑張った本人が一番疲れただろうけど、一緒に報告のみで付き合ったこちらも3日間気が休まらず・・・

今回、日本とは大きく違う部活のあり方や考え方がなかなか興味深く、色々と考えさせられました。
それにしても、身長や体格で劣る息子がなぜ選ばれたのかが一番知りたいところ・・・

技術? 敏捷性? 留学生に対する温情?・・・それとも「俺を選んでアピール」?
事実は分かりませんが、息子の性格からして多分「俺を選んでアピール」・・・だろうと思っています。

小さい頃は前に出ることが苦手でドッヂボールの後ろの方で逃げ回っていた息子でしたが、
異国の地で随分と逞しいアピール力を身につけたものです。

2019年11月29日


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一人で迎える「アッピア6度目の命日」~思い出すのはイルミネーションと「スターライトパレード」

2019-11-22 21:07:48 | アッピアとの思い出
今週月曜日、アッピアの6度目の命日を迎えました。決して止まることなく時は流れる・・・

今回は初めて一人で迎えることとなり、平日でもあって特にこれと言ったイベントはありませんでしたが、
頭の中を巡っていたのが、クリスマスイルミネーションの思い出とセカオワの「スターライトパレード」・・・

週明けは命日だなと思いながら帰宅中の金曜日の夜、最寄りの駅前のクリスマスイルミネーションが始まりました。
ちょうどアッピアとこの地に住むことになった20年前頃から毎年行われているイベントです。

始まった頃に比べると随分と装飾も増え、毎年テーマを変えながら今ではすっかり華やいだ装いとなりました。
青と白の2色を中心に飾られているので、派手すぎず品の良い華やかな雰囲気を醸しています。

6年前の今頃は、とてもイルミネーションを楽しんでいる余裕はなかったのですが、
「イルミネーションが見たい」と言う息子と、クリスマスに横浜みなとみらいに行ったことを思い出します。

イルミネーション好きのアッピアには色々な場所に付き合わされましたが、多分一番付き合ったのは息子・・・
「クリスマスはイルミネーション」・・・と言うのは、アッピアから刷り込まれていたのでしょうね。

私は派手なイルミネーションよりも、一番好きなのは「横浜山手イタリア山庭園の『キャンドルガーデン』」・・・

アッピアもよく写真を載せていた山手西洋館の「世界のクリスマス」開催中のたった一日だけのイベントで、
西洋館巡りで色々な国のクリスマスの飾りつけを楽しんだ後に、この幻想的な演出を見るのが大好きでした。

一日とは言え、日没から2時間程度の本当に限定されたひとときのイベントなのですが、
たくさんの黄色に揺れるキャンドルの灯り一色だけで飾られた庭園の眺めは、シンプル・イズ・ベスト・・・です。

どんな煌びやかなイルミネーションも、人工的な光は見ていると飽きてきますが、
キャンドルの炎の風に揺れる自然なゆらゆら感は、ずっと飽きずに見ていられて穏やかな気持ちになれます。

静的な山手西洋館の「世界のクリスマス」は元々私が大好きなイベントだったのですが、
賑やかなクリスマス好きのアッピアを引き込んでいく内に、我が家の毎年恒例のクリスマスイベントになりました。

また、ちょうど命日の月曜日、そろそろ帰り支度をと思っていた時にオフィスのラジオから流れて来たのが、
セカオワの「スターライトパレード」・・・

私がセカオワファンとなったきっかけの曲ですが、この曲もちょうどアッピアの最期の頃と時期が重なります。
今も変わらずセカオワファンですが、「スターライトパレード」と「眠り姫」を聴くとどうしてもアッピアを想います。

  時間が止まったようなあの夜も
  笑ってた君はもうここにはいないんだね
  聖なる夜にworld requiemを謳うと星に願うんだ

命日の夜に、「スターライトパレード」をかけて思い出に浸っていたら、急に星を見たくなりカーテンを開けたところ、
どんよりした分厚い雲が空を覆っていました。

そうそうタイミング良く事は運ばないんだよな・・・と思いながら、
どんな煌びやかなイルミネーションも、自然の「満天の星」の輝きには勝てないことだけは確かです。

残念ながら、我が街ではいくら天気が良くても「満天の星」を見ることは出来ませんが・・・

2019年11月22日


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初めての「プチ留学トラブル」~親としては何も出来ずただただモヤモヤ・・・

2019-11-15 21:34:12 | モヤモヤする出来事
息子が留学して早くも4ヶ月目となりました。
これまでは平穏だったのですが、休学中である日本の高校の学年主任の先生から仕事中に突然電話が・・・

T「お仕事中にすみません。留学中の〇○君のことで、ご連絡しました。」
☆「はい、今は大丈夫です。どうぞ・・・」 
  (学年主任の先生は中1の時の担任で、私がクラス委員だったこともありずっと親しくさせていただいています)

T「同じ学校に日本人の留学生が数人いるようで、実はその内のお一人から学校に電話がありました。」
☆「は、はい・・・。そちらに電話が・・・?」 (えっ・・・もしかして息子が何かしでかした?)

T「同じ日本人同士のため学校で何かと交流しているようですが、〇○君がいつも日本語で話しかけてくるので、
『留学中だから英語で話そう』と言ったらそれをSNSで非難され、現在疎遠状態とのことのようです。」
☆「そのことをわざわざそちらに・・・ですか?」

T「電話を受けたのが事務局の者で私も直接当人と話しておらず、こちらに連絡があった理由も不明なのですが、
 良い機会でもあるので〇○君に近況確認を兼ねてメールをしました。」

T「〇○君からはすぐに返信があり、楽しくやっていること、友達が連絡してきた内容については逆のようで、
 〇○君が英語で話しかけているのに相手が日本語で返してくるので、『英語で返せよ』と言ったようです。
 SNSにも特にそれに関して何も上げていないとのことでした。」

☆「お互いの言っていることが食い違っていると言うことですね?」
  (息子の性格からすると、「留学中なんだがら英語で話せよ」と言いそうな気はしますが、事実は不明・・・)

T「今回ご連絡したのは、この件を留学機関に報告することのご了解をいただきたいと思いまして・・・」
☆「もちろん構いません。私としては、事実がどうであれ無関係の日本の学校に連絡することが疑問ですが・・・」

留学先で何かトラブルや問題が起きた時は、留学生本人からの相談ルールが決められています。
まずはホストファミリーやホストスクールに、次に現地のコーディネーターに、最後に留学機関の日本オフィス・・・

問題の大きさや深刻さによっては、上記のように展開することになるのですが、
余程の大きな問題でもない限り、親や休学中の日本の学校が留学先での問題に関わることはありません。

ルールを逸脱してまで、無関係である相手の休学中の学校に連絡するのは何が目的・・・?
トラブルの内容も単なる友人間のいざこざで、わざわざ日本の学校に連絡するようなことだとも思えないし・・・

その後、学校から留学機関に報告され、留学機関がそれとなく様子を探ってくれるようになったようです。
大きな問題でもない限りこれ以上の展開はなく、留学機関から親である私にも恐らく連絡はないと思われます。

現在、息子はホストファミリーの保護下にありますので、何かあった時にはホストファミリーが判断し対応します。
原則的に、親である私が留学先での出来事に関わることは出来ませんし、当然息子に確認もしないつもりです。

それでも、その連絡を受けてから私の中では、ずっとモヤモヤが続いています。
何が事実で、何が問題なのか・・・息子に何か非があったのか・・・・それとも相手の悪意なのか・・・

親だからこそそれを知りたいと思うのは当然のことですが、自分の子供を別の家庭に預けると言うのは、
親としては当然のことを我慢して耐えることでもあるんですね。

親としてのあり方を試されるのも留学の一つの側面・・・そんなことを考えさせられた出来事でした。

2019年11月15日


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新幹線で出会った「不思議な人々」~もう一度会うことはないからこそ残る強い印象・・・

2019-11-08 22:03:35 | 面白い体験
先々週はアッピアと父の法要のため新幹線で大阪に帰省しましたが、一人だと必ずその場限りの隣人がいます。
新幹線で乗り合わせる隣人は、当然のことながらたまたまの巡り合わせ・・・

そして、人は皆それぞれながら、良くも悪くもその不思議さゆえにずっと記憶に残ることが良くあります。
今回も奇妙な方と隣になったことで、これまで新幹線で出会った「不思議な人々」を思い出すことになりました。

・・・と言うことで、今回はこれまで新幹線で出会った「不思議な人々」のベスト3を挙げてみました。

【第3位】 今回の大阪に向かう新幹線の中で・・・「新幹線は走るオフィス」

3人掛けの席で私が窓側、通路側にもう一人の男性、そして今回主役のその方は真ん中の席・・・
建築デザイナーのようで、私が新横浜から乗り込んだ時にはもうすっかり「仕事モード」オーラ満載・・・

リフォームのデザインを手がけていたようですが、締め切りが近く焦っているのか、
PC、タブレット、スマホの3つを一席だけの狭い空間にぐるりと配置し、そこだけ完全にオフィスと化していました。

一心不乱にPCとタブレットを交互にカチャカチャ操作し、ダブレットでPCの画面をカシャカシャ写真に撮り、
私たち両隣には一切お構いなくスマホで電話しまくり、あれがどうしただの、これから写真を送るだの・・・

お陰でゆっくり本を読むことも出来ず、諦めて久し振りに外を流れる変化に富んだ景色をずっと眺めていました。

台風19号で多くの川が氾濫し、テレビでは日本列島に血管のように張り巡らす川の全体像を見て驚きましたが、
海沿いでは数秒置きに大小の河川に遭遇し、改めて日本の川の多さを実感・・・

その方は、新大阪に着いて私が席を立とうとする瞬間まで、「一秒も無駄にしないぞ」オーラで仕事をし続け、
私が席を立った瞬間に、数秒の神業で一連のデジタル機器を鞄に放り込みサーっと降りていきました。

【第2位】 アッピアが健在で息子がまだ幼かった頃の話・・・「厚かましいにも程がある家族」

アッピアと幼い息子と3人で新幹線に乗り込み、当時はまだ二人がけで間に合った予約席に向かったところ、
そこには椅子を回転させて小学生二人の男の子連れの家族4人が向かい合って、ボードゲームの真っ最中・・・

お菓子やジュースも広げて、完全に「ここは私たちの専用席」オーラでくつろいでゲームに夢中になっているため、
こちらが席を間違えたかと改めてチケットを確認したものの、間違いではなさそう・・・

冷静且つ嫌みたっぷりに、「お取り込み中申し訳ありませんが、この席は私たちの予約席なんですが・・・」と言うと、
「ほら、やっぱりここじゃないよ!」と母親が父親を責めるように言い放ちながら、バタバタと慌ただしく片づけ、
「ええ~何で・・・?」と言う息子たちの手を引っ張って、席を戻しもせず逃げるように去って行きました。

呆れてアッピアと顔を見合わせて、思わず「Oh My God!」ポーズをしながら片付くのを待ちましたが、
回転させた席を元に戻しながら、「厚かましいにも程がある・・・」ときつく呟いたことを思い出します。

【第1位】 まだ独身で若造だった頃の話・・・「人生経験豊富なお姉さんからの貴重な話」

当時、自分がまだ20代半ばの若造だった頃、幼い子供を抱いた30歳代位の女性の隣に乗り合わせました。
ずっと抱っこしながら座っているのも大変だろうと、二人がけの間に「ここに座らせてもらっていいですよ」と、
話しかけたことをきっかけに話が弾みました。

当時、遠距離恋愛中だった私に、女性視点からのアドバイスが・・・
「遠距離を成功させる秘訣は、いかにまめに連絡を取るかよ。」
「連絡の間が空いてしまうことが遠距離の続かない一番の原因・・・つまり、すれ違いね。」

そして、結婚して子育てをしている女性の立場から、まるで日々の悩みを吐露するようなアドバイスが・・・
「育った環境の異なる人間同士が一緒に生活すると言うのは、思ったよりも大変なこと。」
「子供が生まれてからの方がお互いの価値観の違いが浮き彫りになるの。」
「特に子育ての考え方の違いは、育った家庭環境の違いや価値観の違いがもろに反映するものよ。」

日々リアルに感じている悩みや思いを、まるで弟相手にでも話すようなちょっと大人の女性の生活観・・・
その時にはまだ将来の波瀾万丈さを知る由もない私にとっては、新鮮な人生勉強・・・でした。

彼女は、今頃どこでどんな生活を送っているのだろう?
その場限りの偶然の出会いは、もう一度会うことがないからこその強い印象を残す思い出となります。

2019年11月8日


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アッピアの「七回忌法要」~6年経ってアッピアは「モンシロチョウ」になった・・・?

2019-11-01 21:25:03 | 不思議な出来事
先週末は、アッピアの「七回忌法要」と父の「十三回忌法要」を兼ねて、大阪に帰省しました。

私の父は膵臓癌のため75歳で他界しました。
私は、父が他界する数日前から大阪の病院に泊まり込んでいましたが、仕事であまり長く休むことも出来ず、
一旦こちらの家に戻った翌日の早朝に訃報を受け、アッピアと息子を連れてトンボ帰りすることになりました。

訃報を受けた時には家に戻ったことを後悔しましたが、翌日に予定されていた幼稚園のお遊戯会に
出られなくなって号泣する息子をなだめ、父との思い出話などをして息子の気持ちを落ち着かせながら、
自分の父親に対する思いを整理するためにも必要な過程だったと、新幹線の中で思い直すことが出来ました。

実家には、父親手製のバスケットゴールがあります。
手先が器用で日曜大工的に何でも手作りするのが好きだった父が、孫である息子が生まれてから作ったものです。

孫が成長したらバスケ部だった私とバスケごっこが出来るようにと言う思いで作ってくれたのか、
特にその理由を訊いたことはありませんが、帰省中にまだ幼い息子を抱きかかえてバスケ遊びをする父親の姿と、
キャッキャッと大喜びする息子の姿は今でも目に焼き付いています。

その後息子がバスケ大好き少年となったのも、あのバスケットゴールのお陰かも知れませんね。

父とアッピアの眠るお墓は和歌山にあり、実家で法要を済ませた後、お坊さんの車で移動しお墓参りをしました。
いつも法事の時には、車で家族をお墓まで連れて行ってくれるお坊さんには本当に感謝です。

アッピアの一周忌には、息子がお墓の前で横になる程具合が悪くなったことは以前にも書きましたが、
なぜかいつも不思議なことが起きるのが法要時のお墓参り・・・

今回は、お墓の前でお坊さんがお経を唱えていると、どこからともなく一匹のモンシロチョウが飛んできて、
お墓に供えている花に止まり、お坊さんがお経を終えるとまたスーッとどこかに消えていきました。

モンシロチョウがフワフワと飛ぶ様子は、何とも穏やかで平和な日々の象徴のように思えます。
ただの偶然かも知れませんが、もしかしてあのモンシロチョウは花が大好きだったアッピアの化身・・・?

・・・とすると、アッピアはあれから6年経って「チョウのように穏やかで無垢な存在になった」・・・?
・・・そう思えたらいいやと、見えなくなるまでチョウの飛ぶ姿を目で追っていました。

また、今秋に父とアッピアの法要をすることは息子に伝えていたものの、時期はまだ決まっていなかったため、
金曜日の夜に実家に着いてから、今日帰省したことと明日法要があることを息子にLINEで伝えると、
これが何と偶然にも、息子もホストマザーの実家に車で移動中・・・

カナダは先週末が3連休で、それを利用して初めて実家に泊まりがけで連れて行ってもらったようです。
全く同じタイミングで同じ二泊三日でそれぞれの実家に行くと言う偶然さに、私と息子はお互いに驚きましたが、
これもアッピアが仕組んだちょっとしたサプライズ・・・?

今度息子に連絡する時は、
ホストマザーの実家で「モンシロチョウ」に会わなかったか、訊いてみるつもりです。

2019年11月1日


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留学後初めての「保護者会」~異国の地で経験する出来事は本当に面白い・・・

2019-10-24 22:53:00 | 面白い出来事
息子が留学して早2ヶ月半・・・先週末に留学後初めての留学団体の「保護者会」に参加しました。

実は、留学して2ヶ月目のちょうど今頃が、気持ちの落ち込みなどが一番見られる時期のようで、
保護者もそれを知った上で対応する必要があるため、例年このタイミングで保護者会が行われるようです。

最初の3週間は、日本からの留学仲間も一緒の環境で研修を受けるため、「楽しい」気持ちが勝り、
最初のホストファミリーも短期間のため、週末には色々なところに連れて行ってもらえて、まだお客様気分・・・

それが、研修も終わり一緒だった仲間も各地に散らばって、本格的な留学生活が始まると、
周りには日本人も知り合いもほとんどいない環境となり、すっかりアウェー状態となります。

その後のホストファミリーは長期の受け入れで、移動後すぐに学校も始まるため、いきなり日常生活が始まります。
その環境下で表面化して来るのが、言葉の問題、理想とのギャップ、慣れない環境のストレスなどなど・・・

学校では、まだ英語のハンディがあるので、先生の話を正しく理解するだけでも相当なストレス・・・
その上、お世話になるファミリーの考え方やカラーも様々ですので、相性が合わなければダブルのストレスに・・・

有難いことに、息子の場合はホストファミリーとの相性がバッチリのようで、あまりストレスなく過ごせているようです。

さすがに、風邪をひいて2日間学校を休んだ時は、家でも一人ぼっちの中でホームシックになったのか、
LINEで少し弱音を吐いてきましたが、それ以降は特に問題なくそれなりに楽しんでいる様子・・・

保護者会は派遣国ごとのグループに分かれますが、派遣国が同じだと保護者も不思議と連帯感が生まれます。
グループでの情報交換では、様々な出来事や違いに戸惑っている留学生の様子を伺い知ることが出来ました。

ある子が派遣された学校は、学校が始まった途端に今年度で廃校になることが決まったようで、
せっかく縁があり出会った学校がいきなりなくなると言うのも、本人も保護者も複雑な心境のよう・・・

最後の年だからこそ、記念に残るようなイベントをたくさん楽しめれば、それはそれで良しとも言えますが・・・

また、ある子は冷蔵庫から出してもらったヨーグルトを食べたところ、食あたりになり体調を悪くしたようで、
ふと容器を見ると、とっくに過ぎている賞味期限の日付が・・・

その後、家族が誰もいない時に冷蔵庫を探検してみると、賞味期限切れの食材がゴロゴロと出て来て、
清潔好きで食の安全にもこだわる日本人とは異質の感覚に唖然としたようです。

また、掃除も日本人ほどこまめではないようで、特に幼児がいるような家庭では、
おもちゃやおやつの食べ残しが部屋中に散らかっていても、ほとんどそのまま放置と言う家庭も・・・

その家庭では、留学生本人が自ら申し出て部屋中を綺麗に片づけて掃除したようですが、
こういう環境では、ある意味片づけ力や掃除力が磨かれますね。

また、ある子は今のホストファミリー先に移動してからほとんど連絡がつかなくなり、
どうしたのかと心配していたら、田舎にあるその家ではWi-Fiもなく携帯の電波もずっと圏外だったとのこと・・・

留学生は異国の地での様々な出来事を通して、多様性を受け入れていくのだと思いますが、
異国での出来事に負けず劣らず驚いたのが、事前に回答していた保護者アンケートの結果・・・

まず、「出発時に持参した金額」の最高額が・・・なんと30万円で、最低額が2500円・・・この差はいったい何?
2500円だけと言うのも勇気が必要ですが、30万円を現金で持参させる勇気もかなり凄い・・・

我が家の場合は、事前にデビットカードに入金しておいて持参は1万円のみで、平均額は6万9千円・・・

そして、「出発以降に送金した金額」の最高額は・・・なんと50万円で、最低額も・・・なんと0円。
0円と言うのは30万円持参させた家庭なのでしょうか・・・このお金で1年間やり繰りしておいでとポンと預けた?

我が家の場合は5万円で、平均額は8万1千円・・・

家庭の方針や考え方も人それぞれかと思いますが、このアンケート結果を見る限り、
日本の家庭もずいぶん「価値観は多様」・・・と言えそうです。

2019年10月24日


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16歳の「グレタ・トゥーンベリ」さんの訴えを想う~台風の甚大な被害を目の当たりにして

2019-10-18 23:53:50 | 悲しい出来事
「多摩川花火大会」からちょうど一週間後の先週土曜日、台風19号の影響で多摩川が氾濫しました。
そして、多摩川だけではなく、東日本の71もの河川が氾濫し大きな被害をもたらしました。

5年ほど前の「NHKスペシャル」で、当時海外で大きな被害をもたらしていた強力な「スーパー台風」を基に、
日本でも「スーパー台風」によって甚大な被害を受ける可能性が高まっている、と言うことが放送されました。

当時、「確かにこれは近い内に日本でも充分あり得るな・・・」と納得させられたのを思い出しますが、
この1ヶ月の間に千葉県を中心に甚大な被害を受けた台風15号と今回の台風被害を立て続けに経験し、
去年の21号と共に、「早くも日本で『スーパー台風』が現実化してしまった」・・・のだと実感させられました。

ここ3年間に起きた大きな水害を挙げると、福岡と大分に大きな被害を与えた2年前の「九州北部豪雨」・・・
巨大な勢力で大きな被害を受けた去年の「台風21号」と、200人超の犠牲者を出した「西日本豪雨」・・・
そして、去年の21号に匹敵する巨大な勢力で更に大きな被害を受けた、今年の「台風15号」と「19号」・・・

この3年間は、「記録的な」「過去最大級の」「50年に1度レベルの」と言うアナウンスを聞き続けていましたが、
少なくとも「甚大な被害を伴う巨大な勢力」や「記録的で危険な雨量」は、もう日常となってしまったようです。

台風は、海水温が高い「熱帯の海」に溜まった熱エネルギーを「熱帯低気圧」として温帯に循環させることで、
全体のバランスを保つと言う地球の自然現象の一つのため、避けようがありません。

問題なのは、地球全体の海水温の上昇により、名前の通り以前は赤道付近で発生した「熱帯低気圧」が、
今は日本の近海で発生することが多く、急激に台風に成長し巨大なエネルギーのまま日本に襲って来ることです。

もう随分前から、地球の海水温の上昇の原因の筆頭は「地球温暖化」と言われており、
温暖化を抑えるために二酸化炭素の排出量を減らさないと、このままでは自然災害の巨大化は加速する一方・・・

「地球温暖化」は、ヨーロッパの45度にも達するような猛暑や熱波、米国やブラジルでの記録的な山火事、
オーストラリアでの記録的な干ばつなど、世界的な異常気象とそれによる多くの犠牲者を生み出し続けています。

思い出すのが、今年の「国連気候行動サミット」に招かれて、世界の多くの指導者を前に堂々としたスピーチで、
一躍名を馳せた弱冠16歳のスウェーデン女性の「グレタ・トゥーンベリ」さん・・・

彼女は、たった1人で毎週金曜日、スウェーデン議会の外で「気候のための学校ストライキ」を始めました。
しばらくしてそのことを知った時は、息子と同じ年齢にしてその勇気と行動力に感動したものです。

その後、彼女のこの行動をきっかけに、具体的な気候変動対策を訴える「未来のための金曜日」と言う名の
学校ストライキが世界中に広がり、去年の「国連気候変動会議」、今年の「国連気候行動サミット」に招かれて、
世界の指導者を前に堂々とした心を動かすスピーチをするまでになりました。

「多くの人たちが苦しんでいます。多くの人たちが死んでいます。全ての生態系が破壊されています。
私たちは大量絶滅の始まりにいます。それなのにあなたたちが話しているのは、お金のことと、
経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。」

「あなたたちは、私たちを失望させている。しかし、若い世代はあなたたちの裏切りに気づき始めています。
未来の世代の目は、あなたたちに向けられている。」

「もしあなたたちが裏切ることを選ぶのであれば、私たちは決して許しません。」

彼女の具体的な事実や根拠に基づくスピーチ、そして強い表現を伴いながらも切実な訴えは心に刺さります。

1人1人が本気で温暖化を抑えることに取り組んで行かなければ、我々が生きている「奇跡の星」は、
いつか生物のいないただの星の一つになってしまうような気がしてなりません。

2019年10月18日


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感傷に浸りながらの「多摩川花火大会」~あまりにも思い出が多過ぎて・・・

2019-10-11 22:05:04 | 最近の出来事
先週末は、去年から10月に開催されている地元の「多摩川花火大会」を楽しみました。
ずっと8月の暑さ真っ盛りの時期の開催でしたので、秋の花火がまだしっくり来ないのが正直なところですが・・・

ただ、今回改めて秋の方が空気が澄んでいて、夏よりも鮮明で綺麗に見えるんだなと感じました。

秋開催になったのは、2年前に花火打ち上げ開始直前のタイミングを激しい豪雨と雷が襲い、中止となったため。
朝から席取りをしていた観客もさすがに命の危険を感じて次々と撤退し、おまけに落雷で数人が救急搬送・・・

これも確実に地球温暖化による気候変動の一つの余波・・・
明日日本に上陸予定の巨大なスーパー台風も今ひたひたと不気味な静けさと共に近づいて来ています。

因みに、その年は息子がその日のために新しく買った浴衣を着て友達(彼女?)と会場まで観に行きました。
見事に豪雨の餌食となり、会場から避難してどこかのお店で雨宿りをし、落ち着いてから帰って来た時には、
全身ずぶ濡れで川を泳いで来たのかと思う程の酷い状態でした。

そう言う危ない思い出もある「多摩川花火大会」ですが、
多摩川を挟んだ少し離れた河原で、東京都世田谷区と川崎市が同時に打ち上げるので二つ美味しい大会です。

3年間くらいは夏のキャンプと重なり観られなかった時期もありましたが、それ以外は毎年楽しみなイベントで、
私の家の玄関先からは世田谷区の花火が真正面に、川崎市の方は少し斜めに観ることが出来ます。

毎年、その日は住人の友人や親戚が大勢集まるので、マンションそのものが一日お祭り騒ぎのようになります。

毎年、家の玄関先から観てきたこの花火もその時その時で一緒に観る人が変化しているので、
花火を一緒に観た人のことを毎回走馬燈のように思い出してしまいます。

私の友人が集まった年もあれば、アッピアの友人が集まった年、親戚が集まった年・・・
息子が小さい頃はママ友家族と子供達、アッピアと家族3人だけの年もあれば、息子と二人だけの時も・・・

子供の成長や家族の変化と共に一緒に観る人が変わるので、一緒に花火を観る人が我が家の歴史そのもの。

今年は、以前ブログにも書いた息子の母親代わりであった方が8月に他界した家族3人と一緒に楽しみました。
3年前にも一緒に花火を観た人がいないのは辛いものですが、随分成長した子供達との会話が新鮮でした。

花火の後は、いつも我が家でビールを飲みながら花火の余韻を楽しむのですが、
今年は、打ち上げ終了と同時に日本が快勝したラグビーワールドカップの日本対サモア戦がキックオフ・・・

ちょうど高3の兄の方が部活でラグビーをやっている関係で、父親も親父ラグビーで活躍中・・・
ラグビーにまつわる話をしながら、妹の吹奏楽部の話など、色々な話を肴にラグビー観戦で盛り上がりました。

これまでの日本戦は一人で盛り上がって観ていましたが、やはりスポーツ観戦はワイワイと観るのがいいですね。
結局、残りの日本戦は我が家で一緒に観ることになりました。

今回は、まるで花火のように儚く姿を消した二人の母親のことも考えながら、
ふと、アッピアにプロポーズをした記念の山下公園の花火大会のことも思い出していました。

7月21日・・・当時の花火大会の日付もしっかり覚えています。
「アッピアと二人で始まったこの場所が、20年を経て今ここにある」・・・そんな思いも抱いた秋の一日でした。

2019年10月11日


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1人1人にとっての「ジャイアント・キリング」~「ラグビー」と「バレーボール」から学んだこと・・・

2019-10-04 21:39:58 | 感動の出来事
今年は、二つのワールドカップのお陰で「スポーツの秋」を存分に楽しんでいます。

一つは、驚異的に強く成長した日本代表チームのお陰で盛り上がっている「ラグビーワールドカップ」・・・
もう一つは、ラグビーの陰に隠れてしまっている感があるものの「バレーボールワールドカップ」・・・

ラグビー日本代表が世界ランク2位(前週までは1位)のアイルランドに勝った試合は、歴史的な1戦となりました。
私もテレビの前で一人で盛り上がり、雄叫びを上げ、そしてボロボロ泣きました。

ラグビーへの興味は、「スクールウォーズ」と言う実話を基にしたテレビドラマがきっかけですが、
当時はルールも良く分からず、「ただただボールを前に運ぶスポーツ」くらいに思っていたのが正直なところです。

ルールがようやく分かって来たのは、実は今回のワールドカップ予選の日本戦の2試合を観てからで、
非常に分かりやすい字幕付の詳細な解説に感謝です。

「タックルして倒れてぐちゃぐちゃに折り重なって、何をやっているのか良く分からない」(笑)と言う人もいますが、
実はそのぐちゃぐちゃのところで、色々と駆け引きや闘いが行われていることに魅力を感じるようになりました。

そして、激しいぶつかり合いの試合が終われば、お互いを称え合う「ノーサイド」精神の気持ちの良いこと・・・
試合終了後、お互いが作った花道を相手チームが通りながら称え合う姿は本当に清々しいです。

それは観客も同じで、観客席も敵味方分かれずごちゃごちゃで、お互いを称え合いながら一緒に楽しむ・・・
まるで格闘技をボールゲームにしたようなスポーツなのに、そこに流れる相手を思いやる精神が素晴らしい。

そして、その歴史的な1戦となった前日には、「バレーボールワールドカップ女子」で、
世界ランク6位の女子日本代表が世界ランク1位のセルビアを倒した試合でも涙し、二日続けて泣きました。

2セットを落として、このままあっさり・・・と思っていたところ、残りの3セットを奪い返しての逆転勝ち・・・
日本女子代表は最終的には実力相応の5位で終わりましたが、この試合に勝ったことは大きな自信に・・・

更に、バレーボールワールドカップ男子では、世界ランク11位の日本代表が世界ランク3位のイタリアを相手に、
1セットも落とさずに快勝し、今も実力以上の好位置につけて闘い続けています。

今回のラグビー日本代表の快進撃で「ジャアイント・キリング」と言う言葉が改めてクローズアップされましたが、
「大番狂わせ」や「奇跡の勝利」と言うような意味ですね。

スポーツにおける「ジャイアント」は、普通ではとても勝てそうにない実力差のありすぎる強い相手のことですが、
1人の人間としての「ジャイアント」が意味するものは、大きな病気や難病、怪我、障がいや後遺症など・・・

人それぞれが抱える難敵、手強い相手は様々ですが、それに打ち勝つことが「ジャアイント・キリング」・・・
そもそも倒そうと思わなければ勝てないし、打ち勝つためには様々な努力や情報収集、戦略が必要・・・

歴史的なアイルランド戦後のインタビューで、選手のほとんどが口にしていた次のような言葉が印象的でした。
「自分達は世界一タフな練習をこなしてきた」
「このために色々なことを犠牲にしてきた」
・・・そして、「自分達を信じていた」

アッピアは決して諦めなかったから10年も命を繋いだし、私も諦めたらもうこれ以上の後遺症の回復は望めない。
人それぞれにとっての「ジャアイント・キリング」は、その人にしか出来ないし、その人が信じるしかない。

「とてつもなく巨大で手強い相手を倒す」・・・その可能性は絶対にゼロだとは言えないのですから・・・

2019年10月4日

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