波乱万丈 乳がん転移ライフ!

39歳で乳がん ステージⅢ告知。術後1年経たずに肝臓、骨に転移。そこから始まる長い転移ライフ!

息子の不合格に、行動起こす

2011-05-31 22:40:15 | 息子
27日(金)は、2ヶ月に1回の、スイミングのテスト。
息子はまだまだ下のクラスで、息継ぎなしのクロールのテスト。
このクラスも長いし、本人も今回は受かりそう、みたいなこと言っているから、
大丈夫だろうと思っていた。いつものように買い物して終了30分前に覗きに行ったら、
もう本人のテストは終わっていた、あら残念。全員終わって、プールサイドに上がってきた。

息子のお友達の2人は、ニコニコして、私にバッチを見せていた。
やったね、合格だ、来週から上のクラスだね。息子は・・・。目が合った。
「どうだった?」クチパクで聞いてみる。すると微妙な表情で、首を振る。
「ダメだったの?」と言いながら指でバッテン作って確認する私。
うなずく彼。えーーーー、合格しなかったの?これ想定外。自信あるって言っていたじゃない。

ショック!お友達たちは、もう2つ3つ上のクラスで、25メートル息継ぎや背泳練習してるのに、
周回おくれやないか!しかも、仲良く下のクラスでいっしょだった2人も仲良く上のクラス
に行ってしまう。本人が出てきて不合格を確認するや、私はインストラクターの方にまっしぐら。

「どこがダメでしたかねえ。」
「うーん、息がうまく続かなくて、頭が上がって姿勢が悪くなって腕のかきがばらばらになる感じです。」
えー、それじゃあ2ヶ月前に言われたことと同じ、全然上達してないじゃん。

いけないと思いつつ、帰るまで、帰ってからも、
「何でできなかったの?息の止め方とか練習したし、先生の言うことわからなかったの?」
「もうがっかり。また2ヶ月今のクラスでやらないといけないんだよ。あーあ。」
自分の悔しさを息子にぶつけるだけのダメ親です。

本人もさすがに悔しくて、というより、私にガタガタ言われて半泣き状態。

「もう、これは特訓しかない!明日市民プール行って練習しよう。いいね!」

勢いで言ってしまった。息子もプールで遊べると思ったか、まんさざらでもない様子。
遊びじゃない、練習、特訓だよ!と言ったものの、私自身プール2~3年行ってないし、
石垣も消えたから水着も何年ぶり?市民プール連れていくのはもっぱら父さんの役だったから、
私体力も自信無いなあ。バスでいくのよね。勝手がよくわからん。朝9時~2時間の入れ替え制?
今のこの体調で連れていけるのか?私も命がけではないか。でも悔しさがその不安を上回り、
勢いで水着やキャップやタオルやコンタクトレンズなど用意して、明日行く態勢。
会社から帰ってきたダンナも「病気の事(主に皮膚転移のことよね)で悶々としているよりは
思い切っていったら?」だって。

朝、早起きして、朝食を済ませ、しっかり薬を飲み、ササっと準備して、2人で家を飛び出し、
バスに乗った。ここまでOK。10分ほどで到着。まだ8時半。私は新しいゴーグル買って
教える気満々。2年振りの水着。しこりも双子の皮膚転移も見えちゃうぞ。見る人いないけど。

早速25mプールへ。1コースは子供向けに浅くなっている。息の止め方と腕のかき方などを
教えながら、練習練習。自分も泳いでみる。あら~ちょっと気持ちイイ。ちょっと平泳ぎも。
まあまあいけるじゃない。でも数メートルがいいところよね。それより息子息子。

「息大きく吸って止めて、さあいくよ、頭は下げたまま、がまんがまん、そのままそのまま、
もう少しいけるいける」と大声出して練習させる。
あとラッコの練習。仰向けに浮く練習、これは楽しかったみたい。
そんなこと繰り返し、1時間40分ほど。途中少し寒くなって熱いシャワーを浴びにいったり。
時間が来たのでシャワーを浴び、着替えて今日の練習は終り。

プールに入っている時は自分もハイテンションで疲れは感じなかったけど、さすがに少し疲れた。
ところで今日の練習はどないやったんだい。時間たっぷり自由に練習できたから、
細かい部分は別として、次のスイミングのレッスンで少しは違うんでは?

今日、息継ぎなしで最高14m泳げたよね。おかあさんは頑張って教えたつもりよ。
ホント、この身体で命削ったわよ。恩着せがましく言うつもりはないけど。
アイスとジュースで一休み。息子も楽しかったって言ってた。
バスの時間見て帰路へ。父さんがチャーハン作って待ってるって。
ありがと!家に帰ったら、さらにどっと疲れが出た。やっぱり体力ないな。

来週も行けるかな。とにかく今回は不合格が悔しくて、何も考えずに勢いだけで、行ってしまった。
やっぱり運動でも勉強でも人よりたくさんやらないと上には行けないよ。
死に物狂いで頑張ることも人生には必要だよ。私のDNA、息子に伝わったかな。
やるときはやるんだよ、努力なしには何も手に入らないんだから!





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緩和ケア受診の提案

2011-05-29 22:23:59 | 症状
6日の木曜日、4者面談から1週間たって、そろそろ看護師助さんに近況電話しようと
思っていたところに、助さんから電話がかかってきた。
26日はジェム休薬日で通院お休み日なのだが、優しい主治医と助さんが、
「不安になって相談あれば来ていいよ。診察予約のダミー枠とっておいてあげるから。」と、ご慈悲。
なので、「今日どうする?来る?」の確認も含めての電話なのでした。

さて、私の心身不安に関して、やはり地元の病院だと、複雑な病気の経緯がわからないし、
カルテもないので、今の治療受けている病院で受けてと断られてしまった。
そうしたら、助さんが電話で、「ウチの病院の緩和ケアチームの診察受けてみる?」とのご提案。
私「受ける!受ける!」待ってましたあ、という気分。緩和ケアがあるのは知っていたが、
メンタル面もこの段階で受けられるとは、有難い。疼痛はコントロールできているから、
今後の相談で大丈夫だと思う。今はとにかくメンタルの方。
来週の木曜日の診察の日にアサインしてくれた。さすが助さん。本当に助かります。

そういえば、ひたすら気にしている皮膚転移(しつこい?)だけど、何気にダンナに

「ちょっと見てみて、大きくなってないかな。」(ダンナにも情報共有してもらう約束だから、
逃げてもらってはいけない)

「どれどれ(ちらっと見て)、ホントだ、ちょっと大きくなってる。」

「えーっ、本当?大きくなってるの?
(自分ではビミョー、もしかしたら成長してるかも、と思っていたから)
ねえねえ、本当に大きくなってる?そう見えるの?」しつこく食い下がる。

「うん、そう思うからそう言った。」

「えー、マジ?仮にそう思ってもダイレクトに言わない優しさとかないの?」
・・・今更性格だから無理か。ていうか、マジで大きくなった?

うーん、そういえば、触ると、できものの盛り上り具合とか赤味の面積とか、成長あるかも。
でもさあ、認めたくないけど、転移なら多少の成長は想定内なんだろうな。
皮膚転移はまだ受け入れたくないんだけど、往生際悪いかな。
もう諦めて、前向いて対策考えた方が得かも。

まあ、次回の緩和ケアチームの診察を楽しみに今週もガンバ!
とカラ元気出してはみたものの、週明けにまた助さんに電話かな。



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ママ友にカミングアウト3、と旧友

2011-05-27 20:58:22 | 友人たち
一昨日は久しぶりのママ友ランチ。私+ママ友2人+下の子ちゃん(年長)。
さあ、こういう機会に少しずつカミングアウトだ。シリーズ3!

一人は同じマンションで、昨年小学校入学からのお付き合い。ブリザーブドフラワーの先生です。
もう一人は、幼稚園からのお付き合い、年長、小1と同じクラスで仲良し。
そうそう、二人とも女の子。息子は女の子大好きで、よく家に連れてくる。

焼き立てパンとドリンク飲み放題のサンマルク系レストランでランチだよん。
学校の事、クラスの事、担任、友達関係、勉強、習い事など・・・
子供の話題はだいたい決まっている。
まあママ友との会話は、ある領域から外には出ないんだけどね。
すごく親しくなれば少し領域から出て意外な面で盛り上がったり、楽しかったりする。

ランチも終盤、コーヒータイム。

「あのー、私の病気の事で話したいことがあるんだけど。これから長い付き合いになる人には、
 ちゃんと話した方がいい、とダンナにも言われていて(照れるからとりあえずダンナをダシ
 に使う。)、少し時間もらえるかな。」

2人は、少し戸惑った表情、やがて何でも来て、の表情。

「実は、私乳がんで、子供が生後8ヶ月の時発覚して、手術して、すぐに転移しちゃって、
 ・・・、去年の手術は肝臓だったんだけど。進行速いタイプだけど、抗がん剤が良く効く
タイプでもあるから、こうやってまだ元気なの。でもこのへん骨に転移しているところは痛みがあって、
麻薬系の痛み止め使ったりしていて・・・。
子供は全部知ってる。これからどうなるかもどういう意味かもだいたい分かってる・・・。」

「そうだったんだ、入院してたからなんか持病はあるんだと思っていたけど・・・・
 でも、もう話してくれたからには、何でも言ってね、何ができるかわからないけど、力に
 なるよ。言ってくれてありがとう。」


「こちらこそ、こんな聞きたくない話なのに、力になってくれるなんて、ありがとう、ありがとう。」

何回かのカミングアウト・・・最後は「何でも言って、力になるよ。」で締めくくられる。
一番心強い言葉だ。肩の荷が降りるといういか、ホッとするというか。
もう具合悪い時も無理する必要はないんだ、いざという時は甘えてもいいんだ。
でも甘えてばかりは悔しいので、体調管理はちゃんとやるつもりだけど。
やっぱりありがたいなあ。カミングアウトしちゃったけど、これからも
変わらない付き合いだよね。それは確信できる。

連チャンだけど、昨日は旧友と新宿でランチ。中学生の同級生。
私は中2から転校したので、中1の1年間だけのお付き合い。
私が引っ越してから、ずっと手紙や年賀状で近況を教えあっていた。
彼女は一足早く社会人なって、お互い南関東と北関東だから、なかなか会えなかっんだ・・・。

7年前に乳がんが発覚してすぐに話したら、なんと、遠くから駆け付けてくれたんだよね。
びっくり&うれしくて。それから頻繁に会うようになって。
今までの積もる話もたくさんたくさんして、私がこんな病気になって最悪なんだけど、
彼女とまた友情が密になったことは、すごく良かったこと、役得かな。
彼女の特徴は、会うと私の病状を詳しく聞いてくれること。
カミンウアウトすると、その後病気の事はなかったかのように、あえて何も聞いてこない人の方が
多いんだけど、彼女は反対で、都度都度聞いてくる。だから私も詳しく話す。
そしてまた絆が深まる、かな。彼女も癌ではないけど、婦人科系に持病あったりと、
痛みや辛さがわかるから、気持ちが共有できるんだな。
私がピアノを30年振りに再会したのも、彼女の影響もあるかも。
私にとっては、宝物のような旧友との時間です。

病気でも、友とのこんな時間が持てるなら、大切にしたい。




新宿ランチ ベトナムフォー


鶏肉ランチ


ベトナムコーヒー 甘くてトロッとしていて私好み


場所を変えてスイーツ フルーツグラタン


シフォンケーキと抹茶アイス黒蜜かけ



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憧れの親子連弾?

2011-05-24 21:15:13 | 日記
5月も半ばを過ぎたんだなあ。石垣がなくなったから、節目が無い感じで、
次の目標みたいのもない感じで、おまけに不安症もあったから、ここらで仕切り直しせなあかんやろな。
どうして時々関西弁が出るのかというと、ダンナの実家が関西で、正月など帰省時に移るからです。
私自身は、関西方面に暮らしたことはおまへん。

ジェムザールの副作用も、今は落ち着いていて、体調もそんなに悪くないので、
無理せず日々の生活を丁寧に生きる、というか暮らす、ことが今の目標かな。
6年半前に転移が分かった時、あとどれぐらい生きられるかわからないから、
とにかく「毎日を丁寧に生きよう」と思ったんだけど。だんだん雑になってくるなあ。
想定以上に長生きできているけど、だからこそ有難く毎日を丁寧にかみしめて生きなきゃ、とは思うわ。

夏休みに向けて、ボーイスカウトのイベントや、8月のピアノの発表会の練習など、私もやる
ことはたくさんある。

ピアノの発表会の曲は2曲。ひとつは「クシコス・ポスト」。運動会の徒競争の時に必ずかかる、
誰でも知っている曲。もう1曲は、「大きな古時計」で、こちらは連弾。
もちろん、ピアノかじっている私としては、「母子連弾!」と思いきや、今回は先生にお願いするつもり。
やっぱり体調の問題もあるし、発表会の8月に自分がどうなっているかわからないし・・・。
なーんていういのはほとんどウソで(少しはあるよ)、人前で弾くのが苦手!だから。
昨年のトラウマもある。息子がペース早めるものだから、私はあせってしまい、指が止まって、
最初から弾き直しになってしまったの。息子は自分のペースでどんどん弾いてしまうんだけど、
それに合わせてというか、全体のスピードコントロールもできて、臨機応変に対応できるのはやっぱ先生だよ。
私の失敗のせいで、せっかくの息子の発表会が台無しになるのは忍びない。
「みなさん、親子連弾に憧れるんですよ。」と先生は言うが、やっぱり先生に頼んじゃおう。
普段着でリラックスして発表会楽しみたいし。
昨年は、発表会が、肝臓手術の入院の2日前だったんだけど、手術より連弾の事ばかり気になっていたわ。
まあ手術に気持ちが向きすぎず、ちょうどよかったかも。
でも、今回2曲とも素敵な曲だから、親子共々練習気合い入ってます!

それからそれから、8月には、病気関連の体験談発表みたいなものも頼まれているので、
原稿草案もそろそろはじめないと。


しこりいじるのもいいけど、それよりやるべきことはたくさんあった。
病気や症状は、先生たちに任せて、自分のやるべきことを見つめ直してみようっと。




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大運動会

2011-05-23 15:41:33 | 日記
土曜日は天気も良く、暑かったけど、運動会日よりでした。
そう、息子の運動会、本人は、ダンスやデカパンリレーやらすごく楽しみにしていて、
目がキラキラ輝いていた。5月に入り、体育の授業も運動会の練習シフトで、
息子の頭はそのことで一杯。家でもダンスの足のステップを練習していたっけ。
それなのにそれなのに、私は自分のことばかりで生活の足元すくわれていたよ。
前日に、徒競争1位戦略をがんばって考えたわ!

運動会当日、もちろん早起きしてお弁当作り。
今回は初めてばあちゃんじいちゃん(私の実母実父)も見に来る。
80歳大丈夫かなあ。でもテントの敬老席に入れてもらえてラッキー。

ダンナは、気合いで朝早くから場所取り。おかげで、日蔭のいい場所が取れた、感謝。
子供の演目以外は、ここで休んでいればいいのでラク。

息子は、デカパンリレー第一走者でチーム勝利に貢献。
徒競争ではスタート順調も途中でだんご状態になり結局4位で残念。来年の雪辱を果たしたい。
ダンスは、本当に楽しそう演技してた。こちらも夢中でシャッターを押す。(石垣用に購入した最新ルミックス)

ダンナは、紅白対抗リレーに、自分の学生時代の思い出が重なってうるうるしてたみたい。
あと、高学年恒例の騎馬戦も面白かった。何人か勝ち抜いていた女子に勝てなかった副将の
男子が、帽子投げつけて悔しがっていたのが、今時ぽくなくて新鮮だった。

家族みんなで久々に楽しめました。息子の笑顔、他の子供たちの一途な様子を見て、病気の
ことはどこかにいってしまった。そりゃそうだ、楽しい時まで病気のこと思い悩んでいるなんて愚の骨頂。
さすがに疲れたけど、とにかく子供にとって最高の運動会の一日だった、それがよかった!
息子が騎馬戦に出られる時までは生きていたいよ。




息子のゴールの瞬間 て4位だし・・・。


名物ソーラン節


「我こそは・・・」


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いよいよ4者面談

2011-05-20 22:48:27 | 診察
今日の診察は4者面談。私、主治医、看護師助さん、ダンナ。
今の主治医になって5年以上経つけど、初めてのシチュエーション。よく考えたら信じられない。
お互いチラッとは顔知っていたようだが。「どうも、いつもお世話になっています。」なんてお互い軽く挨拶してた。

まずは、骨の痛みのことで報告と相談。結局、オキシコンチンの量とロキソニンの量は
自分で調整するということで任せられてしまった。GW後の激痛は治まり、軽い痛みはあるけど、
薬で調整中といったところ。

そして、次の話題に入る前に、私は今回もすかさず、脱ぎ始めた。ダンナと他の男の前で
(て主治医でんがな)。

私   「しこりの変化が良い兆候なのか悪い兆候なのか分からなくて不安だし、皮膚転移のところ
     も変化なく治る気配もないので、やっぱりそうなんだなあ、てがっかりだし。
     ていうか、毎日毎週、色々悪くなっているところを自分で見つけて(この辺から泣き出して、
     ティッシュの山を築き始める)、背中のしこりも、鎖骨の下もここは違ったけど、
     富士山の尾根のここのしこりの固さの変化も、そして皮膚転移の湿疹も・・・。
     今日はまだあります。ここの最初に見つけた大豆大のしこりのこの辺が色がくすんで
     皺っぽくなっているんですが・・。これは大丈夫なんでしょうか。
     こうやっていつも自分で見つけて怖くなって不安になって、先生が触診でちゃんと見てく  
     見てくれないから(きゃ、言っちゃった!)、もう嫌です・・・。」

主治医(あまり動じず)
     「どれどれ。この色の変化は、がんの浸潤とかではなく、色素沈着の類でしょう。
     心配いらないと思いますよ。それから、このあたりも全体的に柔らかくなっていますから、
     僕はまだジェムが効いているんじゃないかなあ、と思っていますよ。細かいところで、
     小さなしこりの数がどうした、よいうことより、全体的にどういう変化が起きたかで治療
     評価をしているところがあります。
     皮膚の2このポチポチはやはりそうかもしれません。
     リンパ管を通して、出てきてしまったのかもしれませんね。」

看護師助さん「もし転移で、処置が必要になった場合でも、自分でできるし、みんなやって
      るから大丈夫だよ。」

私     「処置がどうのこのう、て、まだ私はそこまでいっていないのに、そんなのおかしい。
      そうなる前に何とかするべきじゃないですか。(言っちゃった!)」

看護師助さん「そうそう、そうだよね。」
   
主治医   「もちろん、そうなる前になんとかしますよ。大丈夫ですよ。」

      もうこのわがまま患者は手が手がつけられない。

主治医  「ご主人にも今までの経緯を含めてお話ししておきます。
      アッピアさんの場合は、ハーセプチンがよく効いて・・・、一番効いたのは、ナベルビ        
      ンとの組み合わせで・・・、これまで手術も含めて、肝臓と卵巣の治療がうまくいき・・・
      今回、内臓ではなく、この辺に出てきましたが約半年ホルモン療法をやって、結果的には効果はありませんでしたが、その間骨髄を休ませて復活することができましたし、
      長い抗がん剤を経てもアッピアさんはまだまだ体力もありますし・・・、今のジェムザールの
      治療もまだまだ効いていると考えています。
      ただここにきて、しこりなど触って目に見えるところに出てきたので、ご本の不安感が強く            なり・・・。治療がうまくいっても、不安が大きければ、問題ですし、逆に、たとえしこり          などが大きくなっても、本人が不安なく平穏な心でいらられれば、そちらの方が重要だし、
      主役だと思います。」(つまり本人の安心が何より重要ってことね、名言だわ!)     
            

看護師助さん 「ご主人も、ご本人が今回のような大きな気持ちの変化など、孤独を感じやすいとき                、いっしょに何でも聞いてあげて、見てあげて、家族で共有してあげてください。
        お子さんも聞くのはつらいかもしれませんが、自分も役に立っている、と思わせてあげて
        ください。そして、少し気持ちに余裕が出てくれば、ご本にもまた治療に目が向くでしょう            うし(治療には常に目は向いてますケド)。とにかくご主人もいっしょにいろいろきいて 
        あげてください。」 

   お二人のあまりにも暖かいお言葉に、別の意味の涙が・・・。なんて愛情をもって支えられている
   のだろう。ダンナも、家での私の不安感の強い様子や、自分の関わりなど、無難に話していた。

主治医 「まあ、いろいろお話ししましたが、今日の主旨は、これからも今までのように治療を
     続けて行きましょう。ということなんです。またやっていきましょう。」                                                 
  
  薬や検査の話、これからの抗がん剤戦略、しつこいけど皮膚転移治療のこれからの方針など聞いて、
  だいたい収束へ、約1時間。                                     
  後でダンナが、「VIP待遇だよな。」と感想を漏らしていた。
  でも私は、転移してから長いし、今治療の転換点にいるし、定期健診のみの患者とは違うからね。
  とはいったものの、この対応には、特に主治医と助さんには、大いに感謝せざるを得ない。
  この二人がいてくれるから、ここまで頑張れたし、これからも頑張れるんだと思う。                                          
    
  不安はまだあるし、治療もこれから難しい局面に入っていくと思うけど、不安は自分だけのものにしな       ないで共有してもらい、先生の格言、「安心こそ最重要」これを心に留めていこう。
  でもどうすれば、どんな局面でも安心できるのか、これが大きな課題です。ごいっしょに考えていきましょう。
                                                                                                                     



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不安を打ち消す日々の営み

2011-05-18 22:42:19 | 日記
昨日は、学校でパソコンボランティアの活動。月3回~4回ペースで行っている。
パソコンにある程度慣れていれば、特に専門知識などいらない。
子供たちがルールを守ってパソコ室を活用するお手伝いをすればよい。
といっても、「5分前よ、早くゲーム辞めて教室に戻りなさい!」と大声出すこともしばしば。
低学年の子たちは、ローマ字変換ができずに聞いてきたり、ゲームの終わり方を聞いてきたりと、
とにかくかわいい!目がキラキラしている。準備・後片付けを含めて1時間はあっという間。
いつも2~3人のボランティアおかあさんが活動する。子供たちの元気な笑顔に触れられて、
私にとってもとても「今を生きている」とてもいい時間である。

ボラが終わり、今週末の運動会の練習を少し覗いて、近くの図書館に向かう。
すると、2月にランチで病気をカミングアウトしたママ友の一人に偶然会い、おしゃべり。
石垣に行けなかった話、キャンプの話、子供の様子などひとしきり話して、次ランチしよう、
ということでお開き。

買い物して帰ろう。そうだ、そろそろ暑くなってきたし、息子の好物水ようかんを作ろう。
暑い季節は、ひたすらひたすら作らされる。まあ、私も好きだし。
材料は、かんてんパウダー、こしあん500g、水 。
すごく簡単に作れる。こしあんは、もちろん北海道産100%ね。

今日は、久し振りにピアノの個人レッスン。いつもは30分だが今日は1時間。
そろそろビリージョエルも卒業したい。「素顔のままで」はかれこれ半年練習している。
果たして今日の1時間レッスンは充実したものになり、一応この曲終了。
次回候補曲は、シューマンのトロイメライ(学校でよく流れます。)か、ショパンの子犬のワルツかしらん。
また数ヶ月コースね。のんびりいきましょう。

ピアノの帰りは花屋さんに行って春夏の花の苗を買ってきた。
ガーデニング好きだが、抗がん剤やるようになって、
土いじり辞めて苗を大きめの鉢に寄せ植え風に置いたりしてなんちゃってガーデニング、
お気軽に楽しんでいる。

昨日今日と体調はまあまあだったので、一日のスケジュールをなるべく楽しむように過ごしてみた。
身体を動かして、誰かとコミュケーションっていれば、気分も上向く、というか、私
何を気に病んでいたんだっけ?てな具合に。

でもでも・・・。家に帰るといまいちだな。雑用・家事もあるし。しこりや患部と向き合っちゃうし。
そうしえばしこりの様子がまたまた気になる。腫瘍マーカーが上がっているから、
良い兆候と思えず、ヤバイ前兆ではないかとも思える。
でも考えてもよくならなし、身体にも気分にも悪いので(みんなそう言ってる)、
明日の診察日まで悪いことは考えず、何を話すかまとめておこう。


【水ようかんの作り方】

粉かんてんと400mgの水を煮溶かす。2分ほどしっかり沸騰させてね、そうしないと固まらないの。


こしあんに煮溶かしたかんてんを加え、なめらかになるまで混ぜる。


なめらかになった。


粗熱とって、冷蔵庫に。


おいしそう!早くたべよ


今日の衝動買い。ペチュア系の新種?


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患者会にて気付いたこと

2011-05-16 22:55:55 | 転移ライフ
先週土曜日は、月1回の再発患者会の日。今日は陽気も良く、10人ほど集まった。
ここでなら何でも話せる、自分にとってのオアシスみたいな場所だ。

今日は、前回のイルカさんが欠席で少し心配。癌性リンパ管炎や胸膜
播種などで、
アブラキサンで半年ほど抑えてきたが、効力落ちて、アドリアマイシンに切り替えて、
その後どうなったのだろうか。メールでやりとりしたところ、発熱があったり痛みがあったりで,
体調不安定なときもあるようだが、痛みは薬でコントロールしているようだし、
いつものひょうひょうとした感じで体調の波をかわしているようにお見受けした。
今月下旬、伊豆の露天風呂付高級旅館泊まる予定があるそうで、是非体調整えて無理せず楽しんで来てほしいです。

それと、会の中でひとつ話題に出たことだが。
再発転移した細胞を検査すると、原発の細胞のレセプターと変わることがあるので、
検査が可能な場所なら調べてみる価値はあるのでは、ということ。
ホルモンレセプターなら正確な数字は忘れたが、数十パーセントの割合で変わる可能性が
あるとのことである。(情報元不確かですいません)
HER-Ⅱも5%ほど変わる可能性があり、検査し、もし陽性なら、転移後の治療戦略が大きく
変わるわけで、大きな意味がある。頭の隅に入れておくべき情報だと思う。

今回の集まりは、新しい人が1人(お母様とごいっしょに)いらっしゃった。
30代後半のほっそりした美人なのだが(抗がん剤で10キロほど痩せたらしい)。
2004年に4~5センチほどの大きな乳がんがみつかり右全摘。その後抗がん剤とホルモン治療を
受けて一段落。その後海外での生活で、再発の知識もなく、検査も受けず、気付いた時には、
骨・リンパ節転移。肝臓は多発転移+8~10センチほどの腫瘍あり待ったなしの状態。
幸いまだ黄疸も出ず、食欲も何とかある。ただし、放置すればいつ肝不全になるかわからない。
主治医の判断はよくわからないが、とにかく信頼できるセカンドオピニオンをとって、まずは
抗がん剤を選択して早く治療に入って、と会としてアドバイスしました。
急な病状の悪化や子供を持つことを諦めなければならないこと、好きな人のこと、
いろいろ無念な思いから泣いていたが、こちらもとても胸を締め付けられる思いだった。
いい治療が見つかり、奏効してまた笑顔を取り戻して欲しいと心から思った。
「肝臓がこんな状態なのに、私意外と元気なんですよね。不思議ですよね。」
元気なうちに是非、しっかりした治療を受けて、肝臓を取り戻してほしいです。

メンバーの近況の話を聞いて思ったのだが、
「骨がこの辺も痛いので転移しているんじゃないかなあ」とか

「リンパにしこりがあるみたいだけど、気にしなくていいって先生に言われたから気にしない、
 今月も山登りしたいし。」

「やっぱり私もアッピアさんみたいに、このへんにごろごろ山脈みたいにしこりがあるよ。
 やだよねえ。触れるのは」

「皮膚に転移したところは、最初転移だってわからなかったけど、放射線で焼いてそのまま
 寛解したよ。何年かして出てきたけど、抗がん剤でも消えてくれることあるし。」

 なんか、全体的に鷹揚としているような。転移してこの後に及んでヒステリックにならずに
 グレーゾーンをよしとするような、器の大きさを感じるような発言だと感じた。
 そういえば、私の主治医も、大きく捉えて良い方向に行っていればよしとする、方針だ。
 もちろん必要に応じて緻密さも持ち合わせているが。

 我々再発転移患者は、いかにQOLを保ちながら、普段通りの生活をできるだけ長く続けられるかが
 勝負ではないのか。少なくとも私はそう思う。がんのやつらに生活を振り回されることなく、
 こっちはやることやって、しっかり足元を固めるのだ。
 まあ、理屈ではわかっていても、結局振り回される、メンタル弱い私なのだが・・・。

転移して6年半、行け行けどんどんで、抗がん剤と手術で寛解を実現してきたが、これからは
癌細胞もそう素直には抗がん剤に反応するまい。だましだまし、根競べ、創意工夫でやつらを
コントロール下に置きながら、細かいことは気にせず鷹揚に構える。こういったやり方が賢いのではないか。
きっと私の闘病において転換点なのだ。だから今私はこんなに苦しんでいるのかもしれない。
少しヒントが見えてきたような、まだ混沌としているような。
とにかく、患者会のメンバーにはいつも何か気付かされる。ありがたい。

そして、この場をお借りして、記事に対するコメントをいただいた、同士(敢えてこうお呼びしたい)の
皆様にも心から感謝いたします。親身になって考えてくださり、そして自分は独りではないんだ、
とつくづく感じ、心がぽーっと暖かくなるのを何度も感じました。ありがとうございました。
このブログのテーマ、ごいっしょにこれからも歩いて行きましょう!!!




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診察室で涙が・・・皮膚転移の疑いも?

2011-05-14 22:15:02 | 診察

昨日の診察日。お題目の通りいろいろありましたので、本題に入りますね。
点滴が終わり、少し待たされて診察室へ。

主治医 「こんにちは。それで、どうですか、痛みの方は。そういえ石垣はキャンセルしたとか・・・。」
     いつもの癒しトーンではいる。

私   「えーと、CEA(マーカー)の結果は出てますか。」
    と電子カルテを覗きこむ。相変わらず罰当たりな患者。

主治医 「CEA あまり変化ないですよ。」

私(嫌な予感)「5.6・・・上がってる。先月5.1だったのに。ダメじゃん。」

主治医 「まあ、これは上がっているというより横ばいの範疇だと思いますよ。」

と慰めてくれるが、私の場合は、CEAの少しの動きも敏感に反応するので、誤差の範囲
とは思えない。早くも耐性が出たのか、そもそもあまり効いてくれないのか。抗がん剤
やりすぎて、素直に反してくれない癌細胞ばかり出てきてしまったか。

今日は気になる部分もあるので、触診もしてもらうぞ。
早速、全く何のためらいもはじらいもなく脱ぐ。

私  「この辺の脇とか胸のこことか、湿疹のようなできもののような、何でしょう。」

主治医 「脇のこれは皮膚の皺というか、それからこれも関係ないですね、胸のここは、
     (ぐりぐり触る)うーん、まだ小さいしわからないなあ、違うと思うけど・・・
     まだわからないなあ。」

  私、少し固まる。「これも違うでしょう」を期待していたので、私のカンとして、主治医の
  発言は、「ヤバそうだ」に聞こえる。

 私   「えーっ、皮膚転移てことですかあ。(軽く言ったつもりでも声が震えているぜィ。)、
     それだけは嫌なんですけど。ひどくなると出血したり潰瘍になったり匂いが出たり、という
     イメージで、ちょっとショックです。」・・・ショックと動揺を引きづりつつ・・・
 
 主治医 「もし皮膚転移でも、少し放射線当てたり、生検ついでに切り取ることもできますよ。                                              出ては切り取り出ては切り取りしている人もいますよ。しこりの方はどんな感じですか。」                                            

 
 私   「このへんはやわらかくなってる感じですが・・・わかりにくい部分もあります。
     それから骨の痛みの方は・・・。(ここ数日間の状況を説明)」

 主治医 「ジェムがまだまだ効いていて良い方向にいっていると思いますよ。」
      今の私には気休めとしか思えない発言。

 私   「それと朝方がつらいんです・・・・・。朝起きると、痛みもあるんですが、
      なんか気持ちが悪い方にリセットされて、家族の前で泣いてしまうんです。
      ここ4~5日のことなんですけど。子供の前でマズイなあと思いながらもがまんできなくて。
      子供もなんか悲しそうな顔してて。
    (話しながら、ここ数日の状況が頭をよぎり、子供の顔が浮かび、泣き出してしまった。
    鼻をぐしゅぐしゅかみながら、主治医に背を向けて話し出す。)
    冷静に考えれば、今そんなに悪い状況ではないのはわかってますけど、前回のCTも良かったし、
    でも先々の不安や、ここにきて急に出てきた激痛や、今日の悪い情報2つ、
    腫瘍マーカーの上昇と、そして何といっても皮膚転移の疑い。
    どうしても気持ちの方がコントロールできない状態で・・・。」

主治医  「うーん、辛いですね。ストレスは免疫下げちゃいますし。なんとか気持ちを
      ラクにしてあげたいのですが。抗不安剤のお薬の量を増やすなどしてみますか。
      外科医としては細かい処方はできませんが。そのへんご自分で調整してみて
      ください。あとは・・・、ご主人は何かおっしゃってますか。」

私(おー、主人の話に来たか)
     「私が不安定なので、やはり子どもへの影響を気にしていて、しばらく年休とるか
     とか言ってますが、まだその時期じゃない、と私が言いました。」

主治医  「年休とれるなら、一度一緒にここで説明を聞いてもらってもいいですね。」

  そうだ!その手があった。せっかくの年休を有効に使ってもらおう。
  なんせ、転移してから6年半、要所要所の治療を決める際にもほとんど全部自分が
  対処してきた。もちろん帰って報告はしているが、どこまで理解しているか。
  さすがにハーセプチンはわかるだろうが、タイケルブやアブラキサンやエリブリン
  なんてちんぷんかんぷんなんじゃない?いっしょに調べたり先生に突っ込んで聞い   
  たりしない性格だから、私もいつしか1人で対処するのが当たり前になっていた。
  でも今は、ひとりではいっぱいいっぱい。この状況を共有してほしい。

私   「はい、日にち聞いてきますので、早速お願いします!」

    しばらく、皮膚転移の不安や、気持ちの落ち込みなど話をし、今回は笑いもなく、
    診察室を後にする。

会計カウンターで、看護師助さんが声をかけてくれて、別室で話ができた。
皮膚転移と決まったわけではないけど、もしそうだとしても、コントロールや処置のやり方は
あるし、それらをうまくやりながら、元気にすごしている患者さんもたくさんいるから、大丈夫よ、とのこと。 
でも今の私にはなかなか素直に入ってこない話で・・・。皮膚転移自体が憂鬱なの!
でもそんなことも言ってられないのね。でもいろいろ話聞いてもらえて気持ちが少しラクになった。
吐き出せたことで、少し軽くなった気がする。またいつでも吐き出せるんだ、と。

家に帰り早速主人に相談し、来週の木曜日に、午後半休とってもらい、
午後の診察に同席してもらうことになった。看護師助さんももちろん同席してもらう。
3人もしかしたら初顔合わせかもしれない。信じられない。昨年の手術の時にちらっと挨拶したぐらいだから。
とにかくみなさん、よろしくお願いします。私をひとりにしないでください。


いつも読んでくださってありがとうございます。
もしよろしければコメントなんかいただけるとうれしいです。




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痛みのその後

2011-05-11 17:40:38 | 痛みについて
GWも終わり、学校も習い事も始まり、私もパソコンボランティアで学校に行ったり、
昨日は一ヶ月に一度のお楽しみエステに無理やり行ったり、子供の勉強を見たり・・・。
通常モードになるべく戻して、自分も病気とは関係なく普通に生活できるんだと言い聞かせるために・・・。
そう、石垣以降の事は白紙だったから。石垣行ってなにかが劇的に変わるわけでもないんだろうけど、
それぐらい石垣は特別だったから・・・。もういい加減執着してはいないんだけど。

今日も痛みは少しあった。左肩甲骨周りが鈍痛というかズキズキというか、
激痛ではないのだが、常に気になる。オキシコンチンは、朝、夜10mgに戻し、
痛みに応じてロキソニン+胃薬を追加で飲んでいる。
抗不安薬のワイパックスも朝昼夜と飲み始めている。

そしてその日の夜は、この骨の痛みが少し変化している。
肩甲骨側の痛
みはそれほどでもなく、脇側が、ビリビリ、ツツツと電気が走るように痛む。
持続的な痛みではないので意外と我慢できるのだが、痛み自体は結構強い。
痛みの種類が何であれ、痛みを感じることがすごくストレスだから、早く解放されたい、忘れたい。


翌朝(今日です)、電気のような痛みはまだあり、痛み自体も頻度もそれなりにあり、
痛みを感じるたびに顔が歪む(あー皺が増える)。セオリーに従って、
オキシコンチンに加えてロキソニンを飲む。
そしてまたまた心身不安から、朝っぱらから泣きたくなった。
「おかあさん、泣いてもいいよ。」と言ってくれたが、そうはいかない。
朝のやるべきことをてきぱきいつもどおりこなし、ダンナと子供を送り出し、
1人になりそれでも泣くものか。家事をこなしつつ、次第に痛みは気にならなくなってきた。

痛いのだが、痛みの強さと頻度が多少減っているのかな。
そして、どうかなと思ったけど、ビデオエアロビもやってみた。大丈夫だった。
そう、身体が動くなら、まずは目の前の事に集中してみる。そしてその中から楽しみを見つける。
いつも自分に言い聞かせている王道じゃない。
今日は息子が早く学校から帰ってきたので、しっかり勉強とピアノを見てあげた。

明日は3週間ぶりの診察日。表面上特に変わったことはなかった
ようであり、
すごくいろいろなことがあった3週間のようでもあり。

心穏やかな日々が送りたい・・・てそれ自分の問題じゃないの。



春夏の苗を、なんちゃってガーデニング。植え替えずに置いただけ。


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