☆アッピア夫です。主役の欠けた結婚記念日は、私は仕事、息子は塾で二人とも帰りが遅く、結局ケーキだけ食べて終わりました。前回、アッピアが求めていたと思われる『気持ちの共有』のことを書きましたが、これについてはまだまだ書き足りないことがありますので、今回は少しその続きを書きたいと思います。
まず、病気になってからのアッピアの気持ちと私の気持ちの変化ですが、初発と再発に分けると概ね以下のような過程を辿ったように思います。
<初発>【アッピア】否認→不安→もがき・苦しみ→抑うつ・不安定→受容→模索→再発の覚悟
【私】不安→受容→模索→楽観
<再発>【アッピア】受容→不安→抑うつ・不安定→模索→抑うつ・不安定→模索→覚悟と挑戦
【私】不安→受容→模索→覚悟
このように並べてみるとお互いの気持ちが微妙にずれて変化していくことが分かります。家族としての気持ちの変化はシンプルですが、アッピアの気持ちの変化は当然のごとく複雑です。敢えてこのように書いてみると、お互いの心の状態が微妙に異なる中で気持ちを共有していくことの難しさが見えてきますね。
最初に診断結果を告げられた日、病院から駅まで二人で歩きながら何も話せなかったことをよく覚えています。「これからどうなる?」「これから何をしなければならない?」「子供の世話は?」「もしアッピアがいなくなったら?」そう言ったことが頭の中でグルグルしていた時に、「何か話してよ・・・」と言うアッピアの言葉で、ハッと我に返りました。「考えることが多過ぎて、何を話していいのか分からない・・・」などと答えたように思いますが、後になって、あの時は『これからの不安なこと』で頭がいっぱいで、アッピアの気持ちに思いが至っていなかったことに気づきました。「あの時に何でもっとアッピアの気持ちに寄り添ってあげられなかったのだろう」と後悔したことを覚えています。
冷静に考えられるようになってやっと、「他のことは何とでもなる。それよりもアッピアのことを考えなければ・・・」と思えるようになるのですが、しばらくはアッピアが現状を受け入れていくまでのとても不安定な状態と向き合うことになります。前回書いたように、その中でアッピアから容赦のない難問を次から次へと突きつけられるのですが、彼女は、突然背負うことになった運命にもがき苦しみながら、「病気とどう向き合えばいいのか」「この運命をどう受け止めれば良いのか」「これから自分はどう生きていけば良いのか」ということの答えを探していて、私にも『同じ立場に立って考え、そして感じて欲しい』と言う思いだったのだと思います。
そして、再発を告げられた瞬間に診察室で倒れ込んだアッピアは、その後は気持ちの揺れを何度か繰り返しながらも、最後は覚悟を決め、「諦めずにより長く生きる」ことに挑戦していくことになります。ユメさんよりコメントを頂いたように、「真摯に病気に対峙していく」ことになる訳ですね。
これはあくまでも我が家の例であり、十人十色・・・十家族十色・・・家族も色々ですのでどの家庭も同じだとは思いませんが、私自身はアッピアと一緒に病気というものに向き合うことによって、『共感する』(同じ感情・気持ちを感じる)と言うことの先に、『気持ちを共有する』(同じ気持ちを持ち続け、傍にいる)と言う、家族としてとても大事なことがあるのだと考えるようになりました。
おさるさん、コメント有難うございます(この場でのリコメで失礼します)。ご自身の気持ちも手術を受けられたばかりの彼女の気持ちもよく分かります。宜しければこのブログ、特にアッピアが存命中に書いていたブログ(「8年前シリーズ」などが特に参考になるかと・・・)を彼女と読んでじっくり話をしてみてはどうでしょうか?人は本当に辛い状態にある時、いくら相手のことを思って励まそうとしても心に響かないと思います。まずは彼女の気持ちをじっくり聴いてあげて、彼女の気持ちを一緒に感じることから始めてみてはどうでしょうか。・・・と今は偉そうなことを言っている私も、当時は随分同じような経験をしたものです・・・
2015年2月27日 アッピア夫
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まず、病気になってからのアッピアの気持ちと私の気持ちの変化ですが、初発と再発に分けると概ね以下のような過程を辿ったように思います。
<初発>【アッピア】否認→不安→もがき・苦しみ→抑うつ・不安定→受容→模索→再発の覚悟
【私】不安→受容→模索→楽観
<再発>【アッピア】受容→不安→抑うつ・不安定→模索→抑うつ・不安定→模索→覚悟と挑戦
【私】不安→受容→模索→覚悟
このように並べてみるとお互いの気持ちが微妙にずれて変化していくことが分かります。家族としての気持ちの変化はシンプルですが、アッピアの気持ちの変化は当然のごとく複雑です。敢えてこのように書いてみると、お互いの心の状態が微妙に異なる中で気持ちを共有していくことの難しさが見えてきますね。
最初に診断結果を告げられた日、病院から駅まで二人で歩きながら何も話せなかったことをよく覚えています。「これからどうなる?」「これから何をしなければならない?」「子供の世話は?」「もしアッピアがいなくなったら?」そう言ったことが頭の中でグルグルしていた時に、「何か話してよ・・・」と言うアッピアの言葉で、ハッと我に返りました。「考えることが多過ぎて、何を話していいのか分からない・・・」などと答えたように思いますが、後になって、あの時は『これからの不安なこと』で頭がいっぱいで、アッピアの気持ちに思いが至っていなかったことに気づきました。「あの時に何でもっとアッピアの気持ちに寄り添ってあげられなかったのだろう」と後悔したことを覚えています。
冷静に考えられるようになってやっと、「他のことは何とでもなる。それよりもアッピアのことを考えなければ・・・」と思えるようになるのですが、しばらくはアッピアが現状を受け入れていくまでのとても不安定な状態と向き合うことになります。前回書いたように、その中でアッピアから容赦のない難問を次から次へと突きつけられるのですが、彼女は、突然背負うことになった運命にもがき苦しみながら、「病気とどう向き合えばいいのか」「この運命をどう受け止めれば良いのか」「これから自分はどう生きていけば良いのか」ということの答えを探していて、私にも『同じ立場に立って考え、そして感じて欲しい』と言う思いだったのだと思います。
そして、再発を告げられた瞬間に診察室で倒れ込んだアッピアは、その後は気持ちの揺れを何度か繰り返しながらも、最後は覚悟を決め、「諦めずにより長く生きる」ことに挑戦していくことになります。ユメさんよりコメントを頂いたように、「真摯に病気に対峙していく」ことになる訳ですね。
これはあくまでも我が家の例であり、十人十色・・・十家族十色・・・家族も色々ですのでどの家庭も同じだとは思いませんが、私自身はアッピアと一緒に病気というものに向き合うことによって、『共感する』(同じ感情・気持ちを感じる)と言うことの先に、『気持ちを共有する』(同じ気持ちを持ち続け、傍にいる)と言う、家族としてとても大事なことがあるのだと考えるようになりました。
おさるさん、コメント有難うございます(この場でのリコメで失礼します)。ご自身の気持ちも手術を受けられたばかりの彼女の気持ちもよく分かります。宜しければこのブログ、特にアッピアが存命中に書いていたブログ(「8年前シリーズ」などが特に参考になるかと・・・)を彼女と読んでじっくり話をしてみてはどうでしょうか?人は本当に辛い状態にある時、いくら相手のことを思って励まそうとしても心に響かないと思います。まずは彼女の気持ちをじっくり聴いてあげて、彼女の気持ちを一緒に感じることから始めてみてはどうでしょうか。・・・と今は偉そうなことを言っている私も、当時は随分同じような経験をしたものです・・・
2015年2月27日 アッピア夫
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