波乱万丈 乳がん転移ライフ!

39歳で乳がん ステージⅢ告知。術後1年経たずに肝臓、骨に転移。そこから始まる長い転移ライフ!

転移後のリアルライフ【4】・・・意外な転移箇所判明

2012-04-17 17:03:45 | 転移後のリアルライフシリーズ
再発後の治療タキソール(パクリタキセル)を始めて12クール(1年ちょっと)
が終了した、2006年4月、腫瘍マーカーのCEAが上がっきた。まずは様子見。何か症状が出ているわけでもないし、
体調は良いので、春到来ということもあり、家族であちこち出かけていた。

こんなこともあった。ある平日、以前勤めていた会社の後輩たちと数年ぶりに都内でランチを約束していた時、
子供を連れていく途中、地下鉄の駅で子供がむずがった。運悪く雨の日で傘や荷物を持っており、
約束の時間に遅れそうで焦った私は、息子の腕を無理やり引っ張って歩こうとした。すると息子が
私の手から腕を滑らせ、尻持ちをついた拍子に背中や頭もぶつけたようで、即大泣き。必死になだめ
あやしたが収まらず、私も心配になり救急車を呼んで病院に運んでもらった。
病院につくころには泣きやみ、結局レントゲンも必要なしということで事なきを得たが、後輩との
ランチはおじゃんに。そして、再度のランチの機会がないまま今に至る。
あーあ、あの日雨でなければ。息子が大人しくついてきてくれていたら・・・。これも運、ではなく運命なのね。

上がり始めたCEAの数値に多少の不安感を覚えつつも、GWには、伊勢・志摩4日間の家族旅行を決行した。
場所選びから宿・列車・レンタカーの手配、旅のスケジュールまで私は何でもこなす。
行き先選定のポイントは、風光明媚な場所。特に海沿いや多島の景観が好きなので、今回はここに決定。
テーマパークのパルケエスパーニャ(志摩スペイン村)があるのもポイントになった。
まあここはTDLのマネで、遠くTDLに及ばないけれど。

旅行直前に3歳の誕生日を迎えた息子は、さすがに抱っこ星人は卒業して一緒に旅行を楽しんでくれそうだ。
もちろんまだまだ手はかかるけれど。

旅行は楽しかった。海もキレイだったし、遊覧船に乗ったり、伊勢神宮にお参りに行ったり、
パルケで思い切り遊んだり。鳥羽水族館やミキモト真珠島にも行き、志摩半島ドライブで見に行った
夕陽の英慮湾も絶景だった。

楽しいGWも終わり、すぐ通院日、即現実に戻る。この頃から、私の都合で診察予約日を変えた関係で
主治医が中堅男性医師に変わる。中堅女医先生は若干苦手だったので丁度いいや。
それにこの先生は結構話せる印象。(今の主治医です。もう6年のお付き合いなのですね。)

やはりマーカーが上がっているので、検査のオーダーが入る。骨シンチ、肝臓MRI、PET/CT。
肝臓は転移巣見られず。骨も変化なし。しかしPET/CTで、下腹部に集積アリの結果が。
でも癌の集積かどうかはわからず、ネットで調べたところ、排卵時期もPETで黒く映るとか。
確かに排卵時期とぶつかってはいる。やはりグレーだ。念のため大腸内視鏡も受けた。結果はシロ。
主治医も首をかしげつつ念のために骨盤MRIの検査を受けた。排卵ではなく卵巣を疑っての事か。
結果は、卵巣転移の疑い濃厚と出た。ただし原発の可能性も否定できないので、摘出手術をして
組織検査しないと確定はできない、とのこと。

ついに再々発の告知をされたわけだ。しかも卵巣転移なんて周りであまり聞かない。珍しいのか?
普通より良くないのか?主治医は否定するが、私の不安は大きい。
後で婦人科医に聞くと、良いホルモン剤がない昔は、治療のために卵巣を摘出することが多く、
組織検査に回すと癌細胞が見つかることも珍しくなかった、とのこと。

いずれにしても再々発は間違いなさそうなので、抗がん剤を変えることに。
タキサンの後はゼローダ。これが当時の主流だしこの病院もその方針であった。
「ゼローダがいいでしょう。」と主治医に言われた。しかし、4月から3ヶ月の転移巣探しの検査中に
自分なりに調べて、私は日本で認可されたばかりのナベルビンに注目していた。特にハーセプチンとの
相性が良さそうとの印象を持っていた。

私「ゼローダの前にナベルビンを先に使いたいです。」 
主治医「ゼローダもナベルビンも効果は同じだと思いますよ。ゼローダの方が実績や安全性が高いし・・・。」

あーなるほど、病院側としては使い慣れたゼローダでいきたいというわけだ。ナベルビンは
血管痛も考慮しないといけないし、現場での手間もかかるわけだし。
でも今回も、前回のタキソール延長の時と同じで、自分の中でナベルビンと決めていたので、
ナベルビンを押し切る。もういつものことだ。主治医が変わろうと関係ない。
それに今の主治医は「・・・どうなっても知らないよ。」的な脅しもなく、私の意思を尊重してくれる
雰囲気がある。
「どうしてもナベルビンで行きたいです。」こうして決定。使い慣れていなくても構わない。
頑張って慣れてくれ、看護師さん。

ナベルビン1回目投与は8月初旬。看護師は何となくビビリながら扱っていたが難なく終了。
しかし、その週末から下腹部が痛くなった。原因は不明。ナベルビンの副作用とも思えない。
久し振りにプールに行ったからお腹が冷えたのか。ロキソニンを飲んでも治らず、
翌日も痛みが続いたので、病院へ。

外来のベッドで痛み止めの点滴を打ってもらう。だが治まらない。3、4種類の痛み止めを次々に
点滴で落としてもらったが、どれも効く気配がない。医師も困り果てる。
婦人科にも回されたが原因はわからず。もしや転移の疑いのある場所が悪さしているのだろうか。
婦人科でもサジを投げられ、再度主治医のところに回された。
私はもうやぶれかぶれに、
「精神的なものかもしれないので、手持ちの抗鬱剤パキシルでも飲んでみます。」
と言って、診察室を出てきた。
主治医もそれで様子を見てみて、と。今思えばかなりアバウトな対応だ。

その夜からパキシルを飲み始めて翌日気がつくと、痛みの質が変化してきていた。
早くも治っていく気配が感じられる。そうして霧が少しずつ晴れていくように、痛みも消えていった。
やはり心因性の痛みだったのだ。ここ数カ月、自分では大丈夫なつもりでも、グレー結果のまま
検査に次ぐ検査で相当ストレスが溜まっていたようだ。

婦人科の診察を経て、卵巣・子宮摘出手術が決定した。

ナベルビン1クールが終わり、主治医から嬉しい知らせが。早くもマーカーが下がり始めたのだ。
やった!手術を前に心強い。なぜなら、万一手術の結果が悪くて癌が取り切れないようなことがあ
っても、ナベルビンが叩いてくれるに違いない、そう思えたからだ。

手術のための入院が9月下旬に決まった。

つづく・・・。





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コメント (15)
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