徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:長谷部康男著、『憲法と平和を問いなおす』(筑摩eブックス)

2017年04月08日 | 書評ー歴史・政治・経済・社会・宗教

木村草太著の『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)に参照文献として挙げられていた本のうちの一冊、長谷部康男著、『憲法と平和を問いなおす』(筑摩eブックス)はこの前に読んだ同著者の『憲法とは何か』(岩波新書)と内容的に重なる部分もありますが、もう少し立憲主義や平和を維持するためのシステムについて突っ込んだ考察がなされているように思えます。

以下は目次です。

まえがき

序章 憲法の基底にあるもの

第I部 なぜ民主主義か?
第1章 なぜ多数決なのか?
第2章 なぜ民主主義なのか?

第II部 なぜ立憲主義か?
第3章 比較不能な価値の共存
第4章 公私の区分と人権 
第5章 公共財としての憲法上の権利
第6章 近代国家の成立

第III部 平和主義は可能か?
第7章 ホッブスを読むルソー
第8章 平和主義と立憲主義

1 なぜ、そしてどこまで国家に従うべきなのか
2 国家のために死ぬことの意味と無意味
3 穏和な平和主義へ

終章 憲法は何を教えてくれないか

文献解題

あとがき

私などが蘊蓄を述べるよりも著者自身のあとがきがとても端的にこの本の内容を表しているので、それを以下に抜粋します。

第一に、「憲法と平和」とくれば、憲法に反する自衛力の保持を断固糾弾し、その一日も早い完全廃棄と理想の平和国家建設を目指すべきだという剛毅にして高邁なるお考えの方もおられようが、そういう方には本書は全く向いていない。

第二に、「憲法と平和」とくれば、充分な自衛力の保持や対米協力の促進にとって邪魔になる憲法9条はさっさと「改正」して、一日も早くアメリカやイギリスのように世界各地で大立ち回りを演じることのできる「普通の国」になるべきだとお考えの、自分自身が立ち回るかはともかく精神的にはたいへん勇猛果敢な方もおられようが、そういう方にも本書は全く向いていない。

(中略)

筆者としては、以下のようなかなりトッポイ疑問のうちいずれかが今まで一度でも心に浮かんだ方には、向いているのではないかと考えている。

① 国家はなぜ存続するのか。国家権力になぜ従うべきなのか(それとも従わなくてもよいのか)。

② 人が生まれながらに「自然権」を持つというのはいかにも嘘くさい。そんな不自然な前提に立つ憲法学は信用できないのではないか。

③ 多数決で物事を決めるのはなぜだろう。多数で決めたことになぜ少数派は従わなければならないのか。

④ 女性の天皇を認めないのは、男女平等の原則に反するのだろうか。

⑤ 憲法に書いてあることに、なぜ従わなければならないのだろうか。とっくの昔に死んでしまった人たちが作った文書にすぎないのに。

本書の思想的中核部分は、身分制度の崩壊や宗教戦争の反省から平和的共存を目指すために公私の区別を前提とし、「自然権」を想定することで成り立つ立憲主義です:「立憲主義は、多様な価値観を抱く人々が、それでも協働して、社会生活の便益とコストを公正に分かち合って生きるために必要な基本的枠組みを定める理念である。そのためには、生活領域を公と私とに人為的に区分すること、社会全体の利益を考える公の領域には、自分が一番大切だと考える価値観は持ち込まないよう、自制することが求められる。(中略)そうした自制がないかぎり、比較不能な価値観の対立は「万人の万人に対する闘争」を引き起こす。」

こうした理念が日本の現在の憲法論議には欠けている視点だと著者は指摘しています。

立憲主義の出発点は価値観の多様性(特に信仰)を認めることにあるため、決して人間の自然な感情に沿ったものではありません。むしろ努力してそれを「私」の領域に閉じ込め、「公」の領域ではその違いを差別することなく、社会全体の公益を考える必要があり、「白か黒か」の単純思考を好む大衆を真っ向から抑制する理念でもあります。

立憲主義に基づく憲法とは端的に言えば「権力に好き勝手にさせない」ことを目的としていますが、言い換えればそれは誰が権力の座についても存在する多様性の間におけるバランスを大きく崩すようなことが簡単には実現しないように憲法によって保障されているということでもあります。

その理念が国際的な場において、国対国の間でどこまで通用するのかまたはしないのかが本書で考察されていますが、結論から言えば、理想は理想のままに終わっていると思います。例えば「イスラム国」の建設を目指す人たちは自分たちの価値観のみを是とし、それに反する人たちを徹底的に排除する、すなわち異なる価値観を持つ人たちの人権を全く尊重しない、という特徴を有しています。国際社会はそれに対する回答として「有志連合」という実力行使を選択しましたが、それはそれで、イスラム国関係者ばかりか彼らの支配下に自分の意志に反しておかれてしまっている人たちの人権を踏みにじる行為にほかならず、そのことがまた別の恨みや憎しみを生み出す可能性をはらんでいるため、平和的共存に貢献しているとは言い難いでしょう。

私の理解するところでは、著者は価値観が多様であるからこそ絶対的非武装による平和は実現しえないと結論付けているようです。やはりある程度の抵抗力としての武力を持っていないと、「イスラム国」的な思考をするグループまたは国に蹂躙されるばかりで、国民を守るという国家の意義が無に帰してしまうことになる可能性があるため、最低限の自衛力は平和維持のために必要、ということになると思います。

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