メイ英首相がついにEU離脱通告を提出しました。国民を二分するような政治的問題において、ハードライン(いわゆるハード・ブレグジット)を実施するのはどうかと思いますが、それを抜きにしても事務的課題は膨大で、数年間はイギリスおよびEU官僚たちが血を吐く思いをするのではないでしょうか。
独紙ツァイトオンラインにいくつかそうした課題が列記されていましたので、こちらに書き留めておきます。
1)600億ユーロの支払い義務
EU加盟国は数年先までの支払い義務を負います。EU官僚の年金積立金や助成プログラムのための分担金や共同負債の保証など。イギリスはEU離脱後600億ユーロのそうした支払い義務を負っています。ジョンソン英外相はもちろん支払い拒否の姿勢です。
2)17,105のEU条例
EU域内貿易は主に条例によって規定されていますが、EU離脱後のイギリスではトータル17,105のEU条例が無効になるため、それに代わる国内法を制定しなければなりません。英議会は年間60-100の法律を成立させ、約2000の条例を制定しているようですので、単純計算でも8年はかかることになります。
3)43の自由貿易条約
EUはトータルで43の自由貿易条約を締結しています。EU離脱後もイギリスがこの自由貿易のメリットを得続けたいのであれば、43か国と別途交渉する必要があり、それが成立するまではWTOの規則に則って貿易をするしかありません。それはすなわち各品目ごとに関税をかけることを意味します。
4)13,608品目
イギリスがEUと新たに自由貿易条約を締結できない場合、13,608品目に一々税率の異なる関税がかけられることになるため、かなり貿易に支障が出ると考えられます。
5)31,000人のEU科学者
イギリスの大学では現在約31,000人のEU出身科学者が働いています。生物、物理、数学では約23%、工学で18%、医学で14%を占めるEU出身科学者たちは大半が3万ポンド以上の年収があるため、ビザが取りやすい状況にありますが、26%強は年収3万ポンド以下のため、今後のイギリス内での立場に不安を感じています。5年間滞在すれば永住権を申請できますが、まだ5年経っていない人も少なくありません。
6)イギリスのパスポートは1,236ポンド
イギリスの国籍取得には1,236ポンドかかります。その前段階ともいえる永住権は2年以上イギリスを離れていると無効になります。
現在イギリスには330万人のEU出身者が滞在しています。また、EU域内には約120万人のイギリス人が滞在しています。彼らの立場を交渉で確定しなければならず、また双方の健康保険システムのコストの差引勘定をどうするかも決定する必要があります。
7)177,000台のトラック、208,000台の配達用小型トラック、185万台の乗用車
アイルランドはEUに留まります。現在イギリス・アイルランド間の国境を日に177,000台のトラック、208,000台の配達用小型トラック、185万台の乗用車が通過します。イギリスのEU離脱後はヒトとモノの流れを国境でコントロールすることになりますが、1998年に締結された Good Friday Agreementでアイルランド共和国との国境に検問を実施しないことが明記されています。それに従えばアイルランド経由のヒトとモノの流れはコントロールできないことになります。英政府はこの問題の解決策をまだ明らかにしていません。
8)金融会社5,500社
イギリスには約5,500の金融会社がEUパスポーティングを利用して、EU域内へ金融商品を販売しており、逆に約8,800のEU金融会社が同制度を利用してイギリスと取引していますが、EU離脱に伴い、この簡易化された金融取引ができなくなります。英政府が代替条約をEUと交渉するかどうかはまだ不明なため、イギリスの金融会社は既にEU拠点を探し始めているようです。
9)1,661,191人のスコットランド人
166万人以上のスコットランド人がEU離脱にNoを投票しました。スコットランド票の62%に相当します。スコットランドはイギリスとは無関係に特例としてヨーロッパ経済圏に留まることを希望しましたが、そういう特例が適用される見込みはほぼ皆無です。ニコラ・スタージョンは2度目のスコットランド独立に関する国民投票を実施すると宣言しましたが、英政府がそれを認めることはまずないと見られています。ロンドンに対する不満が高まっています。こうした不満を今後いかに吸収し、昇華させる政策を採るかが大きな課題です。
参照記事:
Zeit Online, "Großbritannien: Viel Spaß, Theresa May!", 29. März 2017.