徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:Stefanie Schramm • Claudia Wüstenhagen, Das Alphabet des Denkens

2023年02月14日 | 書評ー言語

Stefanie Schramm と Claudia Wüstenhagen という二人のジャーナリストが記した本書『Das Alphabet des Denkens - Wie Sprache unsere Gedanken und Gefühle prägt(思考のアルファベット 言語はどのように思考と感情に影響するのか)』は、一般向けで読みやすく(もちろんドイツ語が読めることが前提ですが)、しかも言語学にとどまらず、哲学、認知科学、心理学、脳神経科学、社会学など今日の研究の学際的傾向を反映して幅広い分野を網羅しています。

ことばは誰でも話しますし、思考も誰でもしているので、ことばと思考について誰でも思うところ、考えるところがあるものですが、素人考えは本人の経験と知識の範囲にとどまる感覚的なものなので、研究実験で証明されたことと矛盾していたり、まったく無自覚であったりします。
多少の言語関係の学術的な知識があっても、本書で学べることは少なくないでしょう。大変興味深い入門書です。

目次
Vorwort 序言
Wie Wörter wirken ことばはどのような効果があるのか
Was Wörter über uns verraten ことばは私たちについて何を明かすのか
Wie wir Wörter für uns nutzen können ことばはどのように自分のために利用できるのか
Wie Wörter wirken ことばはどのような効果があるのか
 1 Die Macht der Laute 音の力
 2 Die Macht der Bilder 絵の力
3 Die Macht der Gefühle 感情の力
Was Wörter über uns verraten ことばは私たちについて何を明かすのか
4 Worte als Denkwerkzeug 思考の道具としてのことば
5 Worte als Fenster zur Welt 世界への窓としてのことば
6 Worte als Schlüssel zum Selbst 自分自身への鍵としてのことば
Wie wir Wörter für uns nutzen können ことばはどのように自分のために利用できるのか
7 Die Worte der Macht 力のことば
8 Die Heilkraft der Worte ことばの治癒力
 9 Worte als Hirntraining 脳トレーニングとしてのことば
 Danksagung 謝辞

目次から明らかなように本書は、ことばの効果、ことばが内包するもの、ことばの活用法の大きく3章に分かれています。一冊通しで読むと、少々流れの悪い章立てで、話が前後するのが気になりますが、各章単独で読む分にはまとまりがあって、前の章で書かれていたことを参照しなくても読めるようになっています。

〈音の力〉では、単語を構成する音がテーマとなっています。言語学の祖の一人であるフェルディナンド・ソシュールの唱えた「言葉の意味とそれを表す音素の恣意性」が当てはまらない分野として擬音語が挙げられますが、実はそれだけに限らないとして、音声と指示物との因果関係を明らかにする音象徴が紹介されています。代表的なものとして、心理学ではブーバ/キキ効果として知られる言語音と図形の視覚的印象との連想が挙げられています。

絵の力〉では主に比喩についての考察で、内容的には第3章7〈力のことば〉の基礎となり、部分的な重複があります。

感情の力〉では主に悪態をつくことの効果について、様々な実験結果が紹介されています。言葉と感情の結び付きについては、後の〈脳トレーニングとしてのことば〉の中の二言語使用の考察のところで再度取り上げられます。

第二章〈ことばは私たちについて何を明かすのか〉では、言語と思考の関係についての考察で、過去の哲学者や言語学者たちの論争について触れ、最近の特に心理学や脳科学研究では、個別言語が無意識の思考パターンにかなり影響を及ぼすことが明らかになってきており、その意味で、ノーム・チョムスキーらが提唱するような普遍文法が誤りであることが示唆されています。

第三章では、比喩の政治利用や、筆記開示などの感情を言葉にすることで得られる治癒効果とその脳神経科学的な証左、そして二言語・多言語使用の感情的側面並びに認知能力に及ぼす影響についての研究が紹介されています。