直木賞受賞作品である『空中ブランコ』の主人公であるトンデモ精神科医伊良部一郎シリーズの第1作目がこの『イン・ザ・プール』です。10年前の発売当初に友達から借りて読んだことがあったのですが、急に読み返したくなって、自分で買って読み直しました。やはり痛快ですこの人、伊良部一郎は。色白デブの35歳、独身。伊良部総合病院の跡取り息子にしてマザコン。病院地下で神経科を担当。来た患者には取りあえず注射を打つ。注射が打たれる瞬間が興奮するらしい。と特徴を書きだすとほんとにとんでもない人なのですが、その突き抜けだ非常識さ、人の眼や評価を一切気にしない自由さ、ナルシシズム入ってるかなりイタイ性格に患者が逆に一周回って癒されてしまうので、やっぱり名医?と判断にかなり迷うボーダーな人格。確かにこういう人物を目の前にしたら、何かを真剣に悩むのがばからしくなってくるかもしれません。
看護婦のマユミは伊良部の下でコーヒーを出したり、注射をしたりする無愛想な20代半ばの女性で、伊良部と絶妙の間合いで患者にプレッシャーをかける謎の人物。彼女の背景とか一切謎ですが、作品の程よい隠し味?いえ、どちらかと言うともうちょっと自己主張の激しいスパイス、になってますね。
『イン・ザ・プール』収録作品は表題作の他『勃ちっ放し』、『コンパニオン』、『フレンズ』、『いてもたっても』の4作品。それぞれ独立しているので、順番関係なしに読んでも、飛ばしても差しさわりがありません。
『イン・ザ・プール』の患者は下痢と不眠に悩む雑誌編集者。伊良部の勧めで水泳を始め、今度は水泳依存症に?伊良部センセもつられて水泳を始めるのですが…
『勃ちっ放し』の患者は陰茎強直症。題名そのまんま、なので仕事にもかなり差しさわりが出てます。どうやら感情を抑え込む本人の代わりに性器が怒りを表明しているらしい?
『コンパニオン』の患者は被害妄想でストーカーにつけ回されていると不安を訴えるアイドルモデル。
『フレンズ』の患者はケータイ依存症の高校生男子。連絡がつかなくなることを極端に恐れ、常につながっていようとするため、ケータイが使えない状況に陥ると、動機やめまい、発汗などの症状が出ます。
『いてもたっても』の患者は典型的な脅迫神経症のルポライター。家が火事にならないか心配で火の元の確認をしないと何度もしないと家を出られなくなってます。
『勃ちっ放し』以外はどれも現代ストレス社会にありがちな悩みや症状ですが、伊良部センセはカウンセリングは無駄というスタンスで、注射以外は多分行動療法?みたいなことをしますが、結局自分の楽しいことしかしていないのではなかろうか、と思えることばかり。その非常識なあっけらかんとした態度は読んでいて「あり得ん!」と笑えます。そういう意味では『癒しの本』かも。