gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

白河三兎『私を知らないで』

2013-06-20 06:11:00 | ノンジャンル
 テレビで北上次郎さんが推奨していた、白河三兎さんの'12年作品『私を知らないで』を読みました。
 冒頭の段落を引用させていただきます。“序章(改行)どうしてウサギの耳は長いの? ペットショップで子供が親に訊ねていた。小学校に入ったばかりくらいの女の子と日々の生活の疲れが顔に滲み出ている母親の会話に僕は耳をそばだてた。(改行)「いっぱいの音を聞くためよ」(改行)「どうしていっぱいの音を聞くの?」(改行)「怖い敵から早く逃げるためよ」(改行)「どうして逃げるの?」(改行)「捕まったら怖いことをされるからよ」(改行)「でもこのウサギさんは捕まっちゃったんだね」と両手で両頬を押さえてウサギを見下ろしながら言う。「怖い敵に」(改行)何も言い返せない母親は子供の手を強引に引っ張って出入口へ向かった。僕はクスリと口元を崩した。(改行)ウサギの耳は集音器のためだけじゃないんだよ、とその子に教えてあげたかった。体温調節の役割もあるのだ。犬の舌と同じでラジエーターになっている。毛細血管が多く集まる耳を風に当てることで体温の上昇を防ぐ。(改行)「どうして?」と子供は母親に引き摺られながら訊く。「このウサギは耳が垂れているの? 何も聞こえなくていいの?」(改行)母親は無視して店の外に連れ出してしまった。僕は子供が疑問に思ったウサギのケージへ歩み寄る。腰を屈めて覗き見ると、確かに耳がペタンと折れ曲がって垂れていた。(改行)値札の横には「ホーランドロップ」と記載されている。きっと人間が品種改良をしたウサギなのだろう。耳をピンと高く張って周囲を警戒する必要のないペット用のウサギだ。(改行)僕はまたクスリと笑う。このウサギが自らの意思で「何も聞きたくない」と耳を塞いでいるように見えたからだ。(改行)他のウサギは「いっぱい聞きたい」と躍起に耳を進化させたのに対して、こいつときたら我関せずで鼻をピクピクさせて自分の世界に閉じこもっていやがる。(改行)ピーターラビットのモデルになったネザーランド(人々が心に描く典型的なウサギの品種)を購入しようと来店した。でも気が変わった。(改行)どのウサギにも声帯がないので鳴かない。そしてホーランドロップは耳を塞いでいる。何も喋らず、何も聞かない。ただ傍観しているだけ。まるで『キヨコ』みたいだなと思い起こし、そのウサギを飼うことにした。”
 そして最後の段落も一部引用させていただきます。“「お姉さんだったんですね」とミーレの販売員の女性が言う。「てっきり恋人同士かと」(改行)姉は掃除機の試運転に夢中だ。販売員の説明を一通り聞くと、置いてある掃除機を片っ端からオンにした。僕と販売員は手持ち無沙汰になる。(中略)僕はもうガキじゃない。逃げようと思えばどこにでもその手を引っ張って行ける。その手を姉の手として握らない選択ができるのだ。(改行)姉は逃亡を望んでいるのだろうか? 僕の片思いじゃなかったのか? 記憶が過去へ遡る。失った時間、あまたの嘘、行き場のなかった気持ち。後悔と誇らしさのスパイラル。それらが未来で報われる可能性を秘めた手が僕の眼前で大きく開いていた。(改行)でも僕は弟を貫いて姉の手を握った。優しく、そっとそっと壊さないように。キヨコの『普通に生きたい』という小さな望みを守るために。(改行)「僕にも行きたい過去がある」とタイムトラベルの行き先を変えてもらう。(改行)「どこ?」(改行)「ウサギを飼い始めた頃に」(改行)そこに戻れたらウサギに『キヨコ』と名付けよう。もう姉はキヨコではないのだから。新藤ひかりでもない。今は黒田ひかりだ。そして来月には別の名字になる。(改行)おめでとう、姉ちゃん。また世界が広がるよ。そう言えるようにウサギに『キヨコ』と名付けよう。”(完)

 最初の段落を読んで、先を読むのを断念しました。というか、「これは先を読んでも、あまり期待できないなあ」と思ってしまったのです。一人称で書かれた文章はもともと苦手なのですが、それ以外にこれといった理由を思いつきません。とりあえず、「この本を読む時間があったら、もっと他の本を読みたい」という欲望が強く起こったとしか言えません。ここで引用させていただいた文章を読んで、興味を持たれた方は、是非先を読み進めていただき、どんな本だったか、お知らせいただければ幸いです。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto