子供の頃は雪が降ると大喜びした記憶があります。四捨五入して70歳となった現在は、雪が降ると寒いし、雪かきをしなければならず、買い物に出るのも億劫になってしまいます。雪景色も悪くはありませんが、この年齢になるとやはり雪は降らない方がよいことの方が多くなってしまうのはやむを得ないでしょう。雪のめったに降らない所に住む私でさえこうなのですから、雪国の皆さんの御苦労は察して余りあります。それは古人にとっても同じことでした。いや現代人が感じている以上に、雪が降ることは辛い事だったと思います。
いくら雪に閉ざされるとは言っても、現代ならば電話やメールなどで遠くにいる人と直接意志を疎通させることが出来ます。またテレビなどで気分を紛らわせたり番組を楽しむことも出来ます。暖房すれば、少なくとも室内では寒さを感じないで済みます。スノータイヤを履けば、少々の雪をものともせず、車で出かけることも出来ます。しかし古ならば、それらのことは全て出来ないのです。それでも町中に住んでいれば、多少とも人に会うこともあったでしょう。しかし山里に住む人にとっては、雪が降るとてうことは道が閉ざされて外部との交通や情報が遮断されてしまうことですから、人恋しさに寂しさが募ることになるのです。そのような心境を詠んだ歌を拾ってみましょう。
①わが宿は雪降りしきて道もなし踏みわけてとふ人しなければ (古今集 冬 322)
②白雪の降りて積もれる山里は住む人さへや思ひ消ゆらむ (古今集 冬 328)
③山里は雪降り積みて道もなし今日来む人をあはれとは見む (拾遺集 冬 251)
④来し道も見えず雪こそ降りにけれ今やとくると人は待つらん (後拾遺 冬 407)
⑤春や来る人や訪ふらん待たれけり今朝山里の雪をながめて (後拾遺 冬 410)
⑥思ひやれ雪も山路も深くして跡絶えにける人の住みかを (後拾遺 冬 413)
⑦道もなく積もれる雪に跡たえて故里いかに寂しかるらん (金葉集 冬 292)
⑧今日はしも君もや訪ふとながむれどまだ跡もなき庭の雪かな (新古今 冬 664)
⑨かき曇りあまぎる雪のふる里を積もらぬさきに訪ふひともがな (新古今 冬 678)
⑩庭の雪にわが跡つけて出でつるを訪はれにけりと人や見るらん (新古今 冬 679)
⑪訪ね来て道わけわぶる人もあらじ幾重も積もれ庭の白雪 (新古今 冬 682)
いやあ、たくさんあるので驚きました。丁寧に探せばもっとあるはずです。ざっと読んでみると、寒いのが辛いという歌はありませんね。古の家屋は、現在よりも開放的な構造であったでしょうから、しかもせいぜい火鉢か囲炉裏くらいしか暖房設備はなかったでしょうから、今より余程寒かったはずです。しかし寒さを訴える歌がここではないのです。多くの歌に詠まれていることは、道が途絶して人が訪ねてこないことの寂しさですね。
①の「わが宿」とは「我が家」という意味です。古歌で「宿」と言えば、自分の家を指すのが普通です。唱歌『埴生の宿』の「宿」も同じことで、旅の宿ではありません。雪に閉ざされて道も見えなくなってしまうので、訪ねてくる人もいない、というのです。②は、山里住む人の心は、(雪は消えるものとは言いますが)心も消え入るばかりでしょうか、という。侘びしさに心が沈むことを詠んでいるのです。③は、雪に閉ざされて道もないのに、それを踏み分けて今日訪ねて来る人を、余程に情の篤い人と見よう、という。「あはれ」とは嬉しい時でも哀しいときでも、しみじみとして自ずから湧き出る感情を意味しますから、この場合はわざわざ訪ねてくれることを心から喜んでいるのです。④は、やって来た道が見えなくなる程に雪が降ったことだ。もう雪が解けるだろうか、もう帰ってくるかと、あの人は待っていることだろう、という意味です。「とくる」が「解くる」と「と来る」をかけているわけです。⑤は、春が来るだろうか、人が訪ねてくるだろうかと、待たれることです。今朝、山里の雪をながめていると、という意味です。⑥には「法師になりて飯室に侍りけるに、雪の朝人のもとにつかはしける」という詞書きが添えられています。比叡山で出家して間もない人が、人が訪ねてこない寂しさを思ってもみてほしいと、訴えている歌です。⑦は、道も見えなくなる程に雪が降ったために訪れる人もなくなり、あの故郷はどんなにか寂しいことでしょう、という意味なのですが、古歌で「故郷」というのは今日の生まれ故郷の「故郷」と少し違います。一般には昔栄えた都であったり、今は忘れられてしまった所、かつて住んでいた馴染みのある所を意味しています。まあ寂しいことにかわりはないのですが。⑧は、今日はひょっとしたらあなたが訪ねてくるかと見ていますが、まだ足跡すらない庭の雪です、という意味です。⑨では、雪が積もらないうちに訪ねてくる人がいればいいのに、という意味です。⑩は、庭の雪に足跡をつけて出かけてきたのを、誰か訪ねてきたのかと人は見るであろうか、という意味です。⑪は、苦労してわざわざ訪ねてくる人などいないだろうから、いっそのこと積もるだけ積もればよいと、開き直っています。少し笑いを誘う歌ですね。
こうして見てくると、雪で往き来が閉ざされることが、古人にとってはどれ程寂しいことであったか、どの歌からも滲み出ています。だからこそ雪の上の足跡に敏感になるのでしょう。雪は詠まれていませんが、百人一首に収められてよく知られている「山里は冬ぞ寂しさまされける人目も草もかれぬと思へば」(古今集 冬 315)という歌も、その心は同じことですね。冒頭でもお話ししましたが、現代人はこの寂しさをよくは理解できません。古典文学の冬の場面を読む際には、古人にとって冬とはこのような季節で、このような情感が共有されていたということを踏まえておかなければなりません。それであればこそ、春を待つ心も理解できるというものです。
私は孤独をあまり寂しいとは思わない性格ですが、一冬とも会わないとなると、さすがの私でも人恋しくなることでしょう。
このところ連日、駄文をネット上に公開していますが、これから暫くは猛烈に忙しくなりそうですので、書くペースが落ちることでしょう。毎日のようにのぞいて下さる方には申し訳ありません。少しずつ書いてまいりますので、たまにのぞいてやって下さい。いつも有り難う御座います。 平成27年12月3日
いくら雪に閉ざされるとは言っても、現代ならば電話やメールなどで遠くにいる人と直接意志を疎通させることが出来ます。またテレビなどで気分を紛らわせたり番組を楽しむことも出来ます。暖房すれば、少なくとも室内では寒さを感じないで済みます。スノータイヤを履けば、少々の雪をものともせず、車で出かけることも出来ます。しかし古ならば、それらのことは全て出来ないのです。それでも町中に住んでいれば、多少とも人に会うこともあったでしょう。しかし山里に住む人にとっては、雪が降るとてうことは道が閉ざされて外部との交通や情報が遮断されてしまうことですから、人恋しさに寂しさが募ることになるのです。そのような心境を詠んだ歌を拾ってみましょう。
①わが宿は雪降りしきて道もなし踏みわけてとふ人しなければ (古今集 冬 322)
②白雪の降りて積もれる山里は住む人さへや思ひ消ゆらむ (古今集 冬 328)
③山里は雪降り積みて道もなし今日来む人をあはれとは見む (拾遺集 冬 251)
④来し道も見えず雪こそ降りにけれ今やとくると人は待つらん (後拾遺 冬 407)
⑤春や来る人や訪ふらん待たれけり今朝山里の雪をながめて (後拾遺 冬 410)
⑥思ひやれ雪も山路も深くして跡絶えにける人の住みかを (後拾遺 冬 413)
⑦道もなく積もれる雪に跡たえて故里いかに寂しかるらん (金葉集 冬 292)
⑧今日はしも君もや訪ふとながむれどまだ跡もなき庭の雪かな (新古今 冬 664)
⑨かき曇りあまぎる雪のふる里を積もらぬさきに訪ふひともがな (新古今 冬 678)
⑩庭の雪にわが跡つけて出でつるを訪はれにけりと人や見るらん (新古今 冬 679)
⑪訪ね来て道わけわぶる人もあらじ幾重も積もれ庭の白雪 (新古今 冬 682)
いやあ、たくさんあるので驚きました。丁寧に探せばもっとあるはずです。ざっと読んでみると、寒いのが辛いという歌はありませんね。古の家屋は、現在よりも開放的な構造であったでしょうから、しかもせいぜい火鉢か囲炉裏くらいしか暖房設備はなかったでしょうから、今より余程寒かったはずです。しかし寒さを訴える歌がここではないのです。多くの歌に詠まれていることは、道が途絶して人が訪ねてこないことの寂しさですね。
①の「わが宿」とは「我が家」という意味です。古歌で「宿」と言えば、自分の家を指すのが普通です。唱歌『埴生の宿』の「宿」も同じことで、旅の宿ではありません。雪に閉ざされて道も見えなくなってしまうので、訪ねてくる人もいない、というのです。②は、山里住む人の心は、(雪は消えるものとは言いますが)心も消え入るばかりでしょうか、という。侘びしさに心が沈むことを詠んでいるのです。③は、雪に閉ざされて道もないのに、それを踏み分けて今日訪ねて来る人を、余程に情の篤い人と見よう、という。「あはれ」とは嬉しい時でも哀しいときでも、しみじみとして自ずから湧き出る感情を意味しますから、この場合はわざわざ訪ねてくれることを心から喜んでいるのです。④は、やって来た道が見えなくなる程に雪が降ったことだ。もう雪が解けるだろうか、もう帰ってくるかと、あの人は待っていることだろう、という意味です。「とくる」が「解くる」と「と来る」をかけているわけです。⑤は、春が来るだろうか、人が訪ねてくるだろうかと、待たれることです。今朝、山里の雪をながめていると、という意味です。⑥には「法師になりて飯室に侍りけるに、雪の朝人のもとにつかはしける」という詞書きが添えられています。比叡山で出家して間もない人が、人が訪ねてこない寂しさを思ってもみてほしいと、訴えている歌です。⑦は、道も見えなくなる程に雪が降ったために訪れる人もなくなり、あの故郷はどんなにか寂しいことでしょう、という意味なのですが、古歌で「故郷」というのは今日の生まれ故郷の「故郷」と少し違います。一般には昔栄えた都であったり、今は忘れられてしまった所、かつて住んでいた馴染みのある所を意味しています。まあ寂しいことにかわりはないのですが。⑧は、今日はひょっとしたらあなたが訪ねてくるかと見ていますが、まだ足跡すらない庭の雪です、という意味です。⑨では、雪が積もらないうちに訪ねてくる人がいればいいのに、という意味です。⑩は、庭の雪に足跡をつけて出かけてきたのを、誰か訪ねてきたのかと人は見るであろうか、という意味です。⑪は、苦労してわざわざ訪ねてくる人などいないだろうから、いっそのこと積もるだけ積もればよいと、開き直っています。少し笑いを誘う歌ですね。
こうして見てくると、雪で往き来が閉ざされることが、古人にとってはどれ程寂しいことであったか、どの歌からも滲み出ています。だからこそ雪の上の足跡に敏感になるのでしょう。雪は詠まれていませんが、百人一首に収められてよく知られている「山里は冬ぞ寂しさまされける人目も草もかれぬと思へば」(古今集 冬 315)という歌も、その心は同じことですね。冒頭でもお話ししましたが、現代人はこの寂しさをよくは理解できません。古典文学の冬の場面を読む際には、古人にとって冬とはこのような季節で、このような情感が共有されていたということを踏まえておかなければなりません。それであればこそ、春を待つ心も理解できるというものです。
私は孤独をあまり寂しいとは思わない性格ですが、一冬とも会わないとなると、さすがの私でも人恋しくなることでしょう。
このところ連日、駄文をネット上に公開していますが、これから暫くは猛烈に忙しくなりそうですので、書くペースが落ちることでしょう。毎日のようにのぞいて下さる方には申し訳ありません。少しずつ書いてまいりますので、たまにのぞいてやって下さい。いつも有り難う御座います。 平成27年12月3日