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一般財団法人 知と文明のフォーラム

近代主義に縛られた「文明」を方向転換させるために、自らの身体性と自然の力を取戻し、新たに得た認識を「知」に高めよう。

楽しい映画と美しいオペラ―その31

2010-08-07 23:21:26 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その31



    オペラ演出の新しい地平
        二期会『ファウストの劫罰』  

 

 ベルリオーズの音楽は、『幻想交響曲』を別にすれば、ほとんど耳にしたことがない。それで、『ファウストの劫罰』上演の情報を二期会からのDMで得た早い段階で、とにもかくにもチケットを入手した。厳密にいえばこの作品は「オペラ」ではない。ベルリオーズ自身が「劇的物語」と銘打っていて、初演も演奏会形式で行われている。そんなこともあり、内心それほどの期待はしていなかった。もちろん、指揮者、歌手、演出家、いずれにもまったく頓着していなかった。まずはベルリオーズ入門という気分で、東京文化会館に足を運んだのだった。  

 ところがである、幕が開いた早い段階から、私はこの物語に引き込まれてしまったのだ。いままでに経験したことのない特異な演劇空間が、眼下に展開したのだった(私の席は4階左翼、ゆえに舞台は「眼前」ではなく「眼下」となる)。オペラの舞台において、おそらくこれまでほとんど未開拓であった空間が、自在に使われている。猿之助は歌舞伎で宙乗りをやっているが、それは彼一人の行為で、空間が演技の場になっているとはいい難い。ところが眼下の舞台では、空間が、平面・立体と同等に機能しているのだ。何人ものダンサーがワイヤーで宙吊りにされ、空間を自在に動き回っている。しかもその動きは、ベルリオーズの音楽そのもの。激しく官能的かと思えば、たとえようもなく優しく、天国的である。  

 第2部が終了して休憩に入るや、私は慌ててプログラムを買った。誰の演出か知りたかったからである。演出・振付、大島早紀子とある。聞いたことがない名前だった。しかしどうやら、コンテンポラリーダンスの領域では世界的な存在らしい。そしてこの二期会のプロダクションは、彼女を中心に作り上げられてきたという。そうか、そういうことか、まったくの予備知識なく作品世界に入っていった私は、プログラムに大きく掲載されている大島の、人の心を透視するかのような不思議な顔写真を眺めながら、深く納得がいったのであった。  

 大島早紀子は、1989年に、H・アール・カオスというダンスカンパニーを立ち上げている。天上的な陶酔・芸術・混沌という含意だそうだが、このカンパニーの名称は、『ファウストの劫罰』の表現する世界そのものである。2007年2月にR.シュトラウスの『ダフネ』で大島を起用した二期会は、その時点から今回のプロダクションの展望を持ったという。ここでは二期会の慧眼にも敬意を表しておこう。  

 ところでこの『ファウストの劫罰』という作品が、なぜオペラではなくオラトリオなのか。それはおそらく、一貫性をもった物語として舞台を作ることが困難だからだろう。ストーリーの展開に飛躍があり、主人公のファウストにして心理的な一貫性に欠けている。第3部でマルグリートと情熱的な愛の二重唱を歌ったファウストが、第4部ではいきなり冷めた胸中を晒すのだから、観客としては納得がいかない(もっともこのアリアがなければ、ファウストの地獄落ちにも説得力がなくなる)。さらに、マルグリートが誤って母を殺し牢獄にあるというメフィストフェレスの言葉を聞き、半狂乱になった彼は悪魔のいうままに契約書にサインをし、娘のもとに向かうのだが、ここの場面もやや唐突である。  

 しかし、そのような物語的欠陥をはるかに超越して、ベルリオーズの音楽は突き進む。天国と地獄を往還しているような、劇的で多彩な響きである。そして大島の演出は、古典派を軽々と超越したその変幻自在な音楽を、見事に視覚化した。ファウストの夢の豊かなファンタジー、地獄落ちの巨大なカオス、マルグリートの救済の天上的な美しさ……。数え上げればきりがないが、どの動きにも音楽が息づいている。ダンサーのみならず、歌手一人ひとりの動作にも大島の目が行きとどいているようだ。  

 今回の上演では、オペラが総合芸術であることを強く認識させられたが、肝腎の音楽が素晴らしかったことはいうまでもない。ファウストの福井敬は強靭な声が印象的だし、メフィストフェレスの小林輝彦はやや声量に不足を感じたものの、巧みな歌い回しは立派だった。林美智子の代役、マルグリートの小泉詠子は、リリカルな美しい声の持ち主で、今後に期待が持てる。そして何よりもプラッソンの指揮が良かった。ベルリオーズの柔らかな抒情性が心に染みた。 

 最後に、プログラムに掲載された創作ノートより、大島早紀子の言葉を抜粋しよう――私達は地獄や天上という場所に死後に行くのではない。現実のふとした瞬間にこそ、天上や地獄に通じる入口が開いているのだ。そして愛と美、意志こそが天上に人を誘うのだ。

《ファウストの劫罰》
2010年7月17日 東京文化会館
ファウスト:福井敬
マルグリート:小泉詠子
メフィストフェレス:小森輝彦
ブランデル:佐藤泰弘
ダンサー:白河直子 他 H・アール・カオス
東京フィルハーモニー交響楽団二期会合唱団
指揮:ミシェル・プラッソン
演出・振付:大島早紀子
作曲:エクトール・ベルリオーズ
原作:ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
台本:エクトール・ベルリオーズ、
   
アルミール・ガンドニエール、
   ジェラール・ドゥ・ネルヴァル

2010年7月29日 
j-mosa


楽しい映画と美しいオペラーその30

2010-07-05 08:58:43 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その30

   

   愛とは何かを問いかける
     『ある結婚の風景』から『サラバンド』へ  



 イングマール・ベルイマンの『ある結婚の風景』の原典版(テレビ放映版)が、つい先ごろ3日間にわたって放映された。各回約50分間の6巻もので、1日2話ずつの放映だった。1973年に本国スウェーデンで放映されたときは評判を呼び、その時間帯には外出する人が減ったとまでいわれている。それから何年かして、日本でも放映された。1週間に1話ずつだったのか、連続して6日間だったのか、記憶は定かではない。男女間のコミュニケーションの困難さを描いた、重い内容だったとの印象はあるのだが、ストーリーそのものは覚えていなかった。巻頭・巻末に流れる音楽が、劇の内容とは関係なく清冽で、NHKに問い合わせた記憶がある。アルビノーニのヴァイオリン協奏曲と判明した。さっそくLPを買い求めたが、それはいま、我が家のどこかに眠っているはずである(レコード・プレーヤーは10年以上も壊れたままだ)。

 『ある結婚の風景』からちょうど30年後、主役に同じ俳優を用いて、いわばその続編ともいうべき『サラバンド』をベルイマンは作った。当時すでに85歳、なおも自らの内面を執拗に問い続けるその姿勢には、驚きを超えて、敬意を表したい思いである。これが彼の最後の作品となったが、これも今回、『ある結婚の風景』放映後にNHKの電波にのった。私たちは幸運にも、1週間という短い間に、30年間という長い歳月をかけたベルイマンの「愛」をめぐっての考察を、まとめて体験できたわけである。

 『ある結婚の風景』で、男女間の愛のあり方にひとつの解答を与えたベルイマンが、生涯も終わりに近い85歳にもなって、なぜまた愛を主題とする映画を撮ろうと思い立ったのか。同じ俳優を登場させたということは、愛をめぐって、前回の映画では表現しきれなかったという思いがあったのだろうか。ともあれ、リヴ・ウルマンとエルランド・ヨセフソンの二人の主役は、前作同様、見事に役を生きている。小さなテレビ画面をはみ出して、生身の彼らが、まさに目の前に存在するかのような錯覚にとれわれた。  

 63歳のマリアン(リヴ・ウルマン)は現役の弁護士である。30年前に別れたユーハン(エルランド・ヨセフソン)を、その田舎の住居に訪ねるところから物語は始まる。ユーハンはすでに80代も半ば、本と音楽を友とする静かな生活を送っている。広大な敷地の一隅には山小屋があり、そこに息子(ヘンリック)と孫娘(カーリン)が仮寓している。主役二人の年齢差(前作では7歳)やヘンリックの存在など前作とは異なり、物語的には、2つの映画はまったく別物と考えていいだろう。にもかかわらずベルイマンは、同じ配役を用い、マリアン、ユーハンという役名も前作を踏襲しているのだ。  

 前作では物語の中軸を担っていたマリアンは、『サラバンド』では狂言回しの役柄である。ストーリーは、ユーハンとヘンリック、そしてヘンリックとカーリンという、2組の父子関係に焦点が当てられている。あとひとり、写真でしか姿を見せることはないのだが、ヘンリックの亡妻アンナが、重要な役回りを演じている。映画に登場することのないこのアンナの「愛」こそが、この映画の最大の鍵である。  

 ヘンリックはチェリストで、田舎のオーケストラの指揮をしている。狷介で孤独癖が強く、人付き合いもうまくない。大学の職を失い、食い詰めて、娘共々父親の山小屋に転がり込んだ。音楽大学を目指す娘のチェロを指導することにしか生きる意味を見いだすことができない。理由は明白である。2年前、愛する妻を失ったからである。この夫婦間の愛は、ヘンリックにとって、奇跡に近い完璧なものであった。それは具体的に語られることはないものの、彼の言葉の端々から察することができる。アンナさえ存在すれば、他者は必要なかった。精神的にも肉体的にも十分に満たされていたのである。人間関係は、二人の間で完結していたといえる。しかしこの愛も、永遠のものではあり得ない。  

 アンナの死後、行き場を失ったヘンリックの愛情が、娘のカーリンに向かったとしてもそれは自然なことだったろう。止まることを知らない過剰な愛がカーリンに向かう。それは近親相姦の相貌まで見せ、彼女を縛りつける。救いと呪縛、確かに愛は、二面性を持つものである。  

 ユーハンとヘンリックの、父と息子の葛藤もすさまじい。ユーハンはヘンリックのなかに、己の醜さを見ていたにちがいない。それにユーハンもまた、類まれな女性として、息子の妻アンナを愛していた。なぜ彼女のような女性が、ヘンリックごとき男を愛したのか、理解できないでいる。  

 カーリンは、父親の勧める音楽大学を受験することを拒否して、ドイツに出立する。その日ヘンリックは、自殺をはかる。これは未遂に終わるが、辛うじてヘンリックの日常に潤いを与えていたカーリンが遠くに去ったいま、彼にはもはや、生き続けていく意欲は残されていなかった。  

 息子ヘンリックが自殺をはかったその夜、ユーハンは巨大な不安に苛まれて、眠りにつくことができない。マリアンの寝室の前でさんざん逡巡したあげく、そのドアを開け、中に入る。マリアンは優しく彼を迎え入れ、身体を温め合いながら眠りにおちる。観る者は、ここではじめて、「ああ、この映画は、『ある結婚の風景』の続編なんだ」と納得がいく。  

 私生活では結婚と離婚を繰り返したベルイマンである。「愛」は終生のテーマであったにちがいなく、この最後の『サラバンド』もいかにも彼らしい作品である。生きる希望を女性に託したこともよく理解できる。その女性を演じて素晴らしいのは、一時期彼の愛人であったリヴ・ウルマンである。初老の女性の落ち着きと気品、包容力、そして何よりもその美しさ。前作同様、彼女の存在なくしては、この映画は成り立たなかったにちがいない。  

 最後に音楽についてひとこと。「サラバンド」は、バッハの『無伴奏チェロ組曲第5番』のひとつの章である。静かな哀しみを湛えた曲で、カーリンは家を出る直前、父親の前でこの曲を弾く。ベルイマンにとってバッハは特別の存在のようで、他に『トリオ・ソナタ第1番』も聴くことができる。ヘンリックが森の教会でオルガンを弾くのだが、この曲もまた、荘重で美しい。それに、ブルックナーの『交響曲第9番』のスケルツォが、じつに効果的に使われている。ユーハンは書斎に閉じこもり、2つのスピーカーの間に頭を埋めるようにしてこの曲に没頭する。その大音響に身を任せることで、心に安らぎがもたらされたはずである。ブルックナーの音楽も、バッハのそれと同様、祈りに満たされているのだから。

『ある結婚の風景』1973年 スウェーデン
監督・脚本:イングマール・ベルイマン
撮影:スヴェン・ニクヴィスト
出演:リヴ・ウルマン、エルランド・ヨセフソン、
    ビビ・アンデショーン、ヤン・マルムシェー

『サラバンド』2003年 スウェーデン
監督・脚本:イングマール・ベルイマン
出演:リヴ・ウルマン、エルランド・ヨセフソン、
   
ボリエ・アールステッド、ユーリア・ダフヴェニウス

2010年6月29日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その29

2010-05-10 20:45:30 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラその29



            心を癒す芝居――
                       
チェーホフと東京ノーヴィ・レパートリーシアター



 下北沢は小劇場が多数存在する演劇の街である。そのなかのひとつに東京ノーヴィ・レパートリーシアターという、日本でほとんど唯一のレパートリー・システムを採用している劇場がある。レパートリー・システムとは、一定の出し物を入れ替えながら常時上演するシステムで、例えばウイーン国立歌劇場の運営がそうである。今夜は「フィガロの結婚」、明日の昼は「トスカ」、夜は「アイーダ」という具合に、観る側からすると短期間に多様な演目を楽しむことができる。スタッフの充実はもちろんのこと、成熟した多数の観客を前堤にしないと成り立たない。日本の演劇界でそれが可能だなどと誰が思ったことだろう。ところがこの東京ノーヴイ・レパートリーシアターはこのシステムを実践しつづけている。今年で6年目だという。

 この6年間はチェーホフの作品が中心だった。「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」である。加えてゴーリキー「どん底」、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」、近松門左衛門「曽根崎心中」、シェイクスピア「ハムレット」。レパートリーは少しずつ増えてきたようで、現在はこれら7作品を、11月から翌年の5月にかけて、金曜日の夜、土曜日は昼・夜と上演しつづけている。

 この劇場の中心人物はレオニード・アニシモフというロシアの演出家である。スタニスラフスキー・システムをその演出の柱としている。スタニスラフスキーはチェーホフと同時代のロシア・ソヴィエトの俳優・演出家である。彼の演技理論の影響を受けない現代演劇人はいないといわれるほどの大きな業積を残した。「演じるのではなく役を生きよ」というのが彼の方法論の根本理念であろうか。

 さて私はこの東京ノーヴィ・レパートリーシアターの芝居をこの3年間観つづけてきた。観客席26の小さな劇場で、すぐ目の前で人生の劇が演じられる。同じ演目を何度も体験し、また同じ演目であっても観るたびに受ける感銘が異なるという、レパートリー・システムならではの貴重な体験を味わうことができた。そしてチェーホフの芝居こそこの上演システムのためにあるのではないかと、強く思うようになった。

 チェーホフは、20世紀と世紀が改まって数年後の1904年に、44歳という若さで亡くなっている。いまの時代から振り返ると、早逝という言葉を使ってもおかしくはないほどの若さである。それにしてもと思う。その若さで、彼は一体どれほどの人生体験を積み重ねていたのだろうか、と。そんな感嘆の言葉を吐かずにはおれないほどに、チェーホフの芝居には人生が詰まっている。平凡な日常劇でありながら、人間の想いやら感情やらが、重層構造のなかに動めいている。人間模様の曼荼羅図とでもいえばいいのだろうか。光のあて方によって、劇は千変し万化する。

 東京ノーヴィ・レパートリーシアターでも、当然のことながらダブル、あるいはトリプル・キャストである。同じ演目でも上演ごとに出演者が異なる。このことはチェーホフ劇の重層性にふさわしい。俳優によって、芝居の意味そのものが変化する。というよりも、芝居のなかに層を成している意味の現れ方が、演じる人間によって異なる、といった方がより正確かも知れない。

 「三人姉妹」では、いままで私のなかで、三女のイリーナの存存が大きかった。背伸びしながら大人になろうとしている少女の健気さ、そこにふりかかる残酷な試練、それでも生きていかなければならない人生というものの哀しさ。イリーナに焦点をあてると、生きるということの意味が、少しは見えてくるような気がする。

 ところが4月17日に観た「三人姉妹」では、ニ女マーシャにいたく感情移入させられた。だいたいマーシャは、どこか斜に構えた生き方をしている、気ままな女である。夫がある身ながら、これも妻子のある軍人ヴェルシーニンを愛してしまう。転属によって彼が街を去ろうという日、三人の姉妹は食卓を囲む。三女イリーナはトーゼンバフとの結婚を迷っている。

 長女オーリガがイリーナに言う。「トーゼンバフと結婚しなさい。彼はいい人です。結婚に一番大事なものは誠実さです」。その隣の、愛のない結婚生活を強いられているマーシャは、ニ度と戻らないだろう恋人との別れを迎えようとしている。結婚生活の本質は誠実さ? オ一リガの言葉は虚ろに響いているはずである。そして、恋人との別れは真に切ない。去ろうとする彼に抱かれたマーシャの背中はその哀しさを伝えて、涙を誘わずにはいられない。  

 いっぽう、マーシャの夫クルイギンは、上司の動静に敏感で、生活の些事にうるさい、俗物の中学校教師である。マーシャが愛想をつかすのも無理はないと思わせるに十分なほど平凡だが、彼はマーシャを愛している。彼女の心の動きがわかっていながら、その愛は変わることがない。このクルイギンも、演じる俳優によって、観るものの心を揺さぶる存在となる。人間存在の愚かしさ、滑稽さと、それゆえの愛おしさを体現しているのだ。  

 マーシャの恋するヴェルシーニンとて、颯爽とした軍人などではない。多少生きることについて哲学めいたことを述べることはあっても、狂言自殺を試みる妻を抱えてうろたえる半端な男に過ぎない。だいたいチェーホフ劇には人生の勝者など登場しない。生きていくことに困難を抱えた、平凡な人間ばかりである。そんな彼ら彼女らに、観る者は自らを投影する。そして溜息をつく、「やれやれ」と。それでも人は生きていかなければならないのだ。

 「チェーホフがいてくれた」。これは東京ノーヴィ・レパートリーシアターのチラシに刷り込まれたキャッチコピーである。チェーホフ劇の核心をついた言葉だと思う。チラシではまた、アニシニモフが次のようなチェーホフの言葉を紹介している。「真実だけが人を治療でき、癒すことができる」。チェーホフの芝居は人の心を癒す。そして東京ノーヴィ・レパートリーシアターのチェーホフは、その本質をよく伝えている。

「三人姉妹」
2010年4月17日 
下北沢・東京ノーヴィ・レパートリーシアター http://www.tokyo-novyi.com/
オーリガ:川北裕子
マーシャ:大坂陽子
イリーナ:槐奏子
アンドレイ:安部健
ナターシャ:増田一菜
クルイギン:渡部朋彦
ヴェルシーニン:菅沢晃
トゥーゼンバフ:佐藤誠司
ソリョーヌイ:後藤博文

チェブトイキン:岡崎弘司
フェドーチク:中林豊
ロデー:一柳潤
フェラポント:武藤信弥
アンフィーサ:高瀬くるみ

2010年5月7日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その28

2010-03-28 22:36:46 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その28


    
    
死刑制度を考える――
           
「死刑囚永山則夫 獄中28年間の対話」

 
 
 1968年の秋、4件の連続射殺事件が起こった。ヴェトナム戦争反対運動など、学生を中心に反政府運動が広がり、社会は騒乱の中にあった。その渦中の事件であり、4件の被害者に共通項が見出せないこともあって、社会はさらに騒然とした。翌年4月、その事件の犯人として逮捕されたのが永山則夫である。ほぼ同世代ということもあり関心は持ったものの、その後の裁判の過程は新聞で知る程度であり、ましてや彼の著作も読むことはなかった。

 昨夜のNHK教育テレビ
「死刑囚永山則夫 獄中28年間の対話」の再放送を観たのもまったくの偶然だった。お好みの「N饗アワー」が終了してこの番組が始まったのだが、観始めると、用意しつつあったオペラのDVDなどそっちのけで、その内容に引き込まれていった。そして強い衝撃を受けた。
 
 
この番組は、永山が獄中28年間に書いた手紙(総数1万5千通を超えるという)と、関係者の証言から構成されている。とりわけ彼と獄中結婚したミミこと和美との関係性に焦点が当てられている。一言ずつ考え、反芻しながら、とつとつと語る彼女の謙虚で奥深い証言は、事件を超えて、人間存在の本質に迫る力があった。

 
和美は、1971年に出版された『無知の涙』を、80年にアメリカで読む。深い感動を覚えた彼女は、獄中の永山に手紙を出す。それに共感した永山は即座に返事を書き、こうして二人の文通が始まる。半年後、永山の懸念にも関わらず和美はアメリカの仕事を捨て、帰国する。鉄格子越しにはじめて彼女の姿を見たときの、天にも昇るような永山の感動が、この番組では素直に表現されていて好ましい。2ヵ月後二人は結婚する。和美は永山の濁りのない魂に惹かれたという。

 
また和美は、永山の中に、自分自身を見たのだった。フィリピン人の父と日本人の母の間に生まれた彼女は、長い間戸籍がなかった。父は行方不明、母は再婚し、15歳の彼女を沖縄に残したままアメリカに去ってしまう。彼女は極貧の中に捨て置かれる。言葉では表現できないほどの苦難は、社会に対する反感を醸成する。永山の殺人は、自分がやったことかも知れないと彼女は思う。彼女を引き止めたものは、幼い彼女を胸に抱いて寝てくれた祖母の温かみだったという。永山にはそれがなかった。

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歳で逮捕され独房に収監された永山は、当初読み書きも覚束なかった。しかし難漢字も必死に覚え、差し入れられた書物を読み漁るようになる。処刑後残された蔵書の、量の多さと、種類の多彩さには目を見張る。思想書と文学書が多いが、中でもマルクスの『資本論』はひときわ目を惹く。熾烈な読書のはて、彼は自らの殺人を正当化する。貧しさが殺人を生んだのだと。極刑を覚悟しながら、社会を憎み、自分を遺棄した母親を憎んだ。

 そんな永山に変化が現れる。弁護団をはじめ彼を支援する人たちの影響もあるが、和美の存在は大きかった。彼は生まれてはじめて人を愛したのである。愛し、愛されることの喜びが、他者の存在を認識することになる。彼が殺した人たちにも、このような愛が存在したかも知れないと思い始める。書物から得た知識に血が通い始めたのである。思想は抽象化なしにはあり得ないが、それが真実の力を獲得するためには肉体化が必要であろう。

 二審の東京高裁は、そんな永山の変化も見据えて、一審の死刑判決(79年)を覆し無期懲役に減刑する(81年)。和美は手放しでは喜ばなかった。死刑を免れたとしても、殺人という罪は消えない。生き延びる時間の経過とともに、その罪の意識は重くなるかも知れない。生きることも地獄なのだ。しかし、社会に出たら何をしたいかという質問に答えた永山の次の言葉には、おそらく心からの共感を示したに違いない。「塾をやりたい。競争主義の塾ではなく、一番できる子どもができない子どもの勉強を助けるような、そんな塾をやりたい」。

 しかし検察は最高裁へ上告する。二審の判決に死刑制度廃止への意思を読み取ったからだともいわれている。事実裁判は、死刑制度への審判の様相を呈したという。ジャーナリズムの多くも二審を非難した。そして83年、最高裁は二審の判決を破棄し、東京高裁に審理のやり直しを命じる。永山の心は再び硬化する。「生きる希望を持たなかった人間にそれを与えておきながら、結局殺す。こういうやり方をするんですね」と弁護士に語ったというが、永山の心中を察するに余りある。彼は弁護団を解任し、和美とも離婚するに至る。

 87年の東京高裁、90年の最高裁で死刑の判決を受け、97年8月1日、東京拘置所において刑が執行された。享年48歳。社会が彼の殺人を生み、更生への道を歩み始めた彼を国家が殺してしまった。日本という社会は、永山則夫という繊細で鋭敏な人間を、二度にわたって押しつぶしたことになる。

 永山則夫の背後には、無数の「永山則夫」がいるに違いない。殺人にいたる「永山」は少ないかもしれない。しかし世間を騒がす数々の犯罪の大きな要因の1つに貧困があるという事実は否定できないだろう。心の弱いもの、感受性の鋭いものほど環境の影響を受けやすい。社会は、その突出した部分に対してこそ、救いの手を差し伸べなければならないのではないか。永山を絞首台に追いやった検事たちや最高裁の判事たちに決定的に欠けていたものは、人間存在に対する柔らかな想像力である。

 永山の遺骨は、和美の手でオホーツク海に撒かれた。それが彼の遺言であった。

追記:死刑制度廃止は世界の趨勢である。「アムネスティ・インターナショナル日本:死刑廃止ネットワークセンター」のホームページによれば、あらゆる犯罪に対して死刑を廃止している国は94、通常の犯罪に対してのみ死刑を廃止している国は10、事実上の死刑廃止国は35、合計139。これに対し死刑存置国は58とされている(2009年6月25日現在)。因みに死刑制度廃止は、EUへの加盟条件の1つである。

NHK教育テレビ
2010年3月21日 22時5分~23時35分 
 

2010年3月22日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その27

2010-03-06 10:38:42 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ――その27

    オペラ上演史に残る父親像
        ――ドミンゴ主演の『シモン・ボッカネグラ』
 

 古希を来年に控えたドミンゴが、このところ新しい冒険に挑んでいる。このコラムでも紹介したが、2008年にはバロック・オペラ(ヘンデルの『タメルラーノ』)に登場し、つい数週間前にはバリトン歌手ドミンゴが誕生した。ヴェルディの『シモン・ボッカネグラ』でタイトル・ロールを演じたのである。そのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場での上演は早くからアナウンスされ、実況録画が東京でも上映されると聞いて、心待ちにしていた。で、上映の初日、2月27日に新宿ピカデリーまで足を運んだ。

 ドミンゴは周知のように、スペイン出身の世界的なテノール歌手である。ヴェルディをはじめとするイタリア・オペラはいうに及ばず、『カルメン』などのフランス・オペラも当然のこと、ワーグナーではバイロイト音楽祭にも登場した。はてはチャイコフスキーにまで至り、彼の歌わないテノールの役はないというほどの万能のスターである。その彼がバリトンの難役、シモン・ボッカネグラに挑戦したのだ。

 女性への恋、娘への愛、そして政治家としての矜持と苦悩、シモン・ボッカネグラはそんな、男としての多様な人生を歌わなければならない。ドミンゴがこの役を歌うことで、私ははじめてこのオペラが理解できたような気がする。悲哀に彩られた宿命の人生、それでも生き続けなければならないシモンに、ヴェルディは作り上げようとしてかなわなかったリア王の姿を投影しているのだ。ドミンゴの深いバリトンの声と自在の演技はリア王そのもの。圧巻というほかなかった。  

 さて私はいままで、『シモン・ボッカネグラ』を、『リゴレット』『トロヴァトーレ』『ラ・トラヴィアータ』に続くヴェルディ中期の作品と理解していた。しかし今回の上演を観るに及んで、それは間違っているという思いを深くした。初演は1857年、そういう意味では確かに中期の作品である。しかしそれは散々な失敗で、大幅に手を加えられたものが24年後の1881年に再演された。現在上演されているものはこの改訂版のほうである。年代的にいうと『アイーダ』(1871年)と『オテッロ』(1887年)の中ほどの時期にあたり、間違いなく後期の作品ということになる。  

 この作品は、人間の声と管弦楽が緊密に結びつき、きわめて濃密な演劇空間を作り上げている。聴かせどころのアリアはほとんどなく、その分演劇性が高められている。これはヴェルディの後期作品の特徴で、いわばワーグナーの楽劇に近づいている。しかしそこはイタリア・オペラ、ベル・カントの伝統はしっかりと受け継がれている。『シモン・ボッカネグラ』を通底する深く哀しい抒情や激しい感情の表出は、ワーグナー作品のどこを探しても見当たらない。  

 シモン・ボッカネグラは実在の人物である。ジェノヴァ共和国の初代統領(ドージェ)で、1339年にその地位についた。14世紀は教皇の権威が失墜しつつあり、いわば西欧的中世の解体期にあたる。ジェノヴァでも貴族が教皇派と皇帝(神聖ローマ皇帝)派に分かれ、さらに平民派がこれに加わり、勢力争いを繰り広げた。シモンはこの政治状況のなかで苦悩することになる。同じく歴史的事実に基づいた『仮面舞踏会』(1859年)や『ドン・カルロ』(1867年)同様音楽的規模は大きく、テーマのひとつが統治者の政治的苦悩であることも共通している。  

 ヴェルディはある意味で政治的人間である。1861年にイタリアが王国として統一されたときの最初の国会議員で、5年間務めた。それにヴェルディの青壮年期は、イタリア統一運動(リソルジメント)の盛期と重なる。はじめて成功を博した3作目のオペラ『ナブッコ』(1842年)中の合唱曲「行け、我が想いよ、黄金の翼にのって」は、リソルジメントのなかで民衆の圧倒的な支持を受け、イタリア全土で歌われたという。そんなヴェルディの政治的な体験が、『シモン・ボッカネグラ』に反映されていないわけはないであろう。  

 とはいえ、これは愛のオペラでもある。父親の愛を描いて、これほどの深みを持ったオペラは他に存在しないだろう。25年間も行方不明であった娘に再会したときの喜び、その娘が自分の政敵を愛していることを知ったときの苦しみ、そして、巡り会ったばかりの娘に永遠の別れを告げなければならないときの哀しみ。音楽は、激しく、哀しく、またたとえようもなく美しい。ドミンゴ以外の誰が、このシモンの苦悩を歌うことができようか。まさにオペラ上演史に残る父親像だと思う。  

 この上演で素晴らしいのはドミンゴだけではない。第1幕で唯一といっていいアリアを歌うピエチェンカは、強く美しいアメーリアを好演したし、ガブリエーレ役のジョルダーニもその一途さに心打たれた。ベテランのモリスは貫禄十分、ドミンゴのシモンに対抗し得るフィエスコだった。そして指揮のレヴァインは、メトロポリタン歌劇場管弦楽団の底力を十二分に発揮した。いささか硬めの、筋肉質のオーケストラの響きが、ヴェルディにはよく合っている。伝統的な演出も好ましく、総じてきわめて水準の高い『シモン・ボッカネグラ』であった。

2010年2月6日 メトロポリタン歌劇場
シモン・ボッカネグラ:プラシド・ドミンゴ
マリア・ボッカネグラ(アメーリア・グリマルディ):エイドリアン・ピエチェンカ
ガブリエーレ・アドルノ:マルチェッロ・ジョルダーニ
ヤーコポ・フィエスコ(アンドレーア・グリマルディ):ジェイムズ・モリス
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
指揮:ジェイムズ・レヴァイン
演出:ジャンカルロ・デル・モナコ

作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
原作:アントニオ・ガルシア・グティエレス
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ
台本改訂:アッリーゴ・ボーイト

2010年3月1日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その26

2010-02-18 09:06:37 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その26

   「不安」の根源を衝く現代オペラ
        プーランク『カルメル会修道女の対話』

 
 「カルメル会修道会」といわれても私たち日本人には馴染みのない名前である。カトリックの修道会では「イエズス会」がもっとも日本で知られているだろう。日本にキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエルが所属していた会派であるし、現在でも世界で最大の男子修道会である。東京の上智大学や広島のエリザベト音楽大学を経営しているのも、イエズス会である。

 イエズス会の創設が16世紀であるのに比べて、カルメル会が正式な修道会として認可されたのは13世紀であるという。さらにその伝説上の開祖は旧約の預言者エリアと弟子のエリシャで、パレスチナのカルメル山が発祥の地であるとのこと。観想を旨とするのが特色で、その傾向がいっそう強まったのは16世紀のアヴィラのテレサと十字架のヨハネの改革以降であるらしい。彼ら改革派を跣足(せんそく)カルメル会、旧来の集団を履足(りそく)カルメル会と呼ぶ。日本には1933年に女子跣足カルメル会が、52年に男子跣足カルメル会が渡来し、現在でも布教活動を行っているとのことだ。ちなみに作家の高橋たか子に決定的な影響を与えたのは、このテレサとヨハネである。  

 さてこのオペラは、フランス革命時に実際に起きた、コンピエーニュ(パリから北東80キロの閑静な街)の女子カルメル会に関わる事件をもとにしている。「反革命的な陰謀を企てた」として死刑に処せられた、16人の修道女の受難物語である。物語の多くが史実に拠っていながら、主人公の貴族の娘、ブランシュは架空の人物である。このブランシュを創造したことによって、このオペラはより普遍性を獲得した。それは、人間の抱える根源的な「不安」が、主要テーマとなったからである。  

 そもそもブランシュは、母親が恐慌に陥っている最中に生れた。王太子とマリー・アントワネットの婚姻を祝う花火が暴発し、パニック状態の群集が侯爵夫妻の馬車に暴行を加えたのだ。数時間後館に帰り着いた夫人は、女児を産み落として亡くなる。こうして誕生したブランシュは、病的なまでに怯えやすい少女として育つことになった。生れ持った繊細な資質に加えて、時代は革命前夜、パリには不穏な空気がみなぎっていた。ブランシュは身を蝕む不安に耐えかね、修道院入りを決意する。

 このオペラの原作は、ドイツの女流作家ゲルトルート・フォン・ル・フォール(1876-1971)の『断頭台の最後の女』である。それが発表された1931年はすでにヒトラーの権力が確立されつつあった。「来るべき運命をひしひしと予感させる暗雲が、すでにドイツの上にたれこめていた時代の、ふかい恐怖感から生まれで出たこのブランシュの姿形は、いわば〈終末にむかいゆくひとつの時代全体の死の不安の具現〉として、わたしの眼前にあらわれて来たのだった」と、ル・フォールは『手記と回想』に書いている。彼女は不安にとらわれた自身の心的状態をブランシュに投影したのだった。  

 オペラの台本は、ル・フォールの小説をもとに書かれたジョルジョ・ベルナノス(1888-1948)の戯曲に、作曲者フランシス・プーランク(1899-1963)自身が手を加えている。作曲は難航した。不安と恐怖をテーマとするこの作品は、ベルナノスを死の床に導いたようだが、プーランクをもパニック状態に追い込んだ。ひどい不眠症におちいり、一時は入院治療を余儀なくされたという。オペラの完成は1956年6月。2年10ヶ月の歳月を要した。翌57年1月26日、ミラノ・スカラ座においてイタリア語初演。フランス語による初演は、同年6月21日、パリ・オペラ座で行われた。  

 革命前夜という社会的な不安、ブランシュの心を蝕む内面的な不安、さらに修道院長クロワシーをとらえる死の不安。音楽は、騒乱、不安、死を暗示する響きに満たされている。なかでも、クロワシー院長臨終の場面は、第1幕最大の聴きどころである。彼女は激痛に耐えかね、神を冒涜する言葉さえ口にする。修道院長の威厳が次第に崩れ去るこの長丁場を、郡愛子は深いコントラルトの声を制御して見事に歌いきった。

 長年神に仕えてきた、尊敬すべき院長の錯乱。その姿を目の当たりにしてブランシュの心はさらに動揺する。そして時代は恐怖政治へと進行しつつあった。修道士・修道女の追放と修道院の売却が決定される(1792年9月)。第3幕第1場は略奪され荒涼とした礼拝堂。新しい院長は不在だが、マザー(上席修道女)・マリーの主導のもと殉教の誓いが立てられる。ブランシュもその誓いに加わるものの、恐怖にかられて修道院から逃走する。冷静な新院長と情熱的なマザー・マリーの対比もよく書けている。本宮寛子は静かな威厳を表現して貫禄十分にリドワール院長を演じ、牧野真由美も誇り高く強靭な心のマザー・マリーをよく歌った。

 それから約2年後の1794年6月、隠れ住んでいた修道女たちは告発・逮捕され、パリに移される。ただマザー・マリーは所用でパリに出かけており、逮捕を免れた。そしてこの悲劇を後世に書き残すことになる。ここまでは史実である。一方、修道院からパリに逃げ帰った物語上のブランシュは、占拠された父の家で使用人として働いている。兄は亡命し、侯爵である父は断頭台に送られた。なにものも信じられなくなっているブランシュは、買い物に出かけた路上で偶然カルメル会修道女たちの逮捕を知る。

 最後の第3幕第4場、革命広場の場面は素晴らしい。群集が見守るなか、15人の修道女がギロチンにかけられていく。声を合わせて歌われていた「サルヴェ・レジーナ(天の王妃よ)」が、一人またひとりと処刑されていくにつれ、小さくなり弱まっていく。不規則に挿入される不気味なギロチンの音。群集に紛れてその有様を見つめていたブランシュは、15人目の修道女が処刑される直前に断頭台に進み行き、16人目の殉教者として聖歌を歌い継ぐ。不条理な死を、神への信仰心が克服する感動的な場面である。

 簡素で品格のある舞台、歌手たちの抑制された演技――松本重孝の演出は印象深いものだった。そしてなによりも、プーランクの緊張感と透明感に満ちた音楽を、じつに細やかに美しく演奏してくれた指揮のアラン・ギンガルには、心から敬意を表したい。合唱を含めて、この舞台は、藤原歌劇団の水準の高さを認識させてくれた。

2010年2月7日 東京文化会館
ブランシュ:佐藤亜希子
クロワシー修道院長:郡愛子
リドワーヌ修道院長:本宮寛子
マザー・マリー:牧野真由美
コンスタンス修道女:大貫裕子
ド・ラ・フォルス侯爵:三浦克次
騎士フォルス:小山陽次郎
東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:アラン・ギンガル
演出:松本重孝

2010年2月10日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラーその25

2009-12-31 07:25:08 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その25

      
     心のままに生きるということ
             ――トルコ映画『パンドラの箱』


 しばらく映画に筆(キーボード)を費やさなかったが、もちろん映画を観ていなかったわけではない。大型テレビを購入してからは、BDプレーヤーのハードディスクは以前の機種にも増して使用頻度が増えている。しかしBD(ブルーレイ・ディスク)に残しておきたいと思うような映画は多くはない。ほとんどの映画は、鑑賞したあとすぐ消去することになる。無駄な時間を費やしたと、ため息をつきながら。この『パンドラの箱』は、その私の独断と偏見による消去を免れた、数少ない名作のひとつである。昨2008年の第9回NHKアジアン・フィルムフェスティバルで公開された映画で、つい先ごろNHKのBSで放映された。

 この映画の幕開けは印象的である。峰々が穏やかに連なる風景がゆっくり俯瞰される。視点は人間の眼で、それほどの高山ではないことが、山を構成する森の深さでわかる。かすかに、犬の遠吠えと牛の低い鳴き声、それに小鳥の囀りが聴こえる。俯瞰は、山の斜面に建てられた一軒の家に焦点を当てて終わる。コンクリート造りのかなり高い土台の上に、年を経ているものの、割にしっかりとした木造の家が建てられている。

 ひとりの小柄な老婆が、薄暗い家のなかから、陽光を求めてベランダに向かっている。大きなビニールの袋を手にしていて、その中には、手指の先ほどの大きさの、赤い木の実がいっぱい入っている。彼女はそれを陽に干そうとするのだが、実を広げはじめたとたん、何かに不意をつかれたように手を止める。そしてしばらく虚空に目をやり、そのまま家に入ってしまう。手にしたままのビニール袋から赤い実がこぼれ落ちる。暗転の後、タイトルが映し出される――『パンドラの箱』と。

 映像はー転して、豪華客船が行き交う大きな港の朝の光景。浮浪者風の若い男がコンクリートの堤の上で眼を覚ます。煙草に火をつけると、ポケットの携帯から着メロが流れる。どうやら浮浪者ではなさそうだ。発信者を確認したらしく、電話に出ることなくそれをポケットに戻す。

 高層マンションの一室では、中年の女がネグリジェ姿で携帯をかけている。呼び出し音は鳴っているようだが相手は出ない。おそらく港を放浪する若い男の母親だろう。溜息をついて携帯を机に置く。すると突然の着メロ。だが電話は息子からではなく、母親の失踪を伝える役所からのものだった。

 新聞社に出勤途中の妹に連絡し、妹はぼろアパートで惰眠を貪る弟をたたき起こして、3人の姉弟は雨のなか、長姉の車で故郷の山村に向かう。こうして開映わずかな時間のうちに、この映画の登場人物がすべて姿を現す。しかもそのそれぞれが、現在の自らの状況を十分に物語る雄弁な映像を伴って。

 山深い自宅から失踪した老婆、港を彷徨う孫、息子の反抗に手を焼く裕福なサラリーマンの妻である長女、有能な新聞記者の次女、ドロップアウトしたその日暮らしの長男。この映画は彼ら肉親同士が繰り広げる家庭劇であるが、それぞれの置かれた多様な立場を基にした彼らの行動が、現代に生きる私たちに、けっして他人事ではない多くの問題を投げかける。

 主要なテーマは老人問題である。老いをどのように生き、どのようにして死を迎えるか。失踪した老婆は山中で発見され、数日間の入院の後、長女に引き取られる。海に近い大都会の高層マンション。日本でいえば台場あたりの高級マンションになろうか。近代的な調度品に囲まれて老婆は落ち着かない。窓から見えるのは高層住宅群と、はるか下界の高速道路を行き交う車の列のみ。老婆はまず、山という「自然」を失ったのだった。

 痴呆が進行しつつある老婆を長女は持て余す。一人住まいの次女のアパートに預けられたり、電気も止められている長男のアパートで過ごすことにもなる。こうして彼女は、「家」も失う。家は「地域」とも重なり、何よりも人の情の中核を構成する場所である。ただひとつの救いは、家出をした長女の息子、つまり孫との交遊である。他者との情愛に満ちた関係さえ存在すれば、人は生きていくことができる。

 老婆と孫の小さな物語が、この映画の中核となっている。家出をして、長男(つまり叔父)のぼろアパートに居候していた少年は、そこで祖母と出会う。そして心を通わすことができ、2人は街を散策することになる。まるで恋人同士のように。イースタンブールを背景としたこの場面は素晴らしい。港町の臭いと、行き交う人々の息遣いまでが伝わってくるようだ。歩きながら祖母は何度も孫に名前を尋ねる。すぐに忘れてしまうのだ。彼はそれに優しく答える。祖母のいささか滑稽な行為と、孫の温かい対応――カメラは2人の行動をユーモラスに、優しくとらえる。

 娘たちの苦渋の決断の末、老婆は施設に入れられる。孫は心を許す叔父に抗議の意思を伝えるが、彼は「それが人生だ」と答えるのみ。映画の終盤、孫は施設から祖母を連れ出し、2人で故郷の山に向かう。もちろん都会育ちの若者にとって山村の生活は楽なものではない。加えて祖母の失禁など経験したことのない出来事が続く。ある日祖母が言う。「山を忘れないうちに山に入りたい」と。翌日早朝、孫が眠っている間に、彼女はひとり山に向かう。目覚めた彼は急いで祖母を追おうとするが、思い止まる。山の坂道を登る祖母の小さな姿。そして遠くから涙に濡れた目でそれを追う孫の姿を大写しにして、映画は終わる。

 ここにきて観る者は、冒頭の老婆の映像を思い起こすことになる。不意をつくように彼女を襲った「あるもの」とは何であったのか。それは、一瞬のうちに老婆の脳裏に兆した「悟り」ではなかったのか。人間として生きていくことの限界を、日常的な行為のなかで瞬時に感じ取ったに違いない。誰にも迷惑をかけず、緑豊かな森のなかで、眠るように死にたい、そう彼女は願ったのだ。しかし、娘や息子たちの捜索の手が及び、すでに「パンドラの箱」が開け放たれている下界に降りて行く他はなかったのだ。

 老婆の心を理解した孫に見守られて、彼女は大自然のなか、森深くに姿を消した。その2人を共感をこめて見つめる私たちは、さあ、どのように老いを生き、死に行けばいいのだろうか。周りには「パンドラの箱」を飛び出した人間の悲劇が満ちている。

2008年トルコ・フランス・ドイツ・ベルギー
監督・脚本:イェシム・ウスタオウル
脚本:セルマ・カイグスズ
撮影:ジャック・ベス
音楽:ジャン=ピエール・マス
出演:ツィラ・シェルトン/ダリヤ・アラボラ/オヌール・ウンサル

2009年12月28日   j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その24

2009-11-10 10:12:19 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラその24     

      現代に越境する17世紀の音楽 
             
フィリップ・ジャルスキーとラルペッジャータ

 ここ何年か、ヘンデルをはじめバロック・オペラの復興が目覚ましいが、その一端を担っているのが、次々と輩出するカウンターテナーであろう。バロック・オペラの主役はカストラート(変声期前に去勢された歌手)など高声部を歌う歌手がつとめるのが普通で、それが存在しない現在、カウンターテナーがその代役となっている。グスタフ・レオンハルトやニコラウス・アーノンクールなどと共に古楽隆盛の礎を築きあげたルネ・ヤーコプスなどはそのはしりではないか。その後、ヨッヘン・コヴァルスキー、ドミニク・ヴィス、マイケル・チャンス、アンドレアス・ショルなど有能なカンウンターテナーが登場し、バロック・オペラを上演する環境が整ったのである。

 フィリップ・ジャルスキーは、数あるカウンターテナーのなかでも、群を抜く才能の持ち主であろう。この声種は、男性がメゾソプラノやアルトなど女声パートを歌うわけで、いささか無理が生じる。声に輝きがなかったり、フォルテに力強さが欠けていたりするのだ。しかしジャルスキーの声はどこまでも自然で、輝きと強さはもちろん、深い音楽性に溢れている。ヴィヴァルディのオペラ・アリア集のCDではじめて彼の声に接して以来、私はすっかりフアンとなったのである。

 今年の8月、NHKのBShiで放映されたステファノ・ランディ(1587-1639)のオペラ『聖アレッシオ』でもジャルスキーはタイトル・ロールを演じていた。妻や父母などこの世のすべてのしがらみを捨てて神に身を捧げるアレッシオ役は、透明で中性的な美しさをたたえたジャルスキー以外には考えられなかったに違いない。ウィリアム・クリスティの指揮共々、この上演はとても印象深いものだった。

 そのジャルスキーが来日するというので、いの一番でチケットを取り、心待ちにしていたのだった。昨5日の公演は、期待に違わぬ素晴らしいものだった。ジャルスキーは言うに及ばず、じつに巧みな歌を聴かせてくれたガレアッティ、そして特筆すべきは、バックを支えたラルペッジャータというバロック・アンサンブルである。プログラムを読むと、この公演の中心人物が、ラルペッジャータを率いるクリスティーナ・プルハルであることがわかる。  

 この公演は、2つの大きな流れから成り立っていた。1つは言うまでもなくジャルスキーの流れで、モンテヴェルディに代表されるイタリア・バロックの正統派である。あと1つが、ガレアッティが体現する、イタリア、スペイン、中南米にも及ぶ民衆音楽とでもいうべき流れである。二人の歌唱法はまったく異なる。ガレアッティをヴォーカルと表現してソプラノと言わないのには理由があるのだ。にもかかわらず、この異なる音楽の流れが、歌うこと・演奏することの愉悦を介して、舞台の上で見事な融合を見せてくれた。

 二人の歌を支えたのはラルペッジャータである。テオルボ、リュート、バロックヴァイオリン、コルネット、プサルタリー、パーカッション、チェンバロで構成されている。プサルタリーとは、イランでサントゥールと呼ばれている打弦楽器と同種のもので、ピアノの原型とも言われている。繊細で透明な響きがする。パーカッションは、太鼓、シンバル、鈴、カスタネット、それに目にしたこともない楽器も含めて何種類の音が聴こえてきたことか。コルネットは角笛を細長くしたような形で、ここから奏でられる哀愁を帯びた音色がまたいい。これら多彩な楽器の音色が複雑に絡まりあい、絶えて耳にしたこともない響きが、17世紀を中心とする音楽を見事に表現した。そしてガレアッティ作の親しみ深い曲とも溶け合って、現代に生きる私たちの心にストレートに訴えかけてきたのだ。アンコールのモンテヴェルディ「ああ、私は倒れてしまう」はいつの間にかジャズに変容していた。何という自在さ! 博物館入りの音楽とは対極にある。  

 演奏される曲目はプログラムに書かれているのだが、演奏順は当日発表され、私は掲示されたそれを携帯に撮ったものの、上演中にはどの曲目が歌われているのかほとんどわからなかった。そしてそれで問題はなかったのだ。すぐれた演奏は、予備知識が何もなくとも、内容を十分に伝えてくれる。愛の喜びや悲しみ、自然の賛歌、音楽への捧げもの……。一番前の席で、演奏者の表情を間近にしながら、休憩なしの2時間、舞台から溢れて出てくる音楽にただただ圧倒され続けた。王子ホールに集う300人の聴衆と一体となったこのコンサートは、音楽とは何かを考える上でも、またとない貴重な体験であった。

指揮&テオルボ:クリスティーナ・プルハル
カウンターテナー:フィリップ・ジャルスキー
ヴォーカル:ルチッラ・ガレアッティ
リュート、バロックギター:エーロ・パルヴィアイネン
プサルタリー:マルギット・ウベルアッケル
バロックヴァイオリン:アレッサンドロ・タンピエーリ
コルネット:ドロン・シャーウィン
パーカッション:ミシェル・クロード
チェンバロ:北御門はる

2009年11月5日 王子ホール

2009年11月6日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その23

2009-09-29 10:54:30 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラその23

      オペラの値段――
           
ミラノ・スカラ座とバーデン市立劇場

 芸術の秋という訳でもないが、今月は偶々オペラを3本観ることになった。ヘンデル、モーツァルト、ヴェルディと、とりわけ私の好きな作曲家の作品である。内容的にもそれぞれ大変興味深い上演だったが、今回は主としてオペラの入場料について書いてみたい。3上演の入場料に興味深い特徴があるし、オペラの入場料についてはよく質問を受けるからである。オペラの値段は高そうだ、というのはどうやら一般的な憶測のようでもある。

 確かにミラノ・スカラ座の入場料は高かった。出し物は『ドン・カルロ』で、これは1年も前から心待ちにしていたものである(13日、東京文化会館)。ヨーロッパのメジャー・オペラハウスの来日公演などほとんど観に行ったことはないのだが、演目とオペラハウスのこの組み合わせには格別の魅力があった。B席に40,000円(NBSの会員割引)もの大金をはたいた。そしてこの上演は、その投資額に十分に値するものだった。

 席は2階右翼の最前列。オペラグラスを用いずとも歌手の表情がよく見える。王妃エリザベッタを歌うバルバラ・フリットリを間近に見られたことはことのほかの僥倖。このオペラは何といってもエリザベッタのオペラである。王への忠誠と、義理の息子カルロとの愛の狭間で苦悩する彼女はまた、神と政治にも向き合わねばならない。まさに悲劇の王妃である。美しさと優しさ、それに稟とした強さ――これらを備えたソプラノはそういるものではない。フリットリはその数少ない存在であろう。

 このオペラはまた、フィリッポ2世、ロドリーゴ、宗教裁判長と、バスとバリトンが活躍する演目でもある。それぞれ実力のある歌手が揃い、聴き応えは十分。ダニエレ・ガッティの指揮するスカラ座のオーケストラも、ヴェルディの抒情と壮麗さを見事に表現した。

 次に観たのはヘンデルの『オットーネ』である(23日、北とぴあ)。ヘンデル没後250年を記念して日本ヘンデル協会が主催した上演で、指揮者の他はすべて日本人が出演した。主役のオットーネにカウンターテナーを起用し、オーケストラも古楽器を使用するなど、意欲的な上演ではあった。ただ、その意欲と表現されたものの間には、いささかの乖離がみられた。イギリス人指揮者の音楽作りには共感するところがあったものの、歌手、オーケストラともに、表現力に不足するものがあった。この上演は全席自由席で入場料が8,000円。ちょっと高いな、というのが正直な感想である(プログラムは充実した出来)。

 さて最後は『ドン・ジョヴァンニ』(26日、ミューザ川崎)。このチケットは、3,000円でモーツァルトのオペラが観られるという理由で買った。ウィーンの森・バーデン劇場という存在はまったく知らなかったし、二期会や藤原歌劇団の上演よりも安い入場料ゆえ、じつは期待もそれほどしていなかった。ところが嬉しいことに、予想外の素晴らしいモーツァルトを聴かせてくれたのである。私はためらうことなくブラヴォーを叫んだのだった。

 バーデン市立劇場はここ数年、毎年来日公演をしているようだ。今回の『ドン・ジョヴァンニ』も全国18か所での公演が予定されているらしい。日本公演にあたっては、毎年ソリストをオーディションで選んでいるという。ドン・ジョヴァンニはじめ主要キャストはダブルキャストで、日本で名前の知られている歌手はいない。しかしどの歌手も安定した歌いぶりで、芝居にも無理がない。とりわけドンナ・アンナを歌ったエステファニア・ペルドォモというスペイン生まれの歌手は素晴らしかった。最後のアリア「どうか言わないでください、いとしい人」は難曲だが、危なげもなく、きめ細やかに歌いきった。もう少し声に柔らかみが加われば、世界の檜舞台に出ていく人ではないだろうか。

 演出はオーソドックスなものながら、随所に気の利いた心配りをみせて、とても楽しい。オーケストラは27名と小編成で、その分軽快感にあふれている。モーツァルトの香りも十分に伝えてくれた。指揮者のクリスティアン・ポーラックの手腕だろう。

 席は4階左翼の最前列。一番安い席ながら舞台に近いだけに、歌手の表情もよく見てとれた。これはコストパフォーマンスのすこぶる高い上演だといえるだろう。しかし客の入りは60%くらい。何とももったいないことである。  

 結論を急ぐことにしよう。オペラの値段ははたして高いのだろうか。残念ながら答えは簡単ではない。『ドン・カルロ』には40,000円を投じたが、それに見合う価値はあった。安くはないものの、けっして高いものではなかったということだ。『オットーネ』はどうか。8,000円という金額はそれほど高額ではないけれど、受けた感銘は小さかった。残念ながら高いオペラだったということになる。『ドン・ジョヴァンニ』についてはもう言うことはない。いいオペラがこれほど安い値段で聴けたということは奇跡というほかはない。関係者の皆さんの努力に感謝したい。そしてその努力が、日本にオペラ愛好家をひとりでも増やすことに資するなら、まことに嬉しいことである。

●追記:公平を期すために、それぞれの公演の最高・最低席の値段を記す。
ドン・カルロ=59,000円/13,000円
オットーネ=8,000円/8,000円
ドン・ジョヴァンニ=12,000円/3,000円

『ドン・カルロ』
ドン・カルロ:スチュアート・ニール
エリザベッタ:バルバラ・フリットリ
フィリッポ2世:ルネ・パーペ
ロドリーゴ:ダリボール・イェニス
宗教裁判長:アナトーリ・コチェルガ
エボリ公女:アンナ・スミルノヴァ
ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団
指揮:ダニエレ・ガッティ
演出・舞台装置:シュテファン・ブラウンシュヴァイク

2009年9月13日 東京文化会館

 『ドン・ジョヴァンニ』
ドン・ジョヴァンニ:セバスティアン・ホロツェック
ドンナ・アンナ:エステファニア・ペルドォモ
ドンナ・エルヴィーラ:リタァ・シュナイダー
ドン・オッターヴィオ:ヴァレリィ・セルキン
レポレッロ:フゥベェルトゥ・クロッスセェンス
騎士長:ファルマァル・サァルゥ
ツェルリーナ:エヴァ・クゥムプミュロェァル
マゼット:イゴォロ・レェヴィタン
モーツァルティアーデ管弦楽団
バーデン劇場合唱団
指揮:クリスティアン・ポーラック
演出・監督:ルチア・メシュヴィッツ

2009年9月26日 ミューザ川崎シンフォニーホール

 2009年9月27日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その22

2009-09-07 10:09:12 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その22

     ドミンゴ、バロック・オペラに命を吹き込む
                  
ヘンデルの『タメルラーノ』  

 ベートーヴェンのもっとも敬愛した作曲家はヘンデルであったらしい。これは青木やよひ先生から教わった話だが、ちょっと意外だった。ボン時代の若きベートーヴェンは、ピアノの練習にバッハの『平均律クラヴィーア曲集』を教材にしたという話も聞くに及んで、バッハこそベートーヴェンの理想の音楽家像であったにちがいないと勝手に思い込んでいた。  

 ヘンデルは40を超えるオペラを作曲している、音楽史上有数のオペラ作曲家である。その正統の後継者はモーツァルトではないかというのが、ヘンデルのいくつものオペラを聴いてきた私の素朴な感想でもあった。ベートーヴェンのオペラは『フィデリオ』1曲のみである。それにベートーヴェンの構築的な、壮麗な音の世界は、やはりバッハに源流があるのだろうとも思っていた。  

 私を含めて日本の音楽愛好家は、ヘンデルを知らない。6月23日付けの当ブログ「ヘンデル没後250周年」で北沢方邦先生が書かれた、〈壮麗な音のバロック建築を作り上げた〉ヘンデルの真の姿は、私の眼前でヴェールに包まれたままである。その姿こそ、ベートーヴェンが敬愛してやまないヘンデルその人であるのだろうが。  

 そんな隔靴掻痒の気分でいた8月22日に、NHKのBShiで、ヘンデルのオペラ『タメルラーノ』が放映された。『ジュリオ・チェーザレ』『ジュスティーノ』『アルチーナ』『アリオダンテ』『オルランド』『アグリッピーナ』に次ぐヘンデル・オペラ体験で、分厚かった私の眼前のヴェールも、少しずつ剥がされていくような気分になってきている。今回の『タメルラーノ』は、ドミンゴがバヤゼットを歌うというので、何週間も前から心待ちにしていたのである。  

 タメルラーノとは、14世紀後半から15世紀初めにかけて、「東は中国の辺境から西はアナトリアまで、北は南ロシアの草原地帯から南はインド北部に至る広大な地域を支配下に置き、中央アジア史上空前絶後の大帝国を建設した」(『世界大百科事典』)ティムールの、ヨーロッパにおける呼称である。青年時代に右脚に不治の重傷を受け、そのために「跛者ティムールTimur-lang」(ペルシャ語でティムーリ・ラング)と呼ばれ、これがヨーロッパに伝えられてタメルランTamerlaneとなったらしい。タメルラーノはそのイタリア語呼称である。  

 1402年7月、タメルラーノはバヤゼット1世率いるオスマン・トルコとアンゴラ(アンカラ)で戦い、勝利した。このオペラは、そのとき囚われたバヤゼットとその娘アステリア、タメルラーノと同盟の関係にあるギリシャの王子アンドロニコ、それにタルメラーノの4人が繰り広げる、愛と憎しみの物語である。  

 オペラのタイトルは『タメルラーノ』だが、ここでのタメルラーノには、私たちが「ティムール」という名前から想像する、好戦的で威圧的な雰囲気はまったくない。心ならずも好きになってしまった宿敵の娘アステリアの行動に振り回される、どこか人のいい君主なのである。演じるバチェッリも、見事なバロック唱法を披歴しながら、バレエを踊るような軽やかな動きを見せる。対してバヤゼットは、囚われの身を嘆き、タメルラーノへの憎しみを露わにし、娘への愛に苦悩する。バヤゼットこそ、このオペラの主役なのである。  

 テノールが主役というと、19世紀以降のオペラでは一般的だが、ヘンデルの時代まではそうではなかった。去勢をしたカストラートが主役で、その華麗な技巧を競い合うのがバロック・オペラであったのだ。『タメルラーノ』は、テノールが主役となった、オペラ史上初の出し物かも知れないという(堀内修氏)。ドミンゴは、オテッロ、ローエングリン、ドン・ホセ、カヴァラドッシなど、余人ではなし得ない輝かしいキャリアを積み重ねた後、68歳にしてはじめて、テノール主役の原点に返ったのだ。その冒険精神には敬意を表さずにはいられない。  

 ドミンゴはやはり稀有なテノールである。彼が歌うことによって、現実感がいささか希薄なバロック・オペラが、人間の相貌を濃くしはじめる。憎しみ、哀しみ、愛という人間的な情感が、まことにニュアンス豊かに歌われる。とりわけ第3幕冒頭のアリアの美しい気高さ、そして10分間にも及ぶ自害の場面の、劇的で深味のある演技。まさにドミンゴならではのバヤゼットである。  

 バヤゼットの娘アステリアは、アンドロニコを愛しながらも、また復讐心を秘めながらも、タメルラーノの求婚を受け入れようとするのだが、その状況にふさわしく、悲しみに満ちた美しいアリアが与えられている。アンドロニコとの二重唱も、うっとりするほど美しい。ヘンデルの優れたメロディーメーカーぶりがいかんなく発揮されている。アステリア役のインゲラ・ボーリンもいいし、アンドロニコ役のサラ・ミンガルドもいうことはない。バヤゼットの自害の後、タメルラーノに慈悲心が生まれ、アステリアとアンドロニコは結ばれる。幕切れ直前のタメルラーノとアンドロニコの二重唱がまた印象的である。  

 指揮はイギリスのポール・マクリーシュ。ヘンデルの権威だということだが、ドミンゴと並んで、この上演を成功に導いた功労者といっていいだろう。軽快で、躍動感に富み、時に劇的、時に情感に溢れと、4時間近い上演を飽きさせない。舞台を白一色で統一し、タメルラーノの衣装にはラメをふんだんに施すなど、美術・衣裳は洗練の極み。演出にも強い説得力があり、この上演は、それこそ総合芸術というに足りる、第一級のものといえよう。

2008年4月1日・4日 マドリッド王立歌劇場
バヤゼット:プラシド・ドミンゴ
タメルラーノ:モニカ・バチェッリ
アステリア:インゲラ・ボーリン
アンドロニコ:サラ・ミンガルド
イレーネ:ジェニファー・ハロウェイ
レオーネ:ルイージ・デ・ドナート
マドリッド王立劇場管弦楽団(マドリッド交響楽団)
指揮:ポール・マクリーシュ
演出:グレアム・ヴィック
美術・衣裳:リチャード・ハドソン
照明:ジュゼッペ・ディ・イオリオ
振付:ロン・ハウエル

2009年8月31日 j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その21

2009-07-29 19:22:32 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ――その21

赤裸々に描かれた女の欲望と愛――
     
『ムチェンスク郡のマクベス夫人』  

 この5月10日、新国立劇場で『ムチェンスク郡のマクベス夫人』を観て、ショスタコーヴィチの音楽に圧倒された。ホール全体をどよもすオーケストラの大音響、群衆が雄叫びを上げる合唱の迫力。オペラハウスはそれ自体が楽器だということを、ワーグナーやリヒャルト・シュトラウス、それにショスタコーヴィチのオペラの実演に接すると、身をもって実感する。しかし残念ながら、財布の中身を考えると、頻繁にオペラハウスに足を運ぶわけにはいかない。そこでCDやDVDを視聴することで渇を癒すことになる。幸い7月4日に『マクベス夫人』がブルーレイで発売され、このオペラの面白さを追体験させてくれた。 

 このオペラが作曲されたのは、1930年から32年にかけてである。ロシア革命が成就してからまだ十数年しか経っていない。この時期に、ショスタコーヴィチは、なぜこのような主題でオペラを書こうと思い立ったのだろう。オペラ史の観点からみても、画期的なものではないか。主題の1つは肉体的欲望であり、それも女性のそれを正面から取り上げたのだ。その女性とは、大商家イズマイロフ家の跡継ぎジノーヴィと結婚したカテリーナである。序奏に続くレチタティーヴォといい、第1幕第3場のアリアといい、カテリーナの歌う美しい旋律のあちこちに、孤独の寂しさと満たされぬ欲望へのやりきれなさが見え隠れする。火照った身体に水をかけながら歌う本公演の後者の場面は、エロチシズムに満ち溢れて圧巻である。

 このオペラに充満する「反社会的要素」はセックスばかりではない。激しい暴力が全編を覆っている。群衆が下女のアクシーニャを襲う場面や、家父長ボリスが嫁のカテリーナを寝取った下男セルゲイを鞭打ちにする場面など、音楽は暴力そのものである。極めつけは、セルゲイがカテリーナを襲う強姦シーンであろう。セックスと暴力が結びつき、激烈な音楽が性行為のめくるめく恍惚を表現する。『ばらの騎士』の幕開けと並ぶ、オペラ史上もっとも雄弁なセックス描写である。この公演では、光を激しく点滅させ、断片的に性行為を見せることによって、エロチシズムはより強調されている。

 暴力は殺人に発展する。主人公カテリーナは、抑圧的な舅ボリスを毒殺し、セルゲイとの愛を完遂させるため、不能の夫ジノーヴィを絞殺する。さらに最終幕では、恋敵の女流刑囚ソネートカを川に突き落とす(この上演では絞殺する)。1人の女性が、3人もの人間を殺すというようなオペラが、この『マクベス夫人』以外にはたして存在するだろうか。

 革命国家ソビエトが質的な転換を遂げるのは、1929年、スターリンによるトロツキー追放以降である。権力を確立したスターリンは、反革命分子を取り締まる治安組織を巨大化させていく。自由な芸術活動を謳歌したロシア・アヴァンギャルドの芸術家たちも徐々にその活動領域を狭められていった。このような時期に『マクベス夫人』は作曲された。24歳の青年ショスタコーヴィチは、いったい何を考えて、このような「頽廃的な」オペラを書いたのだろうか。そして聴衆は、このオペラをどのように受け止めたのか。

 1934年1月22日に、レニングラードのマールイ劇場で初演された『マクベス夫人』は、なんと喝采を得たのだった。その後2年の間に、マールイ劇場で83回、モスクワのネミローヴィチ=ダンチェンコ劇場とボリショイ劇場で計94回、加えてラジオ放送が6回も行われたという。ショスタコーヴィチの音楽は刺激的で、確かに面白い。しかし社会主義リアリズムが浸透しつつあったソビエト社会で、このオペラが素直に受け入れられたとは到底思えない。どうやらこの作品は、階級対立のドラマと解釈されたらしいのだ。殺されたボリスとジノーヴィはブルジョア階級で搾取者、カテリーナは抑圧された人民というわけだ。ソビエト共産党のお墨付きのもと、聴衆はこのオペラを大いに楽しんだのだった。

 しかし、1936年1月26日、スターリンがボリショイ劇場で『マクベス夫人』を観るに及んで、このオペラの運命は一変する。2日後「プラウダ」に、「音楽のかわりに荒唐無稽」という論説が発表され、以降何十年もの間、闇に葬られることとなった。カテリーナは、社会主義の英雄から、危険極るトロツキストに変貌させられたのである。スターリンはある意味で、この作品の「反社会性」を見抜いたとも言える。

 政治に翻弄された『マクベス夫人』だが、この作品が明確な政治的意図をもって書かれたとは思えない。ボリスとジノーヴィたちイズマイロフ家をスターリン社会の縮図と見立てる説もあるようだが、24歳のショスタコーヴィチが、無意識のレヴェルは別にして、それほど大胆な反スターリン主義的意図を持っていたとは考えにくい。ロシア・アヴァンギャルドの残滓はまだ漂っていただろうし、若い天才作曲者の芸術的野心こそが、このオペラを生んだ原動力ではないだろうか。

 『マクベス夫人』は、1932年5月に結婚したニーナ夫人に捧げられている。このことからもわかるように、ショスタコーヴィチはこの作品に肯定的な意味を持たせているはずである。それは主人公カテリーナに対する熱い思いであろう。封建的な商家の過酷な家庭環境のなかにあって、自らの愛と自由を必死で求め続けたのがカテリーナなのである。舅と夫殺しも、愛を成就させるためには止むを得ないものであった。その愛の対象であるセルゲイに裏切られた時のカテリーナの悲哀と絶望――その底知れぬ深さは、彼女の最後のアリア「森の奥の茂みに湖がある」に見事に表現されている。これを歌うエファ=マリア・ウェストブロックの目には涙が溢れていた。美しい、しかし力強い声で全幕を歌いきったウェストブロックはカテリーナそのものであり、愛と自由というこのオペラの本質をよく体現したといえよう。

2006年6月25、28日 アムステルダム音楽劇場
【作 曲】ドミトリー・ショスタコーヴィチ
【原 作】ニコライ・レスコフ
【台 本】アレクサンドル・プレイス、ショスタコーヴィチ
【指 揮】マリス・ヤンソンス
【演出】マルティン・クシェイ
【カテリーナ】エファ=マリア・ウェストブロック
【セルゲイ】クリストファー・ヴェントリス
【ボリス】ウラディーミル・ヴァネーエフ
【ジノーヴィ】リュドヴィート・ルドハ
【アクシーニャ】キャロル・ウィルソン
【ボロ服の農民】アレクサンドル・クラヴェツ
【警察署長】ニキータ・ストロジェフ
【司 祭】アレクサンドル・ヴァシーリエフ
【ソネートカ】ラニ・ポウルソン
【合 唱】ネーデルラント・オペラ合唱団
【管弦楽】ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

2009年7月20日 
j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その20

2009-06-17 21:26:11 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その20

華麗なるオペラ・セリアか?!
――新国立劇場の『チェネレントラ』

 このひと月、面白いオペラを立て続けに観た。『ムチェンスク郡のマクベス夫人』(ショスタコーヴィチ)、『ポッペアの戴冠』(モンテヴェルディ)、そして『チェネレントラ』(ロッシーニ)である。いずれも新国立劇場の出し物である(『ポッペア』だけは中劇場)。『マクベス夫人』をこの欄で報告しようと思っていると、『ポッペア』を観る時期が来て、どちらを書こうかと迷っているうちに、『チェネレントラ』を観るはめになってしまった。そこでまずは、ロッシーニの楽しい音楽がまだ耳に残っているうちに、『チェネレントラ』についてのあれこれを書き留めておくことにしよう。

 今回の上演は、ジャン=ピエール・ポネルの演出に基づいている。同じ演出による秀抜なLDが1988年に出されていて(指揮はクラウディオ・アバド)、これは家族全員で繰り返し楽しんだものだ。ユーモアにあふれ、躍動する音楽と見事な調和を見せるその演出は、いま観ても少しも古びていない。懐旧の情に浸る間もなく、私はポネルの世界に引き込まれていった。

「チェネレントラ」とはイタリア語で「灰かぶり娘」、つまり英語の「シンデレラ」のことである。基本構造は私たちのよく知っている物語と同じで、いじめられて台所で灰かぶりになっている娘が、思いもかけない力によって出た舞踏会で王子に見初められ、めでたく結婚するという話である。この継子話は世界に広く分布するようで、起源は東洋にあるらしい。私たちにはむしろ『グリム童話』で親しいものになっているのだが。

 ただこのオペラの物語は、『グリム童話』とはいくつかの点で異なっている。血の繋がりのない姉二人は共通するものの、重要な役割を演じる親は、継母ではなく、継父である。昔話に込められた娘と母親の葛藤という心理学的テーマは、父親を登場させることで、宮廷での出世をテーマのひとつとする世俗物語に変えられている。 

そして、ダンディーニという、王子とは対極の位置にある従者が準主役として創造され、この二人の言動は、「権力」と「愛」という対立する概念を導き出すことになる。継父と二人の継姉は、権力を求めて、従者が扮装した軽薄な「王子」をひたすらに追い、アンジェリーナ(チェネレントラ)は、心優しい「従者」(じつは王子)に愛を捧げる。このオペラの正式のタイトルは、『チェネレントラ、または真心の勝利』なのである。

 タイトルロールを歌ったヴェッセリーナ・カサロヴァは、このオペラのセリア的要素を体現して、高貴そのものだった。その深い第一声が静かにホールに響くや、たちまち私は魅了されてしまった。もちろんロッシーニが要求する超絶技巧も難なくこなし、最後を締めくくる大アリアに至っては、寛容の徳をしみじみと、しかも華麗に讃えて、聴くものを圧倒した。 

 アントニーノ・シラグーザは、ロッシーニを歌うために生まれてきたテノールではないだろうか。気掛かりだった音程の不安定さも消え、きらびやかで軽やかな歌声は、満場の聴衆をブラボーの渦に巻き込んだ。第2幕のアリア「彼女を探し出してみせる」は、鳴り止まぬ拍手に応えて、繰り返し歌った。

 日本人歌手二人を含めて脇役も良かった。しかし肝心のサイラスの指揮については評価が分かれるだろう。ロッシーニらしくない音楽なのである。躍動感に満ちた、たとえばアバドの指揮する音楽に比べると、地味というほかない。しかし彼は、主役のカサロヴァを念頭においた音楽作りをしたのではないだろうか。ブッファとセリアが拮抗するこのオペラにおいて、明らかにセリア寄りの指揮であった。これも悪くはない。私は大いに楽しんだのだから。

2009年6月12日 新国立劇場
【作 曲】ジョアキーノ・ロッシーニ
【台 本】ジャコモ・フェレッティ
【指 揮】デイヴィッド・サイラス
【演出・美術・衣裳】ジャン=ピエール・ポネル
【再演演出】グリシャ・アサガロフ
【演技指導】グリシャ・アサガロフ/グレゴリー・A.フォートナー
【ドン・ラミーロ】アントニーノ・シラグーザ
【ダンディーニ】ロベルト・デ・カンディア
【ドン・マニフィコ】ブルーノ・デ・シモーネ
【アンジェリーナ】ヴェッセリーナ・カサロヴァ
【アリドーロ】ギュンター・グロイスベック
【クロリンダ】幸田 浩子
【ティーズベ】清水 華澄
【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

2009年6月15日 
j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その19

2009-04-05 23:56:46 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その19

     人間の欲望は果てしない
              
デジタルテレビ導入顛末記


 今回の私のブログも特別編である。オペラにも映画にも直接の関係はない。しかしそれらを日常的に楽しむ手段、つまりディスプレイに関わることなので、機械のこととはいえここで報告をしたいと思う。


 オペラを大型のディスプレイで鑑賞することは長年の夢だった。が、小型ながら、まだ十分に鑑賞に堪えるテレビを処分することには抵抗があり、また、地上波の強制的なデジタル化にも不快感を覚えていた。周囲の友人・知人がテレビを大型のものに買い換えるなか、内心悶々としながらも、今まで我慢を重ねてきたのである。

 しかしついに2週間ほど前、42型のテレビを購入することになった。それまで持っていたテレビを貰い受けてくれる人が見つかったことも購入動機だったが、残されたそう長くもない人生、可能な限り楽しもうではないかと、強く自分に言い聞かせた結果でもある。

 どこのメーカーのテレビを買うかは選択の余地はなかった。近所の電気店が東芝の代理店であるため、東芝製品を買うしかないのである。地域の発展のことを考えると、いかに量販店の価格が安くとも(価格は4割近い差がある)近くの商店で買物をしたほうがいい、という殊勝な考えもなくもなかったが、その選択にはもっと現実的な理由があった。屋根にアンテナを立てていると、時に強風で倒れることがある。今まで2度、その電気店にお世話になっていた。テレビ本体を買わず、屋根のアンテナだけ修理をしてもらうわけにはいかないのである。

 東芝のテレビといっても、42型に限定しても7種類もある。ディスプレイの精細度からはじまって内蔵ハードディスクの有無、周辺機器との接続関係、パソコンとの連携など、調べなければならない要素がいっぱいある。二転三転しながら私が決めたのは、ZH7000という型である。ディスプレイの質とハードディスク内蔵の2点が決め手となった。

 やっとの思いで手に入れた大型テレビだが、デジタル映像の美しさは私の予想を超えていた。高精細というだけあって、細部にいたるまで鮮明である。顔のアップなどあまりに生々しすぎて、どぎまぎしてしまうほどだ。立体感も含めて、今までのテレビ映像とは質的に異なる。購入した日の数日後に放映された何本かのバレエ作品を観るに及んで、私は大きな衝撃を受けた。それはカルチャー・ショックという言葉こそふさわしい。

 ここで私のなかに葛藤が生じてきた。これまで営々と収集してきたオペラや映画の映像資料はいったい何だったのか、という疑問である。デジタル高精細で観る映像は、これまでのアナログのそれとは、大げさにいえば天と地ほどの差があるのだ。それまで美しい映像だと思って観ていたソフトも、大型ディスプレイ上では粗さが目につくばかり。これにはまいった。

 私の持っているDVDレコーダーは東芝製である。今度購入したテレビも東芝製ゆえ、そのハードディスからのダビングは可能だと思っていた。ところがそれができない。可能なのは最新型のみだという。これは大きな計算違いだった。テレビに録画したハイビジョンのベジャールのバレエは、最新型東芝製DVDレコーダーがなければテレビから取り出すことができない。つまりDVDとして残すことができないのである。ハードディスクを増設して映像を残すことも考えたが、テレビの録画機能は貧弱で編集ができない。不要な部分の消去もできないし、チャプターを付けることすらできないのだ。これも計算違いのひとつであった。

 ここは新しいDVDレコーダーを買うしかないと腹をくくったものの、東芝製ではハイビジョンレベルのDVDを作ることができない。高精細録画が可能なDVDレコーダーの規格競争で、東芝(HD DVD)はソニー・パナソニック陣営(ブルーレイ)に敗れ、この市場から撤退したからだ。仕方なくパナソニックのDVDレコーダーを購入した(DMR-BW850)。今度は価格ドットコムで調査をし、一番安い店で買った。しかしベジャールのバレエはテレビのハードディスクからは取り出せないままである。それにテレビのハードディスクは無用の長物となってしまった。

 少しでも美しいものを観たいという願望も、人間の持つ欲望のひとつである。より便利に、より快適にという欲望と本質的に変わりはない。この飽くなき欲望は人間に大いなる「進歩」をもたらしたが、その行き着く先は、人類の滅亡であるかも知れない。私という人間も、その滅亡への道に大いに加担しているのだと、今回の我が行動を顧みて思わざるを得ないのである。

 人に感動を与えるのは映像の美しさだけではもちろんない。30年前に録画されたクライバー指揮の『カルメン』を先日観たが、映像は粗いものの、しなやかでドラマティックな音楽は人の心を動かさずにはいない。つまるところ大切なものは、演奏の中身ということになる。

2009年3月31日 
j-mosa


楽しい映画と美しいオペラ―その18

2009-03-04 00:46:21 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その18

   牙を剥く農業資本と人間の生命力
      ジョン・フォード『怒りの葡萄』

 アメリカのサブプライム・ローンに端を発した経済不況で世界が揺れている。経済が巨大な規模でグローバル化していることを身をもって実感させられる日々だが、貿易において、アメリカが重要な戦略物資と位置づけているものに食糧がある。広大な農地を背景に、播種から収穫まで、一貫した機械化農業が生み出す安価な小麦・トウモロコシ・大豆が、日本はもちろん、メキシコなどの農業国をも席巻している。

 おまけに、遺伝子組み換えという最先端のバイオテクノロジーを駆使して、世界の種子を独占しようとしているのである。モンサントとデュポンの、アメリカの2大バイテク企業の種子売上げは、世界市場の35%を占めるという。除草剤と抱き合わせに販売する巧みな商法で(遺伝子組み換えによって除草剤に強い種子が作られている)、莫大な利益を上げているともいう。

 さてこの2月23日、NHKのBSで、ジョン・フォードの『怒りの葡萄』が放映された。登場人物はほとんどが農民である。当然のことながら、当時のアメリカの農業のありさまが背景として描かれている。それもドキュメンタリー映画と錯覚するほどのリアルさをもって。そこには、アメリカの現代農業の原点が、赤裸々に表現されているのだ。「難民」が生み出される構造も見てとることができる。

 1930年代末、アメリカ南部は旱魃と砂嵐に見舞われ、農民は凶作に為す術もなかった。この歴史的事実をもとにスタインベックは小説を書き、その刊行の翌年、1940年にこの映画は作られた。ジョン・フォードは原作に忠実な映画化を行ったようである。

 広大な畑を貫く1本の道。そこを白昼、背の高い一人の青年が歩いている。便乗お断りというプレートを無視して強引にトラックに乗り込むあたりから、この青年の性格が描写される。運転手は好奇心に満ちた目で助手席に座る青年を眺め回すが、それに対して彼は、「刑務所からの帰りだ」と乱暴に答える。降り際には「殺人罪だ」とも。ヘンリー・フォンダ扮するトム・ジョードはこうして登場する。秀抜な幕開けである。

 彼は7年の刑期のところ4年で仮出所となり、家族の暮す家を目指している。夜半、途中遭遇した元説教師(ジョン・キャラダイン、彼も好演)ともども家に帰り着くが、そこには人の気配がない。砂嵐のなかで、灯火のない家がふるえている。いったい何が起こったのか、彼らには理解できない。かろうじてろうそくに灯をともすと、片隅に物音がする。疲れきった表情の隣家の主人ミューリーが姿を現す。彼は事の顛末を語って聞かせるが、その物語にこそ、現代にまで続くアメリカ農業の本質が隠されている。

 ジョード一家は、そして周辺の多くの家も、数代にわたる小作農民である。彼らは、凶作に便乗した地主に土地を追われようとしている。生まれたときから住み、土にまみれて働いてきた土地である。簡単に立ち退くわけにはいかない。しかし、抵抗する農民の家は、大型トラクターに踏み倒される。それを操縦する若者は、顔見知りの農民の息子だ。「食っていくためには……」と彼は言う。

 立ち退きを迫る男たちにミューリーは銃を向ける。しかし彼らは使い走りにすぎない。地主はどこだと彼は叫ぶが、もはや顔の見える地主は存在しないのだ。土地は企業家のものになり、その背後には金融資本がある。「いったいどいつを撃てばいいんだ!」。悲痛な農民の声が乾燥した大地に響くばかりだ。

 1台の大型トラクターが、小作農家12軒分の収穫をあげる時代がきていたのだ。アメリカの農業が本格的に大規模化するのは第2次世界大戦の後だが、その芽はすでに1930年代に芽生えていたことになる。

 ジョード一家12人は、家財道具一式をおんぼろトラックに詰め込み、はるかカリフォルニアを目指してオクラホマを後にする。年老いた祖父は最後まで出立に抵抗する。そしてオクラホマを離れる前に心臓麻痺で死亡するのだが、彼の手にはしっかりと土が握り締められていた。土地を奪われるということは、単に生産手段を奪われるということではないのだ。心の拠り所も同時に奪われるということだ。

 同じように土地を奪われ難民化した農民は数が知れない。こぞって「乳と蜜の天地」カリフォルニアを目指す。もちろんカリフォルニアは楽園などではなく、桃など果実農園の労働力は買い手市場となっている。劣悪な住居と買い叩かれる労賃、反抗する人間への資本と警察権力の仕打ち。現実を前に、主人公トム・ジョードの目は開かれていく。

 ヘンリー・フォンダは、自らトム・ジョード役を買って出ただけに、緻密で周到な演技を見せる。家族思いで情に厚く、人一倍の正義感を持ち、しかし喧嘩早さに難がある。それに長年の刑務所生活の故か、狷介で屈折した面も併せ持つ。また、教養はないけれど、物事の本質を見極める確かな目を持っている。こんな難役を見事に演じている。

 4年ぶりに母親に会う場面の、フォンダの表情がいい。母親への懐かしい感情を胸一杯に込め、“Ma!”と一言発するのだが、それだけで彼がいかに母を愛し、家族を愛しているかが、観る者に伝わってくる。彼を抱きしめる母親がまたいい。この映画は、現実をリアルに描いた、単なる社会派映画ではないのだ。母親に象徴される、悲惨さをものともしない庶民の生命力こそ、この映画の主題といえるだろう。母親を演じたジェーン・ダーウェルは、アカデミー賞の助演女優賞を得たというが、もっともなことである。

1940年アメリカ映画
監督:ジョン・フォード
脚本:ナナリー・ジョンソン
原作:ジョン・スタインベック
撮影:グレッグ・トーランド
音楽:アルフレッド・ニューマン
出演:ヘンリー・フォンダ/ジェーン・ダーウェル/ジョン・キャラダイン

2009年2月27日 
j-mosa

 


楽しい映画と美しいオペラ―その17

2009-02-02 23:15:48 | 楽しい映画と美しいオペラ

楽しい映画と美しいオペラ―その17

    チャイコフスキーの抒情と諦念
    ―バレエ『オネーギン』と交響曲『悲愴』  

 昨年も末頃、まったく思いがけなく、立て続けにチャイコフスキーを聴くことになった。貰い受けた招待券の演目がチャイコフスキーだったり、指揮者を聴く目的で買ったチケットもそうだったり、常日頃はほとんど聴くことのない音楽をたっぷり耳にして、これまた予想外の感動を味わったのだった。

 そんなこともあり、このブログでの私の分担を外れることになるが(オペラと映画、これは私が勝手に決めた分担)、今回は番外編として、チャイコフスキーのバレエと交響曲を取り上げることをお赦し願いたい。

 バレエという舞台芸術も私にはずい分と縁遠いものだった。娘たちがまだ小学生の頃、もう20年も前のことになるが、『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』など、いわゆる名作バレエを観たくらいである。今回、『オネーギン』なるチャイコフスキー作品を観る気になったのは、招待券が回ってきたこともあるが、オペラ『エウゲニー・オネーギン』と比較してみようという気持ちもあったからである。

 このオペラは、メロディーの美しい抒情性豊かな作品で、私は気分が向けば、ラックの片隅からこのDVDを選り出すことがある。しかし主人公オネーギンには、その倣慢さが鼻について、何度聴いても共感を覚えることはなかった。このオペラは、オネーギンに心を寄せながらその想いがかなわない、貴族の娘タチヤーナこそが主人公だと思う。

 バレエももちろんそのように作られている。しかしここでのオネーギンは、満たされることのない心の空虚をその踊りににじませて、私はいたく心を動かされたのだった。タチヤーナの求愛を冷たく拒絶したオネーギンだったが、その後数年間の放浪生活は空しいものだった。この間のオネーギンの悲哀の心境、そして彼と舞踏会で再会したときのタチヤーナの激しい心の動き。音楽に込められたこれら哀切と痛切の情感を、ジェイソン・レイリーとスー・ジン・カンの2人の踊り手は見事に表現した。とりわけ韓国人スー・ジン・カンは、私が観たオペラのどのタチヤーナよりも素晴らしかった。少女の恋の甘さと切なさ、公爵夫人の気品と揺れる心――舞踏がこれほどの説得力をもつとは!

 オペラは音楽と演劇が結びつき、その2つを媒介するものは言葉である。バレエにはその言葉がなく、音楽がいきなり人間の肉体の動きに結びつく。それが抽象的である分、バレエの方がより音楽に近い。オペラも音楽が主体であることは間違いないのだが、演劇的要素で強引に観る者を引きずり込むことができる。演出が勝って、音楽を殺してしまうこともままあるし、つまらない音楽を演出でカバーすることもある。

 バレエの上質な上演は、いい音楽を抜きには考えられないのではないだろうか。踊り手に深く感受された音楽は、その肉体をとおして、観る者の全身にストレートに訴えかける。タグルという指揮者はこのバレエ団専属の人らしいが、聴かせどころをわきまえたいい音楽を奏でた。そして、人間の感情を濃密なまでに表現するチャイコフスキーの音楽は、やはりバレエに向いているのだと、この公演を観て実感した。

 チャイコフスキーは、私をクラシック音楽に導いてくれた作曲家のひとりである。初めて聴いた生のオーケストラも交響曲第6番『悲愴』だったし、中学から高校にかけて、彼のピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲もよく聴いた。しかし青春時代以降、チャイコフスキーとはほとんど縁がなくなった(オペラは別にして)。おそらく、そのあまりに人間臭い音楽に辟易したからだろう。ところがバレエ『オネーギン』を観てから半月後、今度は『悲愴』を40数年ぶりに聴くことになった。

 一度聴いてみたいと思っていた指揮者の尾高忠明が、自宅近くのかつしかシンフォニーヒルズに来演するというので、オーケストラは地元のアマチュアながら出かけることにしたのだった。そしてそこで、誠に感動的な『悲愴』と出会ったのである。

 尾高の奏でる『悲愴』に込められた、死を目前にしたチャイコフスキーの諦念が、私の心の琴線に深く触れたのだと思われる。音楽の発するメッセージに聴く者の心が共振すると、そこに日常の裂け目が生じる。メッセージが深いものであるなら、その裂け目からは間違いなく感動が生まれる。それが哀しみに満ちたものであっても、聴いた者の心は落ち着いた充実したものとなる。尾高忠明と葛飾フィルハーモニー管弦楽団に感謝を捧げたひとときだった。そして今、これからもチャイコフスキーを聴いてみようという気になっている。

シュツットガルト・バレエ団『オネーギン』
台本・振付・演出:ジョン・クランコ
オネーギン:ジェイソン・レイリー
レンスキー:マリイン・ラドメイカー
ラーリナ夫人:メリンダ・ウィサム
タチヤーナ:スー・ジン・カン
オリガ:アンナ・オサチェンコ
乳母:ルドミラ・ボガード
グレーミン公爵:ダミアーノ・ペテネッラ
指揮:ジェームズ・タグル
管弦楽:東京シティ・フィルハーモニー管弦楽団

2008年11月29日 
東京文化会館

チャイコフスキー『交響曲第6番〈悲愴〉』
指揮:尾高忠明
管弦楽:葛飾フィルハーモニー管弦楽団

2008年12月14日 
かつしかシンフォニーヒルズ

2009年1月30日 
j-mosa