ジャズピアニストのジャズ批評

プロの耳で聞いたジャズをミュージシャン流に批評。

Ⅹ Chameleon

2007-11-28 11:53:58 | Weblog
'73年のアルバム「Headhunters」がハービーハンコックのターニングポイントになった。中でもこの「Chameleon」はA面の1曲目で15分を越す長さで収録されており、印象的なシンセサイザーのベースラインとスペイシーでシンプルな曲の作りで大ヒット曲となった。とにかくこのアルバムは収録されているのがたった4曲だ。つくり方もかなりラフと言えば言える。でもセッションやライブパフォーマンスで鍛えられこなれた音だ。とくにリズムセクションは圧巻だ。ハービーはこの前の数年間でいろんな経験をしたのかもしれない。アルバム作りのどこに力を注ぎ、まとめ上げるか、自分のイメージするものと実際の音とのギャップをどう埋めるか?ハービーほどの才能とこの頃もうすでに持っていた充分なキャリアを持ってしてもミュージシャンが実際にプレイしている時のイメージとアルバムとして出来た「結果としての音」、そしてそれに対する世間の評価、これらをうまくかみ合わせるということは大変なことなのかもしれない。音楽には「馴染み」が必要だ。簡単と思われる曲でも何度も演奏し、色々工夫しているうちに自分のものになってくる。聴いてる方にもそういうことが言える。最初は奇異に感じる音楽でも日常的に接しているうちにその真意が分かってきて好きになってきたりする。ハービーは経済的な失敗もあって前のバンドを解散したあと、この新しいバンドでずいぶんセッションをやったようだ。そしてお互いの音を理解して馴染ませてそのライブ感覚をレコーディングに持ち込んだ。アルバムが世に出た時、ハービーの変節みたいなことも言われてたけど、そのうち聞く側もこのサウンドに馴染みができてきてこのアルバムがジャズミュージシャンとしてのハービーの真骨頂だと思えるようになってきた。このアルバムがハービーハンコックの代表作になり、大ヒットアルバムになったのはこの音楽の真意が世間に認められたということだと思う。本当に良かった。

Ⅸ Hidden Shadows

2007-11-24 02:02:12 | Weblog
この曲は「セクスタント」からの抜粋で、当時ハービーはセクステットを率いて精力的に活動していた。新しい音楽イメージがあったのは確かで、それを具体化して世に発表するために苦労していた。この頃のバンドは「ムワンディシバンド」と呼んでいたようだ。でも芸術というのはイメージを具体化するのは至難の業だ。この音楽自体はある程度目的を達成しているかもしれないけど、音楽は業界を通してアルバムとして発表する以上、たくさんの人に受け入れられて経済的な見返りがないと世間からは失敗作とされてしまう。つらいところだ。このテイクをよく聴くとハービーのイメージする音楽とくにその構造を理解するのはかなり難しいと思う。本当は筋の通った方向性があるんだけど、よく聴かないとバラバラに聞こえる。まるでまとまらない国連会議みたいだ。当時最新のアナログシンセサイザーも取り入れてとにかく新しい音楽を作ろうとしている。ハービーにとってはそれがジャズなんだ。結果はどうあれこれはこれでいいと思う。ハービーハンコック自身はどう思っていたか分からないけど、何かを創るときに必ず襲ってくる苦しみがあったことは確かだろう。でも苦しみは創造の欲望の裏側にあるものだ。創造の欲望がなければ苦しみもない。でもその欲望が満たされた時、歓喜の瞬間が訪れる。これが芸術家の特権だ。経済的にはあまりうまく行かなかったこの時期、音楽もはっきりしないと言われていたこの時期、ぼくも当時はそう思っていた。でも今はこの音楽の奥にハービーハンコックのミュージシャン魂を感じる。

Ⅷ Tell Me A Bedtime Story

2007-11-21 00:00:26 | Weblog
この曲はハービーがマイルスバンドを退団して最初のリーダーアルバム「ファットアルバートロウタンダ」からの抜粋だ。このアルバムはワーナーブラザーズからリリースされている。確か冷蔵庫とその中の食べ物の写真がジャケットになっていた。今手元にはない。これはテレビのシリーズ物のサウンドトラックとして録音されたものらしい。そういえば妙な音楽だった。まあでもこんな名曲も含まれていたんだからよしとしよう。とにかくいい曲だ。ハービーの才能と教養がつまっている。レパートリーにしているピアニストも多い。ここではハービーはエレキピアノを弾いている。エレクトリックピアノはまだ世に出て数年の頃だ。まだこの頃はマークがフェンダーローズとなっていた。その後フェンダーが手を引いてローズだけになった。ボクも何台も買い変えた。ちょっとずつ違って良くなっているようなそうでないような・・・。ハービーは情報によると鍵盤部分は相当古いモデルを気に入ってずっと使っていたようだ。何かが気に入ったんだろう。自分の楽器だからそのぐらいの思いいれがあって当然だ。エレクトリックピアノは不思議な楽器だ。今はもうほとんどの人がライブではあの音をサンプリングして使っているけど、元の楽器は前に座ると独特の匂いがして、出る音も独特だ。音楽のテクニックの内容によって簡単に弾ける部分と弾きにくい部分とがあって「慣れ」が必要だ。ヴォイシングも多少変えないとアコースティックピアノと同じにはいかない。でもとにかく一世を風靡した。今はレコーディングスタジオに行けばあるけど、ライブではほとんど使われなくなった。でもあの「エレキピアノの音」を世の中に浸透させてしまった。'70年前後はエレキピアノを使うかどうかがピアニストにとって結構大問題だった。嫌って絶対弾かない人もいた。大御所ならそれでもいいけど、かけだしはそんなことは言ってられない。借金をして楽器を買い、重い楽器を運んでセッティングして演奏する。はんぱじゃない重さだから、演奏の前に疲れるし重いものを運んで指は硬直してしまう。立派なグランドピアノが置いてあるのに言われるままにフタを閉めてその前にセッティングしてやったこともある。そういう時代だった。まあ何事も経験だ。ハービーハンコックはマイルスから独立し当然のように、グループを組んでリーダーとして活動しだしたけど、この頃からのハービーは苦難の連続だった。もちろん音楽的な意味だけど・・・。でもそういってふり返れるのもそれから何十年も頑張りぬいて今も現役として健在だからで、この頃はハービーハンコックという人はどういう人なんだろう、どうなってしまうんだろうと悲観的にみていた。人生は一筋縄ではいかない。

Ⅶ The Sorcerer

2007-11-15 01:59:37 | Weblog
このテイクは'68年のハービーハンコックのブルーノートでのリーダーアルバム「Speak Like A Child」からの抜粋だ。この「The Sorcerer」という曲はハービーのオリジナルで、同名のタイトルのアルバムがこのブルーノート盤の数ヶ月前にマイルスディヴィスクインテットのアルバムとしてすでにリリースされている。ふたつのテイク、同時期ではあるけどトリオとクインテットという違い、そしてドラマーが違う。何度もよく聴き比べた。うううん・・・。それぞれに感想はあるけど引き分けにしよう。まあ勝ち負けをつけるのもおかしな話だけど・・・。でも両方とも何度でも聞ける。ということはいい音楽なんだろう。この「Speak Like A Child 」というアルバムは全曲ハービーのオリジナルで、数人のホーン奏者を加えた編成で実験的なアレンジをしてある。トリオのテイクもある。ソロをするのはハービーだけ、ピアニストのいわば憧れのアルバムだ。ボク自身はあまりこういうことに興味がないというか、できるとも思っていないので、好きな音楽として聞いていただけだったが、ボクの先輩で親しい友人でもある辛島文雄さんが、このレコードに憧れていて何枚かリーダ-作を残した後、作れる立場になった時にこれに似た企画のアルバムを苦労して作ったことがある。たしかあの頃だからトリオレコードからリリースされたと思う。間違っていたらごめんなさい。長年の夢を実現できてとても嬉しそうだったのを覚えている。できたてのレコードをお宅で聞かせてもらった。作曲の著作権もレコード印税も全部入るから、売れさえすればかなり儲かる。どのぐらい売れたんだろうか?その後のことは知らない。今度聞いてみよう。まああまり生々しいセコイ話はやめよう。ハービーのこのアルバムの曲は、今ではかなりの高級というか難しいスタンダード曲として、よく演奏されたりカヴァーされたりしている。これだけの曲をどのぐらいの期間で書いたんだろうか?忙しいのによく時間があったものだ。まあ作曲というのは、すぐ出来たり何年もかかったりするもんだから、きっちり期間は特定できない。ハービーも作曲のネタ帳みたいなのは作ってそれにいろいろ書き留めてあると思う。曲を作る人はみんなやっている。ハービーのネタ帳、覗けるもんなら覗いてみたいね。

Ⅵ Circle

2007-11-12 03:06:41 | Weblog
この「Circle」という曲は「Miles Smiles」に収録されているものでこの曲は以前のマイルスの「ドラッドドッグ」という曲を元にしたもののようだ。でもこのテイクをハービーの経歴のひとつとして取り上げるというのはなかなかのものだ。ハービーの音楽性の幅広さがよく分かる。「Miles Smiles」という作品はマイルスのアルバムの中でも秀逸と言っていい作品で当時のマイルスバンドの音楽的レベルの高さがよく出たアルバムだと思う。この「Circle」という曲自体はやってみると、ホントに難しい。コード進行がやっかいだ。他に言い様がない。このアルバムの他の曲は実は全然違って、ほとんどルールのない形の曲をこのメンバーでしかできないやり方ですごい音楽にしているんだ。絶対に他の人はマネできない。「この時期のマイルスのバンドさえ聞いていればモダンジャズは全て分かるから他のバンドは聞く必要はない。」と、ジャコが言っていた。まあちょっとオーバーなところもあるけど、なるほどとも思う。でもこのバンドでさえやはりほとんどルールのないこのやり方でヒップでかつある程度バランスのとれた観賞に耐えられる音楽にできるのは、ほんの時々だ。ほとんどは失敗する。この頃、マイルス以外のメンバーはこういう曲がレパートリーとしてあるんだからライブでもやろうとマイルスにせまったりしたらしいが、マイルスはやはりバンドリーダーとしての責任から昔の秩序あるレパートリーをやっていた。つらいところだ。でも一端こういうやり方を覚えるとどんな曲をやってもそうなってしまう。この頃のツアーでの演奏を聞くとレパートリーは昔のままなのにもう崩壊寸前だ。これがすごいといえばすごいけど・・・。どうだろう?もう何かを変えないと手に負えないという感じだ。受け取り方はいろいろあるけど、こういう音楽的な混乱が起きるというのは本当に生きた芸術としてジャズが存在していたという証だ。本当のジャズスピリットだ。