ジャズピアニストのジャズ批評

プロの耳で聞いたジャズをミュージシャン流に批評。

Ruby My Dear

2008-01-29 04:24:10 | Weblog
これはモンクの初期の作品だ。かなり若い頃に作ったと思う。自身の演奏としては、コルトレーンとのセッション、コールマンホーキンスともやっている。ソロピアノでも数回レコーディングしている。カーメンマクエーが歌詞をつけて歌っているヴァージョンもある。独特の美しさを持った曲だ。形としてはA,A,B,A'と思っていい。E♭のⅡ-Ⅴ-Ⅰで始まるけど独特の転調の仕方をする。ブリッジの部分はキーがAになりⅠ-Ⅱ-Ⅴの動きになる。ブリッジの後半は調性が2小節ごとに変化するけど、要するにB♭,D♭というこの曲全体のドミナントの軸で動いているだけだ。でもよく出来ている。色んなポイントはあるけど、まずA'の部分の最後、いわばコーダの部分を見てみよう。サブドミナントであるA♭のⅡmから次にモンクが押さえているのは、下からE-B-G♯-D-F♯-Aだ。ポリコードでもないからコードネームのつけようがない。まあ機能としてはドミナントだ。それはまちがいない。そしてそのあとAのキーの平行調のG♭に解決している。モンクの曲はたくさんスタンダードとして認知され世界中でカバーされている。それはいろんな「クッキング」が可能でたくさんのイメージを与えてくれるからだ。でもこの曲のこの部分はとても困る。他のコードが見当たらない。モンクと同じ押さえ方しかできない。このヴォイシングは過去の作曲家にも使った人はいる。でもやはり特殊の部類に入る。ここを無理に変えてしまうと曲が変わってしまう。リハーモナイズというのは原曲のコードより質が落ちてしまってはやる意味がない。この曲はエンディングも独特だ。これが「Ugly Beauty」なんだろうか?やはりモンクのセンスは特別だ。もちろん曲を通しての単純な美しさもある。でもブリッジの最後の部分、そして曲の最後の部分、まさに「Monk's Music」だ。

Peri's Scope

2008-01-24 04:20:01 | Weblog
この曲はビルエヴァンスが当時の恋人ペリの名前を題名にしたもので、「ポートレイトインジャズ」に最初に収録され、その後もずっとライブ演奏していた。ジョンミーガンがジャズピアノの教本を書く時、コンテポラリーピアノスタイルのヴォイシングのモデルとして、エヴァンスのこの曲のコピー譜を使った。エヴァンスはそれをとても光栄だと喜んでいたらしい。現在は市販されている楽譜にも載っていてすぐ手に入る。コードのルートを押さえず、テンションを加える方法は今でこそ普通になっているけど、画期的なことだった。もちろんそれは優れたベーシストの存在があってのことだ。その中でのⅡ-Ⅴの動きは和声学の基本にものっとっている。ただシンコペーションを多用するタイミングの問題は譜面からだけだと分かりづらい。やはりレコードを聴かないとだめだ。さて曲の分解だ。この曲は8小節の段落が3つでできている。基本的にはⅡ-Ⅴ-Ⅰだ。3つ目はまず問題ないだろう。なんてことはない。2つ目は5小節目から3拍フレーズでリズミックな緊張感をだしているけど、和声構造としては4度進行だ。まあ洒落たアレンジでこの曲のよさを引き出している。問題は1つ目だ。Ⅱ-Ⅴ-Ⅰを3回繰り返した後、長3度上E7に行っている。ルートが何度移行するかというのは、音楽の進行上重要な問題で、こういう風にずっと4度進行していたものが、急に長3度上行すると音楽の進行の強度が変わってしまう。この場合だと弱まってしまうんだ。長3度上行、短6度下行はいわゆる弱進行だ。ジャズミュージシャンはコード進行に敏感だ。常に細心の注意を払って演奏している。この曲のように軽快なテンポでやる曲は特にルートの進行の「強度」をより感じてしまう。このE7のところで和声の進み方が緩む。でもそこがいいんだ。それがこの「Peri's Scope」なんだ。ビルはこの曲を20代の終わりごろ書いたようだ。「Jazz Tune」として、とても優れていると思う。すごい才能だ。

Manhattan

2008-01-21 23:49:24 | Weblog
'90年ごろからハンコックはパットメセニー、ジャックディジョネット、デイヴホランドと組んだバンド、自身のトリオ、そしてウェインショーターとのデュエットなど以前にもまして、普通のミュージシャンではできないような多岐にわたる活動を同時進行させながら行っている。この曲は「ザ・ニュースタンダード」と題されたアルバムからの抜粋でピアノソロだ。ハービーのソロピアノは日本で録音された2枚があるし、「ガーシュインズワールド」でもガーシュインの曲をソロで弾いている。ライブコンサートでも数回聴いた。この「マンハッタン」のテイクは音楽的には全くのハンコックサウンドで何も口をはさむ余地はないが、ちょっと録音状態が気になる。もしかしたらソロピアノをやるにはマイクとピアノの距離が近いかもしれない。でもまあこれはボクのちょっとした趣味の問題だ。そんなに気にすることでもない。ハービーハンコックのピアノを楽しもう。ハービーのこの2枚組のアルバムもこの曲で最後だ。あらためて曲目を眺めてみると、これは40年あまりにわたるハービーハンコックの歴史であると同時にジャズの歴史そのものだ。よくこんなことをひとりのピアニストがやってこれたもんだ。音楽全体に対する批評などありません。あらためてMr.ハービーハンコックの才能の豊かさとその健全な肉体と精神に敬意を表します。
これからは、ジャズミュージシャンが作った曲を中心に楽曲の解説をよりマニアックにやっていきたいと思います。順序は考えていません。手当たり次第です。

St.Louis Blues

2008-01-18 02:04:03 | Weblog
この曲は「ガーシュインズ・ワールド」からの抜粋だ。ハービーの長年の夢だったスティーヴィーワンダーとの共演が実現した。以前の「マンチャイルド」というアルバムにもスティーヴィーはハーモニカでちょっと参加していたけど、今度は歌を歌ってくれた。彼の才能はミュージシャンの憧れの的だ。憧れといえば、このアルバムのタイトルになっているジョージガーシュインの才能も作曲を志す人たちの羨望の的だ。この「St.Louis Blues」はもちろんガーシュインの作品ではないけど、彼の曲がアルバムにはたくさん収録されている。ガーシュインは20世紀のアメリカが生んだ偉大な作曲家だ。ピアノの腕もすごい。彼自身が弾いた「ラプソディーインブルー」も録音されて残っている。ハンコックにとって個人的にガーシュインがどういう存在なのかは分からないけど、ジャズミュージシャンはとにかくスタンダード曲として、ガーシュインの曲にいっぱい接するから、彼のすごさは身に沁みている。とにかく天才なんだろう。彼自身は10代の半ばから働き始め、まともな音楽教育は受けていない。それをとても気にしていたらしく後年友人のシェーンベルグに作曲法を教えて欲しいと頼んだらしい。シェーンベルグは全く新しい音楽理論を開発したいわば「音楽博士」といっていい作曲家で、ナチスから逃れてオーストリアからアメリカに亡命して来ていた。シェーンベルグはガーシュインに向かって「君のような天才に作曲技法は必要ない。」と言ってその申し出を断った。確かにそうだろう。でもガーシュインとしてはやはり不安は残るんじゃないだろうか?ガーシュインのような人なら1、2回レッスンしてあげれば、全て理解すると思うんだけど・・。音楽を学ぶのは難しい。結局は学び方を学ぶだけでいいんじゃないかという気がする。あまり人から教えてもらうと自分で苦労して工夫する苦しみや喜びがわからない。ジャズミュージシャンはわりと自分で工夫するのが普通になっているけど、クラシックのミュージシャン、特に学生は人に頼りすぎる。レッスンは短い期間に集中して受けて後は自力でやるべきだ。そうしないと自分の音楽が見えてこない。先生の評価が全てになってしまう。音楽表現はもっといろいろあっていいし、目先の達成感にこだわるべきではない。何十年という自分の人生の中で音楽をとらえるべきだ。ガーシュインの音楽はこのやり方でいいんだとシェーンベルグは言いたかったのかもしれない。

Rockit Ⅱ

2008-01-13 01:47:55 | Weblog
この曲は完全に「作られた音」だ。スタジオという媒体を介してミュージシャンが音を提供し合って作られている。もちろんそこにはリーダーであるハービーハンコックの意図が絶対的な権限を持って存在している。結果についてはハービーが全責任を負うのだ。あらかじめ作られたリズムセクションの音にキーボードをダビングしていく。そこにはライブ演奏にあるいわゆるミュージシャン同士のコミュニケーションはない。こういう音楽の作り方はこの数年前からさかんに行われるようになった。他のジャズミュージシャンもやっている。反発してこういう作り方を批判するミュージシャンや聴衆もたくさんいた。でもそんなことには関心を示さずいい音だと素直に受け入れる人もいた。特に踊りたい若者にレコードの作り方なんて関係ない。そしてそういう若者たちがこのハービーのアルバムの標的だったんだ。古いジャズファンが何を言っても無駄だ。ボクの経験から言うとこういうレコードの作り方はリーダーにとっては一種の快感がある。とにかくトータルに音楽を考えられるし、出来上がったときはシンフォニーを一曲書き上げたような気分になる。それがまた世の中に受け入れてもらえて経済的な見返りまであったらそれは気持ちがいい。何もかも独り占めしたような気分だ。ハンコックのように音楽の多様性を充分理解しているひとには、ライブ感覚がジャズの本筋だとか、スタジオでダビングを重ねて作り上げた音のほうが新しいとか、そんな議論は全く無意味だ。「Maiden Voyage」も「Rockit」も全てがハービーハンコックなんだ。