ジャズピアニストのジャズ批評

プロの耳で聞いたジャズをミュージシャン流に批評。

Ornithology Ⅳ

2009-12-19 03:09:33 | Weblog
ビバップという音楽の特徴を簡単に言うことはできないけど、音楽構造の面での大きな変化というか進化があったことは確かだ。フェイクミュージックとしてスタートしたジャズが題材にしてきたのは主に過去のポップ曲だった。当然歌いやすい曲だ。それに半音階的な和声をつける。リハーモナイズという手法でハーモニーを豊かにするのだ。ポップ曲が完全に全音階的というわけではない。半音階的要素も含まれている。でもその要素を多くするのだ。そしてインプロヴィゼーションにもそれを反映させる。最初は、音楽の高級感という衝撃を与える。でも度が過ぎると複雑で認識しにくくなる。あっという間にマンネリに陥る。ビバップリフレインと揶揄されるようになる。当時からこういう議論はいやというほどされてきた。その反動で7音を中心にしたモード手法といういわば音楽の「ゆり戻し」も起きた。何十年間いろんな世代のミュージシャンと接してきた。個人差もあるけどやはり世代によってそれぞれにビバップの受け取り方が違う。どっぷりはまる人、反発する人、客観的に眺めるひと、いろんな思いがあるようだ。でも全員がビバップを意識している。ビバップはそういう音楽なんだ。時代背景という要素があるにせよ'40年代にニューヨークで生まれた「ビバップ」はインプロヴィゼーションを中心とするジャズという音楽の可能性と限界を両方暗示しているのではないか?

Ornithology Ⅲ

2009-12-17 00:45:43 | Weblog
ビバップという音楽についての見解はさまざまだ。長いキャリアを持つミュージシャンの中には、よく考えてみると本当に不思議な音楽だという印象を持っている人が多くいる。何故だろう?もちろん簡単な答えはない。強烈なインパクトとパワーを持った音楽が誰か特定の人物の思惑だけで生まれてくるはずもない。それまでの何十年かのジャズの歴史に大きな理由があるのかもしれない。いろんなパワーがたまっていたのだろう。ビバップの誕生に貢献したのは当時のトッププレイヤーたちで新しいジャズの方向性を模索するうちにある一定のものがかたまってきたということだろう。だからビバップというのは曲がどうとかリズムがどうとか、ましてやアドリブフレーズ云々のことではない。彼らが目指した「ヒップな音楽」それの全体像だ。ところがそのムーヴメントの中心にはチャーリーパーカーというとんでもない人物がいた。稀代の天才だ。パーカーの音楽語法は独特だ。そしてまわりのミュージシャンも否応なしにそれにひっぱられていってしまった。モンクやマイルスのようにその渦中にいながら冷静に自分の音楽を作っていくのは大変だったと思う。パーカーの音楽はパーカー自身のものでだれもマネはできない。パーカーの語法だけをマネると音楽が歌わなくなってジャズの意義も消えうせてしまう。でもモダンジャズという音楽にはチャーリーパーカーが君臨している。避けては通れない。ジャズインプロヴィゼーションはいつも紙一重の危険性をはらんでいる。

Ornithology Ⅱ

2009-12-11 00:31:25 | Weblog
スタンダード曲のコード進行に別のメロディーをつけて新しい曲として発表する。当初はジャズのレコーディングはインディーズが多く制作費が少ないので著作権を逃れるためにやりだしたことらしい。これがジャズミュージシャンの思わぬ才能を引き出し名曲を次々生み出した。このやり方は音楽的には変奏曲に近い。でもそれを飛び越えて完全なオリジナリティーをもったものもたくさんある。この「Ornithology」もそのひとつだ。こういうアイデアは当然日ごろのインプロヴィゼーションの探求とライブ演奏での鍛錬がもとになっている。いわばジャズミュージシャンの特権だ。だから価値がある。演奏するのも難しい。モダンジャズ独特の8分音符の連続だ。割り切れない音符だしアクセントも独特だ。でもそれがジャズのスウィング感を生み出す。譜面では8分音符になっているのに実際には一拍をいろんな割合に分ける。2対1に近いときもあるしほぼ1対1の時もある。それがテンポによってみんな違うからマスターするのに時間と経験がいる。やはりジャズは演って覚えるんだ。自分がかなりできるようにならないとパーカーやディズの音符を聞いてもピンとこない。いろんな個性もある。そして最後はやはりパーカーのものすごさを実感する。世界中の誰も追いつけない次元だ。

Ornithology

2009-12-09 00:56:20 | Weblog
ガレスピーの曲、といってもコードは「How High The Moon」だ。メロディーラインから言ってディジーの曲だろうけど、パーカーやその他のミュージシャンも曲作りに関与しているかもしれない。メロディーも後半部分は何種類かある。ただ最初の8小節はこの曲を象徴する印象的なメロディーだ。「Ornithology」(鳥類学)・・・ビバップの題名らしくていい。この曲に限らずモダンジャズの初期は曲やアルバムのタイトルに奇妙なものが多い。いわば哲学的な。それがモダンジャズに対するイメージだった。もちろんそれを売りにしていた部分もある。「ビバップ」今さらながら不思議な音楽だ。過去にこんな音楽があっただろうか?新しい音楽はいくらレベルが高くてもすぐには世の中に受け入れてはもらえない。時間がかかる。それは歴史が証明している。ビバップもかなり奇異に聞こえたはずだ。このサウンドのどこがいいのか?もし'40年代のニューヨークで初めてビバップに接していたらやはり首をひねっていたかもしれない。でもボクがジャズを聴き始めた頃すでにチャーリーパーカーは伝説の人だった。その音楽を理解すべくありがたく聞くしかない。そしてつたないビバップの演奏を繰り返し、またパーカーを聴き何十年も経過した。完全にビバップを理解したとはとても言えないし自分はそれから抜け出るべく努力しているつもりだ。でもやはり聞くキャリアというのは恐ろしいものだ。パーカーやディジーの演奏に強烈な魅力とそのレベルの高さを感じるようになってきた。モダンジャズの本当の存在意義だ。録音技術の悪さなんか全く気にならない。これが音楽のパワーだろう。

Embraceable You Ⅳ

2009-12-04 01:51:49 | Weblog
この曲には当然素晴らしい歌詞がある。歌詞と曲どちらが先か?まあいろんなパターンがある。ガーシュインは兄弟で役割分担をやっていたから当然相談しながら作っていたのだろう。手順は本人たちにしか分からない。言葉で作られた詩と音楽を組み合わせるのは想像以上に大変で、両方が高いレベルを維持するのは至難の業だ。もちろん上手く組み合わさったから発表され、ましてスタンダードとして認められている曲だから歌詞と曲がしっくりいっていて当然なんだけど、曲の一部分にどうしてもかみ合わない部分があったりすることもある。人間の言葉と音楽、やはり価値観がだいぶ違う。だからこそ、それをうまく組み合わせたものが受けいれられ、曲を作る人の能力が高く評価される。歌の伴奏はうまくやろうとするとどうしてもコードやメロディーのほかに歌詞も覚えこんでいかないとだめだ。一曲一曲膨大な数だからすごく大変だけどそれがピアニストの仕事だ。しょうがない。歌詞をある程度覚えると確かに曲の流れやポイントが分かって曲を理解できたような気になるけど、結論から言うとそれは錯覚だ。やはり曲を理解するためには音楽的構造の理解が不可欠で歌詞を知るとイメージが膨らんで演奏がしやすくなるということだと思う。そして伴奏が楽になる。歌詞のついた楽曲というのは今では普通になっているけど広い意味での音楽全体から見たら、音楽の種類のほんの一部で、むしろちょっと特殊なジャンルといえると思う。