そしてソロパートだ。メロディーはない。まずFmーD7-G7-C7、そしてF7からドミナント7thが4度で続き全部で6小節、それをリピートする。2回目はFmに解決する。この6小節という数がいい。まあ2と4に分かれるけどすごく必然性がある。そしてブリッジの部分はFのドミナントペダルでコードはF7とB♭mを繰り返す。それが8小節。その後4度上のサブドミナントのキーで最初のコード進行をする。ここまでは基本的に4度進行だ。そして最後にB♭mの平行調のD♭のサブドミナントからアーメン終止を繰り返す。コードとしては7th、でもこれはドミナント7thではない。ブルーノートだ。この部分だけ時間が逆行する。4度上行していたものが4度下行することで感覚的には、そう感じる。これがおおまかなコード進行の成り立ちだ。どうだろうこの堂々とした構造は。ジョンルイスの才能と知性が詰まったまさに「Composition」だ。ジョンルイスはM.J.Qのリーダーとして何十年もジャズ界に君臨してきたし、まわりのミュージシャンからも尊敬されてきた。マイルスは何度もジョンルイスの素晴らしさを語っている。そして何年か前、秋吉敏子さんがジョンルイスの言動について語っておられた。彼は芸術としてのモダンジャズの位置を高めるためギグのときは何時もタキシードを着、飛行機での移動は必ずファーストクラスにこだわっていたそうだ。これは一種の啓蒙活動で彼にはジャズ界のリーダーとしての自覚があったということだ。黒人が中心になって作り上げたモダンジャズという芸術を一般の人が尊敬の気持ちを持って接してくれるように体を張って活動していた。ジョンルイスはそういう人なんだ。そしてM.J.Qは歴史に残る優れたジャズコンボだ。
この曲は二部に分かれている。メロディーがあってルバートでやる部分と、和声進行だけのインプロヴィゼーションのための部分だ。まず最初の部分、20小節だけど最後の4小節は繰り返しだから実質16小節、美しいカデンツアだ。特に後半のG7、Ⅱ7の使い方が素晴らしい。何も手をほどこす必要はない。こういう曲はそのまま演奏すればそれでいいんだ。充分な説得力を持っている。最後の4小節はⅠ-Ⅳ-Ⅴ-Ⅰで解決するんだけど、最後のトニックの部分の1小節目は4度の音がサスペンションされた形になっている。ここはメロディーだけでなく内声全部がサスペンションされた形、Fのベースの音の上にC7のコードが乗った形だ。C♯の音もあった方がいい音になる。コードネームで説明しようとするとこんな言い方になる。おたまじゃくしで理解してもいい。まあ表現方法なんかはどうでもいいんだ。要はこの部分をどう理解するかということだ。この部分をサスペンションと考えた場合、根音に対して旋律と内声が全部遅れてくるということだ。それがまあ全体の流れから言って一般的かも知れない。でも根音だけが先に行ったと言うこともできる。掛留が複雑になると根音と内声と旋律、どれが先でどれが後か決められない場合がある。時間の進行に絶対的な基準はないから「お前が遅い。」「いやお前が早いんだ。」と言い出したら正解はないんだ。サスペンションというのはそういういわば声部間の時間のずれた部分のことで、その部分の意味、楽しみ方を分かっていればそれでいいということだ。サスペンションは多声部で楽しむいわゆる西洋音楽が「時間の芸術」としての広い意味での音楽の特性を生かした重要な技巧なんだ。
偉大なギタリスト、ジャンゴラインハルトの名前を冠したジョンルイスの作品、M.J.Q.の代表的レパートリーでもある。独特の形式だ。でもなぜかジャズになじみ始めた初期の頃から好きな曲だった。ある時ふっと思った。この曲はベートーヴェンのピアノソナタ8番op.13いわゆる「悲愴」の第1楽章に似ていると・・・。まあ曲の構成とかイメージとかすごく抽象的な感覚でいいかげんといえばいいかげんな発想だけど・・・。ボクはピアノを習っていた頃バッハが苦手で、なんとか避けて通れないものかと、かなり負担を感じていた。でも20歳ごろこれではだめだと奮起してグールドやリヒテルのレコードを聞き平均律を勉強してみる気になった。本も読んだ。するとバッハに対する誤解が解けてきていろんな作品を知りたくなり、「パルティータ」に出会った。恥ずかしい話だけどもうすっかり大人になってからだ。1番変ロ長調をザーッとやってみた。いいかげんなやり方だ。そして2番のハ短調を眺めたらこれは難しいと直感した。まあでもかじってみよう。最初のシンフォニアをザッと見てみた。アレッ・・・。これはベートーヴェンの「悲愴」だ。真剣にやってみよう、ということで何ヶ月間かやってみた。ますます「悲愴」だ。ということはこれは「ジャンゴ」か?ベートーヴェンがセバスチャンバッハを尊敬していたことはよく知られている。8番のソナタは「悲愴」という名前で呼ばれてはいるけど、これはバッハのパルティータのフェイクなのか?まあこの頃の事をよく知っている音楽関係者はたくさんいるからあまり想像だけでものを言うとまずいけど、あり得ることではある。ジョンルイスもベートーヴェンではなくてバッハからヒントを得たのか?ううん・・・。まあでもこれは盗作うんぬんとは全然次元の違う話で過去の作曲家たちはいっぱいこういう形で曲を作ってきた。これが音楽という文化なんだ。「ジャンゴ」は200年の音楽の歴史がつまった曲ともいえるということだ。
ブリッジの部分は平行調のD♭のⅡ-Ⅴから始まる。全く堂々たる伝統的手法だ。そのあと、5小節目のⅡにもどる前にEm7-A7が入る。これはⅢ♭のマイナー7thだ。シルヴァーのセンスだ。その後Ⅱ-Ⅴ-Ⅰ-Ⅵ-Ⅱ7-ⅤーⅠと来てもとにもどる。形式は全く迷いのないAABAだ。他にソロの受け渡しにトニックマイナーの全音下がりを使ったリフを作ってアレンジされている。全てが正統的だ。メロディーとベースラインの動き、いわゆる優位二声部を見てみよう。頭から9-6-9-5-9-6-♭9-9、ブリッジは9-13-3-♭9-(♯11)-13-9-9-13、そしてもう一度9-13-3-♭9-(♯11)-13-9-♭9そしてAにもどる。このメロディーラインをモダンジャズ独特と言ってしまったらそれまでだけど、普通はこの音程関係ではほとんどメロディーにインパクトがなくなるし、だいたいまともな曲にすらならない。でもシルヴァーは名曲にそしてスタンダード曲にしてしまった。ううん・・・これが作曲の腕か?実際に演奏してみるとアドリブ素材としても面白いし、他にも色々な楽しみ方ができる。いろんなイメージを与えてくれる。シルヴァーは膨大な数の曲を書いてきた。もちろん注目されなかったものもある。でもこんな曲、たくさんの人に幅広く受け入れられミュージシャンからも高く評価される曲が書けるというのは、やはり本物の「マエストロ」なんだ。
ホレスシルヴァーの作品、堂々たるスタンダードナンバーだ。これはアルバム「Horace-Scope」にアルバム最後の曲として収録されている。「Nica」というのはあのニカフィッツウオーター夫人のことだ。セッションでもよく取り上げられるし、すでに世界中でいろんなバンドがカヴァーしている。シルヴァー自身が作詞してヴォーカリストもやるようになった。ボク自身はレコードを聞くより先にセッションで演奏した。これをやろうと譜面を見せられて、全体のバランスの良さメロディーラインから美しい曲だと直感した。やってみるともちろん最初はうまくいかなかったけど、曲のおもしろさはすぐに分かった。これは熟練したジャズ作曲家の仕事だ。これはもちろんMr.シルヴァーに敬意を表しているつもりです。まずフラット5つというキーがいい。トニックマイナーの全音下がりを二回、その時のメロディーラインもしゃれている。その後サブドミナントのG♭のⅡ-Ⅴ-Ⅰ-Ⅳと続きもとのキーのB♭mのⅡ-Ⅴ-Ⅰに落ち着く。お手本のようなコード進行、全く奇をてらわないメロディーライン、全てが堂々としている。シルヴァーはブルーノートからマエストロとして特別の待遇をうけていた。彼の作品も彼のピアノも観客にジャズの楽しさを伝え熱狂させる強烈なパワーを持っている。本当にファンキーなマエストロだ。