ジャズピアニストのジャズ批評

プロの耳で聞いたジャズをミュージシャン流に批評。

Ⅴ Maiden Voyage

2007-11-09 02:50:37 | Weblog
「Maiden Voyage」、本当に偉大なジャズスタンダードになってしまった。カヴァーされた回数は全世界で数千回らしい。前にこのブログでちょっと解説したけど、曲の構造を分解すると、やはり「So What」に大きな影響を受けている。この曲はハービーがテレビコマーシャルのために依頼されて作ったものらしい。まさに瓢箪から駒だ。ジャズミュージシャンが取り上げてよく演奏するものを、日本語英語で「スタンダード曲」と呼んでいるけど、まあ呼び方はどうでもいい。でも曲目はかなり世界共通のものがある。「Maiden Voyage」は世界中どこのジャズクラブのジャムセッションでもOKだ。スタンダード曲に世界中でノミネートされるのは大変なことだ。どんなにヒットしたポップス曲でもジャズミュージシャンの厳しい「審査」を通りぬけないとそうと認めてはもらえない。経歴は問われない。誰が作ったものでも構わない。歌詞があろうがなかろうがかまわない。優れたミュージシャンの感性でこの曲ならインプロヴァイズに耐えられる、色んなクッキングが出来ると判断されたら、スタンダード曲になれる。実はこういう「スタンダード曲」という概念を定着させたのがジャズの偉大な功績なんだ。特にこのハービーの曲もそうだけど、モンクやシルヴァーの曲のように歌詞のない歌のような曲、デュークエリントンの作品のように、スタンダードになってから、歌うために後から歌詞をくっつけたような曲、みんなモダンジャズという音楽が残した大きな財産なんだ。今日だって世界中できっと誰かがこういう曲を演奏している。「Maiden Voyage」もどこかで演ってるだろう。

Ⅳ Cantaloupe Island

2007-11-06 00:03:49 | Weblog
今日は3曲目の「Cantaloupe Island」について・・・。この曲は'64年のブルーノート盤「エンピリアン アイルズ」に収録されたものだ。このアルバムは当時のマイルスバンドのリズムセクションにフレディーハバードを加えたクァルテットだ。このアルバムには他に「Onefinger Snap」も収録されている。「Cantaloupe Island」はB面にむしろこっそりと入っている。でもリリースされた後、いろんなバンドがカヴァーというかこの曲をレパートリーにしレコーディングもよくされるようになった。'93年だったと思うけど、イギリスのUs3というバンドのカヴァーヴァージョンがヒットしていた。30年ぐらい前だけどハービーのこの曲のバッキングをコピーしてさんざんやらされていたから、このカヴァーを聞いたときは変な気分だった。何故今頃こんなものが流行るんだろう?新しくもなんとも感じなかった。この曲のおかげでイギリスのこのバンドは潤ったかもしれないけど、音楽的には何も残さなかった。バンドの名前が売れた。印税が入った。それだけだ。本当に新しい音楽、新しい芸術が世に現れた時というのは、世間の反応というのはこういう感じじゃないんだ。もっと意見が割れる。チャーリーパーカーが現れた時、拒否する人はいっぱいいた。話はさかのぼるけど、現在では押しも押されもせぬ「楽聖」とされているベートーヴェンも当時は新しすぎたのかすぐには認められなかった。イノヴェーダーの宿命だ。'60年代の終わり頃、ハービーがマイルスバンドにいた最後の1年ぐらいだと思うけど、ジャズ界は大変革期だった。その中心人物はもちろんマイルスディヴィスだ。マイルスの新しい音楽についていろんな評価が飛び交っていた。ボクは10代でまだ部外者で人のいうことを「へえー」と聞いていただけだ。理由もわからず、エレキピアノを使ってマイルスバンドのマネをしていた。でもとにかく聞くだけじゃなく無茶苦茶な演奏であっても新しいルールの音楽をやってみたおかげで、あとになって、そのころのみんなの混乱の理由が分かるようになった。'70年代になってその混乱はますます拍車がかかってしまった。今起きていることを冷静に把握できるのはごく限られたミュージシャンだけになってしまった。でもそれが芸術の最先端なんだ。今はそう思う。このハービーの「Cantaloupe Island」も新しいものに挑戦している緊張感と混乱がある。だからいいんだ。

The Essential Herbie Hancock Ⅲ

2007-11-02 02:38:21 | Weblog
今日は「'Round Midnight」について・・・。録音は'64年の2月、ソニーロリンズのアルバムに収録されたテイクだ。この頃ハービーはすでにマイルスとギグをこなしている。ソニーとはこの前年頃からちょくちょく一緒にやってたようだ。この頃のソニーのバンドのレギュラーピアニストはポールブレイだ。ブレイを雇ったアルバムもあるけど、この時はなぜかハービーを使った。この点についてはミュージシャンの世界は単純明快だ。ソニーはハービーのピアノが気に入ったのだ。この何年か前だけどドナルドバードもデュークピアソンに変えてハービーを雇っている。ブレイもピアソンも一流といっていいレベルの腕の持ち主だ。でもハービーのピアノはそれ以上にドナルドバードやソニーロリンズの心にヒットしたんだろう。ハービーハンコックというのはそういうミュージシャンなんだ。「'Round Midnight」はマイルスバンドの重要なレパートリーで有名なお決まりのアレンジもある。多分マイルスは十数年クラブギグの時は毎晩この曲をやっていたと思う。ハービーもずっとやらされていた。でもハービーが参加してレコードになったのは、マイルスの死後に発売された「Plugged Nickel」のライブ盤だけだと思う。このソニーのアルバムではアレンジはほとんどというか全然なし!まあソニーロリンズという人はそういう人なんだ。長さもレコーディングサイズでワンコーラス半、それだけだ。でも聞きごたえがある。ソニーのバラードはワンコーラスでお腹イッパイだ。後はハービーがサビ、そして最後の8小節ソニーが吹く。なんといってもハービーのバックでのヴォイシングが素晴らしい。なんという音楽的教養だろう。いろんな評価があるかも知れないけどひとつ言えるのは、ハービーはコードを弾く時もちろん高いレベルでの音楽的イメージを描いているとは思うけど、結果としての「音」はあまり気にしていないと思う。音楽は結果を気にするとこういう柔らかい音にならない。他人との会話として音楽をやっているんだ。ソニーを受け入れ、ロンカーターを受け入れながら、自分の言葉のようにピアノを弾いている。素晴らしい!ソニーロリンズのアルバムの中の短いテイクではあるけど、ハービーハンコックの音楽キャリアの一端としてこのバラードはとても価値のあるものだと思う。