ジャズピアニストの左手のヴォイシングの形というのは、そのピアニストのスタイルに直結するので、個人差がある。40年前ジョンミーガンの英字の教則本にはそのヴォイシングの形の基本形が事細かに説明されてあって、分厚い本だったけど、その説明に大半がついやされていた。レコードで聞くピアニスト達は自分勝手にやってるのにこんなことをしつこく書くなんてどういうことだろうと不思議だった。ジャズピアノのヴォイシングというのはいわゆる和声学の内声を音楽にあわせて変化させたものというのが手っ取り早い説明だと思うけど、ジャズの演奏の中で最重要なものだというのは実際に演奏をやりだして随分時間が経ってから分かりだした。ジャズインプロヴィゼーションの変奏曲に似た部分やモノフォニックな面を考えると当然のことなんだけど、マスターするのがとても面倒くさいし、どんなスタイルでやったらいいのか全然分からない。基本があるのかどうかすら分からない。ハードルを越えるまで大変だ。人間が3度を中心にした同時に鳴らす3つ4つの音を心地よく感じるのは、まあ大雑把にいって150~450ヘルツぐらいか?ようするにピアノの前にすわって左手を差し出したあたりだ。ピアノというのはそういう風に設計されている。そしてそのあたりの音で音楽に合う音を選ぶ。タイミングは指揮者のように音楽に先んじるのが基本だ。ジョンミーガンはやはり正しかった。音楽の独自のスタイルというのは頭をいくらひねっても出てこない。長い年月の演奏という経験が自分の体の中から探し出してくれるものだ。ジャズピアノという得体の知れないものの教則本だからしかたがないけど真意をわかるだけでもかなり高いハードルがある。
ブリッジの前、最初のAの部分の最後がメジャーになるのはまさにこの曲のキーポイントの部分だ。トニックになるコードの基音から3度の音が長か短かで大きくその曲の趣が変わってしまう、これは長調、短調という呼び方をされているけどいわば西洋音楽アカデミズムの象徴でもある。この長、短の違いを利用して音楽は作られてきたといってもいい。インプロヴィゼーションを演奏する時もポイントになるのは言うまでもない。だから間違うのはまずい。この曲のアドリブでメジャーとマイナーがはっきりしないプレイをしたらまわりは困ってしまう。即興演奏はミスのオンパレードではあるけど、やはりやってはいけないミスもある。小節の数を間違えたり、全然違うコードに行ってしまったり、細かいことを言えば、使ってはまずいテンションを使ったりインプロヴィゼーションをやると誰でもがいろんなミスの経験をする。しょうがない。人間だ。でもそのうち許されるミスとそうでないものがだんだん分かってくる。それはアドリブが上達したことの証だろう。これは音使いだけのことではない。リズムにおける「ミス」はじつは音楽では致命的だ。これはジャズミュージシャン全員の総意だと思う。だから実際の演奏はその致命的なミスをしないことがインプロヴィゼーションの最重要なこととなる。演奏の優先順位の第一位はやはりリズムなんだ。ううん・・・まあメジャーとマイナーを間違えるのもまずいけど・・・。