新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

7月20日 その2 益々激しくなるか安倍内閣打倒の勢い

2017-07-20 16:02:34 | コラム
野党とマスメディア連合の倒閣の勢いは激しくなる一方では:

本日発行の週刊文春を見れば“「加計に決めました」出来レース議事録”と題した、言わばカバーストーリーなどは完全に朝日新聞的で、文藝春秋社がその政治的色彩をより一層明らかにしたと見た。一方では、中刷り広告原案を盗まれたと怒る週刊新潮は、櫻井よしこさんの「ジャパン・ルネッサンス」で「加計学園報道は反安倍倒閣運動だ」との見出しで、

”「朝日新聞」や「毎日新聞」は、今や彼らの習い性となったかのような徹底した偏向報道を行った。両紙は、官邸の圧力で行政が歪められたと繰り返す前川喜平前文部科学省事務次官の証言を主に伝え、氏と反対の立場から、安倍晋三首相主導の国家戦略特別区が歪められた行政を正したのだと主張した加戸守行前愛媛県知事の証言はほとんど報じなかった。“

と決めつけてあった。この2氏の偏向振りを、私は既に採り上げて批判しておいた。

事態がここまで来て恐ろしいと思わずにはいられないことがある。ここまで大手新聞2紙と最大の発行部数を誇る週刊誌が偏向した(としか思えない!)報道を繰り返したいるところに、テレビ局が民進党の山井国対委員長とやらの「総理は何時まで逃げまくる気か」などという悪口雑言を嬉しそうに報じていれば、罪なき無邪気な一般大衆は「これまでに、それほどの悪だった安倍晋三を支持したのは大間違いだったか」と言われなき反省をしてしまうだろう。そのような見当違いの反省するならば、いっその事村田某女を総理大臣に頂けば良いのではないか。

私が恐ろしいと言うべきか困ったことだと痛感することは「今や一体全体どのメディアの報道を信じて政界を見れば良いのか」と、迷ってしまう一般大衆が増えていくだろう点である。私のような古き苔むしたようなデイジタルデバイド世代はSNSなど何が出ているか知らないが、常在スマホ世代は我々よりも遙かに多種多様の情報源に接しているのではないのか。その世代の耳目には朝日新聞や櫻井よしこさんはどのように映っているのだろうか。

来たるべき安倍総理出席(危うく出廷!と書くところだった)閉会中審査が如何なる方向に進むかは、私には今からでも想像がつく。民進党には玉木だの小川だの福山だの村田などの安倍内閣打倒の旗手がいるし、共産党には居丈高の小池も腕を撫して待っているのだから。しかも、そこには前川喜平は呼ばれるようだが、加戸守行前愛媛県知事を呼ぶようにはなっていないのだから。

私は安倍総理にも菅官房長官にも朝日や毎日をトランプ様のように「フェイクニュース」呼ばわりをするような品位に乏しい政治家ではないと思っている。だが、ことがここに到れば、マスメディア連合の偏向振りをキチンと批判しても良いのではないかと思う。だが、そういう発言をするかまたは何らかの声明を出されても、報じるだろうメデイアが産経新聞だけになりはしないかと危惧する。

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4番目じゃ駄目なんですか

2017-07-20 07:47:11 | コラム
マスコミは数字いじりがお好みなようで:

あらためてマスコミに問いかけたい「4番目じゃ駄目なんですか」と。

先ほども世界選手権のシンクロナイズドスイミングの個人のフリーの演技で井村雅代先生の厳しい指導を受け訓練を経て第4位となった乾友紀子さんが、涙を流しながらインタビューに応じていた。私は涙の記者会見となった最も大きな原因はメダルとやらが取れない4番目だったことのようだと解釈した。だが、嘗ての村田大臣の名言「2番じゃ駄目なんですか」を思い出さずにはいられなかった。

私は乾さんの4位は世界の4番目であり、とても立派な輝かしき成績であると思っている。彼女の下にはあの世界選手権には出られなかった数多くのシンクロナイズドスイミングをやっている女性がいて、その中で上から4番目は立派ではないのか。

だが、我が国のマスコミの風潮では、世界的な大きな大会に出た場合には3位以内に入ってメダルとやらを取ってこないと評価や優れた選手としての認知の対象ではなきが如き扱いになる。いや、メダルを取ってくることだけが評価の対象であるような認識を勝手に作り上げたとすら思っている。しかも、オリンピックこそが全てであり、そこに出場してメダルとやらを取って初めて「世界的な選手」として認知するのである。

私はこれを不公平というか、おかしな認識であると思っている。彼らとても、色々苦労を重ねて国内の予選を勝ち抜いていくだけでもどれほど大変であることを承知しているはずだが、そこには触れずひたすらメダルだメダルだと報じる姿勢を採っているのだ。オリンピックでは6位だか8位までが「入賞」とされていると思ったが、入賞くらいでは騒ぎ立てないのは不公平だと思っている。

こういう数字いじりにも似た報道姿勢は野球の世界にも当てはまると思う。少なくとも私は公式に認定された記録だとは聞いたことがない200勝と2,000本安打などは例によって例の如き大騒ぎである。あれは私の認識違いでなければ、金田正一等が主導した名球会とやらの入会資格であってNPBの公式な表彰の基準ではないはずだ。彼らは目下の所イチロー君のMPBでの記録に日夜一喜一憂している。

実は、何を隠そう、この数字いじりを皮肉っていた先達がおられたのだ。それは大和球士のペンネームで戦後間もなくからプロ野球の評論の世界で大活躍され、一寸一風変わった解説をしていた安藤教雄氏(1910~1992)も、このような傾向を「数字いじりがお好き」と揶揄していたのだ。私もその時代から奇妙な傾向だと思っていたのだ。

私は以前に一度だけ論じた記憶があるが、199勝か1999本安打で終わった選手には価値がないのかと言いたいのだ。私は199か1999にもその選手の日夜励んできた歴史がある立派な記録ではないのかと言いたいのだ。しかも、現実にそこまで行かなかった良い投手や打者がいくらでもいたではないか。誰かが「記録には残らなくても、記憶に残る選手になりたい」と言ったではないか。

国内のことも兎も角、私が気に入らないことはと言えば「我が国のマスコミは未だに戦後の未成熟の時期に海外に雄々しくも出ていって成功した会社やビジネスマンを褒め称え、海外遠征で外国人を破って好成績を挙げた選手たちを英雄として礼賛した。昔話の部類だが古橋廣之進さん(後に日本大学教授)の大活躍などは胸がすく思いだった。彼らは未だにあの頃の「世界で活躍する」ことを称える意識から抜け切れていないのだ。今や、「世界が我が国に追い付こうとしている時代だ」と言っても良いのにも拘わらずだ。時代錯誤ではないのか。

いっそのことIOCに「何処かのクレデイットカードにはプラチナやブラックカードがある時代だから、オリンピックのメダルにも金の上にプラチナを新設されたら如何か」とでも提案しよう。そうすれば世界選手権でもそれに倣うだろうから、乾さんのような選手も報われるし、マスコミも競って賞賛するだろう。

参考資料:Wikipedia

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