新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

私の英語論

2014-08-31 15:14:36 | コラム
私の英語とその教育論:

私の英語論は余り大方の賛同を得ないのが一寸残念だが、ここでは週刊新潮の9月4日号には中々良い英語論があったのでその力を借りて論じる次第だ。

元の日本マイクロソフト社長・成毛真氏の連載のコラム「逆張りの思考」の書き出しは「日本人の9割には英語は要らないというのが私の持論だ。どれだけ一生懸命に英会話を身に付けても、ほとんどの人にとっては外国人と話すことはないからだ」となっている。私は9割以上賛成である。10割としないのは我が国の学校教育の英語では異常なほど高い読解力を付けているので、その点を不承不承評価しているからだ。

私は以前にも「日本人に英語力を身に付けることは不要であるし、意味不明な英会話の勉強などは全く無意味だ」と主張してきた。そして「W社リタイヤー後15年も経ったが、その間に有り余る英語力を抱えていても、街で外国人に道を尋ねられたことは3回だけ。私は外国人たちからは英語能力無しと見えるらしい」とも書いて、有り難いことに賛成して下さった方すらあった。因みに、今年でリタイヤー後20年を経たが「3回」は変わっていないのだ。

これまでに何度か「外国人に道を訊かれて答えられずに恥ずかしい思いをした。何とかして英会話の力を付けたい」というご意見を読み且つ聞いたことがあった。旧知の某有名私立大学のN教授はUKに出張された後に「道を尋ねたり買い物が出来ることが英語力ではないと痛感した」と述懐された。その通りである。

週刊新潮は48頁に“小学校3年からの「英語教育」で英語も国語もダメになる”との特集を掲載しているが、この内容も私の年来の主張とほぼ同じで、気分爽快な思いで一気に読み終えた。英語教育改革の少数派である私の「英語勉強法」をお読み頂いた方もおられると希望的な思いはあるが、私は中学校1年からと言うか、ある程度以上の国語の力がついてから、英語を勉強し始めても決して遅くないと主張し続けて来た。

音読と暗記の必要性も論じてきた。単語帳無用論も、英文和訳無用論も指摘してきた。Native speakerを有り難がる誤りも言い続けてきた。TOEIC重用も批判し続けた。ここまでに対して大方の不賛同を得てきたことを誇りにすら思っている。週刊新潮の特集記事もこれらの主張とほぼ同じだと都合良く?解釈している。まして「社内の公用語を英語に」などは論評にも値しないと思っている。

私は寧ろ今回の週刊新潮の記事などは遅きに失したとすら思っている。これまでの我が国の英語教育の輝かしくない成果を実際のビジネスの世界で20年以上も見聞というか経験してきたことから言っているのである。私の周囲におられる改革論者の先生方が、この記事で少しでも勢いをつけて下されば良いのだがとすら願っている。

その先生方の1人が私の英語を「支配階層の英語だ」と評された。その通りだと思う。W社とはそういう世界だったのだ。このご意見の意味は深いものがある。日本語でも育ちというか所属する集団によっても異なってくるものがあれば、方言も訛もある。そういう違いが英語にも当然のようにあるのだ。即ち、どの階層というか集団の英語を以て標準とするかが解らない方が「教えるべき、学ぶべき英語」を決めてはならないのだと思う。

より解りやすく言えば、UKにも階層があれば好ましくない訛も方言もある。英連邦を尊敬の余りにオーストラリアやニュージーランドの訛を真似て良いとは言えまい。アメリカでも南部訛を貶す人たちもいるのは確かだが、どれが南部訛かを聞き分けることを我が国の学校教えてくれるのだろうか。あり得ないのではないか。

私は一度ここ新宿の路上で英会話学校の教師になるために来たと嬉しそうに言った若いアメリカ人に「貴方は外国人に英語を教える資格を持ってきたのか。何処かでその方法を学んできたのか」と尋ねたことがあった。彼は「資格もなく経験もない」と言うので「それではほとんど犯罪的である。直ちに荷物を再度纏めて帰国せよ」と決め付けたら目を白黒させていた。手柄話をしているのではない。Native speaker何てこの程度だということだ。

彼には「日本人が英語を学ぶ際に何処でどの辺りで最も悩み苦しむのか承知しているか」とも質問したが、答えられなかった。私は39歳で初めてアメリカの本社に行った際に、コーヒーを出してくれる秘書に "How do you take it?" と尋ねられて「カップから飲むに決まっているではないか。何という質問か」と悩んだ。こんな事もろくにかも解らない者たちは多いだろう。その人たちにどうやって会話を教えるのかも知らないのがnative speakerだと認識していた方が良いかも知れない。

話が本題を逸れたが、英語とは何であるかの基礎を固めてから、各人の希望や目的によって進むべき方向を目指せるように英語を教えるべきであり、万人がペラペラになって道を教えられるようにしても、成毛氏が指摘されたように使い道がないだろう。週刊新潮が指摘したように、小学校から教えては英語嫌いをその段階から養成するような結果に終わるのではないかと真剣に危惧する次第だ。

コンビニの週刊誌立ち読み対策

2014-08-30 08:32:42 | コラム
セブンーイレブンというコンビニの立ち読み対策:

ここに言う「立ち読み」は週刊誌をコンビニの店頭でのことを指している。勿論、この種の立ち読みはある程度以上の規模の書店でも当然のように多くの「立ち読まー」が群れをなしてやっていることが多い。買う気で近寄った私には邪魔だし、さもしい行為に思えてならない。紙代も印刷代も上がったとは聞いていないにも拘わらず、400円超に値上がった以上、この種の余り上品とは言えない抵抗が出てくるのも仕方がないとは思うが、もう好い加減にしたらどうかと思って眺めている。

私はほぼ毎週のように週刊文春と新潮を買っている。理由は週刊誌の論調が何かにつけて大発行部数を誇る新聞やその配下にある週刊誌の報道と対極を為すというか、彼等が知っていても書けなかったか書かなかった実態を採り上げて報じているので、この両極端なすと思わせてくれる論調を読めばどうやらその中間辺りが事の真相に近いのだろうとの想像が可能になるからである。換言すれば、新聞には「何故か知っていても本当のことをかけない不自由さがあるのだ」ということも解ってくるのだ。

ところで、立ち読みである。3~4年前までは俗称「高田馬場駅前通」に小田急OXというコンビニがあって、ここでは週刊誌、特に文春と新潮に1冊ごとに四隅が斜めに襷が掛かるようなゴム(プラスティック?)のテープをかけて立ち読み出来ないようにしていた。このテープは裏表紙のところで纏めてあり、売り渡し時点で取り除くのだ。その工夫はある程度評価するとしても、当時では1冊が精々320円前後の週刊誌の立ち読みを試みる連中の心根が情けないなと思って見ていた。

ところがである。我が家の近所にあるセブンーイレブンでは更なる工夫というか、進歩した立ち読み対策を講じているのを発見した。当方は平常はより近い場所にある長年お世話になった某商社系のコンビニを利用することが多く、セブンーイレブンは滅多に入っていかない。だが、そこでの厳しい?対策を知った時には「ここまでやるのか」と感心し且つ呆れた。

調査済みの対策は目下3種類で常に変えてある。最も長期間続いていたのが、OXと同様の4墨に斜めにゴム紐をかけてしまう方式。第2はごく単純にプラズテイックの紐を使って手作業で十文字に縛っておく方式。これは販売時点でハサミで切っている。第3の方式はやや手が込んできて、2段階で進んできた。最初は表紙の中程から裏表紙までごく接着力が弱い透明なテープを貼って開けないようにさせておく方式だった。これを注意せずに雑誌を開くと表紙が破ける。

その次の段階はさらに激しくなってきて針金で閉じてある面を除く三面をテープで閉じてしまうというやり方だった。今週は外出の帰りに何気なくセブンーイレブンで購入してそのテープ剥がし策に一寸苦労させられた。あの店はあの対策を自社でやっているのだろうか、それとも取次店か。まさか版元に依頼している訳でないだろうなどと考えながら、自分の不器用さを嘆きながら何と剥がし終えた。もうあそこで買うまいと決めた心理はご理解願えると思うが、立ち読みをする連中にこんなところで迷惑させられるとは思っていなかった。

4週間ものHome leave

2014-08-29 12:54:39 | コラム
アメリカのビジネスマンは4週間をどのように過ごすのか:

"home leave" とは「アメリカ本社から日本に転勤してきた者に与えられる交通費会社負担の有給休暇制度である」と先日解説したばかりだ。我が国の会社における休暇と比較すれば違い過ぎると思うし、同じ事務所の中からそのように長期間オフィスを空けてしまう者がいると知った時には、些か驚かされたのだった。簡単に言えば、優雅だなと言う前に「アメリカの会社って意外に温情的だな」と感じた。

我が国の会社に17年間勤務した経験がある私には「それが正当な権利であっても、随分と度胸がある人たちだな」と感心していたし、それでも見ている限りでは仕事の面ではさして問題を生じている様子がなかったのも「凄いものだ」と寧ろ尊敬さえしていた。

そこで一度、カリフォルニア州出身の日系人に「それほど長期間オフィスを空けても何でもないのか」と思い切って尋ねてみた。この表現ではかなり不躾な訊き方に聞こえるだろうが、実際にはチャンと "May I ask you a question?" から入っていったのだった、念のため。また英語の講釈だが、ここでは "Would you mind, if I asked you a question?" でも良いだろう。

その答えには「なるほど、そういうことだったか」と思わせる点があった興味ある内容だった。即ち、彼は「最初の1週間は東京に残してきた仕事と進行中の引き合い等の全てが非常に気懸かりで、安心して休んでもいられないのだ。2週目に入ると徐々にそういう心配が消えていき、休暇を楽しもうという心理的な準備が整ってくる。

3週目ともなれば気分爽快で、何もかも忘れて海に山に都会にという具合で休暇を満喫するようになる。誠に楽しい1週間となって、帰ったら思い切り仕事に打ち込もうなどと瞬間的に考えている時すらある。そして、毎年のように4週目に入ると何としたことか無性に『速く東京に戻って仕事がしたくなる』と思い始めて東京が恋しくなるのだった」と語ってくれた。

この答えに対しては、我々が先ず絶対と言って良いほど経験出来ることではないので、「なるほど、さようで御座いますか」と言って承るだけしか出来ないのだ。しかし、聞いていると「"home leave" とはそういうためにあるのだったか」と納得したのだった。既に述べたことだが、彼は必ずしも夏場に休むとは限らず、また、故郷のカリフォルニア州だけではなく、ハワイに行っていたことがあったと記憶する。

私は「このような休暇制度は何事も個人が単位であるアメリカだからこそ出来るのかな」という疑問を感じたことがあった。それは、我が国の会社では皆がともに一つの課なり部なりの単位でで纏まって仕事を推進しているのであって、誰か1人が休めば残った人たちが全員で補っていくという精神があるので、「彼の仕事に迂闊に手を出して何か失敗でもしたら」というアメリカ式な考え方はないと経験したから、言うのだが。

しかし、現実には4週間の寛ぎの休暇を取ると誰かが申請した場合に「それは結構なことだ。後は皆で面倒を見るから心配せずに楽しんでこい」となるとは考えられないのだが、如何なものだろうか。矢張り、この辺りに「日米間のビジネスの世界における文化の違い」があるという、私流の月並みな結論に達してしまうのだが。

休暇を取る難しさと恐ろしさを克服するまで

2014-08-28 17:02:54 | コラム
アメリカの会社での私の休暇:

先ずは私自身の状況説明から入ることをお許し願わねばならない。

私は通算で22年半、2社のアメリカの会社に在籍した。全ての仕事が個人の単位で進行する社会というか文化の下にあっては、1週間の有給休暇(paid holiday と言うが)を取れることに踏み切れる覚悟が出来るようになるまでには、10年以上を要したものだった。お断りして置くが、あの世界の文化の中には「病欠」(=sick leave)もあり、会社のよって違うのだろうが、これも有給休暇である場合もあるようだった。

私だけの例を申し上げれば、我が事業部がその製品で日本市場で40%以上の市場占有率(マーケット・シェアーというカタカナ語もあるが)を取れるようになった(アメリカを含めて海外の同業他社は最大で4社あった、念のため)1980年代後半では、不在中には秘書の助けの下で取り計らっても立っても、1年間に東京事務所にいられたのは土日を除けば3日に1日程度だった。

詳細を言えば、本部での打ち合わせと会議、工場での打ち合わせ、お客様の旅行案内、アメリカ国内での出張等でアメリカに滞在しているのが平均年間に3ヶ月、本部と工場からの出張者と日本国内の出張が4~5ヶ月近くもあったので、腰を据えて自分のオフィスにいられたのは僅かな日数に止まった。しかも既に説明したように、私の不在中には秘書が私の代わりに私がなすべき判断業務はしない決め事だったから、オフィスに戻った後の仕事の整理は簡単なことではなかった。こレト秘書の負担を思う時に、休む決心をする度胸がつかなかったのだ。

余計なことかも知れないが、通勤定期などは買っても無駄になることが明らかだったので、給与に含まれて支給されたその分で毎日切符を買って通勤していたのだった。私は全てのアメリカの会社の在日事務所の社員がこういう態勢で仕事をしているとは思っていない。だが、私の場合を語れば、こういう条件があったということだ。

これでは俗に考えられている「アメリカの会社の社員の優雅で長期な休暇」などをうっかり取って、オフィスを空けていられるものではない、さらに秘書に要らざる負担をかけてはいけないと思わずにはいられなかった。その結果で、W社における最初の11年間には夏場には精々週末を挟んで金曜と月曜を休んで、当時住んでいた冷房など要らない藤沢市内の家でゴロゴロしていただけだった。

アメリカの社員でも休暇で行っている先、例えばハワイであるとかバックパッキングでの山歩きでの滞在先への連絡先を秘書に知らせていれば「それは本来の休暇とは意味が違う」との説を唱える者もいれば、几帳面に itinerary を残して電話番号まで知らせていく者もいた。私は後者の方だった。それほど気が小さいということでもあり、得意先に迷惑をかけてはと言うか、万が一にも私の不在で競争に負けることがあってはなるまいと思っていたのだった。

ここで一寸アメリカの休暇の実態に触れておけば、彼等は必ずし一部で想像されていたような優雅な休暇を楽しんでいたのではないのだ。例えば、ハワイ等には格安の航空券を買って行き、賃貸で自炊するアパートを期間限定で利用するといったようなもので、如何にして仕事を忘れて寛げるかが問題になっていると思って頂けば良いのだ。

また、日本に派遣されてきている所謂 "expatriate" には "home leave" という最短でも4週間程度の有給休暇を取れる制度があり、その目的地(必ずしもアメリだけではなく、オーストラリアでもカリブ海沿岸でも良いのらしいが)との往復の旅費は会社負担となっていた。だが、今日の長引く不況下でもこの制度が温存されているか否かは知らない。

私が本部の同僚たちと同じような1週間以上の休暇を取ろうと思い立って家内とともにヨーロッパに行けたのは、1992年のことだった。その際にもその計画を立てた後に予期せざる得意先の団体の本社と工場訪問団の訪米があったり、東京事務所の社内旅行(company outing 等と言うそうだ)の不参加が許されない等の想定外の事情があって、アメリカ出張後に僅か6泊で、フランス、UK、、オランダ(正式名称は the Kingdom of the Netherland だが)を回れただけに終わった。しかも、アメリカ出張の直前には、得意先の創立15周年記念の全社でのタイ国旅行にも参加させて頂いて?いたのだった。

ここまでお読み頂いても「一体、貴方は何が言いたかったのか」との疑問をお持ちの方は多いかと危惧する。要するに休暇とは「本来は精一杯寛いで、それまでの疲れを癒やし、倍旧の気力と体力で仕事に精を出せる態勢を整えよ」と会社側が期待して与えているものであって、個人ないしは精々家族単位で、部内の誰かとの重複は出来れば回避せよという意味があると思っていた。

さらに「8月には日本を含めて海外の事務所からはアメリカへの出張は回避せよ」というのが常識だった。即ち、「君が会いたい全員が揃っていない時期であり、非常に効率が悪い月のだ」という意味である。従って安全を採れば、夏場を避けて休暇を取ってくれとの言外の意味があるのだ。実は、私がヨーロッパを回ったのは春未だ寒い4月のことだった。

「俺が何日も不在でも我が事業部には何の問題も生じない」との確固たる自信が持てた頃には、リタイヤーの時期が迫っていた。これが何事でも個人の単位でとなる国での休暇の実態である。いや、私の休暇の姿だった。

昨27日に考えていた事柄

2014-08-28 08:32:56 | コラム
昨日は精神的に動揺していたが:

その原因は飽くまでも外部的なことであったが、落ち着かずに夜になってからは「どうせ巨人が優勝するだろうから」と決めつけてボンヤリと対阪神の野球をを見ていた。しかし、結果的には巨人が延長に持ち込まれて負けたので安心して寝ることが出来たのは、せめてもの救いだった。

我が国のNPBの野球を見ていて何時も感じることは「概ね大金を投じて連れてくるMLB崩れないしはなり損ない、就中南米の出身者が、我が国との文化と思考体系の違いを悲しいまでに見せていること」だ。回りくどい言い方を避ければ「役に立たない例が多すぎないか」ということだ。

その最も顕著な相違点は「南米系であっても、彼等は何処まで行っても個人としての存在を主張し、常に勝つか負けるかの一点に絞った勝負を挑み、ティームの為には二の次であること」だと思う。ビジネスの世界では「会社は自分の生活の糧を稼ぐための存在であって、そこに対して忠誠を誓うのは最優先事項ではない」のであり、会社側も「社員のための福利厚生は優先事項ではない」としているのと似ていると思う。

即ち、輸入された選手たち、特に打者は所謂「好球必打」よりも「ここで勝負」と固く心に決めていれば躊躇うことなく全力で振りに出ていく。自分の成績を良くすることを優先しているかの如くに見えるが、彼がその勝負でティームの勝利に貢献すれば結果的には所謂 "For the team" にはなるのだろうが。

だからこそ、彼等は相手投手が制球に四苦八苦していて、黙った立っていれば四球になる確率が高いと見えても、懸命に一球目から勝負に出て行く。日本の打者ならば自主的であろうとベンチからの指示であろうとも、先ずは勝負には出て行かない場面だろうが。

解説者はこのような勝負に出て行く場面、例えば走者が二塁にいる場合などでは「ティーム・バッティング」という造語を使って右方向に打つことを期待するのだ。しかし、輸入選手たちはお構いなしに全力で勝負に行く、仮令悪球であっても。昨夜は好機に凡退を繰り返した阪神のマートンなどは非常に賢明な選手で、日本式野球の文化を素早く消化していたが、それと凡退することは別な問題だろう。彼は昨夜は不調だったと好意的に解釈して見ていた。

私はこのような文化と思考体系の違いを技術的なこと以外に輸入選手たちに覚えさせることが、彼等と雇用主である球団のためにも肝要だと思っているのだが、中々簡単にはいかない問題のようだ。故に折角大枚を叩いて招じ入れた外国人が短命に終わるのだと私は考えている。この辺りの失敗は「買わない日本市場が悪いのだ(=自分の責任ではない)」と捨て台詞を吐いて撤退する外国企業にも似ているかなと思う。

しかし、私自身の経験からも言えるが、このような逆さの文化の世界に、その違いも弁えずに飛び込んでいった場合の順応する難しさなどは、その場に立ってみるか、立たされてみないことには見えてこないのが難点だろう。私はお恥ずかしながら「ここがこう違っていた」と本当に気付くのに10年以上を要した。

ここで敢えてやや本題から外れるが、文化の違い論を。彼等のというか異文化の欧米の世界で必要なことは「何者をも恐れずに自分を守るためには主張すべきことは論争と対立を賭けても主張すること」と「言いたいことを全部言わなくても以心伝心で先方が察してくれるだろうなどとは絶対に思い込んではならないこと」だ。彼等には行間や紙の裏を読むような親切な文化の持ち合わせがないと思い込んで掛かっていかねばならないのだ。

例えば、何処かの国家元首が我が国との首脳会談をするだろうという意味のことほのめかしたからあり得るだろうと考えるのも結構だが、極力そう言わせるように追い込んでおいて頂きたいものだと密かに考えている。彼等は「言っていなかったことは言っていなかったのだ」と撥ね付ける危険性があると思っている。