新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

8月31日 その2 "「君たちは単細胞だ」と言った:”の訂正版

2022-08-31 13:29:10 | コラム
我が国とアメリカとの物の考え方の違い:

恥を忍んで訂正した箇所は"cell”であるべきが"sell"だったものです。恥じ入っております。

先ほどもニュースで民法の離婚後の「親権問題」を如何にするかで意見が分かれていると報道されていた。また、つい先日は新型コロナウイルスを2類にするか5類に下げるかで、未だに議論が分かれて決定できていないことを報じていた。岸田総理批判になるかと思うが、現在のような時期にあっても、総理は防衛費の2%を5年以内になどと言っておられるのも決定力不足に思えるのが残念だ。

ここに挙げた例が示すように、我が国の慎重に物事を考える思考体系の下にあっては「イエスかノーか」、「やるのかやらないのか」、「白か黒か」のような決定を「エイヤッ」とばかりに二者択一で決めてしまうか、決めようとすることは極めて希である。私にはこのような物の考え方が、日頃揶揄されている岸田総理の「慎重に検討し」か「周囲の専門家に諮って」という即断・即決しない姿勢に表れていると思って見ている。

私が奇異に感じていることがある。それは「我が国は民主主義国家である」と何かにつけて強調し、何か事が起きると「それは民主主義に反する」との議論が出てくることだ。特に違和感を覚えた例を挙げれば、山上徹也の安倍元総理襲撃を「民主主義の冒涜だ」という議論が出たこと。民主主義の長所であり欠点であるのは「多数決」だったのだ。

そう割り切って理解し認識してあれば、こんな論調が出てくることなどなかったはずだ。「善か悪か」と取り違えているのだ。乃至は「平等か不公平か」のような考え方は出てこないはずだ。

私は何もアメリカ他の西欧文化圏にある諸国の文化と思考体系を礼賛するつもりなど毛頭ないが、彼らは二進法的にしか物事を考えられないし、多数決の原則に従順に従うから、「進むか引くか」のような国家戦略上極めて重大な事案でも、いともアッサリと割り切って決定してしまうのだ、「長時間慎重に検討」という過程を経ないで。これは何も賞賛に値する決定力でも何でもなく、ただ単に「二進法」で考えているだけのことだ。しかも、そこに過半数の意見があれば尚更のことだ。

ここでは敢えて失礼を顧みずに岸田総理を例に取るが「検討使」と揶揄されている慎重な姿勢こそが「我が国の二進法的に単純に割り切らない思考体系が解りやすい形で現れている」と見ている。2%の件などは、我が国を取りまく海外の情勢と、あり得ること指摘されている「台湾有事」を考慮すれば「5年以内に」などと決定力不足なことを仰っている場合なのかなと思わずにはいられない。恐らくアメリカ人たちには、岸田氏は“indecisiveな人だ」と見られていはしないかと危惧する。

私は長い間彼らアメリカ人たちの中で過ごしてきて、彼らの果断な決断力には初めもうちは敬意を表していた。だが、馴れてくると、そこにあるのは単なる二進法的思考体系に過ぎないと解ってきた。悪い言い方をすれば「非常に単細胞」であるのだ。この思考体系の相異を同僚たちと論じあった事があった。面白い議論だった。私は結論として「君等は単細胞なのだ」と言いたくて、“simple cell”と言って理解されなかったので“single cell”に切り替えたら通じて「上手いことを言う」(=“Well put.”)」となった。

先に取り上げた“indecisive”はジーニアス英和には「優柔不断」と「決定力不足」とが出ている。岸田総理に是非にとお願いしたいことは「今や果断な決定力が必要な時期に入っている」と、あらためてご認識願いたいことなのだ。重大な決断をなさるのは例えようもなく恐ろしいことだろうが、逡巡されては国を危うくしかねない危険性さえあるように思えてならないのだ。

ここは一番“single sell”になるご決断をお願いしたいのだ。「何だ。これが言いたかったのか」と言われそうだ。


「君たちは単細胞だ」と言った:

2022-08-31 08:04:16 | コラム
我が国とアメリカとの物の考え方の違い:

先ほどもニュースで民法の離婚後の「親権問題」を如何にするかで意見が分かれていると報道されていた。また、つい先日は新型コロナウイルスを2類にするか5類に下げるかで、未だに議論が分かれて決定できていないことを報じていた。岸田総理批判になるかと思うが、現在のような時期にあっても、総理は防衛費の2%を5年以内になどと言っておられるのも決定力不足に思えるのが残念だ。

ここに挙げた例が示すように、我が国の慎重に物事を考える思考体系の下にあっては「イエスかノーか」、「やるのかやらないのか」、「白か黒か」のような決定を「エイヤッ」とばかりに二者択一で決めてしまうか、決めようとすることは極めて希である。私にはこのような物の考え方が、日頃揶揄されている岸田総理の「慎重に検討し」か「周囲の専門家に諮って」という即断・即決しない姿勢に表れていると思って見ている。

私が奇異に感じていることがある。それは「我が国は民主主義国家である」と何かにつけて強調し、何か事が起きると「それは民主主義に反する」との議論が出てくることだ。特に違和感を覚えた例を挙げれば、山上徹也の安倍元総理襲撃を「民主主義の冒涜だ」という議論が出たこと。民主主義の長所であり欠点であるのは「多数決」だったのだ。

そう割り切って理解し認識してあれば、こんな論調が出てくることなどなかったはずだ。「善か悪か」と取り違えているのだ。乃至は「平等か不公平か」のような考え方は出てこないはずだ。

私は何もアメリカ他の西欧文化圏にある諸国の文化と思考体系を礼賛するつもりなど毛頭ないが、彼らは二進法的にしか物事を考えられないし、多数決の原則に従順に従うから、「進むか引くか」のような国家戦略上極めて重大な事案でも、いともアッサリと割り切って決定してしまうのだ、「長時間慎重に検討」という過程を経ないで。これは何も賞賛に値する決定力でも何でもなく、ただ単に「二進法」で考えているだけのことだ。しかも、そこに過半数の意見があれば尚更のことだ。

ここでは敢えて失礼を顧みずに岸田総理を例に取るが「検討使」と揶揄されている慎重な姿勢こそが「我が国の二進法的に単純に割り切らない思考体系が解りやすい形で現れている」と見ている。2%の件などは、我が国を取りまく海外の情勢と、あり得ること指摘されている「台湾有事」を考慮すれば「5年以内に」などと決定力不足なことを仰っている場合なのかなと思わずにはいられない。恐らくアメリカ人たちには、岸田氏は“indecisiveな人だ」と見られていはしないかと危惧する。

私は長い間彼らアメリカ人たちの中で過ごしてきて、彼らの果断な決断力には初めもうちは敬意を表していた。だが、馴れてくると、そこにあるのは単なる二進法的思考体系に過ぎないと解ってきた。悪い言い方をすれば「非常に単細胞」であるのだ。この思考体系の相異を同僚たちと論じあった事があった。面白い議論だった。私は結論として「君等は単細胞なのだ」と言いたくて、“simple sell”と言って理解されなかったので“single sell”に切り替えたら通じて「上手いことを言う」(=“Well put.”)」となった。

先に取り上げた“indecisive”はジーニアス英和には「優柔不断」と「決定力不足」とが出ている。岸田総理に是非にとお願いしたいことは「今や果断な決定力が必要な時期に入っている」と、あらためてご認識願いたいことなのだ。重大な決断をなさるのは例えようもなく恐ろしいことだろうが、逡巡されては国を危うくしかねない危険性さえあるように思えてならないのだ。

ここは一番“single sell”になるご決断をお願いしたいのだ。「何だ。これが言いたかったのか」と言われそうだ。


岸田文雄内閣総理大臣奮起を期待する

2022-08-30 08:16:47 | コラム
内閣総理大臣・岸田文雄氏論(「無策無敵」からの脱却を):

私は岸田文雄氏があの30万円給付論で滑った頃、いや、それ以前から岸田氏の政治的な力量には多少の疑問を感じさせられていた。しかも、ある自由民主党関係筋からの伝聞でも兎角の低評価があるような感があった。それ以外にも、報道機関が「盟友だったはずの故安倍晋三元総理からの禅譲に期待しているのは・・・」と伝えていたのも「育ちの良さ(弱さ?)」を感じさせる不安材料だった。

あの15年の韓国との不可逆協定には「岸田さんもやっと力を発揮されたか」と感じさせられたし、人柄の良さには好感が持てた。しかしながら、そもそも我々一般人は、マスコミ報道からの限定された範囲でしか政治家を評価乃至は査定できないのだ。従って、何も岸田さんだけのことではなく、自民党の議員たちが「どの程度のものか」などは私には良く解っていない。

そこに降って湧いたかのような感を禁じ得なかった菅義偉首相の総裁選不出馬あり、岸田氏の意表を突いた「二階幹事長云々」の声明があって、総裁選挙に打って出ると珍しく意志を明確に表明された。私にも「この際、岸田文雄氏を見直すべきか」との思いが少しは生じてきた。だが、そこに同時期に聞こえてきたのが菅義偉首相の「岸田じゃ出来ないよ」の一言だった。

私は菅義偉首相が誕生し、色々と菅氏独得の政策を打ち出された際に「この方はロールシャッハテストで最も簡単な図形を見出す型の政治家では」と極めて失礼な見方を公開していた。だが、その後の短期間にCOVID対策で打ち出された100万人のワクチン接種であるとか、無謀だとも一部のマスコミが貶したことを押し切って成し遂げられるなど、現実に国民の為になる実績を挙げておられたと思う。

一方の岸田文雄総理は派手にノートなどをかざして「聞く力があるから、見ていて欲しい」とばかりに我々に訴えかけられた。素直に期待させて頂く以外の選択肢はないかのようだった。だが、昨夜のPrime Newsでは読売の橋本五郎氏などは「聞くだけで、それを実行に移さなかったのでは何にもならない」と、かなり手厳しいことを言っていた。残念なことは「その通りだな」と思わせられる点ではないだろうか。

簡単に言ってしまえば、「岸田総理は事海外向けのこととなるとやけに気合いを入れて臨まれる傾向を感じさせる。だが、我々国民が『岸田さん、良くやって下さいました』と両手を挙げた感謝したくなるようなことは未だ余りなし遂げて下さっていないのでは」という辺りが、私の率直な感想になってしまうのだ。TICADを推進されるのも結構だが、何億円だったかを拠出されるのだったならば、国内に公金を投じて頂きたい状態にある事案が多すぎる気がするので困る。

何も、ロールシャッハテストで簡単な図形を見出して下さいとまでは言わないが、「眼前に山積する難題の中で、国家・国民の為には何が最重要であるか」の優先順位を的確に付けて頂きたいのである。「国葬」には私には何ら異論は無いが、今になって泉健太が選んだ安住某に四の五と言われないような万全の備えをしてから閣議にかけた方が良かったような気がしてしまうのでは・・・なのだ。

岸田総理の政策には「何をやり遂げたいのか」、「何が我が国にとって現時点において最優先で処理すべき課題か」が明確に打ち出されているのだろうかと感じさせられてしまう事案があるのは残念なのである。円安に対する手は未だ打たれていないし、物価上昇対策も未だしだし、全数把握でのもたつきなどは新たな不安材料だ。そう見てくると「無策無敵」と言われてしまったのも・・・と感じさせないように、「気持ちを切り替えて、難局に当たって頂きたい」と願うだけだ。

妄言多謝。


「勝ち方を知っているかどうか」だけではない時代

2022-08-29 08:20:50 | コラム
何故スワローズは勝ったのか:

昨日は「勝ち方を知っているかどうかだ」と表現したが、優勝した経験がない指導者である三浦大輔監督は、日本シリーズまで制覇した経験がある高津臣吾監督に1点及ばす敗戦となった。

だが、私は敢えて「この両者の力量の差は1点だけのことではない」と指摘しておきたいのだ。それは、三浦監督が単に「勝ち方を知らない」というだけの問題ではなく、彼には「自分のティームを率いて優勝した経験がない点」を指して言っているのだ。即ち、彼は未だ「勝ち方を知らぬ指導者」の域にあるのだ。

この辺りは、一度は問題を起こして元の2部にまで落ちていた日本大学フェニックスを、任期の3年目に甲子園ボウル出場まで持っていった橋詰功前家督が語っておられたと仄聞した「勝った経験が無い指導者の下では・・・」のことを言っているのだ。一寸聞いただけでは「勝ち方を知らない」というのと同じ事のように聞こえるが、勝った経験がある指導者はどのようにしてティームが勝てるように指導するかを承知している点が違うのだと思っている。

私はスワローズの場合は昨年の経験で選手たちも「勝ち方を」を会得したことが大きいと思っている。それは揺るぎない勝ち方の自信を持っていれば、平常心でどのような難しい局面にも対応できるのだ。

これは、何も野球だけのことではないのだ。今や我が国は言うに及ばす、全世界の多くの国々が未だ嘗て経験したことがないような国の内外に困難な問題を数多く抱えている。これらに対処する際に指導者がふらついていたのでは何ともならない。指導者には「経験」が必要な時代なのだ。では、全世界の何処に経験豊富な指導者がいるだろうか。

敢えて言えば、我が国はその大変な時期に「如何にして難局に対応していくか」について、豊かな経験持ち主である安倍晋三元総理を失ったのは、悔やんでも悔やみきれないと思うのだ。


8月28日 その2 スワローズ対ベイスターズの優勝争い?

2022-08-28 13:22:19 | コラム
上原浩治は今夜の3戦目次第だと言った:

今朝ほどのTBSの関口の時間に出てきた上原浩治が「スワローズが優勝するかどうかは今夜のベイスターズとの3戦目次第」と言っていた。一時はスワローズがベイスターズを17.5ゲームも引き離していたものが、多くのCOVID感染者を出したこと等もあって、今回の3連戦前ではベイスターズが4ゲーム差までに迫っていた。ところが、スワローズが奮起して昨夜まで2連勝して6ゲームと引き離しに成功していた。

そこで、今晩に上原が言う3戦目があるのだ。私は12球団の何れも贔屓にしておらず、ただただジャイアンツを好ましく思っていない野球愛好者である。そこで、この両ティームの優勝争い(なのだろうか)では、折角リーグの2連覇がかかっている以上、スワローズに勝たせてやりたい思いはある。だが、今夜の試合については、先頃取り上げたばかりの「スワローズには前日の試合での打ち過ぎによる心身両面の疲労が残っているのでは」との不安材料がある。

それと言うのも、何故か肝腎のこの試合のテレビ中継が無かった昨夜は不慣れなスマートフォンを駆使して試合の途中経過を調べていた。それが9対1と解った時点で調べるのを止めて寝てしまった。今朝新聞を見れば、何と23安打に7本塁打で16点も取っての大勝利だと知った。「これは不味い」と感じていた。即ち「23本も打ち続ける間の緊張感と長すぎるオフェンスの時間で、以外にも勝利者の方が疲労したのではなかったか」という懸念というか問題があるのだ。

換言すれば、ろくに打てておらず負けてしまったベイスターズの方が草臥れていなかったのかも知れないと、経験上も言えるのだ。余り自慢にならない経験だが、負け試合では自分の思うようには展開せずに、相手にいいようにやられる一方で、何をしていたか分からないうちに試合が終わっていて、殆ど疲労感が残っていないから言えるのだ。言うなれば、ベイスターズの方は体力も気力も十分に残してあり、昨夜の仕返しをしようと懸命に当たってくるだろうと予想している。

そもそも、以前にも指摘したことで「ベイスターズには12球団全体でも珍しいほど優れた打者、佐野・牧・宮崎・雑ではあるがソトが揃っているのだ。但し、ラミレス前監督以前からの雑な野球から未だに抜けきっていないのが悪材料だ。一寸信じられないような非常識で緻密さを欠いた試合運びをするので、中々上位に浮かび上がってこられなかったのだ。投手陣にも今永はいるが、本当の意味でのエースはいないと見ている。

尤も、投手陣が不備という点ではスワローズも似たようなものだが、打つ方には何といっても村上宗隆がいるし、塩見も山田も未だ未だ注目すべき存在だ。加えて、8番打者の長岡もいれば、9回になると「ここぞ」という時に打つ中村悠平もいる。スワローズに残された最大の利点は「昨年リーグ優勝し、日本シリーズも取った」という実績だ。私の好みの言い方では「勝ち方を知っている」のは何物にも代え難い利点である。

という次第で、幸い今夜はNHKが中継する試合を楽しみにしている。