新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

日本とアメリカの企業社会の文化を比較すれば

2014-02-28 14:24:49 | コラム
ここが違う日米の企業社会:

以下はここ数日の間にO氏とS氏との間で交換した掲題の件についての意見を纏めてみたものである。

私からの問題提起:

私が見るアメリカの労働力の質には問題があって容易に貿易相手国の市場の要求に順応出来ないのではないかと危惧します。兎に角、1994年7月に元USTR代表のカーラ・ヒルズ大使が指摘されたように「識字率の向上と初等教育の充実」に取り組む必要があるのですから。

S氏の反応:

確かにそうですね。分厚い作業指導書があっても読めないのでは何にもなりません。また、あまりにも厚すぎて、字が読めたとしても読む気にもなれません。しかし、その作業書の有無がISOの合否を左右するのですから笑えます。

やはり、品質はマニュアルに書かれたものではなく、経験と勘に体で覚えるものではないでしょうか。

私の意見:

私は実際にヘルメットと安全靴を着用で製紙の現場に何度も入って組合員と語り合っています。さらには全ての直開けの組合員を集めて「品質改善が君らの職の安全(確保)に繋がっていく」との主旨で語ったことも数回ありました。

そして解ったことが「英語が良く解らないアジアからの流入者もいれば、識字率に問題があるのかと疑う者が混じっている」ことでした。彼等の意識を纏めるのが星条旗であり、読むのかどうか解らない気がすることもあるマニュアルだったりするのです。

そういう連中を何年かかけて教育し、時には褒めて、場合によっては叱っても「日本の市場で受け入れられる品質を達成すると、世界中何処の市場に行っても最高級品として通用する。それこそが君らの職の安全なのだ。頼りにしているぜ」と解説してきました。そして、気が付けば19年経って、当人がリタイヤーする時が来ていました。しかし、その甲斐あって日本市場の45%を占める最大のサプライヤーになっていました。

書けば簡単なようですが、大変な試みであり経験で「これほどうるさい日本市場では事業を続ける気を失った」と諦めて出ていくメーカーがあったのは仕方がないことでしょう。私は偉そうに自慢しているのではなく、W社は太平洋西北部に立地するので、輸出して生きるか、ロッキー山脈の向こう側まで高い内陸運賃をかけて売りに行くかの選択を迫られている会社でした。だから、小うるさい日本市場の要求に耐えていこうと決意したのです。私だって職がかかっていましたしね。

そういう条件下にないアメリカの他の地区の日本市場の要求に馴れていない労働力のメーカーが、簡単に耐えていけることとは思えません。初めてここまで言いましたが、外から見る日本市場は輸出入業務、税関、輸入業者、中間の流通業者、印刷加工会社、最終需要家がうるさいだけではなくスーパーや協同組合等の流通業者の細かさは凄いのです。実は、消費者にも対応が難しい方もおられるのです。

そういう仕事を業界と海外と末端のユーザー等の全ての実態を知り、しかも英語が解るような(アメリカから来るならば日本語が出来る)外国の会社が求めるような人材が何処にでも余っている訳ではないのです。何時かはその理由を語りますが、アメリカの大手紙パルプメーカーは商社の原料部門から人材を引き抜いて余り良い結果が出ませんでした。そして、何故か、製紙業界やその流通からは取らなかったのです。

O氏からの問題提起→アメリカの本社機構と労働組合の関係:

私の意見:

O氏が別途指摘されたことですが、会社側と組合との関係は日米間の顕著な相違点であり、我が国で直ぐには理解されないことがあります。それは、アメリカの大手製造業では労働組合は会社とは別個の存在だという事実です。極端な表現をすれば、労組員は会社に所属するのではなく法律で保護された業界横断の職能別の組合に属しています。私が知る限りでは組合員は"union card"を持ち、それが身分を保証するものですし、彼等は別個の組織である会社側に転進することは原則としてあり得ません。

組合員は時間給であり仕事の難易度というか労働者の地位は年功序列で上がっていくのです。断言はしませんが、4年制であろうと院卒であろうと大学出身者はいないでしょう。即ち、日本のように新卒で定期採用されて入社した者が、先ず工場に配属されてそこから事務所に上がり、本社機構に登っていくのとは訳が違います。組合に入れば一生組合員で終わるのが普通でしょう。しかし、50歳台の組合員はかなりの高給ですし、現場での勤務はなく検査室等で働く例があります。本社には原則的に組合員はいません。

一方、製造業では大学の新卒者を本社機構には採用しません。手っ取り早く言えば、事業本部長が私の例が示すように即戦力を必要に応じて中途採用していきます。中途採用されるためには、新卒は何処かに就職して実戦で腕を磨いて誘いが来るのを待つか、これと思う会社の事業部に履歴書を送って声がかかるのを期待しているのです。「しかし」と言うか「故に」と言うか、本社機構には工場の現場から上がってくることはあり得ないのです。Ivy Leagueの年間に500万円もの学費がかかる私立大学のMBAならば、入社していきなりマネージャー職ということもあります。

我が生涯の最高の上司だった優れた頭脳の持ち主は大学では会計学の専攻で、新卒で地方の工場の経理係に現地採用されたノンキャリヤー組。だが、そこで頭角を現して本社に誘われてきました。しかし、その類い希な頭脳で、39歳で本部長に昇進するや製造部門の責任者として現場の技術者と比べても遜色ないほど「製紙学」と「パルプ学」のみならず、営業、総務、人事をマスターしました。そして経理をも統括して事業部の成績を飛躍的に向上させて見せました。彼はMBAではなくて副社長に昇進した珍しい例でした。

これだけでは説明不足でしょうが、アメリカ(の製造業)では我が国とは余りにも企業の文化が違い過ぎます。労組員の家に生まれれば、容易にそこから抜け出せないでしょうが、そこにいてもかなり優雅な生活が保証されるのがアメリカの組合制度かと思うのです。

O氏の指摘:
銀行ではクラークとオフィサーに別れていて、クラークは事務方のことで、言われたことをやればいいだけにことです。一方、オフィサーは夫々専門分野の責務を負い、目標を達成出来なければクビになります。オフィサーには組合もありません。

私の意見:

全くその通りだと思います。この点は重要です。製造業では本社機構に例えば営業第一戦に即戦力として採用された者は「契約した年俸に見合う実績を挙げられなければ最悪の場合には馘首されることは常識」でしょう。勿論、仰せの通り本社機構にいる者の組合などありません。

極端な表現をすれば「自らの職の安全というか雇用を確保して望み通りの収入を確保してリタイヤーの年齢まで懸命に働いて、安定したリタイヤー後の生活が出来るようなペンション(年金と訳して良いでしょう)を取るために、自分のために働くのであって、会社のためなどは二の次でしょう。会社だって、我が国のような福利厚生施設など用意していません。

私はアメリカ人とは「会社は生活の糧を稼ぎ出す手段と心得ているのではないか」とすら思うのです。しかし、一定以上の収入がある者たちの仕事と労働の量は凄まじいものがあります。私の直属の上司だった者の数名は子供たちが大学に入った頃に離婚しています。何とか努力して家庭を顧みているつもりでも、そうではないと見なされてしまうことになってしまうのです。

私が「我が生涯の最高の上司」と形容する副社長兼事業本部長は朝の7時前に出勤し、夜は8~9時までは会社に残っていることがあれば、土日を問わず世界中を飛び回って事業の成績を飛躍的に向上させました。だが、結局は離婚しましたし、仕事が出来すぎることを敬遠されて上級副社長と折り合わず、50歳で辞めてしまいました。


2月28日

2014-02-28 12:40:23 | コラム
プログラムの更新が出来た:

久し振りの好天だったが早朝から気が乗らず、朝食後の7時半から何もしないでただ寝転がっていた。しかし、10時過ぎに余りに日差しが明るいので、折角だからとばかりに気分転換をと外に出てみた。だが、未だ風邪から完全に解放された気がしていないので、十分に厚着をしてダウンジャケットも着用した。外は意外にも風が強く決して暖かいとは思えなかった。

当アパートはもう数ヶ月も大規模修繕とかが進んでいて、あちこちが黒い膜で覆われて視界が遮断されているかと思えば、下請け業者があちこちで作業しているし、通路の壁も天井も塗装中で通行止めになっている等で、我々居住者のためとは言え鬱陶しいものがあった。しかし、気が付けば一部には黒い膜が取り払われていて通路が明るくなっていた。

そこで気分を良くして家に戻って、懸案だった「Windosのプログラムの更新」とやらを試みることにした。既に2度も「失敗しましたので元に戻します」と言われていたので、勇気を出して挑戦したのだった。しかし、「案ずるより産むが易し」だったようで、約7分が経過した後で「100%完了」と告知されて再起動された。「何だったのだ、昨日までの失敗は」と少し腹立たしい思いがあったが、言うなれば「結果オーライ」で一安心だった。

今日で何かと問題が多かった2月が終わるのだが、明日こそは1週間のご無沙汰だったフィットネスクラブに行こうかと思っている。すると、天気予報では真冬の寒さが襲ってくると言っているではないか。また風邪でも引かされたらどうしようかと気が弱くなる。兎角、この世は住みにくいものだなと考え込まされた。

26日(水)は落ち込んでいた

2014-02-27 13:43:59 | コラム
冴えない一日の締めがPCの不調だった:

26日は薄曇りというか何と言うべきか暗い日だった。先週の20日から引き込んだ風邪が抜けきらないのでフィットネスクラブにも行かず、時偶PCに向かって憂さを晴らしていた。実は、昨年末にも風邪を引き込んで中々抜けてくれず鬱陶しいをしたのが再現した格好である。

そういう滅入った気分のところに「中国で戦時中に強制連行があったと称して我が国の企業相手に訴訟を起こした」との報道があって、非常に厭な気分にさせられた。それが如何に虚構であって既に処理済みのことであっても、私の目にさえも如何にも韓国と連携している動きかと思わせてくれるのが一層鬱陶しかった。

韓国の何処まで続ける気かも見えない反日と抗日運動というべきか、誤解と誤認識と虚構に基づいた日本叩きに対する反論の動きが漸く出始めるかという時期に、中国が便乗して来たのかと思わずにはいられない。我が政府は最早論争や対立を怖れている時期は過ぎて、河野談話の否定などという手段で真正面から対峙して彼等を抑えきって欲しいと思ったが、泥沼に無理矢理引き込まれたかの感が深い。

昼前には勇気を出して日課としていた散歩に出てみたが、外気は予想以上に冷たく僅か600メートルの新大久保駅前まで行っただけて引き返してしまった。そこにこれまで耐えていた家人までが風邪を引いて咳を始めた次第で、掛かりつけのS医師から処方して頂いた薬を飲み始めねばならぬ事態となった。とんだ夫唱婦随である。先に引いたのが当方だからこちらに責任があるか。

夕刻になって今日はPCを早仕舞いにするかとシャットダウンに入ると、Windowsのプログラムの更新があるから再起動せよと指示された。実は1~2週前だったかにこの指示に従うと、90%だったか完了と出た後で「更新に失敗したので元に戻します」と告知された苦い思い出があったので、悪い予感がした。果たせるかな今回も「失敗」だったそうで、元に戻されて単なる再起動に終わった。

そこでPCのリテラシイーが低い当方は、佐藤氏にお助けを願って問い合わせてみた。同氏はネット上には同様の質問があるのでそういう問題があるようだと教えて下さり「これを試されたら」とある方式を伝授された。しかし、落胆の一日を過ごしてきた当方にはこの時刻から挑戦の意欲がなく明日に先送りすることに決心してシャットダウンしてしまった。

昨日の収穫は畏メル友・尾形氏と「日米企業社会の文化の違い論」を深く且つ幅広く語り合えたことだった。外銀に勤務の経験がおありの尾形氏との間で、かかる問題で意見を交換出来たのは大いに結構で欣快に思う次第だ。何時かはこの意見交換を纏めて発表出来ればと思っている。尾形さん、有難う御座いました。

アメリカは輸出国ではない

2014-02-26 10:58:30 | コラム
オバマ政権のTPP政策を疑う:

アメリカ西海岸最大の輸出企業に19年在籍して対日輸出を担当してきた身から見れば、オバマ政権が強力に推進しているTPPとそこに包含されている関税撤廃策は、およそ自国が国際市場でどれほどの存在であるかを自覚していないのではないかと危惧させるものがある。より具体的に指摘すれば、アメリカは基本的に輸出国ではなく、その経済が内需に大きく依存していることが自覚出来ていないとしか思えないのだ。

これまでに繰り返して論じてきたことだが、アメリカの製造業の重大な問題点を順序不同で列記すると

*労働力の質が国際的に見て高くないこと。

*主たる労組が業界横断的「職業別労働組合」(=Craft union)であること。

*研究開発(=R&D)の能力が高いが開発した技術の商業生産化が拙劣であること。

*国内需要依存の経済であり、嘗ては輸出とは内需を犠牲にして海外に高値販売を求めていた存在だったこと。

*労務費の高騰等を理由に製造業を空洞化して繊維・雑貨等のみならず工業製品まで輸入に依存してしまった。空洞化していった企業に戻ってくることを依頼しているとか。

*国内市場が国際的に見て一流とは言えない割高な国産品を寛容に受け入れてしまったことと、メーカーがそれに甘えていたこと。

*以上を総合的に国際競争力が低下したこと。


なのだが、最も顕著に国際的な競争力が低下した製品を挙げれば市の財政自体が破綻してしまったデトロイトの自動車産業であろう。

それだけではない。彼等の文化と思考体系では「我が社の製品こそが世界最高。それを買わない貴社が間違っている」というような、我が国の思考体系とは正反対である、およそ謙りの精神がない販売方針がその劣化した製品によって裏切られていったのだった。

しかも、四半期決算に象徴されるような短期間の利益を追求する余りに、折角挙げた利益を設備の近代化と合理化に回す努力を怠ってしまった。その結果、中国や韓国等のアジア諸国のみならずブラジル等の南米の新興国にも劣る古物化した非能率的な生産設備を抱えて、全産業界がそうではなかったとは言え、益々国際市場で取り残された存在となってしまった。

しかも、オバマ政権はリーマン・ショック以降の誰が手がけても容易に世界は言うに及ばず自国の景気回復が出来ない時期に荒海に乗り出してしまったのである。そこで景気回復と自国の貿易赤字解消に乗り出したのは当然であり、何ら非難するものではない。だが、彼の政権は自国が国際市場で置かれた地位とその実力と、何を如何に改善すれば輸出力が強化出来るかを見定めないままにTPP等に着目したとしか思えない。

私は1994年7月から、カーラ・ヒルズ大使の言を借りて再三指摘してきた「アメリカが対日輸出を増加させるためには識字率の改善と初等教育の充実が必須である」が依然としてアメリカの製造業とその輸出を立て直すための基本的な問題であることは変わっていないと思うのだ。オバマ大統領は「間もなく非白人の人口が白人を超える事態」がこの問題と不可分であるとご承知なのだろうか。

この問題をこれ以上論じ始めれば尽きないと思うのでここまでに止めるが、アメリカはTPP加盟国の関税を撤廃させて医療だの保険だのといったような分野に乗り出すというのだろうか。オバマ・ケア実施への体制も不十分と批判されていながら、外国に赴いてそこまでやれるほど人材に余裕があるのだろうか。

悲観的な予想はしない方が良かったか

2014-02-25 15:21:52 | コラム
勝負運と高梨沙羅と浅田真央:

私は2月18日に浅田真央はせめて上位3位内に入ってくれ「一番になるのに優ることはないが、3位以内でも十分に立派な成績ではないのだろうか」と述べていた。冷静なる評論家を自称する悲観論者としては、正直なところ、またもや悲運の浅田真央となってしまわねば良いのだがと怖れていたのだ。浅田はあの気迫のこもったフリースケーティングの後では感情を露わにして見せたが、これが一層彼女を可哀想に見せた。

高梨沙羅については、1月27日に「はあの体格で折角それほど強いのは結構だが、五輪本戦前にそれほど勝ってしまってはソチに着いた時には勝ち運を使い果たしてしまわないかと心配している。」と危惧していた。私は「勝負の世界ではついているいないも腕のうち」で、運は自分から掴むものだと思っているが、高梨沙羅の場合には確かに運とは無情なもので、2回目のジャンプの時にだけ追い風だったと報じられていた。

高梨沙羅は4位に終わった後のインタビューでは淡々としていたが、その後で涙を流したと報じられたのは余計痛々しかった。かく申し私は国体の決勝戦で負けたのは高校1年だったから年齢的にはほぼ同条件なのでその辛さは察するに余りあるが、オリンピックと国体と比較するのは僭越だろうとは思っても、「勝負の怖さ」を経験させられたことが彼女の将来の運動選手としての活動に役立ってくれることを祈るだけだ。

浅田真央の場合はこのオリンピックを最後に辞めるとか報じられているが、あのままではさぞや寝覚めが悪いだろうし、心残りだろうと思う。一度は2位になったことを良しとして辞めるか続けるかは浅田が決めること。それは何れにせよそれが彼女の人生であるからだ。どうするかは自分で決めれば良いことだ。個人的には22歳や23歳で「引退」という言葉を使うのには違和感がある。

もし選手生活を辞める気ならば「これからは大きな大会に出ようとすることは辞めて、自分が好きなようにスケートを楽しむ」という辺りが適切な気がしてならない。または「プロのスケーターという方向を選ぶ」といった荒川静香のような道もあると思う。マスコミは軽々に「引退」等と言うな。