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気ままに

大船での気ままな生活日誌

高座渋谷の忠犬ハチ公

2018-09-19 09:02:33 | Weblog

おはようございます。稀勢の勝ち越しで、今日も一日ウキウキ過ごせそう(笑)。

先日、高座渋谷の常泉寺に彼岸花を見に行ったとき、駅前の公共施設内に忠犬ハチ公がいたのにはびっくり。ハチ公像の本家本元といえば、渋谷駅前だが、そういえば、ここも大和市の渋谷駅前だ。何かあるぞ、くんくん。

まず、高座渋谷の忠犬ハチ公像をご覧ください。

こちらは、渋谷駅の忠犬ハチ公像。

姿形はそっくりだが、高座渋谷のはデコレーションで飾り立てられている。”デコハチ公”と呼ばれているらしい。案内板によると、平成21年8月20日放映のテレビ東京”チャンピオンズ”で制作されたもので、その後、渋谷という駅名つながりで高座渋谷駅のある大和市に寄贈されたとのことだった。

たしか、高座渋谷と東京の渋谷につながりがあったはずよ、と家内が言う。そういえば、何かで読んだことがある。そこで、再度調査に入った(笑)。”高座渋谷駅の由来”についてWikiで調べると、こういう記載があった。1929年(昭和4年)の開設時、駅所在地の地名が高座郡渋谷村であったことから、都内の渋谷駅と区別するため郡名が冠され、”高座渋谷駅とされた。なるへそ。

さらに地名の由来についてもこう書かれている。渋谷村周辺は中世の渋谷荘で、有力武士団渋谷氏発祥の地である。東京の”渋谷”の地名は、この渋谷氏が渋谷区渋谷一帯を領有したことに由来するとされる

なるほど、そういうことか。新旧渋谷に忠犬ハチ公が揃ったことということで、めでたし、めでたし。

で、終われば良かったのだが、念のため、渋谷区役所のホームページで”渋谷の由来”を調べて見ると、こんな記述が。

いくつかの説がありますが、定説はありません。その一つ、平安時代の終わりごろ、このあたりの領主は河崎重家でした。河崎重家は京都の御所に侵入した賊を捕えました。この賊の名を渋谷権介盛国といいま した。そこで、堀川の院は、河崎重家に”渋谷”の姓を与えました。このことから、重家の領地であった谷盛庄が”渋谷”に変わったとする説。”渋谷”は京都の賊の名前だった。

どちらが正しいのか、古館さんの”日本人のお名前”に投書してみようかな。どっちに軍配が上がるかな。うきうき。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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