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まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

お掃除を修行にする

2011年12月20日 | う゛う゛ー
 じつは先日、お友達に誘っていただき、お寺の「年末のお掃除」のお手伝いに出かけました お寺のお掃除???正直、イメージが湧きません。お寺と言ってもねえ・・・鐘楼もある・・・境内もある・・・ご本堂もある・・・庫裏もある・・・仏像だってあるよな・・・などとあれこれ考え、よく年末のテレビのニュースで観るお坊さん達が作務衣姿で大きな仏像のすす払いをしたり、大きな梁を見上げて掃除したりということを思い描いて出かけました

 その日は、たくさんの方がお手伝いにいらしていました。私は心の中で「むー、みなさん、ご自宅のお掃除を上手になさる方なのだろうか・・・私のように『掃除は好きじゃない』なんて人はいないのだろうなあ・・・」と、とても場違いな思いがし、意気消沈してしまいました
 そんなうちに、お世話役の方からご説明があり、お掃除をする場所が振り分けられていきました。私はその誘ってくれた友人と、「前から詰めてお座りください」のお言葉に素直に従い、最前列に座っていたためか、「この一番前の列の方は、ご本堂のお掃除をお願いいたします」と言われました。
 さすがの私にもわかります。
お寺の中でも「ご本堂」は最重要な場所 仏様も安置されているとってもおごそかで、粗相のあってはいけないところ、に違いありません。いよいよ場違いな私です
 しかし、覚悟を決め、他の方達と一緒にご本堂に移動しました。ああ、その通りです・・・こんな「掃除嫌い」の私がいるには罰当たりなところ・・・
 けれど、そんな私だからこそ、何かそこに決まったことに意味があるような気がして・・・教えていただいたように、一生懸命に窓を拭きました

 最近の子ども達は、クラスの中で「テーブルに牛乳をこぼしたら何で拭きますか?」とたずねたら、ほとんどが「ティッシュ!」とか「キッチンペーパー!」とか答えてくれます。
 確かに、そうでしょうね。牛乳や生卵をお布巾で拭くと、匂いがついて、なかなか取れません。特にタンパク質の汚れは、あとあと何かになっちゃう?などと思うと、拭いてポイッと捨てられ紙で拭くことが一番気持ち良いかもしれません
 けれど、さすがに「お布巾」と「お雑巾」の違いがわからないとか、「うちはダスキンだから、雑巾は見たことないよ」と言われると、ちょっとだけ悲しくなります

 この日。
ご説明では、使う雑巾は4種類ありました 窓を拭く用のもの。腰から上の場所で使うもの。足の位置で言えば、くるぶしの上あたりからの腰あたりの場所に使うもの。そして、床を拭くもの、です。私はなるほどなあ・・・と思いました。
 でも、何にでも興味を持ってしまい、人とのふれあいを縁と考えている私の性格がこの日ばかりは仇となり?窓を拭いていても、あれこれと考えてしまいますし、ついついご一緒した人と話してしまう・・・
 ああ、この渕を面とりしたガラスは普通のものより高級だけど、やっぱりきれいなんだよなあ とか、たまたまお隣の窓を拭いている方とも、お子様の悩みをお聞きしたり・・・

 だからでしょうか、年配のとても品の良いおばあさまからお声がかかりました。
「そこの若い方。そうそう、黒いベストをお召になったあなたですよ 掃除機をお願いしてもよろしいかしら?」 
 まず、そこの「若い方」との呼び掛けに躊躇してしまいましたし(確かに、その方よりもかなり若いことは事実ですが・・・)、「掃除機をお願いする」で、もっと躊躇しました。
 何を隠そう、私は「掃除機をかけるという行為」が嫌いなのです 整理整頓は好きです。いろいろなものを整理し、片づけていくのは好きです。でも、なぜか、掃除機を出し、長いコードをバリバリと引っ張り出し、ホースの支度をして、バキュームする・・・これが嫌いなんですねえ・・・

 その方のお声には、不思議な威力があり「いえ、私はちょっと・・・」「私は適任ではありません」などと言える「隙」のようなものはありませんでした。
 私は歪んだ笑顔で返事をし、その方の後に続きました。にこやかにご説明をくださるおばあさま。私ははい、はい、とお返事をし、掃除機をかけ始めました。
 いつも家でするように、部造作にシューシューと・・・そして、壁のところまで来たら、掃除機を前後させ、掃除機の頭の部分をコツコツと壁に当てながら・・・すると、そのおばあさまは「ご自宅のお部屋でもそうなさっているかしら?きっと何度も掃除機をかけている間に、それでは壁に傷がつきますよ。それにね、壁は、家を支えれくれている大事な部分ですもの。大切に扱ってあげてくださいな」とおっしゃいました。
 私は、顔から火が出そうになりました。恥ずかしさで、身体中が熱くなりました 「申し訳ございません。そうですね。私はいつもこんなふうに掃除機をかけていました。ああ・・・そうですよね・・・」
 おばあさまは、相変わらずにこやかに、穏やかな笑顔で「では、こちらはお願いいたしましょうね」とおっしゃり、私のところから去っていかれました。
 私は夢か、現実か、わからなくなりました。あの方は、本当にいらっしゃる方なのだろうか?それとも、私の元に現れた、私を戒めるためにお言葉をくださった仏様???
 そう思えるほど、私には衝撃的なお言葉だったのです・・・

 「心を込めて」が私のモットーです。そう思って生きていますし、公私ともに、人にもそのようにずっとずっと伝えてきました。心を込めて人と接し、人と語り、陰口、悪口を言わず、心の目で見て、心からの言葉で語る・・・そうしている、と自負さえありました
 でも、嫌いな掃除機をかける時には、そんなことを考えたことがありませんでしたし、心を込めてお洗濯をし、心を込めてお洗濯を干したこともありませんでした。かろうじて、二人の子ども達が高校生の頃までは朝5時起きをして、二人のお弁当を子ども達が食べる時の様子を想像して、「心を込めて作っていた」だけでしたねえ・・・

 私はその後、「心をこめて」掃除機をかけました
いつもたくさんの人に踏まれ、たくさんの方達が座り、足やお尻を受け止めてくれている床に、いつもありがとうございますという思いを込めて、感謝の思いで一生懸命に掃除機をかけました。
 そのうちに、掃除機のホース、掃除機のノズルが、私の手と一緒になっている錯覚に陥りました。私の手が動くように、掃除機が動きました。私の手が、床のチリや埃をかき集めているような気がしました・・・私の感謝の思いは、そのままで私の手に伝わり、私の手となったホースに伝わりました。とっても、不思議な感覚でした・・・

 やっつけ仕事、という言葉があります。とにかく済ませる仕事、という意味でしょうか。私にとってもお掃除、お洗濯は、そういうものだったのだと思います

 あの日から2週間。
今でも、やっぱりお掃除は好きではありません あの仏様の化身?のおばあさまの言葉が深く心に刻み込まれ、私の手となった掃除機のホースの感覚・・・あの日の掃除機をかけていた床・・・すべて身体が覚えていますが、まだまだ自分の身についてはいないことは、本当に恥ずかしいことです。
 けれど、普段何気なく「こなす」家事にも、心を込めて取り組むと、全くその行為が違うものになり、家事以上の意味を持つものになる!ということ痛感しました
 
 そして、あの日のお掃除は、じつは「お掃除」ではなく「修行」であり、私が生きていく上での貴重な学びの時間だったのだな・・・と感じています


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恥ずかしい、お行儀が悪い、という発想

2011年11月25日 | う゛う゛ー
 ペットボトル・・・本当に便利ですよね
私が子どもの頃は、みーんなジュースは「缶」でした。まず、「お茶」はお湯を沸かし、自宅で急須で入れていただくもの!でしたので、それを缶入りにする発想さえなかったわけで・・・
 そして、その缶ジュースを開けるための道具が缶の上蓋のところにくっついていてね。それを取り外し、缶の渕にひっかけて、梃子の応用で缶に穴をあける 空気穴を作るために、必ず対角線上に二つの穴を開けるのです。
 こうして今、私は幼稚園の頃の記憶をたどり、一生懸命、順序だてて書いてきたのですが・・・きっとここまでお読みくださった方全員は、「イメージさえわかない」「わかんないから、想像もできない」と思っていらっしゃるでしょうね。

 とにかく。ペットボトルは便利です
ただ、いい大人の女性が、電車の中でペットボトルをブチブチっと音をたてて開け、ラッパ飲みをしている姿は格好良くはありません
 今年の夏は暑く、多くの人が「マイ水筒」を用意して、出かけました。エコにも一役かったこの「マイ水筒」。私も早々に一人用のバッグに簡単に入る大きさの魔法瓶タイプの水筒を購入。そこに氷を3,4個入れ、毎日、自宅の冷茶を入れて持ち歩きました
 でもね、たまに忘れたり、遅くなる時には、空っぽになった水筒をずっと持っていたくなくて、500mlのペットボトルを持って出ることがありました。
 そんな時、私は、保冷用のアルミシートの貼ってあるペットボトルカバーにウーロン茶をスポっと入れ、出かけました。そして、人に見えないところで、そのお茶を飲んだものです
 ペットボトルカバーに入れても、所詮はペットボトルですからね。飲む時には蓋を開けて、口飲みするしかない・・・かなり抵抗がありました

 ところがある夏の日。
娘の学校当時のママ友と出かけた日のことです。私は、水筒を持参しました。他の3名のうち、2名までが私とよく似た大きさの水筒を持参。あと一人はペットボトルカバーに入ったお水を持ってきていました。
 私は何となく、彼女は「どのようにして飲むのだろうか?」と思いました。なぜなら、私自身が、それを飲むタイミングや飲む場所をとても気にしていたから、です
 すると彼女。電車の中で、私達とおしゃべりをしている時、おもむろに「ペットボトルカバー入りのお水」を取り出しました

 ぎゃー やめてー あなたのイメージが壊れるー 20年もお付き合いをしてきて、今さらあなたのイメージを壊したくないー こんな人前で、オバサンがラッパ飲みをするのー

 私は気が気ではありませんでした。
でも クラクラしながら見守る私の前で、彼女は取り出したペットボトルのふたをクリクリと開け・・・ああああああああ

 蓋を開けると、そこから3ミリくらい、「黄色くて、細いもの」が見えました
彼女はそれをつまみ、ペットボトルを口に運びました。そして、そっと横を向いて、「ストローで」水を飲み、また蓋をしてバッグにしまいました。

 そうなんです
ペットボトルの中には、「曲がるストロー」が入っていたのでした。曲がるストローは、ペットボトルの蓋を閉めると、上手い具合に折れ曲がり、ボトルの中に納まってくれます 蓋を開けると、少し伸びて、ちょこっとだけ口から顔を出すのです・・・

 私は、よほどこわばった表情で彼女を見ていたのでしょうね。彼女は「南坊さん、どうしたの?何か、私の顔についてる???」とたずねてきました
 盛り上がっていたお話の腰を、すっかり折ってしまう結果となりましたが、私はみなに「何を考えていたか?」を話しました そして、みなで大笑い
 でも、そこでみなに開口一番言われたことは、「いやん、やめてよー まさかラッパ飲みなんて、するわけないでしょう そんな恥ずかしい・・・」という一言でした。

 最近では、あまり「恥ずかしい」という言葉を聞いてことがありません。
たぶん、今の多くのお母様達には「恥ずかしい」と思う行為がないからなのではないか?と思ってしまうのです。
 電車の中で、ベビーカーに乗った子どもがグズグズ言い始めると、まるでイルカやアシカのショーで、ジャンプや芸をした後に、ご褒美の「エサ」を与えるような素早さで、当たり前のようにお菓子を与えます
 ひどい子どもの場合は、ベビーカーに乗ったままでスナック菓子の箱を抱っこしています
 お稽古の前後や、行きかえりのバスや電車の中でも、お菓子を食べさせる習慣があるのか、お稽古バッグの中に「お菓子」が入っていることもよくあるようです
 もちろん、今でも「自宅以外の場所で、何かを食べることはお行儀が悪く、恥ずかしいこと」という真っ当な躾をしているご家庭もあるのでしょうが、すっかりそういうご家庭は、希少価値になっているのかもしれませんね

 「いやん、やめてよー。まさかラッパ飲みなんて、するわけないでしょう!そんな恥ずかしい・・・」という母親達に育てられた娘達は、今では社会人です。
 我が家の娘を含む彼女達が学生の頃、電車の中でキャンディーを食べていたり、酷い時には「時間節約だから」と言って、こっそりバッグの中に忍ばせたパンの袋から、ひと口ずつちぎって口に運んでいるのを見たこともありました
 まあ、成長してしまうと、親のうるさいお小言にも聞く耳持たず、好き放題・・・で閉口もしましたが、せめて、幼い頃は「公共の場で食べる(飲む)ことは、恥ずかしい事。行儀の悪いこと」ということを徹底させ、親の目の届く間は、それを守らせる・・・そんな古き良き日本の文化を守りたいものです

 基本的に、人前で飲むことはありませんが、けれど、私はすっかり「曲がるストロー入りペットボトル」の発想が気にいり、ペットボトルを持って出る時には、必ずストローを入れるようになりました

 「恥ずかしい」「行儀が悪い」という発想から生まれた知恵・・・これなら子どもでも上手く飲むことができます。飲む場所さえわきまえれば、重宝しますよ



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「疲れたわー」は禁物!

2011年10月20日 | う゛う゛ー
 すっかりブログの更新が滞ってしまいました
神奈川県は今、考査の真っ只中です。何をしても、なかなか熱中できません。年長児クラスの子ども達の顔が次々と浮かびます。今年も、まどか先生のパワーキャンディーを食べ、おまじないと唱えて考査に向かったであろう子ども達・・・かーみーさーまーっ!!と絶叫したくなります

 さてさて。
そんな考査の中。サポートをする側のママ達も、それはそれはお疲れになるでしょう 一昨日、神奈川一斉考査の日の夜には、「私は付き添いをしただけなのに、へとへとになりました・・・」という、たくさんのメールをいただきました
 そうなんですよねえ・・・神経を集中すると、頭がパンパンになり、肩に力が入って、本当に疲れますよね

 でも
私はここ数年、とっても残念に思っていることがあるのです。それは、何と「つかれたー」「つかれたー」と言う子ども達ばかりが増えたことか・・・

 確かにね、考査に臨んだ子ども達は、間違いなく疲れています 一生懸命に聞こう!聞き逃しちゃいけない!えーっと、これはこうで・・・こっちはこうで・・・と、神経を集中し、真摯に考査に向かった子ども達。
 彼らは、考査が終わったら、間違いなく「楽しかった」と言って戻ってきたとしても・・・やっぱり、実際にはとても疲れているでしょう

 でもね、普段の幼稚園や、保育園の生活では、そんなに「つかれたー」と、眉間に皺を寄せたり、機嫌が絶不調になるような「疲労」にはならないはず、なんですよ
 にも関わらず、たった4歳、5歳の子どもが、頻繁に「つかれたー」と言うのは、間違いなく、親が四六時中「疲れたー」という言葉を発しているからにほかなりません。

 幼い子どもは、親を見て、親の言葉を聞いて育っていくものです
短い人生とはいうものの、4年間、5年間、毎日毎日、親と一緒に生活をしていると、自然に親の話し方にも似てきますし、親の言うことを真似たり、似たような行動や仕草が身に着くものです
 教室に通ってくれている子ども達の中には、とっても上手に「私の真似」をする子もいますよね 私といる時間は短時間、短期間なのに、どうしてそんなふうに上手に真似ができるのか?
 その答えは簡単ですよ クラスの中での子ども達、好奇心旺盛で、熱心に集中して私の話に聞き入る子ほど私の真似が上手いのです。なぜなら、そういう子ども達は、私が話している時、私との時間の中にのめりこんでいるから・・・そんな子どもと私との時間は濃厚で、それがたとえ短期でも、神経を集中して私との時間を過ごしているから、私の真似も出来るんですよね

 ちょっと話が横道に逸れてしまいました。
とにかく、子ども達は、一緒に生活をしている親の言動、行動をコピーすることによって新しいことを学び、自分のものとして取り入れ、そのことを重ねていくことによって成長していきます。
 ですから、結果として、「良い事」も「悪い事(と言ってしまうのは無謀ですが)」もコピーしてしまう・・・

 頻繁に「ああ、疲れた」と、これ以上、無愛想な顔はないだとう、というような顔をして、子どもの前でその言葉を連発していたら、当然、子どもはそれをコピーします。
 それが良い証拠に、4,5歳の子どもでも、私を相手に「せんせい、あのね、今日わたしね、すごくつかれたのー・・・」と言う時には、あらまあ、あなたもそんな不細工な顔になっちゃうのねえ、というほど、醜い顔をして言うものです

 子は親を見て育ちます
よく「親を見れば子どもがわかる」「子どもを見れば親がわかる」と言いますが、やっぱり、それは本当のことです
 どんなに取り繕って、立派なことを数々語ってくださっても、子どもの様子を見れば、どんなご両親なのか、ご家庭なのかはある程度は見えるものです
 もちろん、子どもは「父」と「母」のDNAを受け継ぎ、生まれてきていますから、お子様を見ていて、父母のどちらに似ているのか?は特定できません。それでも尚、子どもがよく言う言葉、子どもの思考を見たり感じたりしていると、ご家庭が見えてきます

 どうぞ、そういうものなんだなあ・・・と、うんうんと頷き、お家で話す言葉には注意をしましょう
 基本的に、言葉や言葉遣いは「教える」ものではなく、子どもは生活の中で「馴染んで」「慣れて」使うようになるものです。
 子どもだから敬語は使えない!のではなく、子どもが日常生活で、「敬語を聞く機会が少ない」から、その子は敬語が使えないわけです。(サザエさんの息子、タラちゃんが外で大人を相手に話す時、「どこへいくんですかあ?」と敬語を使うのは・・・長谷川町子さん、きっと、そういう子ども像を良しとしていたのでしょうねえ。そう言えば、カツオくんもワカメちゃんも、きちんと敬語が使えましたね

 またまた、脱線です
私はね、「つかれたー!」という子どもが、とってもかわいそうだと思うわけです。「つかれたー」と言ったとたん、何かを精力的にする気力も失せ、前進しようとするパワーも出なくなる・・・たった4歳や5歳、6歳で、こんなことでは、いったいこの先、どうなってしまうんでしょう

 三つ子の魂百まで、です。
幼い頃から、何にでも果敢に向かい、いつも明るく前進していく心意気そういう子どもは、そんなに「つかれたー」は言いません

 もしあなたが、我が子の理想の将来像に「パワフルな行動力と、疲れを知らない思考力」を求めるのであれば、「ああ、疲れたわー」を頻繁に言わないこと

 それに、40歳を過ぎてから、「ああ、疲れたわー!」を頻繁に言っていては、間違いなく心も身体も老け込んでいきますよー はっはっは





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わが子の心をおもんばかる

2011年10月07日 | う゛う゛ー
 私がベランダから、家族にいってらっしゃい!と手を振ることは、すでに過去に何度か書いたブログでご存知かもしれません 
 手を振っていた相手は、最初は小学校の制帽であるかわいいフエルト帽をかぶった男の子や女の子でした。その子達がいつしか千切れるように笑顔で手を振り返す子どもから、ちょっと困ったように手を挙げるティーンエイジャーになり・・・今は一人減り、職場へと急ぐキャリアウーマンになりました

 つい先日も、いってきます!と玄関を出た娘に、いってらっしゃい!と声をかけたあと、私はベランダに急いで移動しました。
 慌て者の娘は、よく携帯を忘れた!とか、パスモを忘れた!とか言って自宅に戻り、ベランダで待つ私は待ちぼうけをくらいます
 じゃあ、もうそんなことなら、すっかり大きくなった子のために、2度もいってらっしゃいをする必要なんてないでしょう と笑われそうですが、習慣になったこの行為を止めるのは、なかなか勇気のいるものでねえ・・・
 長年、少し遠いところから子ども達の歩いている姿を眺め、息子や娘の「内面」を見てきた気がします。

 子どもが幼児期を過ぎると、お互いに面と向かって話す時には、結構「構えて」話すようになります ちょっと元気がないかな?などと思い、思い切って「どう、元気なの?」「学校、いつも通り?」などと聞いたところで、彼らの答えはたいてい「うん、元気!」とか「変わりないよー」という返事・・・
 けれど、ベランダから彼らの姿を見ると、トボトボ・・・だったり、陰鬱そうな足取りだったり・・・

 彼らの悲しみや辛さを知ったところで、母親が直接何かをしてやれることはありません。じつは、それが幼稚園、保育園の子どもでも、同じかもしれませんね。
 親子であっても、幼児であっても、彼らが「一人の世界」「子どもの世界」にいる時には、親の力なんて非力で、届かぬものなのですから

 でも、私は長い間、意気揚々と歩く姿を見る時にはホッと胸を撫で下ろし、私まで良い気分になり・ ・・下を向き、足取り重い時には、ひたすら「がんばれ!がんばれ!」と念じ、エールを必死に送る・・・それが、身についた習慣になりました

 そう、そのつい先日。
娘が中庭に姿を見せました。その日は、忘れ物もなく、スムーズに出発できた日のようでした ぱっと目に入ってきたのが、ベージュとオレンジの中間色のようなバッグでした
 玄関で送り出した時には体に隠れて見えなかったのでしょう。その日、娘が履いていたショートブーツの色とマッチしていた、ということもあるのでしょうが、とても印象に残る素敵なバッグでした きっと、新しく買ったものだと思いました。
 バッグが好きな娘は、いろいろとこだわいりがあり、なかなか「買う」という行為に至りません。「買った」というだけで、それがいかに娘にアピールしたものか、どんなに気に入ったものか、ということがうかがいしれました

 ああ、玄関で気づいて、「いいねえ!」と言ってやれば、朝から元気が出たかもしれなかったのに・・・私はすぐにそう思いました。
 そこで、私は携帯を手に取ると、娘宛にメールを書きました。
 「玄関では気づかなかった。バッグ、買ったの?いいねえ!とっても素敵」と。
 すると、2,3分でメールが返ってきました。
 「そうそう、買ったの!いい色でしょ。良かった
 短いメールでしたが、彼女は、間違いなく満員電車の中で、大変な思いをして返してくれたものでした。

 彼女の会社は、最寄駅から徒歩10分程度。電車を降りてから返事を書いても良かったはずです。なのに、どうして彼女は敢えて満員の通勤途中の電車から返事を返してきてくれたのか?
 娘は、私の思いをキャッチしたのでしょう 
ここのところ、ちょっと仕事でスランプに陥っている娘を知りながら、根掘り葉掘り聞かない母親・・・新しいバッグに気づき、「素敵!とほめることで、精一杯のエールを送ってくれている・・・娘は、そのことに気づき、母親への最大級の感謝の思いを込めて、敢えて、混雑した電車の中で返事を書いてきてくれたのです

 お互いの思いをキャッチできる関係・・・書くことは簡単ですが、実際にはなかなかそういう理想の関係を築くことは難しいものです 親子だからと言って、相手が思い通りの動きをしてくれるわけではありません。
 
 わが子が小さい頃には、ついつい親は、「この子は自分の思い通りになる。だって、私はこの子をこんなに愛しているし、私の言っていることは正しいのだから!」という確固たる「錦の御旗」を振りかざし、子どもに相対しているものです
 その証拠に「なんであなたはママの言うことを聞かないの!」と怒鳴るでしょう?この言葉の裏には「ママの言うことを聞いていれば、間違いはないのよ!」という意味が含まれています。自分の言うことを聞かないわが子に憤っている!

 でもね、時には、「この子は、どう考えているのだろう?」「どうして、こんな行動(言動)に出たのだろう?」と考えてあげることも必要ではないでしょうか?

 幼いなりに、子どもは「何らかの思いを持って」行動をしているものです それを上手に言葉では表現できなくても(私は、子ども達に、一生懸命に自分の思いをパパやママ、お友達に言葉で伝えなさい!と、繰り返し教えています)原因があって、そこ結果としての行動、言動があるのです。
 それを無視して、「言うことを聞きなさい!」と繰り返し続けるだけでは、そこには「あ・うんの関係」は育ってはいきません

 私は長い間、娘に悲しい思いをさせてきました。
私自身にはそんな意識はありませんでしたが、娘はずっと「私は2番手。ママはお兄ちゃまが一番大事なんだもん」と思い、大学までの10数年を過ごしてきたのでした。
 そんな娘の心を知った時の私の驚愕・・・私のショック・・・巻き戻すことのできない10数年の時間。事実はどうあれ、幼かった娘が、ずっと悲しい思いをしてきた時間は、もう消し去ることはできないのです

 そのことを知って以来、私は自分に「まずは、娘の思いを慮る(おもんばかる)こと」を課してきました。すると、自然とたくさんの娘の思いを五感から感じられるようになったのでした 当然、娘との関係は、驚くほど「あたたかいもの」になりました。
 まだ、たった3,4年のことです・・・

 たとえそれが幼い我が子であったとしても、子どもの思いを無視し、「親が正しい」という理由で、子どもの思いに聞く耳を持たなければ?そこには何も生まれません
 怖いことに、親はそのことに気づかず、親子の愛情は、無条件にそこに「存在するもの」だと思っているのですねえ・・・

 今日も娘は、あの素敵なバッグを肩にかけ、出かけていきました そしてやっぱり、ベランダから見送る私に、笑顔で手を振ってこたえてくれました・・・ 



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三宅島で考えたこと

2011年08月29日 | う゛う゛ー
 週末にお休みをいただき、三宅島に行ってきました
金曜日の夜に竹芝桟橋を出航し、翌朝の5時に三宅島に到着する・・・という船の旅です。その船は、その後、3時間半の航行を続け、八丈島が最終目的地です。
 
 伊豆諸島航路・・・28年ぶりです。昔は、揺れもなーんにも気にならず、ぐっすりと熟睡できたのに 、年齢のせいでしょうか、今回は2段ベッドの4人の船室で、お友達4人、ほとんど眠れませんでした 夫はお隣の船室で、心地よい宴会のあと、爆睡したそうです・・・さすが、学生時代の夏休み、ずっと沖縄や与論、石垣で過ごした海派の強者だけあります。
  
 今回の旅の目的は、土曜日の午後スタートのトライアスロン大会でした 私は応援。選手ではない船旅は、とてもお気楽で、応援の後はちょっとした観光を・・・そんな気持ちでした

 でも、船が岸壁に着岸し、夜が明けて、島の様子が見えてきたとたん、私の思いは一変しました
空を向いてにょきにょきと立つ木々は、すべて灰色で、葉っぱは一枚もありません。麓の島内一周道路から見える山全体は、そういう立ち枯れの木々がいーっぱい立っていて、その様子は、さながら前衛芸術のモニュメントのようで・・・私はその異様さに息を飲みました

 恥ずかしいことですが・・・
今回は、スポーツ観戦、レースの応援・・・そのつもりの休日でしたので、何も事前の準備もなく、インターネットで島内観光のサイトさえ見たことがありませんでした。
 もし、私が「旅行」のつもりでガイドブックを読んだり、観光サイトをチェックしていたら、少しは予備知識もあり、心づもりもあったでしょうが・・・
 朝食後、夫を含むお仲間達が自転車で下見に出かけた間、幸いにも宿から5分で行けるところにあった村営の観光協会に出かけました。そこで私が聞いたお話・・・

 東京都三宅村。人口、2700余名。島民は今でも、毎日、火山ガスの二酸化硫黄の恐怖とともに生活をしています。
ちょうどお話をお聞きしている途中にも、屋外の屋外拡声支局(電柱状のものに設置されたスピーカー)を通して「ただ今、〇〇地区に、レベル1の注意報が発令されました。高感受性者の方は・・・」とアナウンスがありました。
 私があまりに驚いた様子を見せたのでしょうね お話し相手をしてくださった観光協会の女性は・・・
 「大丈夫ですよ レベル1ですし、この地区じゃありませんからね ああして、村役場から火山ガスの注意報や警報が出るんです。村内には45か所、同じような屋外拡声支局と呼ばれるスピーカーが設置してありましてね。レベル1からレベル4まで、火山ガス注意報や警報が出る仕組みになっているんです。私達は、4年半の全島避難を終えて、島に戻ってくる時、火山ガスと共存すること、そのリスクを納得して帰島したんです
と教えてくださいました。

 一緒に外に出て、実際にそのスピーカーを指さしてもらうと、1本の高い柱に、四方を向いたスピーカーが取り付けられ、その下には青(レベル1)、黄色(レベル2)、緑(レベル3)、赤(レベル4)の回転灯がありました。この屋外拡声支局には、スピーカーだけのものと、レベルに応じて点灯する回転灯がついているものと、2種類あるのだそうです。住宅地の中に立つ屋外支局には、たいていが回転灯がついている、とのことでした。

 アナウンスの中にあった「高感受性者」とはどういう人のことなのですか?との質問には、「ぜん息などの呼吸器疾患の患者、または心臓病の患者等、新生児、乳児、妊婦等若しくは三宅村が実施する健康診断において、二酸化硫黄に対する感受性が高く、比較的低濃度で影響を受けやすいと判断された人達を指すのです。」とも教えてくださいました。

 私は、すっかり腰を落ち着け、そこでいろいろと三宅島の噴火、島の現状等、お聞きすることにしました

 1983年の大規模な噴火で、島の中心地区であった阿古地区400戸が、雄山から流れ出る溶岩に飲み込まれていく映像は、今でも目に焼き付いています ゆっくりゆっくり流れ、徐々に住宅や役場に迫って行くどす黒い溶岩の流れ・・・この時、溶岩に飲み込まれた役場は、今でもそのままの様子で残されています。
 阿古地区の住民はその時、溶岩の流れとは反対側の、船の北側に避難したのだそうです。

 しかし、その後も島民はその不幸にも負けず、力強く生活を復興させます
噴火もだんだんと治まります。雄山の外輪山はハイキングコースになっていて、火口内は湿地帯で、貴重な植物も数多く育っていたとか また、雄山山頂には「雄山サウナ」という噴気孔があり、お話をしてくださった女性も、お子様が小さかった頃は、よくそのあたりに出かけ、子ども達はそこに顔を向けて目をつむり、「サウナだー!サウナだー!」と言って遊んだそうです。8合目あたりには牧場もあり、のどかな山頂あたりの風景だったとのことでした
 太古の昔から噴火を繰り返す三宅島には、200以上の神社があり、噴火は神の御業(みわざ)だと崇められ、その恐ろしい甚大な被害を与える神の怒りを治めるために、人は祈りを捧げた・・・三宅島の人たちは、まさに、長い長い間、雄山の噴火とともに生きてきたのでしょう。

 しかし、その1983年のマグマを吹き上げるマグマ噴火から17年後の2000年、次の大噴火が起こります 今度の爆発は、溶岩が流れ出るような噴火ではなく、火山ガス噴火でした
 緑に覆われていた外輪山は大きく陥没し、そこからは高濃度の二酸化硫黄が吹き出し、島中に火山灰を降らせました。この二酸化硫黄によって、島の6割の植物が枯れたと言います 雨が降ると火山灰は泥流となって麓の町を襲いました。

 その後、4年半にわたる全島避難の詳細は、たまたま子どもも楽しめる夏休みの映画として公開された、今話題の「ロック」という映画を観るとよくわかる、と観光協会の方々が笑顔で話してくださいました

 生前、マザーテレサが語られた名言はたくさんありますが、その中でも最も有名な言葉は、「無関心」に関する言葉だと思います。
その中の一説に「愛の反対は憎しみではない。無関心である。」という言葉があります。
 私は、1時間近くご親切な女性からお話をお聞きし、観光協会を出ました。

 暑い陽射しを受けて、真っ青な海が広がっていました 鬼が島をイメージするような「三本岳」が見えました。
 午後からはトライアスロンの競技が始まりますが、私はぜひ、今回は応援だけで終わらせることなく、横浜に帰ったら、必ず、「東京都三宅村」について、紹介をしようと思いました。

 1983年、2000年、私は、毎日報道されるニュースやワイドショーを見て、「三宅島、大変だねえ・・・」「お気の毒ねえ・・・」などと話したものです。その時は、真剣にニュースを見て、真剣に考えていた、はずです。
 でも、4年半もの長期にわたる全島避難のことも・・・
 火山ガスと共存する帰島のことも・・・
 いまだに一部の地区は、高濃度地区として指定され、特別の許可なくしては住むことができないということ・・・
すべて、知りませんでした
 報道が徐々に少なくなり・・・私の記憶の中の三宅島は「伊豆七島の中のひとつの島」というものに戻ってしまっていたのです・・・
 
 私は、立ち枯れの木々眺めながら、炎天下、宿に戻る道を歩き、マザーテレサの「愛の反対は・・・無関心」という言葉を思い出していました



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